第86節・ケダモノの砦
その男は己を叛逆者だと名乗った。
彼は世界、女神、そして悪神に抗うものだと。
叛逆者は"私"の両親となにかを話し去っていった。
私と兄は別の部屋にいたため両親が彼とどんな会話をしたのかは分からない。
だが男が去った後両親は激しい口論をし、まず消沈した母が私たちの前に来て、その後興奮した様子の父が現れた"私"の肩を掴んでこう言うのであった。
『喜べ! お前は選ばれたのだ!!』
※※※
目を覚ますと薄暗い檻の中に居た。
(また牢屋……)
どうやら私の人生は牢屋と縁があるらしい。
これで何度目の投獄か?
あと何回捕まるのだろうか?
思わずそんなくだらないことを考えながら起き上がる。
私がいるのはいくつもの檻が置かれた大部屋であり、私以外にも十数人ほど檻の中に人がいる。
捕まっているのは皆ゼダ人の女性だ。
ここがどんな場所なのかすぐに理解し、憂鬱になる。
「……」
同じ檻に首輪をつけたクレスがいることに気が付き、彼女に「クレスも捕まったの?」と訊ねると彼女の表情は見る見る不機嫌になっていく。
「捕まったの? では無いわ!! 主様が負けたせいでこうなっているんじゃぞ!!」
「いや、だって砂漠が……はい、ごめんなさい」
クレスに頭を下げると彼女はため息を吐きながら腕を組む。
「状況は最悪じゃ。儂はコレのせいで魔術が使えん」
クレスが首輪を指さしたため首を傾げる。
「魔封じの首輪じゃ。これのせいで魔術を封じられておる。まあ身体能力はそのままじゃが……」
クレスの身体能力ならばそこら辺の兵士を薙ぎ倒せるだろう。
私も武器は奪われたが素手でもそれなりに戦えるようにはしている。
どうにか逃げ出す隙を見つけるしかないか……。
そう考えていると部屋に兵士が数人入ってきた。
そして兵士たちは私たちの入っている檻の前に来ると服を投げ込んでくる。
「オマエラ、キガエル」
片言のアルヴィリア語でそう言ってきたため私は服を拾い、広げてみる。
それは服というにはあまりにも痛んだ布切れだ。
掴まっている他の女性たちも同様の服を着ているため恐らく囚人服なのだろう。
クレスに目配せすると彼女は「仕方あるまい」と肩を竦めた。
とりあえず今は従っておこう。
「……あの、着替えるから出て行ってくれるかな?」
「ダメダ、キガエロ!!」
兵士たちがいやらしい笑みを浮かべたためクレスが「こやつら……」と不快感に眉を顰める。
こんな連中の前で裸になるのは非常に屈辱的だが致し方ない。
私はさっさと服を脱ぎ、男たちの視線を無視して着替えるとクレスが「ぐ、ぐぬぬ……。乙女を柔肌をなんじゃと思って」と文句を言いながら着替えた。
私たちが着替え終えると兵士が「ハジニイケ!!」と命令して来たためクレスと共に兵士たちから離れるように檻の端に移動する。
「ミョウナ、コト、シタラ、ホカ、コロス」
兵士たちが他の檻にいる女性たちに剣を向けたため私は内心で舌打ちする。
私たちの着ていた服を回収するために檻に入って来たら一気に仕掛けようと思っていたがそこまで甘くはないようだ。
兵士の一人が檻の中に慎重に入ってくると私とクレスの服を回収し、「スコシ、マテ!!」と言い大部屋から出ていった。
兵士たちが居なくなると部屋にいた女性たちがホッと安堵の息を吐き、私たちに同情の視線を向けてくる。
「アンタら大人しくしていて正解だよ」
隣の檻にいた女性に話しかけられ、私たちは彼女の方に移動する。
女性は灰色の髪に褐色の肌をしており捕らえられている女性たちの中では最も落ち着いた雰囲気を持っていた。
「正解って?」
「奴らに逆らっていたら酷い目に会っていたってことさ。今までいっぱいいたのさ。ここに連れてこられて反抗的な態度を取った子が。で、そういった子は皆乱暴されて死んだ」
「……クズどもが」
クレスが吐き捨てるように言うと女性は「同感だ」と笑う。
「ここは地獄だけど地獄なりの生き方がある。上手くやりゃあそうそう殺されはしないよ。まあアンタたちみたいな別嬪は色々大変だろうけどね」
「あまり聞きたくないけど生き方って?」
私はそう訊ねながら座ると女性は「簡単さ」と言う。
「悦ばせりゃいいだよ。奴ら従順な奴隷には手酷いことはしない。ましてや女としての価値が高い奴隷にはね。長く使って楽しもうって魂胆だ。だけどそこで抵抗すれば……」
女性が指さした先には蹲っている少女が居た。
彼女の顔は酷く腫れ上がり、ずっと辛そうに息をしている。
「……酷い」
「あの子、お仕事中に奴らに機嫌を損ねちまったのさ。で、袋叩きにあってあんなことに。アンタも気をつけな。奴らちょっとしたことでキレて殴って来るからね」
女性の話を聞き、怒りが込み上げてくる。
アルヴィリアでもゼダ人の扱いは酷いが、ここはそれ以上だ。
この場所ではゼダ人は玩具として扱われている。
拳を強く握りしめると女性は「そんな感情は捨てな」と諦めたような笑みを浮かべる。
「人生そういうもんだと諦めちまった方がこっから先楽だよ。アタシはそうすることでこの場所で長生きしてる」
「儂は嫌じゃぞ!! あんな連中に指一本でも触れられてなるものか!!」
クレスが憤ると女性は彼女をまじまじと見つめ、それから同情したような笑みを浮かべる。
「な、何じゃその意味深な笑みは!?」
「いや……まあ、なんだい。頑張りな」
「ど、どういうことじゃ!?」
「その内分かるよ」と女性は言うと蹲っている少女の方に行き、彼女にボロボロの毛布を掛けてあげた。
「ここから出ようとは?」
「無理言わんでおくれよ。逃げ出すのはほぼ不可能だしそんなことをすりゃあ他の子たちが全員殺されちまう。一人が逃げたら全員を処刑。そして女が消えたら新しい女を捕まえてくる。それが奴らのやり方。アタシらの首輪さ」
自分のせいで全員が死ぬ。
罪悪感によって脱走などする気が起きなくなる。
そう思わせることがディヴァーンの思惑だろう。
「だからアンタたちも余計なことは……」
「アタラシイ、フタリ、デロ!!」
大部屋に兵士たちが再び入って来て私たちの檻の前にまで来る。
そして檻の扉を開けて檻に入ってくると私の腕を掴んだ。
「貴様! 主様に触れ━━!!」
「クレス、今は大人しく」
先ほどの話が本当なら私たちがここで暴れたら他の人たちの身が危険になる。
本当に危なくなったら暴れるしかないがそれまでは彼らに従っておこう。
そうクレスに視線で伝えると彼女は舌打ちし、しぶしぶと立ち上がった。
そして兵士と共に檻から出ると背中にナイフを突き立てられ、「ツイテコイ」と言われる。
「ショウグン、アウ」
どうやら彼らの指揮官が私たちに会いたいようだ。
ならば会ってやろう。
ゼダ人の女性たちに酷いことをしているクソ野郎の顔を拝んでやろう。
そう思いながら私たちは兵士たちと共に大部屋を出るのであった。
※※※
ザドアの大砂漠の中心にあるシェク砦。
もともとはディヴァーン軍の補給拠点であったが反乱が勃発した後は対反乱軍用の前線基地として改修された。
嘗ては木造であった外壁は幾度も改修されちぐはぐながらも堅牢な石の城壁となった。
砦自体も増築を繰り返され初期の三倍ほどの大きさとなり多数のディヴァーン兵が常駐している。
そんな砦の大広間にある男が居た。
派手な椅子でふんぞり返る様に座り、椅子と同じかそれ以上に派手な服を身に纏った中年の男性。
目はギラギラとした光を宿し、肥え太った身体を捻らせながら近くに置かれた机の上にある果物を貪り喰らう。
前線基地の指揮官、クマール。
それがこの男の名前であった。
彼の傍には年端もいかない少年少女たちが鎖を着けられて並ばされており、皆怯えた表情でクマールの方を見ないようにしていた。
「……以上が偵察の報告です」
クマールの前に跪き、偵察を行った際に起きたことを報告し終えたスィーヤムは静かに頭を下げる。
するとクマールは食べ終えた林檎の芯をスィーヤムの顔に投げつけ「貴様、阿呆か?」と罵る。
「たった二人に何人もの兵を失っただと!! しかも餓鬼と女に!! 本来なら斬首……だがまあ連れてきた女が美しいならば許してやらなくは無い」
「……は。見ればお喜びになるかと」
「そうかそうか」とクマールは下品に笑うとスィーヤムは彼に気がつかれないように眉を顰める。
スィーヤムは己を性根の腐った人間だと自覚している。
だがこの男は自分以上だ。
醜悪が服を着て歩いているかのような存在であり、こんな男の下に就かなければならないのは苦痛だ。
(……親の七光りめ)
クマールはディヴァーン朝の中でも名門一族の生まれであった。
ガッハヴァーン大帝による大粛清の際にも上手くやり過ごし、行政官としての地位を確保したのだ。
そしてザドアの地で反乱が起こると大帝の指示を受け将軍として前線に配備された。
クマールのやり方は悪逆非道であり、女子供を見れば盛りの付いた獣のようになり酒池肉林に溺れている。
「ところでスィーヤム。あの、ほら、何と言ったか? ミカヅチ人の男」
「フゲンで御座いますか?」
「ああ、それだ。そんな名前だった。でそのフゲンとやらだが今はどうしている?」
「兵舎で待機させておりますが……。四等民を勝手に動き回らせる訳にはいきませんので」
そう答えるとクマールは満足そうに頷き、それから「あー」と顎を指で摩った。
「あの男、近いうちに殺せ」
「……は?」
この男はいきなり何を言っているのだ?
確かにフゲンは危険だが利用価値はある。
戦場では無敵の強さを誇っているため家族を人質に上手く使うべきだろう。
「毒でも何でもいい。とにかく殺せ。少々面倒なことになってな」
クマールは近くにいた少女の肩を強引に掴み、己の傍に寄せると下品な笑みを浮かべた。
それに嫌悪感を感じつつも「面倒な事とは?」と訊くと彼は「殺してしまったのだ」と言った。
「ほら、あの男に娘が居ただろう? ゼダ人は十分に楽しんだからミカヅチ人でもと思ったら母親の方に抵抗されてなぁ……。つい燭台で殴ったら死んでしまったのだ」
「な、な……何ということを!! 将軍は己のしたことを分かっているのですか!?」
もし妻が将軍によって死んだとフゲンが知ったらどうなる!?
間違いなく彼は怒り狂い、あの刃が此方に襲い掛かってくるのだぞ!!
「分かっているから殺せと命じているのだ!! アヤツの妻が死んだことを隠し通せない。ならば知られる前に始末してしまうのだ」
「それがどれだけ困難な事か分かっているのですか!?」
「知らん。兎に角やれ。やらねば貴様を処刑する」
「っぐ……」
クマールに睨まれ苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
知られればフゲンに殺され、始末をしなければクマールに殺される。
ならばやるしかない。
「ところで娘の方は……?」
そう訊ねるとクマールは面倒くさそうに欠伸をし、「ああ、あっちはだな」と言う。
「母親を殺した後暴れまわったからつい殴ってしまってな。その時に失明したみたいだ。興も削がれたし、何もしておらん。父親を殺したら娘の方も処分しろ。なんなら貴様にやってもいいぞ?」
「……私の好みではありませんので」
フゲンを殺し、その娘まで殺すとなると流石に気が重くなる。
「では私は下がります」と言い立ち上がると踵を返す。
そして大広間から出ようとすると「そうだ」と背後からクマールに声を掛けられ足を止めた。
「近いうちにシャカーン殿下がいらっしゃる。殿下の為の宴を準備しておけよ?」
「シャカーン殿下が!?」
シャカーンというのはガッハヴァーン大帝の第二児である。
数多くいる大帝の子供たちの中で最も大帝に近い男であり数年前のジン国侵攻では容赦の無い戦を繰り広げ大戦果を挙げている。
大帝のアルヴィリア侵攻時には占領したてのジン国を収め、恐怖と粛清による統治を行っていたという。
「殿下が来られるならばこのくだらん反乱も終わりだ。既に殿下より指示を受けておる。”ディヴァーンに逆らうものには恐怖を。ザドアに済むゼダ人は悉く討ち滅ぼせ”と」
クマールの言葉に息を呑む。
シャカーンの言葉に誇張は無い。
彼が悉く討ち滅ぼせと言ったのであればザドアの地に住むゼダ人は皆殺しになるだろう。
それも百年先も語られるほど残虐な方法で。
「分かっていると思うが殿下は敵と無能な味方に容赦はない。俺は貴様のせいで死ぬのは御免だぞ」
「……はい」
自分だってこんな豚のせいで死ぬのは御免だ。
シャカーンが来るのであれば弛んだ兵士たちの気持ちを引き締めなければ。
彼は戦い方がぬるいという理由で千人以上の兵士を一晩で処刑したことがあるのだから。
クマールに一礼すると冷や汗を浮かべながら大広間を去る。
そしてそれと入れ替わる様に捉えた娘たちが大広間に入るのであった。
※※※
(この男がクマール……)
私たちは大広間に連行されるとクマール将軍という肥えた男の前に立たされた。
醜悪な男は私たちを品定めするように目を細め、いやらしい笑みを口元に浮かべるとかなり訛ったアルヴィリア語で「ほほーう」と呟き、上機嫌そうに手を叩く。
「スィーヤムの言う通りではないか。そちらの女は胸も腰も形がいい」
「貴様! 主様にそんな視線を向けるでないわ!!」
クレスが肩を怒らせ一歩前に出るとクマールの護衛達が武器を構える。
それをクマールは「待て」と制するとクレスをじっと見つめた。
そして目を輝かせると突然「イイ!」と言い、椅子から立ち上がりクレスに近づく。
「幼いながらも完成された体型! 美しい金の髪に白い肌!! これぞ! これぞ俺の望んでいた存在!! まさしく芸術作品!!」
「な、何を言っておるのじゃ……」
クレスは興奮しているクマールにドン引き、彼の後ろで待機していた子供たちに気がつく。
彼らは皆見た目上はクレスと同じくらいの年だ。
つまりそれが意味するのは……。
「ひぃ!? こやつそっち系か!?」
クレスが鳥肌を立てながら後退るとクマールが跪いて彼女の手を掴む。
「決めた!! 俺の部屋に来い!! 今すぐに行くぞぉ!!」
「あ、主様助けて!! 嘗てないほどの危険が儂に迫っておる!?」
いや、助けてって言っても……。
助けてやりたいのは山々なのだがここで暴れるわけにはいかない。
というかこれは好機では?
クマールがクレスと二人っきりになればクレスがこの男を拘束できるだろう。
うん、だからここは……。
「ま、まさか儂を見捨てるのか!?」
「がんばって」
「この薄情者ー!! なんとなく主様が何を考えているか分かるが儂はこの豚と一秒でも同じ部屋にいるのはいやじゃぞ!?」
「ぶ、豚!? す、素晴らしい!! もう一度行ってくれ!!」
「うわぁ!? なんか喜んだ!?」
クレスには大変申し訳ないとう視線を向けているとクマールは私の方を見て「ぐふふ」と笑った。
「お前も後で相手をしてやる。顔も今までで一番だ。俺に忠誠を誓うならば一人だけ助けてやってもいいぞ?」
「……一人だけ? それはどういう意味?」
私が眉を顰めるとクマールは「言葉通りだ」と返してきた。
「間もなくこの地から全てのゼダ人が消える! 本国より大帝陛下のご子息が参られるのだ!! 貴様は反乱軍の一味であろう? 大人しく従っていれば良かったものを愚かな選択をしたなぁ!!」
ディヴァーンの援軍は反乱軍を、ゼダ人を皆殺しにするという。
私は反乱軍ではないがディヴァーンのやろうとしていることを見逃すわけにはいかない。
クマールを睨みつけると彼は「反抗的な目だ。教育が必要だな」と言い、近くにいた兵士たちにディヴァーン語で何かを指示した。
そして兵士たちが私を取り囲むと「ロウニ、モドレ!」と命令してくる。
「これから先、己の運命に絶望するがいい!! 耐えられずに泣いて謝りたくなったら俺の前にまた来い!!」
「多分そうはならないよ」
ディヴァーンの兵士たち武器を突き付けられ、私は踵を返す。
そして大広間から出る直前に「主様!? 適当に、適当にやるからいいんじゃよな!?」と言うクレスの声が聞こえてくるのであった。
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