双天のエーポス

第８４節・砂上の侍

　フゲンと名乗った男との戦いで私は思うように踏み込めずにいた。

まず足場が悪い。

砂の上での戦いに慣れておらず思うように駆けられない。

更に敵が放つ居合は避けるのも受けるのも非常に困難なため、まず敵の間合いに入らないようにすることを優先していた。

（此方の方がリーチがある筈……！　だけど踏み込めない！！）

　目には見えないが分かるのだ。

リントヴルムのリーチよりも一歩分敵の居合のリーチの方が長い。

得物の長さにものを言わせて安易に仕掛ければ一瞬で首が飛ぶであろう。

　フゲンがすり足で寄って来る。

それに対して私は一歩下がりゆっくりとリントヴルムの穂先を敵の心臓に向ける。

そして再び敵が前進し、私が下がる。

このままではジリ貧だ。

ならば危険は覚悟して仕掛けるしかないか！！

「……ッ」

　私は前に踏み込んだ。

それと同時に敵は高速の居合を放ち私はすぐに後ろへ飛び退く。

それを追って敵も前進してくるが私は脚の筋力を強化し、全力で砂地を蹴ると再び前に跳びこむ。

「む！？」

　敵が再び刀を鞘に収め、居合斬りを放ってこようとする。

それよりも早く私は右腕を大きく振り、身体強化を施しながら全力でリントヴルムを横に薙いだ。

それにより純白の槍と研ぎ澄まされた刀が激突し合い、火花を散らして弾かれ合う。

フゲンは大きく体勢を崩されたことにより後ろへ大きく跳躍したため私はそれを追って前に跳ぶ。

そして彼の心臓目掛けてリントヴルムを放つが彼は刀で此方の穂先を受けるとそのまま受け流していく。

（まずい！！）

　敵の刀がリントヴルムの柄を滑る様に此方に向かってきたため慌てて横に転がって斬撃を避ける。

すぐに立ち上がると目の前に刀の先端が迫ってきたため急いで槍の柄で受けて刀を受け流した。

　刀の刃が私の右肩をわずかに掠め傷を負う。

刺突に失敗した敵が既に蹴りを放っていたためそれを再び横に転がることで避けると敵から距離を取る。

そしてどうにか敵の間合いから逃れると額に浮かんだ汗を拭いながらゆっくりと立ち上がった。

「……驚いたな。お嬢ちゃん、相当修羅場をくぐり抜けてきただろう？　その身のこなし、危険を察知する能力。普通の人間のものじゃあない」

「まあ、それなりに。人外とも戦ってきてるから」

「人外ねぇ……。いろんな奴を斬ってきたがまだ人外は斬ったことないな」

　「さて」とフゲンは刀を鞘に納め、顎を指で摩ると口元に笑みを浮かべる。

「お嬢ちゃんの為を思ってサクッと終わらせるつもりだったんだが武人の性かどうにも昂って来やがる。どれここいらで本気といきますか」

　そうフゲンが言った瞬間、私は鳥肌が立ち慌てて後ろに跳ぶ。

フゲンから放たれている気が更に鋭くなった。

凄まじい。

まるであの男の全身が一つの刃になったかのような威圧感。

間違いなく敵は大技を放ってくる。

敵は次の一撃で勝負をつけに来る気だ。

だがそれは私にとっても好機。

敵の大技を凌ぎ切れば反撃に転じられる。

「…………」

　互いに沈黙しにらみ合う。

息を大きく吸い、呼吸を止めてその時を待つ。

風が吹いた。

砂漠の砂が舞い上がり辺りを覆う。

そして砂ぼこりが太陽を隠した瞬間━━。

「━━！！」

　来た。

先ほどまでとは比較にならないほど速い居合斬り。

黒鋼の一閃が私の首目掛けて放たれる。

それに対して私は真正面から受けた。

これは不可避の斬撃。

ならば正面からぶつかり、打ち勝つ。

リントヴルムを縦に構え、柄に斬撃が叩き込まれる。

凄まじい衝撃だ。

普通の槍ならば柄ごと叩き斬られていただろう。

だが土竜王の遺骨から出来たこの槍ならば耐えられる！！

「な！？」

　二発目が来た。

居合斬りを受けて僅かに遅れて二発目が柄に叩き込まれた。

どういうことだ！？

敵は二本刀を持っているのか？

否。

敵の武器は一本である。

つまりこれは……。

（高速の連続居合！？）

　信じがたいことに敵は一撃目の居合を放った後に即座に鞘に刀を収め二撃目を放ってきたのだ。

そんなことは可能なのかと思う。

だがこの男は可能にしているのだ。

　予想外の二撃目を受けたことにより身体が仰け反る。

危険だ。

居合を連続で二回放てたのならば三発目があると考えるべきだ。

きっと三発目は受け止められない。

ならばと私は仰け反った勢いで後方宙返りを行い、着地と同時にリントヴルムを全力で前に突き出した。

　居合斬りの弱点は攻撃が直線的になることだ。

故に先手を打ち槍を突き放てば敵の方から穂先に飛び込んでくる。

実際敵は刀を引き抜きながら飛び込んできていた。

だがこの男は私がリントヴルムを突き放ったのを見ると咄嗟に手首を動きを変え居合斬りを槍の穂先に叩き込んでくる。

それにより槍が大きく逸れ、私は地面をしっかりと踏み込んで耐えようとするが……。

（……く！？　砂で上手く力が！？）

　耐え切れず僅かに体勢が崩れる。

そしてその僅かが勝敗を決めた。

敵は私の側面に回り込み腰に提げていた鞘を左手で逆手に持つと私の側頭部に叩き込んでくる。

その強烈な一撃により私の意識は途絶え、前のめりに倒れるのであった。

※※※

　フゲンはリーシェが倒れるとゆっくりと息を吐いた。

（参ったね……）

　かなり際どい勝負であった。

この娘が砂漠に不慣れでなければ戦いはもっと長引いていたかもしれない。

　見事だ。

これ程までの者と戦ったのは久しぶりだ。

この若さでこの実力。

もっと経験を積めばこの娘は更に上に行けるであろう。

故にこの場で討つことになるのは惜しい。

惜しいが……。

「この後のことを考えると仕方ない。こんな子を地獄に叩き込むわけにはいかない」

　刀をゆっくりと両手で構える。

そして苦しまないよう彼女の首を刎ねようとした瞬間、足元に矢が刺さった。

「……おいおい。邪魔しないでくれよ？　どうにかしろって言ったのはアンタだろう？」

「ああそうだとも。殺してもいいと言ったが捕らえられるならそれにこしたことは無い。フゲン！　その娘を捕らえろ！！」

「…………」

　どうする？

殺してやるべきだとは思う。

だがもし今、この娘の首を刎ねたら家族はどうなる？

心の中でこの娘に謝罪しながら刀を降ろすと満足そうにスィヤームがやって来る。

そして倒れている娘の髪を掴もうとした瞬間、目の前に雷が振ってきた。

「おっと、もう一人いたな？」

　もう一人、ディヴァーンの兵士たちが必死に抑え込もうとしていた魔術師が居た。

どうやら彼女は周りに居た騎兵を全滅させたらしく凄まじい殺気を放ちながら此方に大股で向かって来る。

「貴様ら！！　その汚らわしい手で主様に触ることは許さぬ！！　退け！！　退かぬというのであれば雷竜王の怒りをその身に受けることになるぞ！！」

　雷竜王と名乗った少女はまさしく怒髪冠を衝くといった様相であり、周囲にいくつもの雷を落としてディヴァーンの兵士たちを怯えさせる。

さてあの少女、雷竜王と名乗ったか？

雷竜王にシェードラン辺境伯の娘。

面白い組み合わせだが……。

「フ、フゲン！！　どうにかしろ！？」

　此方の背中に隠れたスィヤームに対してため息を吐くと後頭部を掻く。

「どうにかしろって言ってもなぁ……」

　相手が本当に雷竜王ならば死ぬ気で戦わないといけないだろう。

だが今日はもう戦う気分では無い。

かといって全部投げ出すわけにもいかない。

「しかたない。雷竜王！　悪いが大人しくしてくれ！」

　倒れているリーシェの首筋に刀を突きつけると雷竜王はピタリと止まり、とんでもない殺意を此方に向けてきた。

（おぉ！　怖いねぇ！）

　ちょっとでも隙を見せたら消し炭にされそうである。

首の後ろあたりにチリチリとした感覚を感じながら口元に笑みを浮かべた。

「このお嬢ちゃん、アンタにとって大切な人なんだろう？　だったらどうすべきか分かっているはずだ」

「……下衆が。ミカヅチの武士は誇り高いと聞いておったが貴様のような外道がおるとはな」

「幻滅させて済まんねぇ。アンタの言う通りこちとら誇り云々言ってられる立場じゃないのさ」

　誇りならばあの日、大帝に跪いた日に失われた。

今の自分は畜生以下。

だが畜生にも守りたいものはあるのだ。

「で？　どうする？」

「…………」

　雷竜王は暫く沈黙すると殺気を抑え、両手を上げて「降伏する」と言った。

「約束しろ。主様には手を出さんと」

「……約束したいところだがそれは難しいだろうな」

　雷竜王が舌打ちするとスィヤームが「拘束具を持って来い！！」と指示を出す。

するとディヴァーンの兵士たちが恐る恐る雷竜王に首輪のようなものを装置し、雷竜王は「魔封じか」と眉を顰める。

そして連行されていく二人の少女を見送ると真っ青な空を見上げ、こう呟くのであった。

「本当、俺は畜生以下ですよ。リョウマ様」

※※※

　風が頬を撫でる感触にミリは目を覚ました。

床に寝そべったまま暫くぼーっとしており、ゆっくりと起き上がりながら欠伸をする。

何か食料が無いから探したり外で斃れている船乗りを埋葬している間に寝てしまっていたようだ。

「……？」

　自分の体に毛布が被さっていることに気がつく。

はて？

私は毛布など用意しただろうか？

そう考えていると目の前に誰かいるとようやく理解した。

「リーシェ？」

　まだ寝ぼけた頭を振り、意識をはっきりとさせる目の前に緑色が飛び込んできた。

屈強な肉体。

口から飛び出た牙。

その姿はまるで……。

「オーク！？」

「おう、目が覚めたかい？　こんなところであんた何を━━ヘボォ！？」

　オークの顔面に蹴りを叩き込むのであった。

※※※

　突然現れたオークに驚き暴れまわったため取り押さえられ手足を縛られてしまった。

そして床に放り投げられると慌てて隅っこに逃げる。

オークは五人ほど船の中に入って来ていたようであり私はあっと言う間に取り囲まれてしまった。

先ほど顔面に蹴りを叩き込んだオークは「いてえよぉ」と顔を摩りながら他のオークに「お前鼻血出てるぞ？」と心配されている。

「おう、エルフの嬢ちゃん！　いきなり仲間に何しやがる！」

「うっさい！　近づくな！！」

　そう言うとオークたちは困ったように顔を見合わせ、それから牙の欠けたオークが一歩前に出る。

それに対して身を守る様に屈みながら睨みつけると「アンタたちの捕虜にはならないわよ！　殺しなさい！！」と怒鳴りつけると牙の欠けたオークは「えぇ……」と困惑した後、後ろで腕を組んでいた立派な髭を生やした背の高いオークの方に振り返る。

「と、いってますけどどうします兄貴」

「んー……。じゃあ殺すか」

「いや待ちなさいよ！？　もうちょっと、こう、躊躇うとか。こんな上等な女殺すの惜しいぜとか無いの！？」

　私の抗議に髭を生やしたオークは面倒くさそうに頭を掻き「あのなあ」と口を開く。

「どうしてお前らアルヴィリア人はオーク族に妙な偏見を持っているんだ？　俺たちが嬢ちゃんを襲う？　冗談言わないでくれ」

「え？　でもオークって女好きなんじゃ……」

「おう、俺たちゃあ女は大好きだぜ？　でもそりゃあ同族内での話だ。考えてもみろ。お前、全然種族が違う相手……例えば豚を相手に発情できるか？」

「いや、まあできないけど……おい、今私を豚に例えたか？」

　私のどこが豚だ！？

どこからどう見ても見目麗しい若きハーフエルフだろうが！！

「おお、すまん。お前さんは痩せこけていて俺たちから見たら干物みたいなもんだ。エルフ族でももうちょっとこう、出てるところが出てりゃあ女として見れるんだがなあ……」

　他のオークたちが「うんうん」と頷き始めたため自由になったらこいつら張り倒そうと決意した。

「……つまり別に私をどうこうしようとしたわけじゃなく、本当に善意で助けたってわけ？」

「完璧に善意ってのじゃあねぇなあ。俺たちの目的はこの奇妙な船の残骸よ。なんか物資が無いか探しに来たらたまたまお前さんが寝てたってわけだ」

　「で？」と髭のオークは辺りを見渡す。

「こりゃあいったい何が起きたんだ？　まさかあ砂漠を船で渡ってきたなんて言わねえよな」

「……残念ながら私たちにもよくわからないわ。海にいたと思ったらこんなことになったの」

　クレス曰く空間転移だそうだがこの連中をまだ信用できないため全てを話す必要は無いだろう。

髭のオークも「なるほどねえ」と言いそれ以上詮索してこなかった。

「悪いが俺たちゃあこの船の物資を奪って拠点に帰るつもりだがお前さんはどうする？　俺たちと一緒に来るかい？」

「拠点……？　近くにあるの？」

　髭のオークは頷く。

彼曰く近くに野営地があるらしい。

彼らはディヴァーンに対する反乱軍に所属しており偵察中にインターセプタ―号の残骸を見つけたため調査しに来たとのことだ。

野営地に行けば食料と水は確保できる。

それに他の仲間たちのことも分かるかもしれない。

だが……。

「あと二人、出かけた仲間がいるの。その二人が戻ってこないと私はこの場を離れられないわ」

　そう言うと髭のオークは「外をうろついているのか？」と眉を顰める。

「ええ。そうだけれども……。何か問題が？」

「問題っつーかよぉ。この辺りはディヴァーンの勢力圏だ。奴らの軍隊がうろちょろしていやがる」

「な、なんですって！？」

　それはマズい。

いくらリーシェとクレスとはいえディヴァーンの大軍に見つかったら捕らえられてしまうかもしれない。

そしてディヴァーンに捕まれば恐ろしい目に会うだろう。

「今すぐ縄を解いて！　二人を探しに行かなきゃ！！」

「探すって、一人でか？　そりゃあ無謀な考えだぜ？」

　髭のオークはそう言いながらも牙の掛けたオークに「解いてやれ」と指示を出す。

そして手足の縄が解けると私は慌てて立ち上がり壁に立て掛けてあった弓を取る。

「無謀でも仲間が危険ならじっとしてられないわ！　悪いけど私は行かせてもらう」

　そう言うと髭のオークは「ふむ」と髭を摩りそれから「仲間を見捨てないその意気、悪かねえ」と口元に笑みを浮かべた。

「俺たちの上司と掛け合ってやる。お前さんの仲間を探すなら人手が多い方がいいだろうよ」

「……信じていいのかしら？」

「俺たちオークは同胞を何より大事にする。そして同族でなくとも仲間の為に命を張れる奴を讃え、同胞と同じくらい大事にする。オーク族としてお前さんに協力しよう」

　私は弓を背負うと船内のオークたちを見渡し、それから「ミリよ。ミリ・ミ・ミジェ」と名乗った。

「おう、よろしくなミリ。俺はン・ガゥ。でもってこっちの牙欠けがン・レィ。俺たちゃあン族のオークだ。残りの連中は道中紹介する」

　ン・ガゥが手を差し出してきたため彼と握手を交わすと私たちは船から出ようとする。

すると一人のオークが慌てて外からやって来て「兄貴ぃ！！　姐さんが来ました！！」と言う。

　「姐さんが？」とン・ガゥが首を傾げると外から来たオークの背後から誰かが現れた。

私はその人物の姿を見て驚愕し、目を点にするのであった。

「アンタは……！！」