第81節・虚映の根
甲板に出ると人だかりが出来上がっているのが見えた。
私たちは「すみません」と船員たちの間に割って入って前に行くと腕を組み、仁王立ちをしているガルシア船長と彼と向かい合う様に床に座っている黒ローブの男が目に入った。
(蛇……!?)
男はフードを深く被っておりその顔は見ることが出来ない。
だがこの男から放たれる気は冷たくそして重苦しい。
私たちは警戒しながらガルシア船長の隣に立つとフードの男は『お?』と顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
『やっと来たか。我が時は永遠だが、俺は気の長い方ではないのでな』
男の声を聞いた瞬間、私は鳥肌が立った。
その理由は分からない。
だが私の奥底にある何かがこの男を拒絶し、恐怖している。
『模造体1991号。いや、今はリーシェ・シェードランか。お前のことはずっと見てきた』
「……模造体? 一体何を……」
『ああ、そこはまだ気にしなくていい』
突然背後から声が聞こえてきたため飛び退くように振り返ると先ほどまで正面に居たはずの男が私のすぐ後ろに立っていた。
「な!?」
ロイが私の手を引き背後に庇い、ミリとユキノが慌てて武器を構える。
この男、いつ移動した!?
動き気配は全く感じなかった。
ミリだけではなくユキノやクレスセンシアも冷や汗を掻きながら男を睨みつける。
「貴様……今のどうやった?」
クレスが全身から雷を発しながらそう言うと男は『ああ、これか』と言うと消えた。
そして一瞬でクレスの横に移動し、『時空座標を指定して門を開く━━まあ、貴様らに分かるように言うならば瞬間移動だ』と嗤う。
「っ!!」
クレスが雷を纏った拳を男に放つが、男は再び瞬間移動でもともと立っていた位置に移動する。
『やれやれ、これだから野蛮な亜人は嫌いなんだ。貴様らは常に暴力という知性からもっとも離れた選択をする。頭を使え? 折角脳みそっていう良いものを女神さまから貰っているんだからな』
「ならば理性的に訊ねさせていただきますが、貴方は誰ですか? 見たところ友好的なお客様では無さそうですが」
ユキノの言葉に男は『やっと聞いてくれたか』と嬉しそうに手を叩く。
『俺が誰かというのが名を訊ねているのならばネームレスと名乗っておこう。俺がどう言った存在なのかと言うならば━━』
ネームレスと名乗った男がフードを脱ぐと私たちは息を呑んだ。
髑髏だ。
フードの中から現れたのは金属で出来た髑髏。
その瞳は赤く輝き、不快な視線を此方に向けてくる。
「機械の骸骨お化けとは……まったく、小説のネタが次々と飛び込んできますな」
ヘンリーが苦笑しながら、しかし最大限の警戒をネームレスに送る。
私はガルシア船長に船員たちを船の中に避難させるように言うとリントヴルムを構える。
そして船員たちとヴィクトリアが船内に退避すると私はネームレスを睨みつける。
「貴方が人外なことは分かったけれども何が目的? ただの密航者には見えないけれども」
『実は船に乗ってみたくてなぁ━━おい、槍を突き出すな冗談の通じない奴だな。俺はただ自分の作品がどこまで仕上がっているのかを確認しに来ただけだ』
「……作品?」
ネームレスは私のことをじっと見つめている。
先ほどの模造体といい作品と言いこの男、私の出自を知っているのか?
『だがなあ……これはちょっと予想外だ。予想外に━━レベルが低い』
ネームレスが肩を落とし一瞬で私の背後に移動してくると私の背中を小突く。
「!!」
それだけで私は吹き飛び、マストに叩きつけられ床に倒れた。
なんだ、何が起きた!?
今、私は何をされた!?
「リーシェ様!!」
「貴様!! 主様に何を!!」
ユキノとクレスがほぼ同時に動いた。
クレスが雷の槍を放ちそれを追うようにユキノが駆ける。
ネームレスはクレスの放った魔術を片手で払い『ふむ、威力は悪くない』と呟く。
「な!? こやつ儂の魔術を!! エルフ娘!!」
「分かってるって!!」
すかさずミリがユキノを援護するために矢を放つ。
敵はミリの放った矢を右手で掴むがその隙にユキノが踏み込んだ。
敵の下に潜り込むように踏み込み、下から上へ抉る様に苦無を振り上げる。
『人間にしてはいい速度だ』
ネームレスはユキノの腕を見ずに左手で受け止め、そしてそのまま何らかの力で彼女を吹き飛ばした。
なんだ? あの力は?
一瞬空間が歪んだように見える。
あの力、どこかで見覚えが……。
「リーシェ、ぼさっとしない!!」
「う、うん!!」
ミリが次の矢を放とうと矢筒に手を伸ばした瞬間に、敵が彼女の背後に回り込んできた。
そして先ほど私に対して行ったのと同じように軽くミリを小突くとミリは吹き飛ばされる。
やはりそうだ。
敵が攻撃をする際に空間が歪んでいる。
これはまさか━━。
「━━空間操作!!」
『ご名答』
危険を感じ後ろに飛び退くと先ほどまで私が立っていた空間が歪み、圧縮されて甲板が砕ける。
ベールン会戦の際に”大祭司”が使っていた空間操作能力。
だがあれは六合の杖があっての力の筈だ。
『どうして俺が六合の杖を無しにこの力を使えるのか、そう考えているな? 確かにあの杖は凄まじ力を持っている。女神の力を顕現したような杖だ。だがこうは思わんか? 女神の力があんな杖だけのものか? いいや、違う。杖が無くとも神は力を行使できる。つまりだ……』
「自分が神だって言いたいの!?」
私はリントヴルムを構えて突撃を行う。
身体強化も施し、全力で踏み込み突きを放つが敵は瞬間移動で此方の側面に回り込んでくる。
それに対して腰を強引に捻り、槍を横に薙ぐが敵は此方の攻撃の軌道を予測していたのか槍を左手で受け止め、そのまま柄を握って来る。
『残念ながら俺は神ではない。俺が誰か知りたかったら先に進んでみろ。だが今のお前じゃあ━━』
危険を察知し槍を手放そうとするのよりも先に目の前の空間が歪んだ。
全身に見えない拳で打撃を喰らったかのような衝撃を受け、床を転がる。
(再生を……!!)
今の攻撃で内臓がやられた。
身体強化に回していた魔力を再生に使い、急いで回復を行う。
『ちょっと無理かもしれんな』
瞬間移動してきた敵に腹を蹴られ、再び大きく吹き飛ぶ。
甲板に積み重ねられていた木箱に激突し、意識が飛びかける。
(動かないと、やられる!!)
回復は完了していない。
意識も朦朧としている。
だが立ち止まっていてはやられる。
そう思い、どうにか立ち上がると既に敵は目の前に来ていた。
「っが!?」
ネームレスに片手で首を絞められ持ち上げられる。
必死に足をばたつかせ藻掻くがビクともしない。
『お前、本当にフィーアに勝てたのかぁ? 正直失望しているんだがなあ』
「フィ……ア? まさか……貴方……が……!!」
「主様を離さんか下郎!!」
クレスが巨大な雷の塊を放つがネームレスは指を鳴らして彼女の魔術を空間ごと消滅させる。
更に動こうとしていたユキノとミリを空間ごと殴打し甲板に叩きつけた。
『ほらどうした? もっと本気を出せ。この程度で死ぬなら本当に殺すぞ?』
足を強化し、渾身の蹴りを叩き込むがびくともしない。
この男、体も鋼で出来ているのか!?
首を絞める力が強まり喉が潰れそうになる。
このままでは首の骨を折られてしまう。
そう思った瞬間ネームレスの首に鉄球の鎖が巻き付いた。
そしてヘンリーが全力で敵を引き、僅かに体勢を崩させるとロイが飛び込んでくる。
ロイの剣は私の首を絞めている敵の手首を穿ち、私は敵の拘束から解放された。
その場に蹲り咳込みながら必死に息を吸い、どうにか立ち上がってよろよろと敵から距離を取る。
『んー……お前は……。ああ、お前か』
ネームレスはゆっくりとロイの方を向くと顎に指を添え『うーむ』と首を傾げ始めた。
『お前、微妙なんだよなあ』
「……挑発のつもりか?」
ロイはネームレスを警戒しながら剣と盾を構えるがネームレスはそれを全く気にせず彼の方に歩み寄っていく。
そしてロイの顔をまじまじと見つめるとため息を吐いた。
『ハーフエルフ傭兵。もと暗殺者のメイド。ガドア皇帝の弟。雷竜王。実に愉快な仲間たちだ。華がある。物語の主人公というのはそうでなくてはなあ。だがお前はなんだ? おい、お前だよ赤毛。お前は本当に凡人だ。優れた血筋でも力を持つわけでもない。ただリーシェ・シェードランと幼馴染であるというだけ。お前も気がついているんだろう? 自分は他の連中よりも数段劣ると』
ネームレスが『なあ?』と挑発するように笑うとロイが高速で剣撃を叩き込む。
それを敵は右腕で受け止め『おいおい危ないじゃないか』と肩を竦める。
「お前の言うと通り俺は凡人だ。だから凡人なりの戦い方をさせてもらうぞ」
私はロイの一歩後ろに、ユキノやミリも体勢を立て直し敵の両側面に移動した。
そして背後にはヘンリーが鉄球を構えており、最後にクレスが巨大な雷の剣を生み出していた。
『おおっと? 囲んで袋叩きか? 酷いことを考えるなぁ。だったらこっちもそれなりの対応をさせてもらおう』
消えた。
ネームレスが一瞬で姿を消し、私たちはお互いの死角をカバーし合うように陣形を組む。
敵はまだ仕掛けてこない。
どこだ? どこからくる?
どのタイミングで仕掛けて来る!?
「……ッ!! 上じゃ!!」
クレスが咄嗟に大剣を上に向かって腕を振ると空中に浮遊していたネームレスに雷の大剣を叩き込む。
高出力の魔力の塊である大剣は敵に直撃━━しなかった。
クレスは敵に大剣を叩き込むのを止めた。
否、止めたのではない。
止まったのだ。
(う、動けない……!?)
体が動かなかった。
まるで全身が凍ったかのように固まり、指一つ動かすことが出来ない。
『さてここで問題だ。空間操作。それはどのように行っているのか? はい、雷竜王くん答えてみたまえ。おおっと、すまんな。貴様、動けないんだったか』
空中に浮遊していたネームレスはゆっくりと降下してくると甲板に着地する。
『この世界にはマナが満ちている。あらゆるものはマナで構成されており大気も同じだ。空間操作とはすなわち大気中のマナを操ること。これによって俺は空間を圧縮させることもまた、別の時空に繋げることも可能だ。そう、俺の力は万物の根源たるマナの制御。さてここまで言えばわかるな』
信じられない。
この男の言っていることが本当ならばそれは神に等しい行為だ。
だが実際にこの男は空間を操作している。
瞬間移動も、空中浮遊もマナの制御によるものなのだろう。
そして今、私たちに起きていることもだ。
『さっき言ったように万物はマナで構成されている。それは人間の身体も同じだ。だからこうやって貴様らの身体を麻痺させることなど容易い。まあ実は一手間いるんだがな。ああそうだ他にも出来るぞ? 例えばだ』
ネームレスが指を鳴らすとロイの太ももが突然裂け血が噴き出す。
『お前たちの身体は俺が完全に掌握した。今ならば俺が指を鳴らすだけで破裂させることだって可能だ』
その言葉に鳥肌が立ち、身体の奥底が冷たくなる。
この男がその気になれば一瞬で私たちは死ぬ。
どうしろと?
こんな超常的な相手にどう立ち向かえと!?
『だが安心しろよ。俺はお前たちをまだ殺す気はない。お前たちには使命がある。それを果たして貰わなければなあ。だが━━』
ネームレスが再び指を鳴らすとロイの右腕が避け、血が飛び散った。
ロイは声を出すこともできず、大粒の汗を搔きながら歯を喰いしばっている。
『どうにも器のできが良くない。覚悟が足りていないのか単に性能不足か。だからちょっと発破を掛けてやろう。よく見ておけよ。今からそこの赤毛が内側から爆ぜる。それをやるのは俺だ。俺を憎めよ。怒れよ。憎悪を力にしてみせろ』
「や……め……」
ロイが殺される。
それだけは防がなければ。
そんなことはあってはならない。
もし目の前で彼が死んだら私は私を保てなくなるかもしれない。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ!!
ロイは絶対に殺させない!!
歯を喰いしばり、全身に力を入れる。
マナの制御が何だ!!
そんなもの関係ない!!
そんな束縛壊してやる!!
ロイを、仲間を傷つける奴は壊してやる!!
私にはそれが出来る筈だ!!
僅かにだが動き始める私を見てネームレスは『ほお』と感心したように頷く。
『やはり怒りか。怒りは力になるな。少し見直したぞ模造体。だから褒美をやろう。更に強い怒りという褒美をな』
駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!
そんなことさせない!!
お前を、お前をすぐにでも破壊してやる!!
全身に紅い紋様が浮かび上がり、嘗てないほど発光する。
後先を考えず全ての力を解き放つ。
それにより私を絡めとっていた何かが解け━━。
「こ、のぉぉぉぉぉぉ!!」
動いた。
魔力は今ので使い果たしている。
身体強化は出来ない。
だがそれでもやるしかない。
ロイを殺させないために人としての力で全力で戦うしかない。
リントヴルムを敵の首目掛けて叩き込むが穂先は弾かれ、大きく体勢を崩した。
『我が"根"を打ち消したか。だがそこまでだ』
ネームレスの姿が消え、次の瞬間には腹に蹴りが叩き込まれて吹き飛ばされる。
甲板を激しく転がり手摺に激突すると私は血を吐き出して咳込む。
諦めるな。
まだ戦える。
まだ私は━━。
『残念ながらこれで終わりだ。ほら、見ておけよ。お前の大事なものを一つ奪ってやる』
全てがスローモーションに見えた。
ネームレスが腕を上げ、指を鳴らそうとする。
二つの指が重なり、そしてズレていく。
私は必死にロイに向かって手を伸ばし、叫ぼうとした瞬間━━上空よりネームレスに向かって岩が叩き込まれた。
「え……?」
ネームレスの居た場所には杭のような岩が突き刺さり、敵はマストの方に移動している。
そして彼は舌打ちすると『おいおい、脚本家様が舞台に上がるのか?』と言う。
すると上空を白い双頭のワイバーンが通過し、その背中から蛇面を着けた男が飛び降りてくる。
『物語を荒らされては舞台に上がらざるおえまい。ネームレス、少々遊びが過ぎるのではないか』
私とネームレスの間に割って入る様に降り立った男━━”隠者”はそう言うと右手に持った純白の杖を甲板に突き立てるのであった。
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