第67節・勝敗の境界線


 槍衾によって突撃を防がれた敵の騎兵たちは立ち往生のような状態となり、此方の兵士たちに囲まれてい次々と討ち取られていった。

私も孤立した騎士に向かって突撃し、すれ違いざまに馬上の騎士の首を剣で切り裂く。


(完全に敵騎兵を無力化したわ!!)


 騎兵は戦場において最大の脅威だ。

一度突撃が成功すれば敵軍の陣形を大きく崩し、将兵の士気を削ぐ。

まさしく決戦兵器と言えるだろう。

だがしかし騎兵にも弱点はある。

それは突撃を開始すると方向転換が難しくなること、万が一突撃が失敗すると機動力を失い歩兵に囲まれてしまうということだ。


 決戦の場がタールコン平原ならば必ず敵は騎兵を繰り出してくると思っていた。

騎兵戦力で劣る此方が敵騎兵隊に勝利するには一計を案じなければいけない。

そしてその計がこれだ。


 出陣前に近くの森から木を集め、木の槍を量産した。

槍は最初から構えず歩兵隊の足元に置いて隠し、敵に此方が騎兵突撃を防ぐ術が無いと思わせたのだ。

そして敵の突撃が始まったらギリギリのところまで引き付け、槍衾を形成するというわけだ。


 左の方を見ればガンツ兵士長が騎士の馬をメイスで殴打し転倒させる。

そして馬から放り出された騎士が起き上がるよりも早く襲い掛かりその顔面を兜ごとメイスで砕いた。


 そのような光景はそこら中で繰り広げられている。

歩兵が騎士を馬から引きずり下ろし、囲んで叩き潰す。

騎士が勇猛果敢に突撃するような絵物語はこの戦場には無く、どこまでも血と泥にまみれた凄惨な光景が広がっている。


「容赦をするな!! 徹底的に敵を潰しなさい!!」


 そう指示を出すと再び馬を繰り出し、近くの騎士に襲い掛かるのであった。


※※※


「馬鹿な!! このようなことが……!!」


 ガイウス・ボルダーは眼前に広がる惨事に顔を歪めていた。


 栄光ある白銀騎士団が次々と斃れていく。

騎士が平民に馬から引きずり降ろされ、惨殺されている。

このようなことが……このような事があっていい筈がない!


「ガイウス団長!! 駄目です!! 撤退を! 撤退のご指示を!!」


 周囲の騎士たちが応戦しつつも必死に撤退を訴えかけてくる。


(撤退だと!? このような無様を晒して逃げろと!?)


 ここで退いてはヴォルフラムに嘲笑われる。

なによりも大公閣下がこのような失態をお許しになる筈がない。

勝たねば。

何としてでも勝利しなければ自分たちに未来は無いのだ。


 必死に辺りを見渡すと黒髪の少女が目に入った。

間違いない、あの姿……ルナミア・シェードランだ!!

女神は我を見捨ててはいない!

奴の首さえとればこの劣勢を挽回できる!


 「寄越せ!」と部下の騎士から槍を引っ手繰るとルアミア目掛けて突撃を開始する。

奴はまだ此方に気がついていない。

不意打ちで一気に仕留めてくれる!!


 口元に笑みを浮かべ槍を構える。

そしてルナミアが此方を補足する前に一気に迫り、槍を放とうとした瞬間━━。


「━━!?」


 弾かれた。


 槍の先端が横から別の槍に叩かれ、弾かれる。

慌てて手綱を引いて馬を止めるとルナミアと此方の間に槍を持った騎士が割って入ってきた。


「白銀騎士団団長、ガイウス・ボルダー殿とお見受けする!!」


「そ、その鎧! まさかランスローか!!」


 若き騎士は「いかにも!!」と言うと牛を象った兜のバイザーを上げる。


 フランツ・ランスロー。

前団長クリストフ・ランスローの子。

それが目の前に立ちふさがっていた。


「っく! ランスロー卿!! 己のしていることの意味を理解しているのか!!」


「ああ理解しているとも!! 俺は正義の為に槍を取り、レクター大公と戦っている!!」


「御父上が率いた騎士団に刃を向けているのだぞ!!」


 そう怒鳴りつけるとフランツは神妙な顔で頷く。


「その通りだ。俺も白銀騎士団と戦うのは心苦しい。だが、父ならばこう言うであろう! 騎士団が大義を失ったのであればそれを打ち破るべし、と!!」


 フランツがバイザーを下げ、槍を構える。

その動きに対して此方は忌々し気に舌打ちをした。


(ランスロー……!! どこまでも目障りな!!)


 自分は白銀騎士団でも随一の武勇の持ち主であった。

間違いなく次期団長。

そう思っていた。

だが前団長クリストフは”腕は立つが器無し”と此方を蔑み、自分よりも劣るものを次期騎士団長にしようとしていた。

許されぬ。

断じて許されぬ。

そのようなこと、認めてなるものか!!


「ならばランスローを討ち、俺は名実ともに白銀騎士団の団長となるのみ!!」


 此方も槍を構え互いに円を描くように旋回した。

そしてほぼ同時に加速し、互いの馬の尻を追いながら駆ける。


「!!」


 離れた。


 お互いに反対の方向へ駆け、そして反転する。

そして向かい合うと一直線に突撃を開始した。


 槍を片手に先端を敵の胸に向ける。

敵も槍を此方に向けており、互いにすれ違いざまに突き刺そうとしているのが分かった。


(甘いわ!!)


 敵の不意を突き、槍を投げた。

敵は此方が正面から騎馬突撃を行うと考え、真っ向勝負をしようとしていたのだろう。

だがそのような危険な行為をするものか!


 投げた槍は真っすぐにフランツの胸目掛けて飛んでいく。

このまま槍が敵を貫く。

そう思った瞬間、敵は馬上で大きく後ろへ仰け反った。


「なに!?」


 それにより投げた槍は敵の胸の上を掠め、遥か後方に落ちてしまう。

更に敵は仰け反った体勢で大きく槍を横に振った。

すれ違いざまに腹に槍による打撃を喰らい、落馬してしまう。


 背中から落ち、息ができなくなる。

どうにか起き上がろうとした瞬間、それが見えた。


 若牛だ。


 己の馬より飛び降り、此方目掛けて落下してくる若牛。

それ目掛けて思わず手を伸ばすと━━貫かれた。


 落下の力を乗せた渾身の一撃が此方の喉を貫く。

口から大量の血を噴き出し、目を見開きながら体の上に着地したフランツの鎧を必死に掴んだ。


「お……の……れ、ラン……スロー……。どこまでも……俺の……」


 そして怒りと絶望を胸にこと切れるのであった。


※※※


 ヴォルフラムは騎兵隊の突撃が失敗したのを見ると思わず感嘆してしまった。

敵に何か策があるのではと思っていたが成程、槍衾か。

騎兵相手には非常に有効な戦術だ。

此方は敵に長槍がないと思っていたため完全に不意打ちを喰らったことになる。


(敵の騎兵隊が退いていてくれて助かったな)


 此方の騎兵隊は完全に機能不全となった。

もし敵に騎兵戦力が残っていたら危なかっただろう。


「……ヴォルフラム、貴様笑っているのか?」


 不機嫌そうなレクターにそう言われ頷く。


「ええ、まあ。敵ながら天晴れと。此方は騎兵を失いましたが戦力は依然圧倒している。まずは騎兵を後退させ、再び弓兵隊と鉄砲隊の攻撃の後歩兵隊による包囲を……」


「すぐに弓兵隊を出せ」


 その言葉にその場にいた者は皆息を呑んだ。


「まだ味方の騎兵隊がおりますが?」


 レクターの目をじっと見つめ、そう訊ねると彼は「それがどうした」と鼻を鳴らす。


「貴様も分かっていよう。もう騎兵隊は駄目だ。あれでは退く前に壊滅する。ならば有効利用しなければ」


「…………」


「勝つためならば手段を選ばない。貴様が良く言っていることであろう」


 確かに勝つためには手段を選ばないのが自分の信条だ。

レクターの言っていることは一理ある。

あの状況では騎兵隊が撤退するのは困難だろう。

仮に撤退できても壊滅状態となっている筈だ。

ならば奴らには敵の気を引いてもらい、その間に次の攻撃を開始する。

だがこれには欠点もある。


「味方ごと敵を討つのは兵の士気に関わります」


「兵の士気など辺境伯軍を敗走させればいくらでも上がる。まさか貴様、今更臆したとは言わないだろうな?」


 レクターに睨まれ首を横に振る。

臆してなどいない。

あくまでも大公閣下に味方殺しのデメリットを説明しただけだ。

デメリットを承知のうえでやれと言うのであれば……。


「弓兵隊を前に出せ。号令と共に再び一斉射撃を開始しろ」


「は……は!!」


 周りの騎士たちが慌てて動き出す。

その様子にレクターは満足そうに頷くと「これで戦が決まるかもしれぬな」と口元に笑みを浮かべる。


「そうであって欲しいものですな」


 弓兵隊が再び前進し、弓を構える。

そして士気をする騎士の号令の下、一斉に矢を放ち始めるのであった。


※※※


「敵将、ガイウス・ボルダー!! 討ち取ったぁー!!」


 遠くからフランツの声が聞こえてきた。

その声に中央の反大公軍は歓声を上げ、逆に敵の騎兵隊は更に動揺する。


(流石だな……フランツ!!)


 エドガーは騎兵を一人斬り倒しながら笑みを浮かべた。

フランツが敵将を討ってくれたお陰で敵軍の士気は完全に尽きた。

あとは敵が逃げ出すまで徹底的に叩くだけだ。


「はい、一丁! ほい、二丁!! そんでもって三丁!! いやあ、大漁大漁!!」


 メリナローズが魔力の鎖で騎士たちを絡めとり、次々と馬から引き下ろしているのが見えた。

彼女に引き下ろされた騎士はあっと言う間に此方の兵士たちに囲まれ袋叩きにされている。

必死に助けを求め、兵士たちに嬲りごろされる騎士を見ると胸が苦しくなる。


 子供のころは戦場における騎士というのはもっと華やかなものだと思っていた。

だが現実はこれだ。

戦は凄惨で、泥にまみれている。

華などどこにもなく、ただ血だまりだけが広がっていく。


「エドガー君、よそ見は駄目!」


 近くまでやってきたメリナローズが馬に乗っている此方の足をぽんと手で叩く。


「人の死に姿を見続けると呑まれるよ」


「分かっているさ……」


 明日は我が身だ。

だがそうなるわけにはいかないため、例え惨かろうとやり切るしかない。


 ふと上を向いたら空を埋め尽くす何かが見えた。

それが矢だと気がつくとすぐに「矢が来るぞ!!」と叫ぶ。


 突如降り注いできた矢は敵味方関係なく命中し、次々と騎士や兵士たちが倒れていく。

此方の馬にも矢が命中してしまい、馬から放り出されるとメリナローズが慌てて「大丈夫!?」と引き起こしてくれる。


「すまない! だが奴ら目……味方ごと撃ってきたぞ!!」


「なりふり構わないって感じだにゃあ……」


 これは非常に不味い。

敵との乱戦中のため、矢を防ぎようがない。

再び矢が降り注ぎ、味方が多数倒れるのを見て拳を強く握りしめた。


「撤退よ!! 全軍、撤退せよ!!」


 ルナミアの声が聞こえた。

ルナミアが馬上から必死に撤退の指示を出し、角笛が鳴り響く。

すると味方は皆、敵と戦うのを止め後ずさり始めると一気に走り出した。

此方もメリナローズと目を合わせて「走るぞ!!」と言うと彼女の手を引いて駆け出すのであった。


※※※


「敵が崩れたぞ!!」


 反大公軍が戦列を見出し、撤退を開始するのを見ると将兵は大いに湧き上がった。


 味方ごと矢の雨を降らせたのが決め手となったか?

あとは逃げる敵を包囲しながら追撃すれば……。


「お味方、右翼が突撃を開始しました!!」


「……愚か者共が」


 功を焦った右翼側の部隊が号令を待たずに突撃を開始してしまった。

それに釣られて他の部隊も動き出し陣形が大きく崩れる。

これでは包囲など不可能であろう。


「ヴォルフラム! 我らも続くぞ! これでは貴様の策も成るまい!」


 レクターにそう言われ大きくため息を吐く。

こうなっては流れに身を任すしかない。

敵がモーレナ砦に逃げ込む前に徹底的に追撃し、壊滅させるべきだろう。


「致し方なし、ですな」


 そう呟くとレクターは剣を掲げ、「これより追撃戦に移る!!」と宣言した。


「一人として生かして帰すな!! この平原を奴らの地で染め上げよ!!」


 レクターの言葉と共に大公軍は喚声をあげる。


 昼過ぎ。

反大公軍は撤退し、大公軍が全軍で追撃を開始するのであった。


※※※


 平原の草むらの中にエルたちは伏せて潜んでいた。


 戦が始まってから2時間程経過している。

戦況が全く分からないため兵士たちは皆緊張していた表情で伏せていた。


『ねえねえ、エルさん?』


 隣にいた鉄塊━━クロエが声を掛けてきたため「なんですの?」と伏せながら首を傾げる。


『ルナミア様たち無事かなあ』


「無事ですわよ。ルナミア様なら必ず策を成功させますわ」


 そう信じるしかない。

もし策が失敗していたら……もし既に味方が壊滅していたらその時は全部終わりだ。


「わたくしたちは時を待ち、己に与えられた使命を全うするだけですわ」


 『そっかあ』とクロエは頷くと沈黙する。

そして暫く互いに無言でいるとクロエが再び『ねえねえ、エルさん?』と声を掛けてきた。


「なんですの?」


『こうして寝そべっていると、眠くなるなあって』


「貴女、結構余裕がありますわね」


 まあ余裕があることは良いことだ。

緊張しすぎて大事な時に動けなくなるよりも全然いい。

自分も少し心を落ち着かせるためこうやって草の絨毯に顔を着け━━。


「━━音が」


 音がした。

遠くの方から地面を伝わって聞こえてくる音。

重く、響くような音の連なり。

それが何なのかはすぐに理解できた。


 片手をゆっくりと上げると伏せていた兵士たちがゆっくりと起き上がる。

そして身を屈めて弓を手に取り、腰に提げている壺に布を巻いた矢の先端を入れる。

音が更に近づいてくる。


 少し軽めの音がまず先に、それから重く何千も連なる敵意に溢れた音。

その音を聞き口元に笑みが浮かんだ。


(策が成りましたわね)


 自分も腰に提げていた壺に矢の先端を入れ、壺から出すと油がたっぷりと付着した矢尻が現れる。


『エルさん、見えたよ。ルナミア様たちだ』


 クロエが指さす方角から辺境伯軍の旗を掲げた必死に走っているのが見えた。

その後方から大公軍が現れ、辺境伯軍を猛追撃している。


 辺境伯軍の最後尾を走っていた兵士たちが突如停止し、反転した。

そして追撃してくる大公軍に突撃を敢行するのを見届けると拳を強く握りしめる。

彼らは少しでも時間を稼ぐため身を投げ出してくれているのだ。


「皆さん、見えまわしたわね。わたくしたちの仲間が命を投げ出して策を成功させようとしてくれている。━━必ず果たしますわよ」


 そう言うと弓を持った兵士たちは力強く頷く。


 あと少しだ。

あと少しで境界線を越える。


「点火開始。わたくしの合図で一斉に矢を放ちますわ」


 松明を持った兵士が弓兵隊の矢に火を点けていく。

そして私が大弓を構えるとそれに合わせて弓兵たちも弓を構える。


 味方は境界線を越えた。

敵の先陣も境界線を越えた。

だがまだだ。

もっと、もっと敵を引き込まなくては。


「味方が追い付かれます!!」


「まだ駄目ですわ」


 最後尾の味方が敵に追い付かれ始め後ろから斬りかかられている。

草原に一人、また一人と味方が斃れていく光景に弦を引く力がこもる。


 堪えろ。

堪えるのだ。

ここで逸れば味方の犠牲が全て無駄になる。

どんなに悔しくても、怒っても判断を間違えるな。


 そしてついに敵の半数以上が境界線を越えた。

それと同時に目をカッと見開き、力一杯大声を出す。


「放てえ!!」


 矢を放つ。

何十もの火矢が一斉に放たれ、放物線を描いて勝利に向かっていく。

そして味方を追撃している敵軍に降り注ぐのと同時に勝利の策が火を噴いたのであった。

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