第50節・東方の援軍
メフィル艦隊の背後、東方より現れたのは六隻のガレオン船と十二隻の小型船からなる艦隊であった。
船には所属を示す旗は掲げられておらず、陣形を組んだ状態でメフィル艦隊へと接近を続けている。
そんな艦隊の内、先頭にいるガレオン船の甲板に一人の少女が居た。
氷竜王・フェリアセンシアだ。
黒い髪を靡かせ、船首から前方でのクルギス艦隊と交戦中のメフィル艦隊を見ると隣に立っている白髪に口ひげを生やしたミカヅチ人の老人に「さて」と声を掛ける。
「ようやくシェードランに戻ってきたと思ったらなんだか大変なことになってますねー。港に入るにはあの艦隊が邪魔ですけどどうしますー?」
「無論、叩くしかないでしょうな。奴らが我らを素直に通してくれるとは思えませぬし」
「ですよねー。で? トウゴウさん。”どっち”と戦うので?」
そう老人━━トウゴウに訊ねると彼は目を細めてメフィルの艦隊を見る。
「大公側であるクルギスとその同盟者であるメフィルが争っているのは妙な事。どうやら仲違いをしたようですな。ならば敵の敵は味方と言いますゆえ……」
トウゴウはメフィルの艦隊を指さし、「あちらをやりましょう」と言う。
それには賛成だ。
メフィルは自分たちにとっても、シェードラン辺境伯家にとっても大敵だ。
それを今ここで叩くのは大賛成だ。
「……もしクルギスさんが攻撃して来たら?」
「その時はクルギス軍も打ち倒すのみ」
できればそうはならないで欲しいが状況が全く分からない以上、最大限の警戒をするしかない。
本当にヤバくなったら力を解放するかフェンリルを召喚して敵を撃退するしかないだろう。
「お二人とも! きっと大丈夫です!! 恐らくクルギス伯爵はついに正義に目覚めたのでしょう!!」
物凄い大声が背後から聞こえてきたため耳を塞ぎながら振り返る。
すると此方に向かって歩いてくる一人の男がいた。
明るい茶色の髪をし、傷だらけの鎧を着た青年。
彼の名はフランツ・ランスロー。
元白銀騎士団団長、クリストフ・ランスローの一人息子だ。
彼は自分と同じように義勇軍としてキオウ領奪還戦に参加しており、戦が一段落したためシェードラン領に帰還している最中だ。
「クルギス伯爵の心に正義が芽生え、悪逆非道なメフィルと袂を分かったのでしょう!! ならば同じく正義を求める我らの同胞!! 同胞は守らなければ!!」
「ああ、はい。いつもどおりで安心しました」
フランツは非常に優秀な騎士だ。
戦場では勇猛果敢。
常に最前線で戦い、敵陣に切り込む姿から”若牛”と称されディヴァーンとの戦いでも多くの武功を立てた。
だがまあ、少々というか結構な短所もあり彼を一言で表すならば”正義馬鹿”だ。
絵物語に出てくる騎士のように振舞い、己の正義をどこまでも貫き通す熱血漢。
熱血過ぎて氷を司る自分には暑苦しすぎる。
「はは!! お褒め頂き感謝いたします!! さあ、トウゴウ殿!! いざ! 正義の戦をっ!!」
「あの……近くで大声出さないでください……。耳が……」
「おお! 申し訳ない!! 気を付けます!!」
いや、全然気を付けてないだろう、お前。
何か言うのも面倒くさくなったので耳を塞ぎながらトウゴウの方を見ると彼は肩を竦めた。
「正義かどうかは分かりませんが戦はしましょう」
そう言うとトウゴウは腰に提げていた刀を引き抜き、甲板にいる兵士たちに指示を出す。
「総員戦闘配置!! 旗を掲げろ!! メフィルに一泡吹かせるぞ!!」
「おお!!」
甲板の兵士たちが鬨の声をあげると一斉に動き始める。
そして太鼓の音を鳴り響かせると船のマストに黒い海賊旗を掲げるのであった。
それを見たフランツは「むむ?」と眉を顰めると「どうして海賊旗なぞを掲げるのですか」と訊ねた。
「我らは”どこにも所属していない”ことになっている艦隊。キオウの旗は掲げられないのですよ。今回の戦に乱入したのは海賊の艦隊。表向きはそう言うことにするためです」
「……成程、これは己の正体を隠した正義の戦。故にあれは海賊旗であって海賊旗ではない。我らの自由な正義を象徴する旗ということですな!!」
「いや、そういうわけでは……」
「あ、はい。もうそう言うことでいいです」
取り敢えず話しを切り上げようとするとフランツは「よし!」と船の端に行き、鎧を脱ごうとし始めた。
「……何をしているんですかー?」
「戦う準備です!!」
え? まさか泳ぐ気なのか?
どうしたらこのお馬鹿を止められるか頭を悩ませているとランスロー家の兵士たちがやって来て「ああ!? 何をしていらっしゃるんですか!?」とフランツを拘束した。
そしてそのまま船の中に引きずっていくのを見届けるとトウゴウが苦笑しながら「愉快な方ですな」と言う。
「実力はあるんですけどねー。本当に」
さて、喧しいのは去った。
これで戦いに集中できるだろう。
「さて、キオウ水軍の実力。拝見させていただきましょうかー」
「うむ! 氷竜王殿! キオウの戦、とくとお見せしましょう!!」
トウゴウが号令を出し、キオウ艦隊が最大船速でメフィル艦隊に突撃を開始する。
それに対してメフィル艦隊も敵襲来に気が付き、応戦を開始するのであった。
※※※
(ええい! どこのどいつかは知らんが邪魔をしてくれる!!)
突如現れた新手にクロージャは舌打ちをすると突撃してくる新手の艦隊に対して応戦するように指示を出した。
クルギス艦隊と交戦中であったため対応が遅れ、敵にかなり接近されてしまった。
敵はガレオン船を前面に出し、真っ直ぐに此方に突っ込んでくる。
「直進してくるとは愚か者どもめ!! 左舷、全砲放て!!」
号令と共にドレッドノートの左舷にある砲が一斉に火を噴く。
それに続いて護衛の艦隊も攻撃を始め、激しい砲撃が所属不明の艦隊に襲い掛かる。
何発の砲弾が敵艦に命中するが敵の勢いは衰えず、むしろ増していくのが見えた。
「……正気か!?」
艦隊戦において砲の配置の問題から丁字に持ち込まれるのは圧倒的不利。
それなのにあの敵艦隊は船首をこちらに向けて突撃を仕掛けてきているのだ。
(敵の狙いは……まさかラムアタックか!?)
魔導砲や大砲が登場したことにより船首にある衝角で体当たりをするラムアタックは行われなくなりつつある。
だがその威力は絶大なためどうにか敵の砲撃を掻い潜れれば十分有効な戦術だ。
もし敵の狙いがラムアタックならば敵はとんでもない命知らずだ。
「先頭の船に砲撃を集中させろ!! 奴らの足を止めるのだ!!」
「ク、クロージャ様!! クルギス艦隊が更に接近してきます!!」
「ちぃ!!」
此方に圧倒されていたクルギスの艦隊が息を吹き返し、猛反撃を開始し始めていた。
奴らめ、あの新手と連携し此方を挟撃しようとしているのか!!
「後列の艦隊はクルギス艦隊の牽制!! ドレッドノートと前列の艦隊は新手を叩く!!」
「ク、クロージャ様!? 新手の方が!!」
「ええい! 今度はなんだ!!」
部下が指さすほうを見ると絶句した。
海を狼が走っていた。
新手の艦隊の砲から海を凍らせ、道を作り出しながら漆黒の大狼が此方に迫ってきている。
(あれはいったい何だ!?)
ともかくアレを止めなければいけない。
そう判断し、「あの狼に砲撃を加えろ!!」と指示を出す。
「だ、駄目です! 射角が……!!」
あの大狼は海面を走っているためドレッドノートの砲では攻撃できない。
ならばと甲板にいた魔術師たちに攻撃を指示する。
火炎魔術師たちが火球を放ち、雷魔術師たちが稲妻を落とす。
すると大狼の周りに突如氷のドームが現れた。
そのドームにより魔術師隊の魔術が全て防がれ、砕けたドームから大狼が現れる。
「あ、あれを受け止めただと……!? ま、まさか、あれは……!!」
魔術師たちが狼狽え始めた瞬間、大狼から━━いや、大狼の上に乗っていた少女から巨大な氷の槍が放たれる。
氷の槍はドレッドノートのすぐ後方にいたガレオン船の左舷に深く突き刺さり、大穴が開いたことによって船が傾き始めているのが見える。
(一撃であの威力だと……!?)
「ま、間違いない! アレは……”東の魔女”!?」
”東の魔女”。
それはアルヴィリアに存在する二大魔女の一人。
氷竜王フェリアセンシアだ。
”東の魔女”はキオウ領にいるという話しであったはず。
ならばあの艦隊は……。
「おのれ……キオウめ!!」
”東の魔女”が海面に次々と氷の壁を召喚し、キオウの艦隊を砲撃から守っていく。
そしてついに一隻のガレオン船が味方のガレオン船の側面に体当たりを敢行してしまった。
体当たりをされたほうの船は轟音と共に船体が砕け、割れていく。
そして瞬く間に真っ二つになると転覆していった。
「……総員、白兵戦準備!! 乱戦になるぞ!!」
既にキオウの艦隊はメフィル艦隊に突入し、戦列は大きく崩れてしまった。
小型の船が味方の船に張り付き、敵兵が船に乗り込んでいるのが見える。
「これだからミカヅチ人は嫌なのだ! 命知らずの野蛮人どもめ!!」
キオウ艦隊の突撃が成功したことによりクルギス艦隊も更に肉薄してきている。
これでは最悪の場合艦隊が壊滅してしまうかもしれない。
このドレッドノートを失うことだけは避けなくてはならない。
ならば……。
「全艦に指示!! この場を撤退する!! 死ぬ気でこのドレッドノートを守れ!!」
「は、はい!!」
部下が太鼓や旗によって味方艦に指示を出す。
その光景を見ながら歯ぎしりをし、近くの手すりを思いっきり叩くとキオウの艦隊を睨むのであった。
※※※
(いやあ……まさか真っ直ぐ突撃するとは私も思いませんでしたねー)
氷の精霊王・フェンリルに跨りながらフェリアセンシアはキオウ艦隊の方を見た。
ミカヅチ人は忠義に篤く、戦では己の命を投げうって戦うのは有名だ。
キオウ領奪還戦でも彼らの無謀ともいえる突撃により何度もディヴァーンに勝利してきていた。
故に今回の戦でもある程度は無茶なことをするのだと思っていたが予想を上回った。
「まあ、無謀なように見えてちゃんと考えているんでしょうけれども」
新型の巨大艦を所有するメフィル艦隊と並走して砲撃戦のするのは危険だ。
ならば右舷側をクルギス艦隊が圧力を掛けているうちに敵艦隊に突入し、乱戦に持ち込もうというのがトウゴウの作戦であった。
そしてそれは見事に成功した。
自分が手伝わなければ一、二隻は沈んでいたかもしれないがそれでもどうにかこの突撃は成功していただろう。
「肉を切らせてなんとやって奴ですねー」
あの巨大船、砲の搭載数が非常に多く砲撃戦では圧倒的な強さを誇っているが見た目通り機動力が無いようだ。
肉薄できれば正気あるだろう。
「さて、じゃあもう少しお手伝いを……ん?」
ふと気が付いた。
ベルファの町のある方角から何やら懐かしい気配を感じる。
これは……まさか……。
フェンリルが喉を鳴らして頷く。
そうか、やはりそうか。
この感覚。
あの日、もう二度と会えないと覚悟していた私の半身。
「……クレスセンシア、生きていたのですね」
自然と口元に笑みが浮かぶ。
あの喧しい半身に今すぐに会いに行きたいところではあるが……。
「今はこっちのお仕事優先ですねー」
メフィルの艦隊は既に敗走しつつある。
あともう一押しすればこの海戦は此方の勝利となるであろう。
「フェンリル、もうひと働きですよ。あ、私はそろそろ眠くなって来たので後は適当にー」
フェンリルの体に抱き着き脱力すると氷の精霊王は呆れたようにゴロゴロと鳴いた。
そして遠吠えをすると一気に駆け出し、メフィルの艦隊へと突撃を開始するのであった。
※※※
ユキノは薄暗い倉庫の中で罠を張り終えると物陰に隠れた。
完璧とはいかないが仕込みは十分に出来た。
あとはあの男がここにやってくるのを待つだけだ。
(……来る、でしょうか?)
いや、来る。
私があの男との決着に執着しているようにあの男も私に執着している。
奴は必ずここに現れ、私を仕留めようとするはずだ。
「……っ」
静かに息を顰めると脇腹が酷く痛む。
応急処置として切り裂かれた脇腹を自分で縫ったが血は未だにじわじわと流れ出ている。
深手を負った時の対処方法を習っていなければ今頃失血死していたことだろう。
「皮肉なものですね。私が殺そうとし、殺されそうになっている男のお陰で助かるとは」
サイゾウからは殺しの知識外にも医術、薬術等も教わった。
それ以外にも任務に関係ない話術やら一般教養なども教わったこともある。
どうしてそのようなものまで教えてくれたのかは分からない。
人形に余計な知識を持たせるのは危険だとサイゾウも分かっていただろうに。
(だからこそ私はいまだに彼を師と……父と思っているのかもしれませんね)
空っぽだった私に生きることを教えてくれた男。
我が師にして父。
そして今は最大の敵だ。
あの男の”娘”であったからこそ分かる。
あの男は決して手を抜かない。
迷わず私を殺しに来るだろう。
だから私も彼の”娘”として迷ず奴を殺す。
「……来ましたか」
倉庫に誰かが入ってきた。
見なくても分かる。
この足音、息遣い。
サイゾウが私を殺しに来たのだ。
「なるほど。悪くない場所を選んだな。ここならば影に潜むことができる」
私が今いるのは港にある大きな倉庫だ。
ここは船の荷を保管する場所であり、背の高い棚が幾つも並び立っている。
そこら中が死角であり、私たち忍びにとっては最も有利な戦場となる。
サイゾウがゆっくりと歩き始めた。
辺りを警戒し、棚の影を全て確認しながら進んでいく。
この男に死角はない。
ただ普通に物陰から飛び出して斬りかかっても返り討ちに会うだろう。
「思い出さんか? 昔のことを。昔もこうやってお前に狙われたことがある」
覚えている。
訓練として森の中でサイゾウと一騎打ちをしたことがある。
互いに真剣を使い、私は森に入ってきたサイゾウを奇襲するという訓練だ。
そしてその訓練の結果は━━。
「さて、来いよ我が弟子。昔よりはマシになっていることを祈るぞ」
一歩、前に出る。
そうだ、そのまま前に来い。
再び一歩前に出る。
あと……もう一歩。
「……そういことか」
突如サイゾウが駆けた。
此方の考えが読まれていたことに舌打ちすると左手に巻き付けていたワイヤーを一気に引く。
すると事前に支柱に切れ込みを入れていた棚に巻き付いていたワイヤーが支柱を完全に断つ。
それによりサイゾウの両側にあった棚が倒れ、彼を押しつぶそうとした。
(抜けられますね……!!)
棚が倒れるよりも敵の方が早い。
ならば次の策に移るだけだ。
サイゾウの進路に飛び出すと苦無を構え、「覚悟!!」と突撃をする。
「策は破ったぞ!!」
いや、まだだ。
まだ策は続いている。
ワイヤーを仕込んだのはさっきのところだけではない。
敵があの罠を突破してくることを想定し、物陰に幾つものワイヤーを潜ませている。
影縫い。
これはあの男に教わった技の一つだ。
死角にワイヤーを仕込み、敵を呼び込む。
そして敵が突撃してきたことろで手に持ってるワイヤーを引くことで影から蜘蛛の巣状に罠を展開するのだ。
サイゾウが巣に入った瞬間、今度は右手のワイヤーを引く。
すると物陰から次々と影に潜んでいたワイヤーが現れ、敵を絡めとろうとした。
だが……。
「━━策は破ったと言ったはずだ」
跳んだ。
サイゾウは此方の策を完全に読み切り、後方へと跳躍する。
それにより影縫いは不発に終わり敵は口元に笑みを浮かべた。
「く!!」
二つの罠を抜けられたことにより流石に焦る。
敵が刀を振り上げながら飛びかかってきたため苦無でそれを受けると敵に押され片膝を着く。
それと共に縫った傷口が開き、大量の血が噴き出した。
「一つ目は判断が遅い! 二つ目は速すぎる!!」
サイゾウがスッと力を抜いたため身体が思わず前のめりになり、そこに蹴りを喰らった。
腹に蹴りを受けたことにより大きく吹き飛ぶと近くの棚に叩きつけられてしまった。
本当にマズい。
血を流し過ぎたことにより意識が朦朧とする。
このままでは……。
「お前に技を教えたのは俺だ。ならば教えた通りでは勝てぬと知れ!!」
「ま、まだ……です……」
ふらつきながらどうにか立ち上がった瞬間、私は側頭部に強烈な衝撃を得た。
刀の頭だ。
サイゾウは一気に踏み込むと私の側頭部に刀の頭を叩き込み、それにより私の意識は闇の中に沈むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます