第35節・漆黒の殉教者
(何だ……?)
ツヴァイは突如現れた漆黒の騎士と向かい合いながら奇妙な感覚に首を傾げた。
背中がピリピリする。
妙に落ち着かず、軽い興奮状態になっている気がする。
この感覚、まさか━━。
「オレがビビっている?」
己の中の野性が全力で警戒している。
ツヴァイ、アレはヤバイぞと。
(オモしれぇ……!!)
初めての感覚だ。
これまで雑魚しか殺して来なかったから体の奥底から湧き出るゾクゾクとした感覚が愉快でならない。
これだ。
この感覚こそオレが求めていたものだ!!
口元に笑みを浮かべ、突撃する。
アレと戦えば腹一杯になれるかもしれない。
生まれてからずっと燻っていたものが一気に燃え上がるかもしれない。
とにかく一刻も早く殺り合いたい。
掴んでいた餓鬼を突き飛ばし、己の感情の思うがままに駆け出して拳を構えた。
さあ、来い!
楽しくやろうぜ!!
笑みを浮かべながら騎士に飛び掛かろうとしたが……。
『…………』
「……!?」
斬られた。
いや、斬られてはいない。
蛇を象った兜越しに騎士の殺気を感じ、まるで袈裟斬りにされたかのような感覚になる。
即座に後ろに飛び退き思わず己の肩に指で触れる。
無事だ。
何ともない。
だが呼吸は早くなり、血が燃え滾るように熱い。
『理性なき獣かと思ったが考える頭はあったか。いや、これもその剥き出しの獣性故か?』
「さあて、な。そんなもんどっちでもいいだろうが」
気がついた。
騎士の手にはいつの間にかに純白の剣が握られている。
奴め、いつ鞘から剣を抜いた……?
『"大淫婦"、退がっていろ。コイツは私が抑えよう』
「お! 助かるぅ! そいつ、か弱いアタシに酷いことしたクソ野郎だから存分にやっちゃって!!」
"大淫婦"が餓鬼どもを抱えて逃げ出す。
別に構わない。
あんな雑魚のことはどうでも良い。
それよりも……。
「"殉教者"……。そうか、テメエがオヤジの言っていた奴か」
"使徒"最強と言われる漆黒の騎士。
滅多に表舞台には現れないそうだがまさかこんなところで遭遇できるとはオレは実に運が良い。
上等な獲物の登場に高揚し、身震いする。
両手に火球を生み出し”殉教者”に放つ。
敵は此方の攻撃に対して静かに剣を構えると━━払った。
一太刀。
だが一瞬で二つの火球を切り払い、消滅させる。
ならばと今度は両手を地面に着き魔力を大地に送り込んだ。
「爆ぜろよ!!」
”殉教者”の足元が赤熱化し火柱が立つ。
広範囲を一瞬で焼き払う技。
あの炎はただの炎ではない。
鋼すら一瞬で溶かす地核の熱だ。
近くの建物が燃え上がり逃げ遅れた人間たちの悲鳴が聞こえる。
燃えろ燃えろ。
燃えて焼けて全部灰になれ!!
火柱は町の全てを焼き尽くす。
そうなるはずだった。
「!?」
再び一閃。
火柱が断ち切られ、消滅していく。
燃え盛る業火の中から騎士が現れ、もう一太刀剣を振るうと炎は全てあの純白の剣に吸い込まれた。
『粗野な火だ。ただの力押しが通じると思ったのか?』
何が起こった?
今、あの剣に炎が吸い込まれたように見えた。
奴の剣は何か特殊なものなのか?
「……ゾクゾクするぜ」
あの敵は此方の攻撃を軽く払ってみせた。
その事実が心の底から嬉しい。
さあ、ツヴァイ。
ついにこの時が来た。
己の中の獣を放て。
此奴は全力を出すに相応しい相手だ。
「行くぜ、オラァ!!」
両腕を限界まで赤熱化させ突撃する。
腕は先ほどの火柱に匹敵する熱を持っており、触れるだけで相手を焼き抉れるだろう。
走りながら右手で地面を掬うとそのまま岩盤を放り投げた。
それに対して”殉教者”は再び剣を構えると剣に光を纏わせ岩盤に放つ。
岩盤と放たれた光が激突し、大爆発を引き起こすとその隙に敵を己の間合いにいれた。
両腕を構え、腰を落としてしっかりと踏み込むと高速の連続打撃を放つ。
一撃必殺の攻撃を数秒の間に何百と放ち、敵を滅多打ちにしようとするが敵は冷静に剣で此方の拳を全て受けて見せた。
「シャラァッ!!」
力を籠め、強烈な正拳突きを放つと”殉教者”は拳を剣で受けて後方へスライドしながら押し飛ばされる。
そこへ更に跳び蹴りを放つと敵は押し飛ばされた体勢から左腕を伸ばし、此方の足を掴んだ。
そしてそのままフルスイングで放り投げたため、空中で姿勢を変え、近くの建物の壁に足から着地する。
即座に壁を蹴り、バネのように敵に向かって跳ぶと敵は突きを放ってくる。
まっすぐに飛んできた此方を串刺しにしようという考えだろう。
だが……。
「アめェ!!」
突き放たれた剣を右手で掴む。
その際に指が何本か斬り落とされるが構わない。
この程度の損傷、すぐに直せるのがホムンクルスだ。
そのまま剣を掴んで軌道を変え、敵の横をすり抜けた。
そして背後に回り込むと回し蹴りを放つが……見ていた。
敵は既に振り返っており、此方の動きを見ていた。
「ちぃ!!」
回し蹴りは敵が強引に仰け反ったことにより鎧を掠る程度になってしまい、即座に放たれた敵の斬撃から逃れるために回し蹴りの態勢から跳躍して一気に距離を放つ。
敵から離れると指の再生を行うが再生が遅いことに気が付いた。
(なんだ……? 魔力が上手く送れねえ?)
刃に斬られた箇所の魔力が根こそぎ消滅している。
やはりあの剣、厄介そうだ。
『……成程。大体は把握した』
「あァン? 何言ってやがる!!」
『己の肉体を良く理解している。最高効率で骨や肉を動かし、最大の破壊力を生じさせる。並大抵の相手では歯が立たないだろう。だが━━』
”殉教者”が剣の柄を両手で握りしめ、正面に構える。
その瞬間、鳥肌が立った。
今まで以上に鋭い闘気。
まるで存在そのものが一つの刃になったかのような感覚。
『所詮は獣。獣性による力は人理の業に敵わぬと知れ!!』
消えた。
否、まるで光の如く目の前に移動してきたのだ。
「オレが……見えねえだと!?」
目には自信があった。
あの喧しいフィーアの動きも目で追うことが出来ていた。
だというのにこの敵の動きは全く見えなかったのだ。 "殉教者"が斬撃を放った。
此方の目には一太刀。
しかし……。
「……クソがッ」
二太刀喰らった。
一撃目は剣身の側面を横断する事で弾いたが不可視の二撃目が放たれていた。
本能に従い後ろへ大きく退がると喉元を刃が通過する。
敵は此方を逃すまいと一歩踏み込み、連続攻撃を放つ。
目で追えた斬撃は拳で弾き、見えない斬撃は直感に従って躱す。
敵との間に嵐のような攻防が繰り広げられ、拳が刃を穿つ度に火花が飛び散る。
敵の刃が少しずつ此方の体を切り刻み、そして━━。
『━━そこだ』
断たれた。
敵の攻撃を弾き、一瞬体勢が崩れた瞬間に放たれた斬撃。
それはあまりの速さからまるで光の線のようになり、此方の右腕を断ち切るのであった。
※※※
子供たちを逃した後、メリナローズはツヴァイと"殉教者"の戦いを近くの建物の屋根から見ていた。
強い。
相変わらず強い。
あの敵を"殉教者"が圧倒しており、その凄まじさに思わず乾いた笑いが出てしまう。
女神の加護を受けし者。
かつて"大祭司"は"殉教者"のことをそう呼んでいた。
なるほど、たしかにあの強さは女神に愛されているとしか思えない。
あの刃が此方に向かなくて本当に良かったと思う。
視線の先、戦いに大きな動きがあった。
"殉教者"とツヴァイは高速の攻防を繰り広げていたが"殉教者"刃が敵の腕を断ち切ったのだ。
僅かに動揺した敵を見逃す筈がなく、"殉教者"は即座に次の斬撃を放つが━━。
「あ!? ヤバイかも!?」
咄嗟に身を屈めるとツヴァイの全身が赤熱化し大爆発する。
(自爆……!?)
爆発は辺り全てを飲み込み一瞬で焦土と化していく。
幸い爆炎はここまで来なかったが熱風により肌が僅かに火傷を負った。
「もう! なんてことしてくれるのよぉ!!」
可愛い可愛いメリナちゃんの顔に傷が付いたらどうするつもりなのだ!
まあ、この程度の火傷すぐに治せるが……。
ともかく敵は"殉教者"を巻き込んで自爆した。
辺りに黒煙が立ち込め、二人がどうなったのかは分からない。
暫くその場で息を潜めていると煙の中から誰かが飛び出し、すぐ近くに着地した。
ツヴァイだ。
全身が酷く焼け爛れたツヴァイが呆然と立ち尽くしていた。
(うっそ……、あれで生きてる? 普通?)
驚異的な生命力だが流石にかなり消耗しているようだ。
今ならば仕留められるのではと考えているとツヴァイがポツリと呟いた。
「オレが負けた……?」
ツヴァイは信じられないといった様子で断ち切られた己の腕を見つめ、それから歓喜に顔を歪めて大笑いし始めた。
(えぇ……。狂った?)
困惑しながらも鎖を伸ばし仕掛けようとした瞬間、ツヴァイが笑みを浮かべたまま此方を急に見てくる。
「おい、豚ァ!!」
「誰が雌豚よ!!」
「オレは負けたな? 見たよな!!」
思わず頷くとツヴァイは嬉しそうに目を細めた。
「さいッこうだぜッ!! オイ、テメエ! あの騎士に伝えておけ! 次は必ず喰らってやるってな!!」
そう言うとツヴァイは跳躍し家の屋根を伝って離れていく。
その後姿を唖然と見送ると大きなため息を吐く。
「頭おかしいわ、アレ」
まるで玩具を与えられた子供ような騒ぎっぷりだった。
あの様子じゃ今後も”殉教者”を探して襲撃するだろう。
まあ、こっちに来ないならそれで良いのだが……。
「あ! そうだ! ”殉教者”は!?」
煙が晴れ、”殉教者”が焦土の中、一人佇んでいるのが見えた。
流石だ。
どうやらあの爆発でも全くの無傷だったらしい。
屋根から飛び降り、”殉教者”の前に着地すると「おつかれ、おつかれー」と笑う。
「いやあ、助かったにゃあ。もしかしてか弱いメリナちゃんを助けに来てくれた?」
『そうだ。奴がお前を狙っていると聞いたのでな』
あら、意外。
もともと”使徒”同士は互いを信用せず殆ど共闘をしないものだが”殉教者”は特に孤立というか孤高であった。
他者に全く興味のない奴だと思っていたのだがまさか助けに来てくれたとは……。
「アイツ逃げちゃったけど追ったほうが良かった?」
そう言うと”殉教者”は首を横に振る。
『いや、窮鼠猫を噛むと言う。どうせあの手の手合いは次も来る。その時に仕留めればいい』
”殉教者”は剣を鞘に納めると辺りを見渡した。
ツヴァイが暴れまわったせいで町はボロボロだ。
今夜だけでどれだけの人が死んだのだろうか……。
『アレの仲間らしきものがあと三人はいる。そいつらは”蛇”を狩って回っている』
「アイツなんなの? 人間……なわけないわよね?」
『それに関しては私から説明しよう』
突如第三者の声が聞こえ、慌てて身構える。
いつの間にかに背後に男が立っていたのであった。
※※※
黒いローブに身を包み、蛇の面を被った男。
”蛇”の構成員だろうか?
”殉教者”の方を横目で見ると”殉教者”は『大丈夫だ』と頷いた。
「……どちらさん? 初めて会うわよね?」
『ああ、初めましてだ。もっとも、私は君のことを良く知っているがね。ジュリエッタ』
鎖を放ち、男の眼前で止めた。
不意打ちだったが男は動じず、静かに鎖の先端を見つめている。
「次にその名で呼んだら殺すわ」
『以後気を付けよう』
鎖を降ろし、男を睨みつける。
その名前を知っているのは極一部の者のみ。
そして呼んでいいのは後にも先にも二人だけだ。
”殉教者”の方を睨みつけるが”殉教者”は『私は何も言っていない』と首を横に振った。
『私は君だけではなく他の”使徒”達のことも知っている。そして君たちを襲ったあの敵のことも』
「……アンタ、何者よ?」
そう訊ねると男は待ってましたと言うように慇懃に頭を下げ、一礼する。
『私は己を”隠者”と呼んでいる。”蛇”の計画を成就させる者。古き者に抗する存在。そして━━』
”隠者”と名乗った男が仮面を外す。
彼の素顔が現れ、思わず息を呑んだ。
「……うっそ。これは驚くわぁ……」
そこにはありえない顔があったのだ。
”隠者”は楽しそうに笑うと再び仮面を被り『さて』と手を広げ、天に向かってこう高らかに語る。
『では話そうか。私の目的を。脚本家気取りの悪神を打ち破る策を。そして”蛇”の真の目的を━━━━永劫世界の到来を果たすのだ』
雪の夜空の下。
人の歴史に隠れた二つの勢力が動き始める。
内戦に”蛇”、そして永き眠りから目覚めようとしている古き者。
エスニアは千年の節目を前に更に大きく揺れ動こうとしているのであった。
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