第28節・始祖の聖域
晩餐会を終えた翌朝。
私たちはレン女王に謁見し、"聖域"に向かうことになった。
"聖域"はエルフラントの都より北にあるとのことで私たちはレン女王に案内されながら"聖域"への道を進んでいた。
先頭をレン女王が歩き、私たちを守るようにガイと数名の守人が同行している。
私はクレスセンシアを背負いながらレン女王のすぐ後ろを歩いており、あたりの様子が変わって来た事に気が付いた。
先ほどまで聞こえていた草木のざわめきは無くなり静寂に包まれている。
道を歩く自分たちの足音が鳴り響き、妙な怖さを感じた。
そして暫くそのまま進み続けると関所のような門に辿り着き、レン女王が一歩前に出ると巨大な門がゆっくりと開かれ中から仮面と鎧を身に纏った男たちが現れた。
彼らはレン女王の前に来ると跪き、頭を深々と下げる。
女王は彼らに「ご苦労」と言うとガイの方を見る。
「これより我らは”聖域”に参ります。ガイ、後のことは━━」
「は! 外でお待ちしております!」
ガイの言葉にレン女王は頷くと「では行きましょう」と私たちを先導しながら歩き始めた。
私たちも女王の後を追って門を潜ると門の内側はちょっとした野営地のようになっているのが分かった。
門の内側の兵士たちは皆一様に面を被り、静かに私たちを見つめている。
「……彼らが”守護者”ですか?」
ロイがそうレン女王に訊ねると女王は頷く。
そして前方を指さすとそこには大きな洞窟があった。
あの洞窟の中にエルフたちの”聖域”があるらしい。
私たちはロイとヘンリーが事前に準備していたランタンに火を灯すと私たちはレン女王と共に洞窟に足を踏み入れるのであった。
※※※
洞窟の中は冬ということもありとても冷えていた。
私は思わず鳥肌が立ち、ミリも「さっむ……」と自分の身体を抱きしめるように歩いている。
暫くの間私たちは下に向かって洞窟を進み続けると床が人工的なものに変わったことに気が付いた。
これは……金属の床だろうか?
壁と天井も岩から床と同じような金属状の物に変化し、何やら光の筋のようなものが走っている。
「……灯りがある?」
ロイの言う通り金属の床の場所に来てから辺りが明るくなっていた。
壁の各所には火では無い白い光を放つ箇所があり、それが洞窟を照らしているのだ。
「この場所は遥か昔、我らの歴史書にすら載らぬほど古い時代に存在した”原初のヒト”たちが造りだした遺跡です」
「”原初のヒト”……。我がガドアの帝都も”原初のヒト”が造ったものだという迷信がありますが……」
「迷信ではありません。”原初のヒト”は確かに存在しました」
ユキノがレン女王に「なぜそう言い切れるのですか?」と訊ねるとレン女王は立ち止まり振り返った。
「何故なら始祖様こそその”原初のヒト”なのですから」
※※※
通路のような洞窟を抜けると地下に広がる大空洞に出た。
そのあまりの広さに驚き、更にそこにあったものに言葉を失った。
巨大な鉄の神殿だ。
先ほどまでの通路と同じ素材と思われる鉄でできた神殿が大空洞に存在しており、光の筋は神殿に向かって走っていた。
「……これは」
「霊廟です。歴代の女王が眠り、そして始祖が住まう宮殿」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? エルフの始祖って……千年も前の存在の筈よね!? 生きているわけが……」
ミリの言葉にレン女王は微笑む。
「生きていらっしゃいますよ。その為にわたくしたち女王がいるのですから」
「それってどういう……」
ミリの言葉をレン女王は「この先に行けば分かります」と遮り歩き出す。
私たちは顔を見合わせると頷き合い、女王に続いた。
霊廟は非常に巨大であり、こんなものが古代に造られたなんてとても信じられない。
霊廟の正門に続く階段を上ると大きな広場に出た。
そして門の周りに何かが沢山並んでいることに気が付き、それが何なのかを理解すると絶句した。
それは骸だ。
先ほど”聖域”の入り口で出会った”守護者”たちと同じ鎧と仮面を身に纏った骸が正門両横で並ぶように骸となっていた。
「”守護者”は死した後も歴代の女王と始祖様を守り続けます。彼らの魂はこの霊廟と共にあり、悪しき者が入り込めばその者に襲い掛かるでしょう」
レン女王がそう言いながら霊廟の正門前に立つと手を翳す。
すると門が低い音を立てながらゆっくりと開き始めた。
「この遺跡━━まだ生きているのですな」
ヘンリーの言葉にレン女王は頷く。
千年以上前の遺跡が未だに生きている。
まさか本当にエルフの始祖も生きているのだろうか?
レン女王が霊廟の中に入ったため私たちも彼女に続いて霊廟に入る。
霊廟の中は明るく洞窟よりは温かかった。
奥へと続く大きな通路の両横には何やら筒のようなものがあり、ミリが「なにかしらコレ?」と近づくと悲鳴を上げる。
「どうした!」
ロイが慌てて筒とミリの間に入ると彼は「これは……!」と驚きの声をあげた。
私たちも筒に近づくと筒には窓のようなものがあり、そこから”中身”が見えた。
人だ。
液体のようなもので満たされていた筒の中にはエルフの女性が入っていた。
まさか……これは……。
「━━歴代の女王です。エルフラント神聖国の女王はその任を終えると霊廟に移り、その命を森に、始祖様にお還えしするのです」
「この遺跡がまだ”生きている”のはまさか……」
ユキノの言葉にレン女王は頷く。
「この遺跡、いえ、始祖様は歴代の女王の命によって生かされています。始祖様を生かすことこそ女王最後の務め。全ては後世に知識を残し、そして来るべき日に備えるためです」
「来るべき日?」
私がそう訊ねるとレン女王は「その話は始祖様から直接お聞きになってください」と言い再び歩き始めた。
歴代の女王たちが己の命を捧げてまで生かし続けている始祖。
それはいったいどのような人物なのだろうか?
私はクレスセンシアをしっかりと背負い直し、女王と共に霊廟の奥へと向かうのであった。
※※※
霊廟の奥に到着するとそこは広い半円形の広間であった。
広間には浅い水が張られており、入り口から中心に向かって足場が伸びている。
そして広間の中心━━他と違い池のようになっている所には一本の光る柱が立っていた。
私たちは足場を進み、池の前に来るとレン女王がその場で跪く。
「偉大なる始祖様。今代の女王、レン・レ・レア。女神レプリテシア様の器たる少女たちをお連れしました」
『レンよ。よく連れてきてくれました』
「!?」
突然頭の中に女性の声が鳴り響いた。
私たちは何だと驚き、固まると光の柱が私を照らす。
『私はエルフたちの始祖、古の存在、”原初のヒト”。貴女方がこの場所に訪れることを待っておりました』
この声、まさかこの柱がしゃべっているのか!?
『その通りです。私は既に肉体を失いし存在。こうして貴女方とお話できるのも全ては我が子供たちの献身あって故』
肉体を失っている。
それは魂だけの存在ということだろうか?
いや、それよりも……。
「私たちを待っていたというのは?」
『今、この世界に太古よりの脅威が迫っています。それに対抗できるのは女神の力を引継ぎし者のみ。私は貴女に古の歴史を語り、決断を求める者』
突如広間が明るくなった。
私たちは何事かと身構えると辺りに景色が浮かび始めた。
それは世界だ。
どこまでも続く緑の大地、青い空。
私たちの目の前に何処かは分からぬ世界が突如浮かび上がった。
『これは太古の世界。貴女方が生まれるより数千年前のエスニア。嘗て、この世界には二人の女神が存在していました。創造と終焉を司る女神・アルテミシア。破壊と再生を司る女神・レプリテシア。双天の女神は”原初のヒト”を創造し、この世界に秩序と調和をもたらしていました』
風景が変わる。
緑の大地に次々と見たこともないような巨大な建造物が立ち並び、空を巨大な船が飛んでいる。
『”原初のヒト”や女神が生み出した他の生き物たちは互いに協調し合い、穏やかに暮らしていた。そして彼らは今よりも遥かに高度で繁栄した文明を築きました。しかし━━━━』
突如古代の文明が炎に包まれた。
建造物は崩れ落ち、空に浮かんでいた船は互いに攻撃し合い次々と撃沈していく。
それはまるでこの世の終わりのような風景だ。
『始まりが何だったのかは今でも分かりません。”原初のヒト”に悪しき心が宿り、それはまるで伝染病のように広がっていった。秩序と調和を愛した人々は他者から奪うことに喜びを感じ、果てない闘争を始めたのです。双天の女神と彼女たちに仕える使徒たちは無限に広がり続ける争いを止めようと何度も話し合いました。そして女神アルテミシアはある決断を下した』
次に移ったのは空より降り注ぐ光の柱であった。
柱は争い会っていた人々の頭上に降り注ぎ、全てを無に帰していく。
神罰。
その言葉が当てはまる光景だった。
『女神アルテミシアは世界の再構築を決断したのです。人々に宿った悪しき心を封じることは最早能わない。ならば全てを一度無に帰して、再度やり直そう。それがあの方と使徒たちの決断だった。しかしそれに異を唱えた存在がいた。それがもう一人の女神であるレプリテシアだったのです』
再び風景が変わる。
槍を片手に人々を率いる銀髪に褐色の女性。
あれが女神レプリテシアだろうか?
そして彼女と相対するように黒髪の女性が純白の杖を持って立っていた。
『レプリテシアは姉神であるアルテミシアの説得を行いましたが両者は決別し、争うことになりました。両神とその使徒たちの戦いは数百年に渡り行われ、天は割れ、大地は焦土と化しました。そしてついにレプリテシアはアルテミシアによって討たれましたがアルテミシアも深手を負い、永き眠りに着いたのです』
レプリテシアが砕け散り、アルテミシアも地に伏した。
人々は焼き払われ、滅んだ世界で膝を着き嘆き悲しんでいた。
『アルテミシアの使徒は姿を消し、レプリテシアと共に戦った私たち”原初のヒト”の僅かな生き残りは世界を存続させるようとしました。我々はレプリテシアの残した知識と技術で世界を再生し、己の眷属を生み出した。そして我らの眷属が再生された世界で広がり始めるのを確認すると過ちを繰り返さないため太古の知識を封じたのです』
辺りの風景が暗転すると元の広間に戻った。
私たちは始祖によって見て、知らされたことに言葉を失い固まってしまう。
「━━偉大なるエルフの始祖よ。正直まだ頭が追い付いていませんが太古の歴史については分かりました。ですがこれとリーシェ様に何の関係が?」
ヘンリーがそう問うと始祖が私を見た━━ような気がした。
『貴女方も既に知っているようにアルテミシアの使徒は歴史の裏に潜み、その勢力を広げていました。一年半前にアルテミシアの使徒である”大祭司”が討たれましたがまだ彼らは女神の復活を諦めてはいない。そして彼らが表舞台にあがったのと同時に別の脅威が現れました』
「別の脅威……? ”蛇”以外の脅威がいるというのですか?」
ユキノの言葉に始祖は『そうです』と肯定した。
『封じられた太古の知識を扱いし者たち。太古の時代より争いの裏に居た存在。それは━━』
突如轟音が鳴り響いた。
凄まじい振動に皆驚き、その場で身を屈める。
「な、なに!? 地震!?」
ミリの言葉にレン女王は「いえ」と険しい表情を浮かべると始祖の方を見る。
「始祖様……これは」
『ええ、彼らが来たのでしょう。リーシェ・シェードラン』
「は、はい」
『記憶を取り戻す。その意思に変わりはありませんか? 記憶を取り戻すということは運命に立ち向かうということ。それは遠く、険しい道です』
始祖は言う。
私が記憶を取り戻さなくてもいいというのであれば今ここに来ている脅威から私たちを逃がしてくれると。
そしてその後はひっそりと、静かに暮らしなさいと。
私はみんなの方を見る。
皆、私のことをじっと見つめ、ロイは「お前が決めろ」と頷いた。
私はどうしたい?
記憶を取り戻したい。
でもその結果多くを失うのであれば?
もし、私が記憶を取り戻したことによってこの場にいる人たちに不幸なことが起きるのであれば……?
いや、違う。
始祖は言っていた。
先ほどの凄まじい衝撃を引き起こした連中は私を狙っていると。
ならば記憶を取り戻そうが戻すまいが今後私の人生はそいつらに追われ続けることになる筈だ。
ならば━━━━。
「━━記憶を、取り戻します。全てを忘れて生きても狙われたり世界が終わっちゃうんじゃ意味がない。私は、私にできることがあるならそれをしたい」
『…………』
再び霊廟が揺れた。
先ほどよりも近い。
恐らく”敵”が迫ってきているのだろう。
『分かりました。では雷竜王と共にこの泉に入りなさい。貴女と雷竜王の修復を行います。ですがこの作業には時間が必要です』
「なら、俺たちで時間を稼ぎます。どんな奴が来ているのかは分からないけれども、絶対ここに入れてなるものか!」
ロイの言葉に仲間たちが頷いた。
私はロイに「気を付けて」と言うとロイは「応!」と答えて皆と共に霊廟の外へと駆け出す。
そして女王と共に残った私は深呼吸をするとゆっくりと足を踏み出し、泉に入っていく。
水の冷たさに鳥肌が立ち、私はクレスセンシアをしっかりと背負いなおすと始祖の前に立った。
『では目を閉じて。心を無にしてください。これより魂の修復を開始します』
「━━━━」
私はその言葉に従い、目を閉じると深い眠りに着くのであった。
※※※
数分前。
突如巨大な黒い稲妻が走り森に展開されていた結界が砕かれた。
守人たちは皆突然のことに動揺しながらも侵入者を迎え撃つ態勢を取り、木々の上から慎重に侵入者の様子を伺っていた。
それは大男と少女であった。
どちらも異様に白く、そして凄まじい気を発している。
少女は両手両足を捥がれた守人を引きずっており、彼女は結界が消えたのを確認するとまだ息のあった守人の首をへし折ってその場に捨てた。
「へえ? どうりで見つからないわけだわ。随分と大がかりな結界だったじゃないの」
「だが、我が轟雷の前では無意味だ」
大男の手には漆黒の大剣が握られており、彼は大剣を背負いなおすと腕を組む。
「で? どうする?」
「そんなの……決まっているじゃない! 狩りをしながら前進よ!」
二人は歩き始める。
守人たちは冷や汗を掻きながら弓を構え、侵入者たちを狙った。
化け物だ。
あれは人ではない。
圧倒的な力を持った化け物。
とても敵う相手では無いだろうがこの森を守るために戦わなくてはならない。
「……この身、果てようとも!」
一人の守人が弦を引き絞った瞬間、耳元で声が聞こえた。
「いい覚悟ね。でもバレバレよ?」
「!?」
隣を向こうとした瞬間、頭を殴打されまるでスイカのように砕け散った。
「ひ!?」
他の守人たちは突然のことに驚き、怯える。
つい先ほどまで下に居た少女がいつの間にかに木の上に立っていたのだ。
彼女は怯える守人たちに嗜虐的な笑みを浮かべると手に着いた血を払う。
「ねえ? 追いかけっこしない? 今から30数えるからその間に逃げなさい。全力で逃げないと━━酷いことになるかもよぉ!!」
少女はケタケタと笑う。
守人たちは彼女から発せられるドス黒い殺意により体の芯から恐怖がわき出る。
そして少女が「いーち、にー……」と数え始めるのと同時に脱兎の如く駆け出した。
※※※
(なんだ、今の雷は……!!)
"聖域"の入り口にてガイは先ほど黒い稲妻が森に落ちたのを見た。
稲妻は一撃で結界を砕き、守人も守護者も皆驚き稲妻が落ちた方を見ている。
あの稲妻。
明らかに自然のものでは無かった。
そして結界が砕けてから凄まじい気を感じ、うなじのあたりがピリピリとする。
「ど、どうする!?」
他の守人たちが此方を見てきたのですぐに守りを固めるように指示を出す。
あの稲妻の着弾地点から考えるに侵入者の狙いは都ではなくこの"聖域"だ。
守護者たちも''聖域"の門を閉じ、魔術障壁を展開する。
すると守人の一人が「誰か来るぞ!」と前方を指差した。
慌てて身構えると遠くから守人のセナが走ってきているのが見えた。
彼女は全身傷だらけであり、此方を見ると安堵の笑みを浮かべる。
「ああ……みんな……たす……ッ!?」
直後、何かがセナの腹を突き破った。
それは腕だ。
セナは背後から腕に貫かれ血を吐き出すとその場に斃れる。
「はい、最後の一人。案内ご苦労様!」
セナの背後には少女が立っていた。
彼女はセナの骸を踏みつけ、腕についた血を舌で舐める。
そして此方を見ると嬉しそうに目を細めて笑った。
「まだまだいっぱいいるじゃない。一人くらいは私と一緒に踊れるかしら?」
「貴様ッ!?」
鞘から双剣を抜き構えるが冷や汗が止まらない。
なんだコイツは。
本能が叫んでいる。
コイツは怪物だ。
逃げろと。
歯を食いしばり、恐怖を抑えると慎重に相手の出方を見る。
少女はそんな此方を歯牙にも掛けず門の方を見ると「なるほど」と頷いた。
「こっちも中々強固な障壁じゃない。━━ドライ!!」
ほぼ直感であった。
咄嗟に横に飛び退くと森の奥から門に向かって黒い稲妻が放たれる。
逃げ遅れた守人が稲妻によって一瞬で消炭となり、"聖域"の門は一撃で魔術障壁ごと砕かれてしまった。
「ほう? 避けた者がいるか」
稲妻が放たれた方向から大剣を持った大男が現れた。
彼は感心したように此方を見ると少女の方が愉快そうに笑う。
「今ので死んだ方が幸せだったかもねぇ」
そして少女は一歩前に出ると言うのであった。
「さあ、レプリテシアの器を出しなさい! "神の子"がお前たちに救いを与えてあげるわ!!」
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