第20節・夜明けの業火


(浅いッ……!!)


 ゲルデロートの頭に斬撃を叩き込んだエドガーはすぐにそう感じた。


 敵は此方の剣が叩き込まれる直前に腰を捻って上体を逸らしており、刃は真っ直ぐでは無く斜めに入ってしまった。

それにより剣は兜に刺さったものの頭蓋には達していない。


 すぐに剣を引き抜き、後ろへ跳ぶとゲルデロートは頭を振った後に兜を脱いだ。

頭から血を流した彼は兜をその場に捨てると豪快に生やした髭を摩る。


「いやはや、危うかったな。あともう僅か刃が突き刺さっていたら骨を砕かれていたわ」


 そう言うとゲルデロートは口元に笑みを浮かべ、戦鎚を構え直す。


「さあて、仕切り直しよ!!」


 先ほどの一撃で勝負を決められ無かったのは痛い。

この敵に同じ手は通用しないだろうし、別の手を思いつくまで粘る体力も無い。

だがそれでも諦めるわけにはいかないのだ。


「…………」


 ゆっくりと剣を握り直す。

敵と向かい合い、仕掛けるタイミングを計っていると……。


「!!」


 角笛が鳴り響いた。


 大公軍からいくつも角笛の音が鳴り響き、城に押し寄せていた兵士達が動きを止める。


「……これは」


「ここまで、か」


 ゲルデロートがため息を吐くと大公軍が撤退を開始した。

どうやら日が沈み始めたため、攻城戦を中断するようだ。


 老戦士は持っていた戦槌を投げ捨て、その場に座ると胸壁に取り残された他の大公軍の兵士たちに投降するように伝える。


「さて、覚悟は出来ておる。やるならやれ」


 そう言うとゲルデロートは目を閉じる。

それに対して自分は剣を鞘に納めて首を横に振った。


「貴方のような豪傑をこの場で斬り捨てるのはこの国にとって大きな損失だ。そうですよね?」


 後ろにいたルナミアにそう訊ねると彼女は頷くのであった。


※※※


 私はエドガーの隣に立つと降参したゲルデロートに声を掛ける。


「他の兵士共々、捕虜として扱わせてもらいます」


「……ふう、死に損なったか」


「死にたかったので?」


 そう訊ねるとゲルデロートは苦笑する。


「どうだろうな。ラウレンツ様も逝き、ランスロー卿も忠義を尽くして死んだ。今回、先陣に加わったのはワシも彼らに続きたかったのかもな……」


 ゲルデロートは空を見上げる。

その瞳はどこか寂しそうであった。

彼は古参の兵士だ。

この内戦で嘗ての同胞同士が殺し合い、散って行ったことに思うところがあるのであろうか?


「此度の戦で痛感したよ。戦は、時代は変わった。新しき世代が新しき戦をする。ワシらのような古参は早く道を譲るべき、そう思った」


 そう言うとゲルデロートは笑い、それから此方をじっと見つめる。

まるで私を品定めするかのような視線だ。

私はそれに対して臆することなく堂々とし、見つめ返した。


「……なるほど。ヨアヒム様の娘なだけあって実に堂々としている。あの大公が敵視する訳だ」


 ゲルデロートが立ち上がり「降伏しよう」と頭を下げる。

そして兵士たちが縄を掛け、連行しようとすると「そうだ」と立ち止まった。


「ブルーンズ家の若造には注意しろ」


「ブルーンズ……?」


「ああそうだ。ヴォルフラム・ブルーンズ。レクター大公の側近であり、恐ろしく頭の切れる男だ。恐らく奴が大公を操っている。お前さんにとっては最大の敵となるやもしれぬな」


 ゲルデロートが他の降伏した兵士たちと共に連行されていく。

彼らが胸壁からいなくなるまで見届けるとホッと息を吐き、それから街の外の方を見た。

赤く染まった夕焼けの下、大公の軍が後退し、陣形を立て直しているのが見える。

今日はどうにか凌げた。

だが明日は?

きっと明日は更に激しい攻撃を仕掛けてくるだろう。


「ヴォルフラム・ブルーンズ」


 従兄を操っている参謀のような者がいるのではないかと前々から思っていた。

ゲルデロートの言う通りヴォルフラムが頭の切れる男なら明日の戦は今日より遥かに厳しいものとなるだろう。


「……だとしても負けないわ」


 拳を強く握りしめ、そう呟くと私はエドガーと共に兵に指示を出しているウェルナー卿の方に向かうのであった。


※※※


 大公軍の後退後、三層街では門や壁の補修、負傷者の二層街への移送などが行われていた。

皆、まだ初日の戦だというのに疲れ果て胸壁では座り込んでいる兵士たちもいる。

そんな中、私はウェルナー卿やガンツ兵士長から被害状況の報告を受けていた。


「今日の戦での戦死者は百数名。負傷者は重軽傷者合わせて三百名ほど。此方は敵兵を四百名以上討ち取り、負傷者は千名以上でしょう。更にゲルデロートを含めた六十人程を捕虜としました。数の上では勝利……と言いたいところですが」


 ウェルナー卿が肩を竦める。

確かに敵の方が損害が大きい。

だが元の数は敵の方が圧倒的に上のため、勝てたと喜べる状況ではないだろう。


「城壁や門の方ですが想定よりも損害が出ていますな。一部の壁が崩れかけており、現在大急ぎで修復を行っています」


「ガンツ兵士長、明日も耐えられると思う?」


「……難しいでしょうな。敵が投石機を準備しているとの情報があります」


「ただでさえ壁が壊れかけているというのに投石までされたらもたない……か」


 戦闘中ずっと障壁を張ってくれていた魔術師たちの消耗も激しい。

明日は今日よりも敵の魔術師の攻撃による被害が出るだろう。


「三層街で粘るべきか、それとも石塁の壁で覆われている二層街に退くべきか。ウェルナー卿はどう思う?」


「なるべく三層街で敵を足止めしたいところですがね。突破されたときに退き時を間違えると大変なことになる」


 敵に損害を与えつつ、時間を稼ぐ。

敵の大軍を一気に叩く、もしくは大損害を与える方法があればいいのだが……。

ふと街の方を見ると燃え落ちた家屋が目に留まった。

あれは魔術障壁を突破した火球が直撃した家だ。

今は消化され、黒焦げになった柱があちこちから飛び出している。


(……火、か)


 火の威力は絶大だ。

今日の戦でも火によって敵の破城槌を仕留め、敵の勢いを削いだ。


「…………使えるかも」


 ある策が思いついた。

此方の損害を殆ど出さず、なお且つ敵に大損害を与える方法。

だがそれをするには……。


「何か思いついたようですね」


 エドガーの言葉に頷く。


「ガンツ兵士長、一つ策を思いついたわ。でもそれをするためには人手が居る。あと、三層街の住人達の了承も」


「住人も、ですか?」


「ええ、これは彼らの了承が必要な策よ。いい? 策というのは━━━━」


 私はウェルナー卿達に思いついた策を伝え、彼らは顔を見合わせると頷き合うのであった。


※※※


 夜明け前。


 大公軍の兵士たちはコーンゴルドの城を包囲しながら休息をとっていた。

一部の兵士たちは見張りとして城の近くに待機しており、松明を片手に敵の動きを見張っている。


「それにしても……連中凄い根性だな」


 そう一人の兵士が呟くとその隣にいた兵士が「ん?」と首を傾げた。


「大公様に逆らったことか? レクター様とルナミア様は昔から険悪だったというからなぁ……」


「いや、それもそうなんだがコーンゴルドの兵士どもだよ。気が付いたか? 連中ずっと後退せずに胸壁に立っているんだぜ? こっちは交代しながら見張りをしているってのに」


 胸壁にいるコーンゴルドの兵士たちは恐らく動いていない。

彼らの松明の明かりがずっと同じ場所で灯っているからだ。

昨日の昼にあれだけの戦いをして、夜は眠らず見張りをするとは凄い体力と根性だ。


「……確かに。連中不気味なほど動いていないな」


「実は誰も立っていなかったりして」


 そう軽く言うともう一人の兵士は「ふむ」と思案する。

それから周りにいた何人かの兵士たちに声を掛けて集めた。


「もう少し接近して確認してみよう。いくらなんでも敵が動かなさ過ぎだ。おい! お前! 男爵様に敵の動きが妙だと伝えろ!」


 指示を出された兵士が駆け出す。

そして他の兵士たちは弓を持つと頷き合い、明かりを消して城に向かって動き始めるのであった。


※※※


 夜明け。


 本陣のテントで仮眠を取っていたヴォルフラムは外が騒がしいことに気が付いた。

急いでテントの外に出ると兵士たちが慌ただしく動いている。

「何事だ!」


 そう大声を出すと騎士の一人が此方に駆け寄ってくる。


「胸壁にいた辺境伯軍の兵士が案山子だったことを見張りが見つけたのです」


「案山子だと?」


「はい。敵はどうやら夜の間に三層街を放棄したようで……。今、ムズダ男爵等が動こうとしております」


 敵が三層街から退いていた?

昨日の戦いで門や城壁が損傷していた。

此方の投石機のことも考えてより堅牢な壁で覆われている二層街に後退したということだろうか?


(……いや、妙だ)


 辺境伯軍は反大公軍が到着するまで時間を稼がなければいけない。

自分ならば三層街でギリギリ粘るが……。


(どうにも嫌な予感がする)


 暫く沈黙すると騎士に「三層街に突入させるな」と伝える。


「日が昇り、明るくなった後にまず斥候を出す。それまで諸侯には城を包囲したまま動くなと伝えろ」


「は!」


 騎士が駆け去って行くのを見届けるとコーンゴルドの城の方を見つめた。


「ルナミア・シェードラン。何を企んでいる?」


 そう呟きながら踵を返し、レクター大公のテントへと向かうのであった。


※※※


「なあに!? 待機だと!?」


 コーンゴルドの城への突入を行おうとしていたムズダ男爵は伝令からの指示に眉を顰めた。


 三層街の城壁に敵の姿は確認できず正門に近づいても反撃が無かった。

敵は間違いなく夜の間に後退したのだ。

ならば一気に突入し、三層街を制圧しようとしていたのだが……。


「誰の指示だ! 大公様か!!」


「い、いえ。ヴォルフラム様です」


「……ブルーンズ家の若造め、何様のつもりだ!」


 ヴォルフラム・ブルーンズ。

あの男は自分たち古参の将からすればぽっと出の若造だ。

大公に上手く取り入り、いつの間にかに重臣のように振舞っている。

あのような口先だけの若造に顎で使われるなど屈辱以外の何物でもない。


「ヴォルフラム様は罠の可能性がある故、日が昇った後、斥候を出すと……」


「馬鹿ものめ! 日が昇った後にのこのこと城に入れば狙い撃ちだ!! 頭でっかちめ……。戦には勢いというものがあることを知らぬらしい!」


 日が昇り切る前に三層街を制圧し、陣を敷く。

そして日が昇ったら二層街への攻撃を開始するのだ。

他の諸侯も同じことを考えているため、正門前に続々と味方が集まってきている。


「”参謀”殿にお伝えしろ! 戦の仕方を教えてやるとな!!」


 そう伝令にいうのと同時に正門が開いた。

数名の兵士が慎重に三層街に入っていき、それからすぐに戻ってきた。


「敵兵の姿は見えません!!」


「ほれ見たことか!! 全軍! 突入せよ!! 伏兵には気を付けろよ! 物陰に兵を潜めているかもしれぬからな!!」


 と、言っても入ってしまえば此方のものだ。

敵が三層街に伏兵を置いたとしても壁さえなければ数で押しつぶせる。

ルナミア・シェードランも馬鹿ではない。

無駄な伏兵を置かず、素直に二層街に全軍を後退させているであろう。


「戦が終わるまで略奪は禁じる!! 陣を敷くことを優先せよ!!」


 号令と共に配下の兵士たちが三層街に突入を開始する。

他の諸侯も動き始め、三層街を制圧せんと群がり始めるのであった。


※※※


 三層街に突入していく味方から少し離れたところでクルギス伯爵の軍は待機していた。


 クルギス伯爵は我先にと三層街に突入していく味方を見るとやれやれと首を横に振った。

「我らは行かないので?」


 そう隣にいた騎士に訊ねられ、クルギス伯爵は首を縦に振る。


「大手柄を立てようと大公様の逆鱗に触れるより、そこそこの手柄を立てて大公様に従ったほうが賢いとは思わないかね?」


 ムズダ男爵らはヴォルフラムに反発していたため、彼の指示を無視し手柄を立てることで鼻を明かしてやろうと思っているのであろう。


 気持ちは分からなくはないが少々思慮に欠ける行動だ。

ドーン砦で大公の逆鱗に触れたアルガ男爵がどうなったか見ていただろうに。


「それに私も少し妙に思ってね。ルナミアという娘はただでは転ばない女だ。素直に二層街に後退したとはどうにも思えん。我らは”もしも”の時の後詰として待機していよう」

 そう言うとクルギス伯爵はため息を吐き、空を見上げた。


「まったく、早くこんな戦は終わって欲しいものだ」


※※※


「……ムズダ男爵たちが?」


 レクターと共に出陣の準備をしていたヴォルフラムは諸侯が三層街になだれ込んだという報告を伝令から受けた。

既に数千の兵士たちが三層街に突入しており、今もその数は増えているという。


「愚か者どもめ……。くだらぬプライドで動きおって……」


 功を焦ったのと自分への反発があったのだろう。

罠があるかもしれないというのに勝手に動いたのだ。

規律を破る者は敵よりも厄介だ。

後ほど厳しく罰しなければ……。


「どうする? 止めるか?」


 レクターの言葉に首を横に振る。


「いえ、今更止められないでしょう。致し方ありません。我らも前進しましょう」


 味方が前進した以上、本陣も動かさざるおえない。

投石機も完成し次第前進させるとしよう。


(無能な働き者は敵よりも厄介だな……)


 戦とは計画的に行われるもの。

上から下へ命令が伝えられ、それを忠実に行うことで無駄の無い戦いができるのだ。

各々が勝手に動いては出さなくてもいい被害を出すことになるだけだ。


 ムズダ男爵。

今後も邪魔になるようであれば何処かで退場していただくことになるだろう。


 角笛が鳴り響く。

その音と共に全軍が動き始めコーンゴルドへの包囲を狭め始めた。


(さて、何事も無く制圧できるかそれとも……)


 馬に跨り、前進しながら味方が殺到しているコーンゴルドの城を見つめるのであった。


※※※


 三層街に突入した大公軍は敵の伏兵に警戒しながら街の制圧を行っていた。

門からは次々と味方が入ってきているため正門前は兵士で溢れかえっている。


 ムズダ男爵は二層街に続く街道に陣取ると部下からの報告を受けていた。


「街の中に人影はありません。この分なら伏兵もなさそうかと」


「ふん。私の思った通りではないか。敵はあの石の壁の向こう側だ。木の城壁よりの石の城壁。当たり前のことだ」


 念のために家屋の中も虱潰しにするように指示を出した。

万が一敵が潜んでいたら厄介だからだ。


 すると近くの家屋を調べていた何人かの兵士たちが「閣下!」と大声を出す。


「どうした! 何かあったのか!!」


 そう言うと兵士の一人が何やら壺のようなものを抱えて此方に駆け寄ってくる。


「なんだそれは? 略奪は禁じたはずだが?」


「ち、違います。これは油です! 油や何やら粉のようなものが入った壺がそこら中に置いてある!!」


「!!」


 背筋が凍った。

指示を出した兵士たちが次々と壺のようなものを発見していく。

それは三層街中にあり、それはつまり……。


「いかん……撤退だ。全軍! 撤退せよ!! 奴らの狙いは━━」


 音が鳴った。


 風を切る音。

暗い夜明けの空を一つの灯りが放物線を描いて飛んでいた。


 火矢だ。


 火矢が二層街の城壁から一本放たれ、それから僅かに遅れて大量の火矢が放たれる。

空を埋め尽くす火矢の雨を見上げ、こう呟いた。


「……なんということだ。女神よ……」


 直後、火矢が壺の置いてあった場所に直撃し、大爆発を引き起こすのであった。


※※※


 三層街は瞬く間に地獄と化した。


 夜の間に配置した油や薬品の壺に火が付き、爆発が生じる。

壺から壺へ、次々と誘爆していき僅かな時間で三層街は炎の海と化す。


 まだ太陽が昇り切る前だというのに空は紅く染まり、灼熱の炎の熱を感じられる。

街中から悲鳴が上がり、炎の中を大公軍の兵士たちがのたうち回っているのが見えた。


 エルは火達磨になり悲鳴を上げている兵士を見ると矢を放ち、射殺す。

全身を焼かれながら死ぬよりはマシな筈だ。


(……流石に、動揺しますわね)


 最初にルナミアから話しを聞いた時はいい作戦だと思った。

夜の間にドワーフたちがため込んだ油や薬品を三層街に仕込み、自分たちは二層街に撤退する。

そして大公軍を無人になった三層街に引き込み、炎で一網打尽にする。


 実際一網打尽とまでは行かなかったが大打撃を与えることに成功した。

だが、今目の前に広がっている光景は到底戦とは言えないものだ。

数千の兵士が炎で焼かれ、泣き叫びながら斃れていく。

これは……虐殺ではないだろうか?


 横にいたルナミアを見ると彼女は己が引き起こした地獄を目を見開いて見ている。

それは己の手で開いた地獄に絶望しているのか、それとも圧倒的な力で敵を滅ぼし尽くすことに歓喜しているのか……。

自分にはその両方が彼女の瞳に宿っているように見えた。


 ルナミアは此方の視線に気が付くと気まずそうに目を逸らし、それから「エル、大手柄よ」と言う。


「あまり嬉しくはありませんわね」


「そう。そうね。これは、嬉しくないことよね」


 まるで自分に言い聞かせるかのようだ。


「でも仕方ない。そう、仕方ないことよ。こうしなければ私は勝てない。皆が死んでしまう。なら、殺すしか……ない」


「ルナミア様、大丈夫ですか?」


 そう訊ねるとルナミアは慌てて首を横に振る。

そして「大丈夫よ」と言うと地獄に対して背を向けた。


「これからが本番よ。三層街に入った敵を徹底的に叩く」


 ルナミアは立ち去る。

背後から炎の熱を感じつつ彼女の背中を見続けるとこう呟いてしまった。


「……危うい」


※※※


 三層街の兵士たちは大パニックに陥っていた。


 どこを見ても炎の海であり仲間が次々と焼け死んでいく。

街から出ようと三層街の兵士たちは正門に殺到しているが立ち込める黒煙による視界不良やパニックによる押し合いによって多くの兵士が転倒し、仲間によって圧殺されている。


「も、もう駄目だ!! 火で死ぬくらいなら!!」


 誰かが自分の首を剣で突き刺して死んだ。

焼かれて死ぬよりも自分で死んだほうが良い。

その気持ちは分かる。

ここは地獄だ。

我々は地獄に足を踏み入れてしまったのだ。


「ま、前!! 門が開いているぞ!!」


 誰かが叫んだ。


 二層街の方を見ると門がいつの間にかに開かれており、仲間たちは顔を見合わせると走り出した。

どうして門が開いているかなんてどうでもいい。

今は一秒でも早くこの場を離れたい。

いっそのこと向こうに行って投降してしまおう。

そう誰もが思っていた。


 そして二層街の門を潜るとそれが現れた。


 門を取り囲むように密集した辺境伯軍の兵士たち。

彼らは盾と槍を持ち、此方に向けて身構えている。


(しまった……!! これも罠だ!!)


 そう思った瞬間に頭上から何かが降ってきた。

全身に浴びたそれが何なのかはすぐに理解できた。

これは……油だ!!


 盾と槍を構えた兵士たちの背後に火矢を持った兵士たちが待機しており、彼らは冷や汗を掻きながら此方に矢を向けている。


「ま、待ってくれ!! 投降する!! だから……!!」


 黒髪の少女が辺境伯の兵士たちの中から現れた。

彼女が恐らくルナミア・シェードランだ。

すぐに周りにいた仲間に武器を捨てるように言い、武器を手放すと手を上げる。


「ど、どうかお慈悲を!!」


 縋る様に言うとルナミアは躊躇うように眉を顰め、それから首を横に振った。


「その言葉は……昨日なら聞いてあげられたわ。でも今は……」


「ま、待て! お願いだ! どうか……!!」


 此方の言葉を遮るようにルナミアは剣を鞘から引き抜き叫んだ。


「放て!! 敵兵をただ一人として生きて返すな!!」


 直後、火矢が一斉に放たれた。

その場にいた兵士たちは射抜かれ、そして一瞬で炎上した。


 夜明け前の戦いはほぼ一方的なものとなった。


 三層街に突入した兵士たちは炎で焼かれ、正門前では逃げ出そうとしていた兵士たち同士が激突し死体の山が積み重なり脱出を困難なものとしてしまった。

更に逃げ場を求めた兵士たちは二層街に逃げ込もうとしたが待ち構えていた辺境伯軍によって徹底的に叩き潰された。

三層街からは常に悲鳴が上がり続け、そして日が昇るころには生きているものは誰もいなくなっているのであった。

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