第21節・覚悟の罪
コーンゴルドの城の前は騒然としていた。
そこら中に火傷や大怪我を負った兵士たちが転がっており、手当を受けている。
無事だったモノも煤で顔を真っ黒にし、茫然とした状態で立ち尽くしていた。
最初はヴォルフラムの命令を無視し勝手に動いた連中に対して憤っていたがこの惨状を見ると流石に怒りより動揺が上回る。
昨日までは自分たちの勝ちを信じていた兵士たちが皆亡者のような目をして項垂れているのだ。
「……酷いものだな」
そう呟くと隣にいたヴォルフラムが頷く。
「火計により数千の兵を失いました。また動揺した傭兵どもが逃散し、兵の数は半減しました」
ヴォルフラムの言葉に舌打ちする。
金で雇われた傭兵どもは不利になると我先にと逃げ出す。
日が昇ったころには大量にいた傭兵どもは一人として残っていなかったのだ。
「それで? どうする? 攻撃は続行するか?」
「……いえ。兵の消耗激しく、士気も尽き欠けています。力押しは中断し、包囲を行いましょう。味方の到着後、軍を再編成します」
ヴォルフラムは負傷兵を後方に下がらせ隠したほうが良いと言った。
酷い火傷を負い、ボロボロになった味方を援軍が見れば援軍の士気も下がってしまう。
数で優っていても士気が低ければ総崩れになりかねないのだ。
「忌々しい従妹だ。まさかこんな手を使って来るとは……」
「ルナミア・シェードランはこのような手を使わないと思っていましたか?」
「ああ、思っていた。奴は偽善者だ。己の町に火を着け、敵を焼き殺すなどしないと思っていたが……」
だがやった。
あの忌々しいほど真っ直ぐな従妹が多くの兵を一気に焼き殺したのだ。
正直信じられないと思っている。
「窮鼠猫を噛むと言いますが……。それとも”これ”がルナミアの本性か」
ヴォルフラムは口元に笑みを浮かべると「まあ、どちらにしろ今までのルナミアとは思わないほうが良いですな」と言った。
「そう言えば城に突入した諸侯が何人か生還してますが……」
「処刑しろ。そして兵どもに伝えよ。今後、我が軍師に逆らうことは大公に逆らうことだと知らしめるのだ」
「……仰せのままに」
今回の件、手痛い痛手を受けたがある意味では良かったかもしれない。
自分やヴォルフラムに反発していた古い家臣を一掃できた。
今後はより動きやすくなるだろう。
そう考えていると馬に乗った斥候が慌てて此方に駆け寄ってきた。
斥候は馬から降りると目の前で跪き、「問題が発生しました」と言う。
「問題だと? まったく次々と……。言ってみろ」
此方の言葉に斥候は頭を下げて口を開いた。
それは驚くべき情報であり、ヴォルフラムと顔を見合わせるとすぐに諸侯を集めるように指示を出すのであった。
※※※
火攻めから数時間が経ち、三層街の火災はある程度鎮火し始めていた。
まだあちこちで火の手が上がり、黒煙が立ち込めているが遠くの大公軍が見えるくらいにはなった。
そしてそれは同時に三層街の惨状もはっきりと見えるようになったということであった。
死だ。
そこら中に死が広がっていた。
黒く焼け焦げた死体が幾つも積み重なり、通りを埋め尽くしている。
つい先ほどまで生きていた何千もの人間が炭となり、肉の焼け焦げた悪臭が町中に漂っている。
二層街の正門にも火から逃れようとした兵下の死体で山ができており、辺りは血の海と化していた。
私は胸壁から自分が引き起こした地獄をじっと見下ろす。
私が殺した。
勝つために、生き残るために人間を生きたまま焼き殺したのだ。
彼らにも家族が居ただろう。
こんな死に方はしたくなかっただろう。
だがこれは仕方ないことなのだ。
そう、仕方ないのだ。
「…………」
戦だ。
これは戦なのだ。
ならば人は死ぬ。
仲間が殺される。
仲間が殺されるくらいなら敵を殺し尽くす。
それは当然の行為だ。
だが、それでも……。
「……これは、正しい行為なの?」
分からない。
お父様の愛したコーンゴルドを守るため、お父様の娘として恥じない領主になるため考えて戦った。
だが、この光景をお父様が見ていたらお父様は私のことをどう思っただろうか?
もし、この場にリーシェが居たら……あの子がこの地獄を見て、地獄を引き起こした私をどう思うのだろうか……。
ふと一つの死体と目が合った。
地面に倒れ、必死に手を伸ばしたまま焼け死んだ死体。
その瞳には絶望と憎しみが篭っており、私にこう言っているような気がした。
『この……化け物め……』
「…………っ!!」
慌てて駆け出し、物陰に隠れると胃の中の物を全て吐き出した。
気持ち悪い。
苦しい。
泣きたい。
私は悪くない。
私は正しいことをした。
私は正しくあろうとしている。
(ああ……リーシェ……。もし、ここにいてくれたら……)
一人は辛い。
でも折れるわけにはいかないのだ。
私はルナミア・シェードラン。
コーンゴルドの領主。
多くの命を預かる者。
だから……。
「覚悟を決めるのよ。全てを、背負うの……」
そう呟くとゆっくりと息を吸う。
まだ戦は終わっていない。
敵に大損害を与えたが従兄は援軍が到着後立て直して再度攻め寄せてくるだろう。
これからもっと人が死ぬのだ。
ここで心が折れていては誰も守れない。
そう考えながら私は二層街の正門へ向かうのであった。
※※※
エドガーは二層街の正門近くで少し休憩をしていた。
夜明け前の火攻めは精神的に消耗した。
助かろうと必死に逃げ回る敵兵を一方的に殺すのはいくら戦とはいえ躊躇われた。
壁に立てかけておいた剣を見る。
火傷を負い、慈悲を求めてきた敵を斬り殺したときの感触が思い出される。
「…………」
慌てて首を横に振り、その光景を振り払う。
(しっかりしろエドガー! お前が参ってどうする!!)
みんな辛いし、これを指示したルナミア様が一番辛いはずだ。
兵達を率い、ルナミア様を支える立場にある自分が弱気になってどうする!
水筒の水を頭から被り、頭を冷やすと剣を掴んだ。
それとほぼ同時に鎧をガシャガシャと鳴らしながらクロエが駆け寄って来た。
『た、大変ですぅ!』
「ど、どうし……うわ! 止まれ!!」
慌ててその場を離れると勢い余ったクロエが民家の壁に激突し大穴を開けた。
危なかった……。
反応が遅れていたらあの鉄塊に押し潰されていただろう。
「おい、大丈夫か?」
穴の中を覗き込むと大の字で倒れていたクロエが『だ、大丈夫ですぅ……』と立ち上がり、穴から出てくる。
『そ、そうだ! ルナミア様が大変なんですぅ! お一人で二層街から出て行ってしまって!』
「な、なんだと!? 門にいた兵士は何をしているんだ!」
『ルナミア様に押し通られちゃったようでぇ……。あ! 待ってくださいぃ!』
三層街にはまだ敵がいるかもしれない。
そんなところに一人で行くなんて何を考えているんだ!!
慌てて駆け出し二層街の正門へと向かうと門の前には人集りが出来ていた。
「すまない! 通してくれ!」と皆を掻き分けて行き、二層街の門を潜り抜けると息を呑んだ。
焼け野原と化した三層街の中、ルナミアが跪いていた。
剣を地面に突き刺し、その前で両膝を着いて祈りを捧げている。
死に満ち溢れた三層街で祈り続ける少女の姿に誰もが目を離せなかった。
どれくらいそのようにしていただろうか?
ルナミアはゆっくりと目を開けると立ち上がり、剣を地面から引き抜くと鞘に戻した。
そして振り返ると多くの人が集まっていたことに気が付き、少し驚いたような表情をした後に微笑みながら此方に向かって歩き出す。
何か声を掛けなければ。
そう思った。
だが思うように言葉が出ず、「ルナミア様」と言うよりも先に近くに来たルナミアが「これは私の覚悟の罪よ」と言う。
「覚悟の……罪?」
「ええ。私が選んだことで生じた罪。私の覚悟を不退転のものにする証。私はこの光景を一生忘れない。私はこの罪を、これからの罪を背負って歩き続ける」
「…………」
この全てを?
これからの全てを一人で背負う?
たった一人の少女が背負うにはあまりにも重すぎる。
彼女が罪を背負うのならば自分も共に背負おう。
それが彼女の騎士として自分が出来ることだ。
「ルナミア様、俺も……」
「ルナミア様! 大変です!! 大公軍が!!」
二層街の城壁で見張りをしていた兵士が大公軍がいた方を指差すのが見え、ルナミアと顔を見合わせると頷き合い、駆け出すのであった。
※※※
「……これは」
胸壁からの光景に私は驚愕した。
城を包囲していたはずの大公軍がいつの間にか消えており、軍の一部が遠くで撤退を行っているのが見える。
コーンゴルドの兵士達はこれはいったいどういうことだと首を傾げていた。
「大公軍はいつ撤退を?」
そう見張りの兵士に訊ねると兵士は「数分前です」と言った。
「奴ら急に撤退し始めて。大慌てといった感じです」
壁の外に武具や陣を捨て置いているあたり、本当に大慌てで撤退を行ったのだろう。
火攻めで大損害を受けたため撤退した?
いや、大公軍には援軍がいた筈だ。
火攻めで兵を失ったとしても援軍の到着で立て直せるはず。
何か問題が裏で発生したのだろうか?
まあ、とにかく……。
「俺たち、勝ったのか……?」
大公軍の突然の撤退でなんだが拍子抜けしてしまった。
結果だけ見れば攻めて来た大公軍を撃退したことになるのだが……。
「おい! 西の方! 新手だ!!」
誰かの声で一斉に西の方を見ると丘の上に大軍が現れていた。
(まさか……敵の増援!?)
大公軍本隊は撤退したが援軍が到着してしまったのだろうか?
兵士達が慌てて動き始め、二層街の門が閉じられる。
エルの指示で弓兵隊がすぐに整列し弓を構えるが新手の旗を見てすぐにそれを止めた。
「あれは……反大公軍よ!」
彼らが掲げていたのはバードン伯爵家の旗であった。
バードン伯爵家だけでは無い。
反大公軍に加わっている諸侯の旗が立ち並んでいた。
間違いない、あれは反大公軍の軍勢だ。
(なるほど、だから従兄上は撤退したのね。でも……)
「み、味方が来たぞぉー!!」
兵士達が味方の出現に歓喜し、歓声を上げた。
来るかどうか分からなかった味方がたった1日で来たのだ。
ある者は喜び、ある者は安堵からかその場に座り込んだ。
そして私は……。
「…………」
私は喜べなかった。
あまりにも早い反大公軍の到着。
それはある疑念を大きくするものだ。
「……たぶん同じことを考えていますよ」
そう言ったのは隣にいるウェルナー卿だ。
彼も私と同様に険しい表情で反大公軍の方を見ている。
「あまりにも到着が早すぎるわ。まるで"最初からこうなるのが分かっていた"よう」
救援要請が来る前から兵を集めていなければこんなに早く軍を動かせる筈がない。
「……ねぇ、ウェルナー卿。大公の使者が言っていたことを覚えているかしら?」
「ええ。連中、ルナミア様が出した密書にラウレンツ様を暗殺するという文が書かれていたと言っていましたな」
「最初は奴らが辺境伯家を攻撃するために作り上げたデマカセだと思ったわ。でも……」
もし本当にその文が書かれていたとしたら?
私の密書が何者かによって書き換えられ、大公軍の手に渡るように仕組まれていたのだとしたら?
「ウェルナー卿。反大公軍を信用しないように」
「分かりました」
反大公軍の力が必要だ。
従兄の軍隊を相手に辺境伯家だけでは勝てない。
これが仕組まれたことだとしても今は流れに乗るしかないだろう。
だが、もしその時が来たら……。
「……必ず報いを受けさせるわ」
そう呟きながら反大公軍を見つめるのであった。
※※※
ドーン砦への道を大公軍は進んでいた。
兵達は皆疲れ果て、たくさんの怪我人を運びながら行軍していく。
時折力尽きた兵が倒れるが倒れた者を気にかける余裕は誰にもなかった。
まさに敗走した軍。
行きに見せた壮観さはどこにも無かった。
そんな軍団の先頭集団にヴォルフラムはいた。
先ほどから不機嫌そうに沈黙しているレクターを横目で見ながら先ほどのことを考える。
反大公軍の到着。
それはあまりにも早すぎた。
奴らがルナミアを助けるため、早く現れることは予想していたがこんなに"露骨"に動くとは。
(バードン伯爵め、気が付かれても構わないということか)
ルナミアがどんな疑念を抱こうと辺境伯家は反大公軍に頼らざるおえない。
そう考えているのだろうが……。
(果たして貴様にルナミア・シェードランを御せるかな?)
ともかく、ルナミアという旗印を手に入れた反大公軍は息を吹き返すであろう。
対して此方は痛手を受けたが不穏分子が勝手に消えてくれた。
以前よりも軍を動かしやすくなるだろう。
(さて、役者は揃い始めた。中央もシェードランの戦いに介入してくるであろうな)
アルヴィリアの子孫であるルナミアが表舞台に立ったことによって王家はシェードラン領の戦いに注目するだろう。
二つのシェードランに二つのアルヴィリア。
この内戦はさらに燃え広がることだろう。
そして全てが焼き払われた先にあるのは新しき世か、それとも破滅か。
「ここからが本番であろうな」
口元に笑みを浮かべながら振り返りコーンゴルドがある方角を見つめるのであった。
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