第13節・別荘の密談


 ルマレールは湖に面した砦であった。

砦の名の由来となったルマレール湖を一望でき、対岸にはシェードラン大公の住むガーンウィッツの城が見える。


 もともとはガーンウィッツを守る為に作られたそうだが時代が経つにつれ戦用の砦から歴代大公の別荘に変化していったのだ。


 ルマレールの砦の前まで来るとすぐに門にいた衛兵に止められる。

そして少し待つと門が開き、槍を持った数人の衛兵が砦の中から現れた。


「何用だ!」


 マイクは衛兵に「コーンゴルドからの贈り物ですよ」と笑顔になると御者台から降り、懐から手紙を取り出した。


 衛兵は手紙に目を通すと「……確かに辺境伯家からのようだ」と頷き道を開ける。


 マイクは衛兵に礼を言うと御者台に戻り馬車を砦の中に移動させる。


「わぁ……」


 砦の中に移動すると思わず感嘆の声を出してしまった。

入って直ぐに大きな噴水が目に入り、手入れの行き届いた庭園が広がっていた。

砦の奥の方には大きな屋敷が見え、おそらくあれがシェードラン大公家の別荘だろう。


 馬車を噴水の近くに停めるとマイクと一緒に馬車から降り、荷台に積んであった荷物を地面に降ろし始める。

そして絨毯に近づくと小声で話しかけた。


「もう出てきていいんじゃないですかぁ?」


『ここまできたら目の前で現れたくなって来たわ』


「えぇ……」


 我がままな絨毯だ。

荷台に積みっぱなしというわけにもいかない為、「失礼しますねぇ」と担ぎ、荷台から降りる。


 絨毯を肩に担ぎながら飛び降りた為、絨毯から『ぐぇ』と言う声が聞こえてきたがまあ大丈夫だろう。


 砦の衛兵たちが積荷を下ろすのを手伝ってくれていたが絨毯は色々な意味で渡せないため「あ、これはウチが持ってますぅ」と言い、担いだままにしておく。


 そして積荷を降ろし終えたのとほぼ同時に衛兵たちが屋敷の方に向かって跪き始めた。


「クロエ! 早く跪け!!」


 マイクに手を引かれ、強引に跪かされたため思わず肩に担いでいた絨毯を地面に落っことしてしまった。

絨毯から小さい悲鳴が聞こえたような気がするが今のは自分は悪くない……はず。


 ピクピクと動いている絨毯から目を逸らし屋敷の方を見れば老人が此方に向かって来ているのが見えた。


 杖をつきながらゆっくりと歩き、上等な衣服を見に纏った老人が誰なのかは一目で分かった。

元シェードラン大公。

ラウレンツ・シェードラン様だ。


 ラウレンツ様が此方の前に立つとマイクが深々と頭を下げながら「ラウレンツ様自らいらっしゃるとは」と言い、それにラウレンツ様が頷いた。


「姪からの贈り物が届いたと聞いたのでな。それにずっと屋敷の中にいては逆に病に罹ってしまう」


 ラウレンツ様は病のためずっと療養していると聞いていた。

元気そうに振舞ってはいるが痩せこけており、素人目にも良い状態でないことが分かる。


「して、ルナミアからの”贈り物”を見せてはもらえないかな?」


 ラウレンツ様は一緒に持ってきた食料や宝石の入った木箱に見向きもせずそう言った。

この人、積み荷が本当の贈り物ではないと気が付いているのだ。


「マイクさん」


「ええ」


 マイクは頷くと立ち上がり地面に転がっている絨毯を立てた。


「贈り物とはこれのことです。とても”良い”ものなのでラウレンツ様も驚かれますよ」


 そう言い、マイクが絨毯を広げるとラウレンツ様は目を点にして驚いた。

それから「なんと、まあ」と苦笑するとため息を吐く。


「まったく、驚かされた。贈り物がよもやこれほどまでに美しいものであろうとはな」


「相変わらずお世辞が上手ですわね。ラウレンツ叔父様」


 絨毯の中からそれが現れた。


 黒く長い髪を風に靡かせ、ドレスを身に纏った少女。

我らが主、ルナミア・シェードラン様だ。

ルナミア様は絨毯から出ると体を伸ばし、「一日中絨毯に包まれているのは流石につらかったわ」と笑みを浮かべる。

そして腰に手を当てるとこう言うのであった。


「さて、叔父様。少しお話をしませんか」


※※※


 絨毯から出て叔父様に挨拶をすると私たちは屋敷に移動する。

途中、私が突然現れたことに衛兵たちやメイドたちが遠くから興味深げに見ているのに気が付くと叔父様は「この砦の者は全員私の味方だ」と言う。

私がこうやって叔父様と一緒に歩いていてもガーンウィッツの従兄上には伝わらないとのことだ。


 屋敷に入り、叔父様の部屋に通されるとマイクとクロエは念のために部屋の前で待機してもらうことにした。


 叔父様の部屋にはたくさんの本が置かれており、まるでちょっとした図書館のようになっていたため思わず部屋を眺めてしまう。


「大公を止めてから一気に暇になってしまってな。暇を潰すために本を読み漁っていたのだ。最近では自分で小説を執筆し始めてみたのだぞ。まあ、まだ人に読ませられる状態ではないが……」


 叔父様の机に文章を書きかけの本が置いてある。

あれが叔父様の小説だろうか?


 叔父様に「座ってくれ」と言われ、私は部屋にあるソファーに腰かける。

叔父様も小さなテーブルを挟んで反対側のソファーに腰かけ、テーブルに置いてあった小さな箱を開ける。

そこには様々な種類の小さなクッキーが入っており、「自由に食べてくれ」と言った。


 私はクッキーを一つ取ると口に入れ、口内に上品な甘さが広がると「美味しい」と笑みを浮かべる。


「メイドの一人が菓子を作るのが好きでな。毎日作ってくれているのだが私一人では食べきれんのだよ」


 食べきれなかった分の菓子は衛兵たちに分けているそうだ。


「それにしても無茶をする。道中息子の兵が居ただろう? 見つかったらどうするつもりだったのだ?」


「その時はどうにかして切り抜けてましたわ。あの兵士たちはいつも街道に?」


 そう訊ねると叔父様は頷く。


「この砦に通じる全ての街道に兵が配備されておる。息子は私を信用していないようだ」


 叔父様は少し寂しそうに肩を竦めると「さて、本題に入る前に訊きたいことがある」と言った。


「ルナミアよ。今、お前はどのような立場で私の前にいる? 弱った叔父を心配し、見舞いに来た姪としてか? もう一つのシェードランとして、大公家に忠誠を誓う家臣としてか? それとも……悪政を敷く君主を討たんとする英雄の子孫か?」


 叔父様はじっと私の目を見てくる。

此方の真意を確かめようと、私の言動を注意深く観察しているのだ。

この人に嘘は吐けないし、吐くつもりもない。

私は己の意志を口にする前に心の中でもう一度確認し、それからゆっくりと口を開いた。


「私はシェードランの民を想う一人の人間としてこの場におります。私はこの馬鹿げた内輪もめを終わらせたい。この戦いは全くの無益です。ただ無暗に民の血が流され、畑や村が焼かれていく。この戦いで得をするのはメフィルだけです」


 従兄の背後には恐らくメフィル大公がいる。


 メフィル大公は智謀に長けた人間だ。

従兄の急な方針転換も、その後の諸侯に対する行動もあの女の口車に乗せられたからであろう。


「メフィルに利するというのは同感だ。では、本題に入ろう。お前は私に何を望む? 息子を見放し反大公軍に味方をしろと? それとも息子に協力し反乱を鎮圧しろと?」


「どちらでも無いですわ。従兄上が勝とうが反大公軍が勝とうがシェードランは大量に血を流すことになる。私が望むのは血を流さず戦を終えることです」


 私がそう言うと叔父様は目を細め、指でテーブルをトントンと軽く叩き始める。


「つまり仲介をしろということか。だが上手くいくかな? 反大公軍はともかく、息子は和平を承諾すまい。それどころか反発して暴走するやもしれぬ。特に和平の立案者がお前であると知ればな」


「ずっと気になっていたのですが、どうして従兄上は私を目の敵にするので?」


 昔から従兄は私に対して高圧的であった。

目に入れば難癖をつけ、その度にうんざりしていたがベールン会戦以降は明確に敵意を向けてくるように

なった。

レクターのことははっきりと言って嫌いだが敵対したいとは思っていない。

お互いに干渉しないような関係になりたいものだが……。


 私の質問に叔父様は暫く沈黙すると言葉を選ぶようにゆっくりと喋り始めた。


「あの子は……ずっとある噂に苦しまされ続けてきた」


「……噂?」


「レクター・シェードランは我が子では無いという噂だ」


 その噂は何度か聞いたことがある。

だが貴族の子にはそういった噂や悪口が付きまとうため私は気にしていなかった。


「我が妻はメフィルより嫁いでくる前に使用人の男と恋に落ちていた。それがカミーラに知られ、怒ったカミーラは使用人を処刑、そして妻を追い出すように私の許へ送ってきたのだ」


「従兄上はその……その時に出来た子だと……?」


 叔父様は「全くの出鱈目だ」と苦笑する。


「あの子が生まれた時期を考えれば間違いなく我が子である。だが物心ついたころから周りにそう噂され続けレクターの心は蝕まれ続けた。私は息子に対して毅然とした態度で接することで安心させようとした。妻はあの子を溺愛することで息子が己から離れないようにした。だが、それは間違っていたのだろう……」


 次期大公を育てようとする父の言動は従兄を孤独にさせ、過剰すぎる母の愛は従兄を暴走させたという。

そして出来上がってしまったのがあの若き暴君だ。


「あの子は自分に使用人の血が流れているのではないかと常に不安がっていたのだろう。そしてそんな中、お前のことを知ったのだ」


「……私の母が使用人であったということですか?」


 叔父様は頷く。


「我が弟と城の使用人だったラヴェンナの間に生まれた従妹。己より下……いや、己と同じ境遇の存在を見つけた息子はお前を下に見ることで安心したのだろうな」


「何というか……腹立たしいというよりも哀れに感じますね」


「そうだな……。息子のゼダ人や亜人種への態度は自分より明確に下の存在が欲しかったのだろう」


 歪んでいる。

そう思った。

自分より下の存在を見ることでしか安心できないなんて性格が悪すぎる。

だがそうなったのも周りの人間のせいなのかもしれない。


「だが状況が一転した。ベールン会戦の時、自分より下だと思っていた従妹にアルヴィリアの血が流れていると知り息子は大いに動揺した。今まで散々見下していた分、劣等感が一気に生まれ行き場のない感情はお前への敵意と変わってしまったのだ。あの子はお前がアルヴィリアの血を隠し、今まで裏で自分を馬鹿にしていたのだと思っているのだよ」


「そんな、言いがかりです! 私だって自分のことに驚いているのに……。それに今だからはっきりと言いますけれどもレクター従兄上のことは最初から嫌いです」


 従兄がどうして自分に対して敵を持つのかがようやくわかった。

これは思ったよりも根が深い問題だ。

アルヴィリアの血のことを自分も知らなかったなどと言ってもかえって怒らせるだけであろう。


 従兄が劣等感の塊であるならば私が関わらないようにしたとしてもいずれは向こうからやってくるだろう。

自分の劣等感を消し去るために……。


「……従兄上のことは理解しました。彼と和解するのが難しいことも。でも、それでもこの戦いを止め無くてはいけないと思います。和平を成立させるためだったら私はいくらでも従兄上に土下座をしてみせます。殴れたり蹴られたりしてもいい」


 流石にそれ以上のことをされそうになったら張り倒すかもしれないが土下座くらいならいくらでもしてやる。

大事なのは己のプライドよりも民の安寧だ。


 叔父様は私の目をしっかりと見つめると「本心のようだな」と呟いた。


「お前にそれほどまでの覚悟があるのならば私もそれに応えてやろう。だが、もし私が動いても和平が成立せず息子がコーンゴルドに牙を剥いたらどうする?」


「……自分で言うのもあれですが私は平和主義者のつもりです。でも愚者になるつもりは無い。もしレクター従兄上が私の大事な仲間や民を傷つけようとするならば━━」


 私は大きく息を吸う。

これは決して軽々しく口にしていい言葉ではない。

己の覚悟を全て込めて発しなければいけないことだ。


「━━━━私は従兄上を討ちます」


 執務室が静寂に包まれる。


 叔父様の視線がとても冷たい。

当然だ。

今、私は叔父様の前で「お前の息子を殺す」と宣言したのだから。

だが言葉を取り消すわけにはいかない。

コーンゴルドを守るという意志をはっきりとさせるべく私は背筋を伸ばして叔父様を見つめ返した。

すると叔父様は突然口元に笑みを浮かべ、肩を竦める。


「まったく……親は子に似るな。まるで私の前にヨアヒムとラヴェンナが居たかのような感じがしたよ」


「お父様とお母様が……」


「うむ。我が弟もその妻も真っ直ぐで頑固であった。正しきを成すために己を貫き通す。私にはいつも二人が眩しく見えたよ」


 叔父様は昔を懐かしむように目を細める。

そういえばお父様とお母様の若いころの話は何度か聞いたことがあるが叔父様とお父様、そしてお母様はどんな関係だったのだろうか?


 叔父様は真剣な表情になると「承知した」と言う。


「お前の覚悟はしかと受け止めた。もし息子と争うことになれば私はお前の敵になる。よいな?」


「……ええ、覚悟しております。その時が来たら……私はお父様の娘として、叔父様の姪として恥じぬように立ち向かわせていただきますわ」


 そのような日が来ないことを祈る。

二つのシェードランが血みどろの戦いをするなど想像したくもない。

そう思いながら私はテーブルに置いてあるクッキーをもう一つ口にするのであった。


※※※


「さて、和平を引き受けるのは良いが知っての通り私は息子に監視されておる。バードン伯爵に文を送るのも難しいであろう」


 従兄にこれからのことを知られ、叔父様を監禁されでもしたら和平が行えなくなる。

叔父様には一時的に従兄の手が届かないところに移っていただくしかないだろう。


(……和平をするにあたって最も安全なところ)


 思いつくのは一つしかない。


「和平が成立するまではコーンゴルドに移っていただくことは出来ませんか? ここではもしもの時に私たちが動けませんし、反大公軍の城に移るのは従兄上に叔父様が敵に寝返ったと誤解させるかもしれません」


「……ふむ。だがコーンゴルドに移れば息子はお前が反大公軍側に付いたと思うかもしれぬぞ?」


「その可能性はありますが現状一番中立を保てるのはコーンゴルドしか無いと思います」


 コーンゴルド以外にも中立を宣言している領主はいたのだが戦いが長引くにつれて皆、大公軍か反大公軍に味方してしまい中立を保っているのは辺境伯家だけになってしまった。

やはり今の状況ではコーンゴルドしかないだろう。


「現状ではそれしかない、か。では数日以内に信用できる者を連れてそちらに移るとしよう。見張っている連中には狩りに行くとでも言っておくさ」


「かしこまりましたわ。コーンゴルドに移る際は事前に連絡を下さい。出迎えの者を送りますわ」


 叔父様の協力を得られるようになった。

ほっと一安心……と言いたい所だがこれからが本番である。

従兄も問題だが反大公軍事に所属している諸侯を説得しなければいけない。

バードン伯爵には事前に和平を持ちかけている。

まず彼が首を縦に振るかどうかだろう。


「さて、とりあえず話すことは話したかね?」


 目的は果たした。

あと話すことと言えば……。


(訊くなら今かしらね……)


 ずっと訊ねたかったこと。

しかし答えを知るのが怖くて言えなかったこと。

それは━━。


「━━お母様は本当に事故死だったのですか?」


※※※


 心臓がバクバクと鳴っているのが分かる。

和平の話を持ちかけた時よりも緊張している。


 私は昔からある疑いを持っていた。

あの日、お母様が私を庇って死んだ日。

私は誰かに付き飛ばされた。

ずっと曲芸師を見に来た見物客の誰かに押されたのだと思っていた。

しかし……。


(私が……お母様が狙われていたとしたら?)


 私たちに流れいる血を望ましく思わない者いるとしたら?

あれは事故なんかではなく暗殺、その可能性があるのではないだろうか?


 私の問いに叔父様は暫く沈黙するとゆっくりと目を瞑り、口を開いた。


「ラヴェンナの死は仕組まれたものではないか。そう我が弟も言っていた。」


「……お父様も!?」


「ああ。知っての通り彼女とその娘であるお前には”正統”なアルヴィリアの血が流れている。そしてラヴェンナはこの国を揺るがす重大な真実を知る存在でもあった」


「王家が……アルヴィリアを騙っているということですね」


 叔父様は頷く。


「アルヴィリア王家が簒奪者の末裔だと知られることは王家にとって何としてでも隠し通したい秘密だった。歴代の国王はアルヴィリアの血を探し続けていた。そしてゲオルグ王の時代でついにアルヴィリアを見つけた。ラヴェンナとその母、つまりお前の祖母だ」


 二人はガルグル領の田舎で静かに暮らしていたという。

だがある日突然王の命を受けた騎士たちが母と祖母を捕らえ、王都に連行したのだ。


 先代オースエンはゲオルグ王に二人の処刑を提案したが捕らえられ、怯えた母子を見た王は二人を城の塔に幽閉することにした。

だがある嵐の日、祖母が母を連れ塔より脱走した。

祖母と母は王が放った兵から必死に逃げ、そしてガーンウィッツに辿り着いたという。

祖母は母と共に逃げる道中で矢傷を負い、ガーンウィッツに辿り着くとそのまま亡くなった。

そして一人生き残った母は当時のシェードラン大公により王に突き出されそうになったが叔父様が必死に説得し城のメイドとなったのだ。


「よく王家が母を見逃しましたね」


「必死に頑張ったからな。城に来た陛下と父上の前で私は『傷ついた少女を追い回し、暗い塔に幽閉するがシェードランの、王家のすることか!』と怒鳴ったのだ。いや、なに。今更ながら本当に無茶なことをしたものだ」


 叔父様の堂々とした主張や陛下がもともとお母様を傷つけるつもりが無かったこともありシェードラン家がしっかりと監視し、絶対に秘密を守り通すと誓うことでガーンウィッツに住むことを許されたという。


「陛下はラヴェンナの母を死なせたことを本心から詫びていた。贖罪という意味もあったのだろうがラヴェンナの秘密を知り、彼女を殺すべきだと主張していた者たちを説得したのは陛下自身なのだ。私も、弟もラヴェンナの死に陛下は関わっていないと思っている」


「ならば叔父様は……お父様は誰が怪しいと思っているのですか?」


 母が死に、得をするものは王家以外に思いつかない。

だがゲオルグ王が母を庇う側の人間だったとするといったい誰が……。


「弟はオースエンを疑っていた」


「オースエン家が?」


「オースエン家は代々王を補佐する一族。時には汚い手を使ってでも王を守護する。それが王の意志に反したとしてもだ。弟はオースエンの裏仕事に協力しながら色々と探っていたようだ。その”裏仕事”の最中にリーシェを見つけたとも言っていたな」


 オースエン家と父が繋がってたこと。

父が”裏仕事”をしていたこと。

そしてリーシェのこと。

予想外の情報に思わず混乱しそうになってしまう。


「弟は何かを掴みかけていたようだがこの世を去ってしまった。オースエンも討たれ、ラヴェンナの死については迷宮入りだ」


 この世にいない人たちを問い詰めることは出来ない。

あとできることと言えば……。


「コーンゴルドに戻ったらお父様が何か残していないか調べてみます」


「弟がお前に隠していたことを知ることになるぞ? 世の中には知らない方が良いこともあると思うが?」


「……お母様の死をお父様がずっと調べていたのならば娘である私が引き継ぐべきですわ。その結果、目を逸らしたくなる真実を知ったとしても」


 私の言葉に叔父様は「そうか」と呟くと窓の外を見る。

いつの間にか日が暮れており、紅い夕日が窓から差し込んでいた。


「今日は泊っていくのか?」


「いえ、コーンゴルドに帰りますわ。夜の方が従兄上の兵に見つかりにくいでしょうし」


 さて、帰りは絨毯ではなく木箱に入って帰る予定だ。

ここまでは上手くいったのだ。

コーンゴルドへの帰還も上手く行って欲しい。

そう思いながら立ち上がると叔父様もゆっくりと腰を上げた。


「では次に会うのはコーンゴルドで、だな」


「ええ、叔父様がいらっしゃるのを楽しみにしておりますわ」


 危険を冒してルマレールに来たかいがあった。

叔父様が和平をの仲介を引き受けてくださり、従兄のことや母のこと、そして父の秘密も知れた。

コーンゴルドに戻ったらお父様の部屋や執務室をひっくり返してみるとしよう。

もしかしたら何かが見つかるかもしれない。


「数日後、コーンゴルドで」


「うむ。また会おう」


 私たちは握手を交わす。

それはシェードランとしてこの内戦に終止符を打とうという決意を込めた握手であった。

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