第12節・辺境伯の決断
レグの村での戦いの翌日。
エルはいつも通り午前中に弓兵の教練を行い、昼食を摂るために町に繰り出していた。
コーンゴルドの町は三つに分かれており、まず城に最も近い一層街。
ここには古くからコーンゴルドに住んでいる人々が暮らしており、鍛冶屋や教会などの施設がある。
次に二層街があり、こちらはアルヴィリア内戦勃発前にコーンゴルドに移り住んで来た人々が暮らしている。
そして最後に最も新しく出来たのが三層街である。
内戦勃発後にコーンゴルドに逃れて来た人々が住み着いた場所であり、つい先月ようやく町を守るための城壁が完成した。
今いるのは三層街であり、ここに出来た酒場の料理が安い割にはなかなか美味しく、通っているのだ。
酒場に向かう道中三層街の様子を眺める。
三層街はまだまだ開拓中といった感じであちこちで家が建てられており、多くの人々が行き来している。
ここが出来始めた頃は急激に人が増えたことによりコーンゴルドの治安が悪化したそうだがルナミア様が人々に仕事を斡旋したり食料を配給したりと尽力したため大分改善された。
(お若いのに本当に立派ですわ)
コーンゴルドに来たのには色々理由があった。
最初は若く、そして女の領主と聞いて大丈夫かと心配であったがルナミア様と会い、彼女の誠実さと危うさに魅力された。
はっきりと言おう。
一目惚れした。
一目惚れしたんだから彼女を支えようと決意するのは仕方ない。
ちゃんと使命も果たしているし文句は言われないだろう。
「……あら?」
町の門の方に見知った顔がいた。
栗毛色のショートヘアにダークブラウンの瞳を持つ小柄な少女。
一言で例えるならリスのような少女だ。
自分より遥かに大きい丸太を担いだ少女━━クロエは此方に気がつくと「エルさーん!」と手を振って来る。
私はそれに手を振り返しクロエに近寄ると彼女が肩に担いでいる丸太を見る。
此方の視線に気付いたクロエは「あ、これですかぁ?」と笑みを浮かべる。
「壁を作っているんですよぉ」
「あら? 壁は完成したのでは?」
「町を覆う壁は完成したけどまだ不十分だってルナミア様から指示がありましてねぇ。みんなより少し力持ちだから手伝って欲しいって」
この子の少しという概念を今度訊いてみたくなった。
それにしても壁を更に補強するのか……。
コーンゴルドは各層ごとに壁があり、その強固さは町の大きさと比較して少々異常のように感じる。
特に二層と三層を隔てる壁は石塁でありまるで砦の様になっている。
ルナミア様は町を守るためだと言っているが彼女はシェードラン大公との戦いを予期しているのだろうか?
それとももっと別の何かと……。
「エルさんはこんなところでどうしたんですかぁ?」
「わたくしは昼食に。この近くの酒場の料理が美味しいんですのよ」
私がそう言うとクロエはお腹を鳴らし、「ウチもお腹すいて来ましたぁ」とはにかむ。
「ではご一緒にどうですか?」
「いいんですか? では是非! この丸太を置いたらお昼にしましょう」
クロエは丸太を担いだまま軽快に走り去っていく。
あんな小さな体のどこにあれだけの力があるんだか……。
人体の不思議を見たような気分だ。
「さて、今日は何を食べましょうか?」
そう呟き、青く澄み渡った冬の空を見上げるのであった。
※※※
城の騎士団長室にてエドガーはウェルナーと向かい合って座っていた。
両者の間にはテーブルの上に置かれた地図のようなものがありそこに白と黒に色分けされた石を置いている。
「……ふむ、悪くは無いが俺なら騎兵突撃のタイミングをもっと遅くするな」
ウェルナー卿は地図上の駒を見ながらそう言う。
「敵がクロエに動揺したタイミングで切り込んだんですが、もっと遅い方が?」
そうウェルナー卿に訊ねると彼は頷く。
「このタイミングだと後方の敵が止まり切っていなかっただろう? 今回のタイミングでも良かったが更に効果的に敵を攻撃するなら敵の隊列が完全に止まったタイミングが良い」
今、自分たちがやっているのは昨日の戦いの復習みたいなものだ。
ウェルナー卿はここ最近前線に出なくなり、指揮を自分に任せるのようになった。
その代わり戦が終わるとこうやって戦術・戦略の講習を開いてくれる。
「実戦だと敵の動きを全て把握できるわけじゃないので難しいですね……」
「ああ、そうだろうな。まあそこら辺は更に経験を積めばなんとなく分かるようになってくる筈だ」
ウェルナー卿の言葉に頷くとほっと息を吐く。
昨日の戦いは相手が完全に油断していたこともあり圧勝で来た。
だが今後……もし大公軍と戦うことになれば昨日のように簡単に勝つということは出来ないだろう。
「……不安でいっぱいという顔をしているな」
「そりゃしますよ。俺の指揮に多くの命が掛かっているんだ。昨日だって実は緊張で吐きそうだったんですから」
「はっはっは! 俺の苦労も少しは分かったか!」
昔は騎士になることを目指し、騎士になってからはいずれは騎士団長にと夢見ていたが実際に戦場で指揮を執る様になるとその重責に押しつぶされそうになる。
ウェルナー卿は今までこんなプレッシャーの中、兵たちを指揮し勝利に導いてきたのか……。
「正直俺には荷が重いんじゃないかと思ってしまいますよ。貴方の下で戦っているときは何も考えず只管剣を振れたのに。今じゃ全部自分で考えなきゃいけない」
「一人で考える必要はないさ。お前も、ルナミア様も若く優秀故に一人でなんでもやろうとし過ぎだな。困ったときは周りにいる人物に相談する。それは身分が高かろうが低かろうが変わらないことだ」
「分かってはいるんですけれども……他の騎士に相談するのはちょっとし辛くて」
自分は最年少で副騎士団長になった。
自分が騎士になるよりも前から騎士になっていた古参から見ればケツの青いガキが指揮を執るのは不愉快極まりないのではないだろうか?
ついそう考えてしまい相談し辛くなってしまっている。
もし同年代の騎士が……ロイがいてくれたらと思うことが度々ある。
「うちの騎士たちはお前を認めている。まあ全員とは言えないが。誰か一人くらい気を許せそうな奴はいないのか?」
「……アーノルドとか、ですかね?」
「あのお調子者か。まあ腕もそこそこだし悪い奴ではないな」
アーノルドというのは自分のすぐ上の先輩騎士だ。
面倒見が良く常に明るい。
自分が副団長になった時も恐らく本心から喜んでくれていた。
非常にいい人だ。
まあウェルナー卿の言う通り確かに少々軽率なところがあるが。
「人間関係については俺からは何もできん。だがまあアドバイスというわけじゃないが少しずつ気の許せそうな仲間を増やして行ったらいいと思うぞ。自分から歩み寄るのが大事だ」
「剣の鍛錬より大変そうです」と苦笑するとウェルナー卿は「そういうもんだ」と笑う。
そして石と地図を片付けると部屋のドアがノックされた。
「入れ」
ウェルナー卿がそう言うとドアが開かれメイドが一人入ってくる。
「ウェルナー卿、エドガー卿。ルナミア様がお呼びです。至急執務室までお越しください」
「ルナミア様が? どう言ったご用件だ?」
「その、私は何も……」
メイドが頭を下げ、そう言ったためウェルナー卿と顔を見合わせて首を傾げる。
「分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」
「かしこまりました」
メイドが退出するとウェルナー卿に「何でしょうかね?」と訊ねる。
「さてな。だが少なくとも騎士団長と副団長の意見が必要な事案だろうな」
もしかして昨日のことだろうか?
昨日想定以上に勝ちすぎたとルナミア様は悩んでいた。
もしかしたらシェードラン大公への対応を協議したいのかもしれない。
そう考えながら立ち上がり、ウェルナー卿と共にルナミア様の執務室に向かうのであった。
※※※
ウェルナー卿とエドガーが執務室にやってくると私は「座って」とソファーの方を指差した。
二人がそれに頷きソファー座ると私は喋り始める。
「本題に入る前にまず一つ。フェリから知らせがあって年明けにはコーンゴルドに戻ってくるそうよ」
東の魔女ことフェリアセンシアは現在ヨシノ・キオウと共に行動をしている。
ベールン会戦後、ディヴァーンの主力は本国へ引き上げたが一部の部隊はキオウ領の占領を続けた。
ヨシノはキオウ領で抵抗を続けていたキオウ大公の配下たちと合流し、領地奪還の為に戦い続けている。
フェリはもともとキオウ領に住んでいたため、ヨシノに協力しているのだ。
「フェリアセンシアが戻って来るということは……」
「数日前に行われたヒダカ砦の戦いにキオウ軍が勝利してキオウ大公領はほぼ奪還できたそうよ」
ウェルナー卿とエドガーは嬉しそうに笑みを浮かべる。
アルヴィリア内戦が始まってしまい孤立無援だったにも関わらずヨシノは父の無念を晴らしてみせた。
まだ大龍壁にディヴァーンの軍勢が留まっているがヨシノならばいずれは大龍壁も敵から奪い返してみせるだろう。
「戦がひと段落したことでウチから義勇軍として派遣したフェリやアーダルベルト団長たちが戻って来るわ。従兄上との関係が悪化し続ける中、彼女たちが戻って来てくれるのは頼もしいわね」
東の魔女に無類の強さを誇る黒薔薇団がコーンゴルドに帰還すればあの馬鹿も手を出しにくくなるだろう。
「久々の朗報ですね。で? 本題の方は?」
エドガーの言葉に私は頷くと僅かに躊躇う。
「……バードン伯爵からの救援要請の件なんだけれども」
「まさか反大公軍に加わるので?」
私はウェルナー卿の言葉に首を横に振る。
「参加はしないし物資の援助はしないわ。でもこのまま見捨てることも出来ない。で、昨日一晩考えてみたんだけれども叔父様の助けを乞おうかと思うの」
ラウレンツ叔父様はベールン会戦で受けた毒により衰弱し、メフィル大公との戦の最中に倒れてしまった。
その後叔父様は息子に家督を譲り、ガーンウィッツ近くのルマレール砦に館を構え療養しているのだが……。
「ラウレンツ様に反大公軍に加担しろと? 流石にそれは……」
「いくらなんでも自分の息子を裏切れなんて頼めないわ。それにそんな依頼はバードン伯爵が既に散々しているでしょうしね」
「では?」とエドガーが首を傾げたため私は机に肘をついて身を乗り出す様にする。
「叔父様に仲介を頼むのよ。反大公軍が勝とうが従兄上が勝とうが両軍が戦を続ければ無益な血がたくさん流れる。叔父様もこの馬鹿げた内輪揉めを終わらせたい筈よ」
反大公軍はもともと叔父様に忠誠を誓っていた諸侯の集まりだ。
叔父様が戦いを止めろと言えば止めるはず。
また、レクター側にも叔父様を慕っている貴族は多い。
周りが戦いを止めればレクターも動けなくなるだろう。
「どう……かしら?」
二人の方を見るとエドガーは「素晴らしい案だと思います!」と言ったがウェルナー卿は難しい顔をしている。
「確かにラウレンツ様が立ち上がって下されば戦が終わるかもしれませんがもし許諾して下さらなければ? ルナミア様がラウレンツ様と秘密裏に接触していたと知られれば一気に立場が危うくなります」
「その時はガーンウィッツに行って従兄上に申し開きしないとね」
ウェルナー卿が「笑えませんね」と真剣に言って来たので肩を竦める。
叔父様が仲介役を承諾してくれない可能性は勿論考えている。
今まで戦を止めなかったのは何か考えがあって表に出ないのか、表に出れないのか。
ウェルナー卿の言う通り従兄上にバレたら立場が危うくなるだろう。
その時は冗談ではなく本当にガーンウィッツに行く覚悟がある。
「……ただの善意だけで仲介をしようと言う訳ではないわ。レクター従兄上との対決は差し迫っている。従兄上と戦う前に叔父様が敵になるのか味方になるのかを見極めたいのよ」
万が一にでもラウレンツ叔父様がレクター側に着いたら対抗しようが無くなる。
可能なら味方に、最低でも中立でいてもらいたいのだ。
「今の提案がかなり危険だと言うのは重々承知しているわ。だから貴方たちの意見を聞きたい。コーンゴルドの兵を預かる者として私の考えに賛同できる?」
私がそう言うと二人は沈黙し、執務室が重苦しい空気に包まれる。
これはコーンゴルドの運命を決めるかもしれない選択だ。
二人のうちどちらか一人でも反対すれば叔父様に和平の仲介を頼むのを止め、別の手を考える。
そのつもりである。
「俺は……、ルナミア様の意見に賛同します。レクター大公との戦いが避けられないのであれば手が打てる内に打っておいたほうがいい。そう思います」
「……まあ、そうだろうな。ラウレンツ様に接触したのがバレても対決が早まったと考えるだけだ。そもそもコーンゴルドの誰もがいずれは大公と雌雄を決することになると予感しているでしょうしね」
「二人とも、ありがとう……」
ホッと息を吐き出すがすぐに背筋を正した。
私たちは今決断をした。
その先に待ち構えているのが何であろうとも決断した責任は必ず取らなければいけない。
今後も気を引き締めて行動しなければ。
「善は急げよ。明日すぐに使者を出します。バードン伯爵にも文を送りましょう。叔父様への使者は私が、伯爵への使者はウェルナー卿が決めて。エドガーは”もしも”の時用に準備を。従兄上に気取られないようにね」
私の指示に二人の騎士は頷く。
そして執務室から退出しようとするとウェルナー卿が立ち止まり振り返った。
「最後に一つ」
「なにかしら?」
「……もしもラウレンツ様がレクター様に味方し、コーンゴルドの敵となった場合は?」
「…………」
私は沈黙する。
そして目を閉じると頷き、ゆっくりとウェルナー卿の方を見るのであった。
「その時、私は━━━━」
※※※
翌日。
ルマレールの砦に向かう街道を一台の馬車が進んでいた。
荷台には食料や絨毯などをたくさん詰め込んでおり、一見行商人の馬車のように見える。
御者台には村娘の格好をしたクロエと同じく村人の格好をした衛兵のマイクがおり、二人は暢気に鼻歌を歌っている。
「それにしてもぉ。どうしてウチが選ばれたんですかねぇ」
クロエは手に持っていたリンゴを齧ると荷台の方を見る。
「そりゃあ、あれだ。お前が芋っぽいから」
「あっはっはー、マイクさん酷いなぁ。ウチ、そんなに田舎っぽく無いですよぉ」
「……いや、割と真剣にその格好だと村娘にしか見えんぞ。まあ、俺も同じなんだけどな」
二人ともどう見ても何処かの村人、いや荷台と合わせると行商人といった感じか。
(いやあ、ここ最近は大きな仕事ばっかりだなぁ……)
この前は降伏勧告の使者。
そして今日は元大公様への使者だ。
これはきっと自分がルナミア様から信頼されているということだろう。
もっと頑張らなくては!!
「そういえばマイクさんはコーンゴルドにずっとぉ?」
「ああ、ずっとだ。ルナミア様が小さいころからずっと衛兵をやっている。コーンゴルドが襲われた時も、東ミスアでの戦いも生き残って気がついたら古参になっているなぁ。運だけは良いみたいだ」
『運以外にも何か持っているから生き残っているのよ』
「お褒めにあずかり光栄で。でも絨毯が喋っちゃいけませんぜ」
荷台の絨毯が『暇なのよ』と呟くとそのまま動かなくなった。
その様子を見ながら「ラウレンツ様は驚くだろうなぁ」と呟くと馬車の速度が遅くなった。
「……前方に兵士。恐らくレクター様の兵ですね」
「どうするぅ? 引き返すのぉ?」
マイクにそう訊ねると彼は首を横に振る。
「もう向こうに気が付かれているよ。ここで引き返したら怪しまれる。自然に行こう」
その言葉に頷き、前を見て座りなおすと大公の兵士たちが「そこの馬車! 待て!!」と近づいてくる。
マイクは馬車を止めると笑みを浮かべて御者台から降りる。
自分も続こうと思ったが目で「そこにいろ」と言われたの大人しく待つことにした。
「おお、こりゃあ大公様の兵隊さん。お勤め、ご苦労様ですー」
「悪いが目的地と積み荷を検めさせてもらうぞ」
「ええ、ご自由に。私らはルマレールの砦に向かう予定でしてね。コーンゴルドから贈り物を運んできたんですよ」
マイクの言葉に兵士たちは「何?」と顔を見合わせ眉を顰めた。
コーンゴルドから来たなんてはっきりと言ってよかったのだろうか?
一気に警戒された気がするのだが……。
「貴様ら、コーンゴルドから来たのか?」
「ええ、そうです。ほら、ラウレンツ様はずっと病に伏せているじゃないですか。ルナミア様がラウレンツ様の為にと贈り物を送られたのですよ」
そう言うとマイクと話していた兵士が此方を見る。
「そっちの娘は?」
「ああ、アレは私の娘です。コーンゴルドでは二人で商いをしてまして……な?」
マイクが此方に同意を求めるように視線を送ってきたので慌てて頷く。
「……まあ良い。おい、荷物を調べろ」
兵士の一人が荷台に上り荷物を調べ始める。
近くにあった果物の入った籠を開け始め、次に宝石の入った小箱を、そして絨毯の方に……。
思わず息を呑む。
もしここで絨毯を広げられたら一巻の終わりだ。
兵士が絨毯を掴み、左右に揺らすと「……なんか重くないか?」と首を傾げる。
(あー!?)
気が付いてしまった。
絨毯の隙間からなんか刃物が見える。
刃物が間違いなく兵士を狙っている。
(駄目ですよぉ!? もう少し堪えてくださいぃ!!)
「あ、あの!?」
荷台を荷物を調べていた兵士に声を掛けると彼は「なんだ」と眉を顰めた。
「兵隊さんたちはいつもお仕事大変ですよねぇ!!」
「ああ、大変だ。大公様のわがままにつきあわされてばっかりだからな」
「でしたらぁ」と荷台の方に移動し、なるべく自然に絨毯と兵士の間に立つと荷台に置いてあったワインの瓶を手に取る。
「お酒、いかがですかぁ? ウチらお酒を売っているんですよぉ!」
マイクの方に視線を送ると彼は慌てて頷く。
「そうそう! コーンゴルドでは酒売りをしてましてね! これが美味いと評判なんですよ! で、実はなんですが今度コーンゴルドからガーンウィッツに移り住もうかと思いまして……。その時に御贔屓にしてもらえませんかねぇ」
兵士がワインのコルクを開け、匂いを嗅ぐと「おお! これは良い酒だな!」と笑みを浮かべた。
「でしょう! どうですか? 今後御贔屓にして頂けるなら差し上げますが!」
このワインはエルから貰ったものだ。
エルは結構な酒飲みで彼女の部屋にはいろんなお酒が置いてある。
確かこのワインは珍しいエルフの秘蔵ワインだったはずだ。
ラウレンツ様に飲んでいただけるのならと譲って持ったのだがこんな風に役立つとは……。
兵士たちはワインを見ると喉を鳴らし、それからマイクに近づくと「お、おい。本当に貰っていいだよな?」と小声で話しかけた。
「ええ、勿論。店を開いたときに来ていただけるのなら」
マイクがそう言うと兵士たちは顔を見合わせ、荷台に乗っていた兵士が降りる。
「よし、行っていいぞ。町に来たら歓迎してやる。旨い酒を飲ましてくれるならみんな大喜びだ」
「へへぇ! 今後も御贔屓に」
マイクが頭を下げ、此方もそれに合わせて頭を下げる。
そして彼が御者台に戻ると再び頭を下げ馬車を動かし始めた。
「ガーンウィッツに来るのを待っているぞー!!」
「楽しみにしてくだせえ! とっておきの酒をお売りしますよ!!」
マイクが兵士たちに手を振り、彼らが遠のいていく。
そして完全に見えなくなると大きく息を吐き出した。
「はぁぁぁ、疲れた。肝が冷えたどころじゃありませんな」
「ウチも緊張して喉カラカラですぅ……」
『ふふ。二人とも良い演技だったわ。本当に酒売りになってみる?』
「冷やかさないでくださいよ。こっちは生きた心地しなかったんですから。で……? もしバレていたらどうするつもりだったんですか?」
『……斬ってた』
その返答にマイクは「おっかない絨毯だ」と肩を竦める。
「それにしても砦への街道に大公の兵士……。偶然じゃないでしょうな。帰りは別の道を行きましょうか?」
『いえ、同じ道で帰りましょう。さっきの兵士たちがずっといるならそっちのほうが怪しまれないわ』
「確かに……」
これは帰り道も気が抜け無さそうだ。
今日一日は胃がキリキリしてそうだと思いながら腰に提げていた水筒を手に取り、遠くに見えてきたルマレールの砦を眺めながら水を飲むのであった。
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