第14節・黒鎧の謀将


 エーベル伯爵領の西端、バードン伯爵領との両境に存在するクロンの村は大公軍の兵士たちに包囲されていた。


 村からは黒煙が立ち込め、離れはた場所からでも動物が焼けたような異臭がする。


 そんな村を丘から馬に跨り見下ろす姿があった。


 ダークブラウンの髪をオールバックにした細身の若い男は黒い鎧を見に纏い、冷たい視線で村を見つめている。


「ヴォルフラム様、村の制圧はほぼ完了いたしました」


 兵士から報告を受けていた騎士が黒い鎧の男━━ヴォルフラム・ブルーンズにそう伝えるとヴォルフラムは「くだらんな」と呟く。


「は?」


「くだらんと言ったのだ。勝ち目も無く、ただ無謀な争いをして死ぬ。まったくもってくだらん」


 クロンの村は貧しい村だった。

税を納めるにも苦労をしていたのだ。


 反大公軍との戦いが始まるとエーベル伯爵は領土の村に重税を課し、貧しいクロンの村は税を払えなくなった。

エーベル伯爵はクロンの村に税を払えと強要し、追い詰められた村人たちは伯爵に反旗を翻した訳だが……。


「村に"連中"はいたかね?」


「はい。バードン伯爵の兵と思われる連中が混ざっていました。何名か捕らえようとしたのですが……」


「自ら命を絶ったか」


 村人たちの反乱の裏にバードン伯爵がいると思っていた。

恐らく味方につけば助けてやると言われていたのだろうが……。


「生き残った村人は全員処刑せよ」


「……全員、ですか?」


「バードン伯爵の狙いは反乱の誘発だ。ならばこちらはクロンの村を見せしめにすることにして反乱分子の頭を抑える」


 逆らえば皆殺しにするということをはっきりと見せつければ反乱を起こそうとしている者たちは怯え、躊躇う。

中途半端な対応して各地で反乱が起こるより、クロンの村の人間を全員殺した方が流れる血は少なくなるであろう。


「容赦はするな。女であろうと赤子であろうと等しく焼き払え」


 指示を受けた騎士は顔を青ざめながらも頷き、村の方に向かって行く。


 それと入れ替わるように村から別の騎士が来た。


「……ヴォルフラム様、これを」


 騎士から血で汚れた羊皮紙を受け取る。

何かと羊皮紙を広げ、そこに書かれている文を読むと眉を顰めた。


「……これは」


 これは辺境伯家からバードン伯爵家への密書だ。

辺境伯家がシェードラン領で起きている内乱を憂慮しているということ。

辺境伯家が状況を打開したいと考えていること。

そして……。


「クッククッ……」


 思わず笑いが漏れる。

なるほど、これは使える。

どうやら反大公軍にも自分と同じことを考えている奴がいるらしい。


 向こうの真意がどうであれ、良い火種を譲り受けたのだ。

有効活用しないわけにはいかないだろう。


「村の始末を終え次第、ガーンウィッツに帰還するぞ。レクター様もさぞお喜びにてなるだろうよ」


 そう言うと焼き払われていく村を一瞥し、馬を反転させるのであった。


※※※


 ガーンウィッツ。


 初代シェードランがルマレール湖の湖畔に建てた城であり、シェードラン領の首都である。

堅牢な城壁に囲まれた城塞都市であり、その鉄壁さから過去一度も陥落したことが無い。


 そんな城の玉座に若き大公、レクター・シェードランは鎮座していた。

彼は玉座に座りながら片手にワインの入ったゴブレットを持ち、自分の横には首輪をつけたエルフの娘たちを侍らせている。


「……以上がセディナ平原での戦いの報告で御座います」


 目の前に跪いている騎士の報告を受け、レクターはつまらなさそうに鼻を鳴らすとワインを一口飲んだ。


「勝つのは当然だ。そんな報告は聞き飽きた。俺が知りたいのは”何時”バードンの首を持ってくるかだ」


「そ、それは……。反大公軍は粘り強く、彼らは散発的な攻撃を繰り返しておりますので……」


「ああ、もういい。分かった。下がっていいぞ。これ以上貴様の言い訳を聞いていたら頭が痛くなりそうだ」


 レクターにそう言われ、騎士は下唇を噛みながら頭を下げる。

そして「……失礼いたします」と言うと彼の前から立ち去って行った。

そんな騎士の背中を見ながらレクターは眉を顰めるとワインをもう一度口に含み、「不味い!」とゴブレットを近くのエルフの少女に投げつけた。


「貴様! 腐ったワインを飲ませたのではあるまいな!!」


「そ、そんな!? め、滅相も御座いません!!」


 エルフの少女は怯えた表情で慌ててゴブレットを拾うとするが、それよりも早くレクターが少女の首輪にある鎖を掴み引き寄せる。


「━━亜人風情が俺のゴブレットに触れるな」


「も、申し訳……ございません……」


 怯え切ったエルフの少女に対し嗜虐的な笑みを浮かべると少女を突き飛ばし「今夜、俺の部屋に来い」と言う。

少女は助けを求めるように他のエルフを見るがエルフたちは同情しつつも彼女と目が合わないように顔を逸らす。


 そんな様子にレクターは侮蔑の視線を送っていると衛兵が傍にやってきて「母君が」と小声で伝える。


「っち、何をしに来たのだ。まあいい。おい、貴様ら! さっさと裏から出ていけ!! 母上に姿を見られたら首を刎ねるぞ!!」


 エフルたちを怒鳴りつけ、玉座の間から追い出し、衛兵たちも退室させると姿勢を正して座りなおす。

そしてそれから少しすると一人の女性がやってきた。


 特別美しいというわけではないが気品のある女性。

レクターの母親であるアナメリア・シェードランである。

彼女は床に転がっているゴブレットを横目で見ながら玉座に座る息子の前に立つと困ったような笑みを浮かべた。


「先ほどオスカー卿が肩を落として歩いていましたよ。また何か無茶なことを言ったのではありませんか?」


「まさか! 反乱軍との戦いが遅々として進まないため叱りつけただけです。大公として当然の責務だ」


「それならば良いのですが」


 アナメリアはまた困り笑顔をする。

レクターは母のこの表情が嫌いであった。

まるで縋るような、そして自分の息子を恐れるような顔。

母が困り笑顔をする度にどす黒い感情が腹の底から湧きだし、苛立つ。


「レクター、反乱が起きてからもう一年が経ちます」


「対処はしっかりしています。反乱軍も勢いが衰えてきた。あともう少しで叩き潰せましょう。まさか、私が負けると思っているので?」


「そんなことは思っていないわ。だけれども、これ以上戦うよりも和平をしたらどうかしらと━━」


「馬鹿げている!!」


 母の提案に憤慨し、玉座から立ち上がる。


「反乱を起こした連中と和睦をしろと? 奴らは大公家を裏切った重罪人どもだ! 一人残らず処刑せねばならない!!」


「で、でも反乱軍の中には夫に忠誠を誓いシェードラン家に良く尽くしてくれた人たちもいるわ。彼らだけでも……。そうよ、療養している夫にも協力してもらえば、あの人が反乱軍に言えばきっと……」


「今の大公は私だ!! 私が大公だ! 父上ではない!! 奴らが忠誠を尽くすべきは父上ではなくこの私なのだ!!」


 顔を真っ赤にし激高する息子に母親は完全に萎縮していた。

レクターも怯え切った母の顔を見るとばつが悪そうに舌打ちし、玉座に座りなおす。


「とにかく、戦のことには口出ししないでいただきたい。それともそんなに息子が信用できませんか? シェードランの血が流れていない男では大公になれぬと?」


「貴方はシェードランの子よ! 誰が何と言おうと私とあの人の子! 女神に誓うわ!」


 母の言葉にレクターは「どうだか」と呟き、目を逸らす。

そんな息子の様子にアナメリアは肩を落とすと「戦のことに口を出したのは謝るわ」と言うと踵を返す。

そして部屋から出ようとすると立ち止まり、振り返った。


「今度、お父様のお見舞いに行きましょう? きっとあの人も喜ぶわ」


「……考えておきます」


 そう返事をするとアナメリアはまた例の表情をし、部屋から出ていくのであった。


※※※


 一人、玉座の間に残されたレクターは大きなため息を吐く。

己が子を信じられず、しかし捨てられることに怯える弱い女性。

それが我が母だ。

母の言っていることが本当かどうかは分からない。

だがもうそれはどうでもいい。

自分は大公なのだ。

たとえシェードランの血が流れていなくてもアルヴィリア王国を支える五大公の一人となったのだ。

もう、誰も自分を見下すことは出来ない。

今度は自分が他のすべてを見下してやる番だ。

嘗て自分の陰口をたたいていた連中を下に置き、叩き潰す。

過去の己に流れる血に怯えていた自分とは決別した……その筈なのに。


(腹が立つ!!)


 大公になった途端、バードン伯爵らは反旗を翻した。

父はこの状況に沈黙し、あの忌々しい従妹は中立をせんげした。


 何故だ!!

普通は大公に、身内に協力するだろう!!

父も従妹も此方が負けるように願っているのでは無いか?

いや、もしかしたら父は従妹を大公にするつもりなのでは無いか?

そんな疑惑が何度も生じ、その度に「そんなはずは無い」と否定した。


 父が息子を見捨てて敵になるなんて……そんなことは……。

不安を感じ、立ち上がろうとすると外で待機していた衛兵が入ってきた。

衛兵が「ヴォルフラム卿がいらっしゃいました!」と言ったため頷き、玉座に座りなおす。


 ヴォルフラム・ブルーンズ。

大公側に味方した諸侯の中でも特に使える男だ。


 ブルーンズ侯爵家はガーンウィッツの東、オースエン大公領と領地を接する貴族であり代々軍学に秀た人間を輩出して来た。


 反大公軍が蜂起した直後は前ブルーンズ侯爵はルナミア・シェードランに続いて中立を宣言したが息子のヴォルフラムが「中立は好手にあらず」と少数の兵を率いて父親を拘束、強引に隠居させてしまった。

その後彼は大公側に付き、反大公軍との戦いで活躍するようになったのだ。


(使えるが信用は出来ない男だな……)


 ヴォルフラムは謀略に長け、暗殺や虐殺も厭わない。

その瞳は常に冷たく、まるで此方を見透かしているような感じがする。

もし大公軍が劣勢になれば平気で裏切る。

そういう男であろう。


 そんな事を考えていると玉座の間の扉が開かれ、ヴォルフラムが入って来た。


 彼は此方の前に来ると跪き、慇懃に頭を下げた。


「ヴォルフラム・ブルーンズ、ただいま帰還いたしました」


「ああ、ご苦労であった。それで? 村の件はどうなった?」


「全て片付きました。村人は全て処刑し、主犯は串刺しの刑に処しました。これで当分の間、反乱を起こそうと言う不届き者はいなくなるでしょう」


「……女子供も処刑したのか?」


 そう訊ねるとヴォルフラムは「当然」と頷いた。

自分も敵には容赦をしないタイプだがこの男はその上を行く。

流石に自分でも赤子を殺すのは躊躇うぞ……?


「反乱の裏にはやはりバードン伯爵の姿がありました。我が兵が奴の兵と交戦しております」


「バードンめ、小癪な手を……」


 民を扇動し犠牲にする。

"正義"の反大公軍が聞いて呆れる。


「バードン伯爵もなりふり構っていられなくなって来たのでしょうな」


「ならばこのまま追い詰めてやる。近々バードン討伐のため大規模な戦を行う予定だ。奴と雌雄を決し、息の根を止めてやる」


 ここ最近の連敗で反大公軍は弱っている。

決戦を行うなら今しかないだろう。

バードンさえ死ねば纏りの無い反大公軍は瓦解する。

瓦解した後は反乱に参加した諸侯を一つ一つ潰せば良いだろう。


「良きお考えかと。ただ一つ懸念事項が……」


 「なんだ?」と眉を顰めるとヴォルフラムは懐から血のついた羊皮紙を取り出し、此方に渡してくる。

汚れている場所を触らないように羊皮紙を受け取り、広げて中の文を確認すると絶句した。


「……それは村にいたバードン伯爵の部下が持っていた密書です」


「馬鹿な……」


 これはルナミア・シェードランからバードン伯爵に宛てた手紙であった。

従妹が内戦の状況を打開したいと、そのためにバードン伯爵に協力したいと書いてある。

そして……我が父、ラウレンツ・シェードランと共に挙兵し、自分を討つと書いてあるのだ。


「あ、ありえない! 父親が、ルナミアがそんな事をする筈がない!!」


「ほう? ラウレンツ様はともかくルナミア・シェードランもありえぬと?」


「そ、そうだ! アイツは甘ちゃんだ! 奴にこの俺を! 従兄を討つ勇気などあるものか!!」


 あの小娘は甘い。

身内と争うのを嫌がり、中立を宣言したのだ。

その後も何度か試してみたが奴は挑発に乗らなかった。

だから最近はあの従妹は逆らわないと信じようと思っていたのだ。


「確かにルナミア・シェードランは甘い。だがあの少女は正義感が強く、そう、実に"英雄"的だ。そんな娘が誰かに助けを求められたら? 民が悪逆非道の大公……おっと失礼。恩知らずの民衆がレクター様を討てとあの娘を唆したら?」


 立ち上がるかもしれない。

だが、しかし……やはり信じ難い。


「辺境伯の真意を確かめるために傭兵共を嗾けたのが仇となりましたな。表向きは穏やかでも裏ではレクター様への怒りを募らせ、牙を研いでいたのでしょう」


 ヴォルフラムは「残念です」と首を横に振ると此方の隣に立った。


「私もにわかに信じ難いため調べたのですが、つい先日、辺境伯家からラウレンツ様に"贈り物"があったそうです」


「……なに?」


 そんな話は聞いていない。

父とルナミアが秘密裏に接触していたと?


「街道の見張りも積荷は調べたそうですが人までは確認しなかったようで。まあそれはさておき、ラウレンツ様は辺境伯家から"贈り物"を受け取り、明日ランスロー卿や数人の騎士を連れて鷹狩りに出かけるようです。奇妙だとは思いませんか? ルマレールに移ってからラウレンツ様が狩りをした事はない。それが急に狩りをしようだなんて……。余程姪から"贈り物"を貰えて嬉しかったのでしょうかねぇ?」


 声が出ない。

いま、頭の中を渦巻く感情は怒りか、悲しみか、絶望か。

考えがうまく纏まらない。


「心中お察し致します。ですが事態は急を要する。もしラウレンツ様が辺境伯と共に反大公軍に加われば我々は一気に窮地に立たされる」


 そうだ。

父を慕う貴族は多い。

もし父が敵に回れば味方から次々と離反者が出るかもしれない。

そうなれば我々は終わりだ。


「……ち、父上を問い質そう。もし本当に裏切るつもりであるのならば拘束し、ガーンウィッツに幽閉する!」


「それは得策とは言えませんな。ラウレンツ様は我々を警戒している筈。捕らえようとすればルマレールに籠城し、反大公軍や辺境伯家に助けを求めるでしょう」


「な、ならばどうする……!!」


 そう怒鳴るとヴォルフラムは冷酷な笑みを浮かべ、耳元で囁いた。


「━━すべきことは既に理解なされているはず」


 それは悪魔の囁きだ。

踏みとどまっていた背中を押し、最後の一歩を踏み出させる一声。

そう、やるべきことは分かっている。

これは……好機なのだ。

自分に心を脅かす二つの脅威を取り除ける。

でも……それを選ぶことはまだできない。


「……明日、全てを決める。この目で見て、確かめて、それで決断する」


 そう俯きながら呟くとヴォルフラムは「左様ですか」と此方から離れた。

「これは我らの道を決める大きな決断です。故に考える時間は必要でしょう。ですが━━」


 ヴォルフラムは俯いている此方を見下ろす。

それは冷酷な、しかし決意の炎を秘めた視線であった。


「━━時は決して止まらぬ。そのことはお忘れなきよう」


 そう言うとヴォルフラムは去っていった。

ただ一人、玉座の間に取り残され頭を抱える。

時は止まらない。

明日、自分は必ず決断しなければいけない。

そしてその決断をしたとき……自分は……。


「父上……。どうか、俺を……」


※※※


 コーンゴルドの城はいつも以上に慌ただしかった。

城のメイドたちは廊下や食堂、テラスで掃除を行っておりまるで年に一度の大掃除が早まったかのようだ。


「とりあえずエントランスを重点的に掃除してちょうだい! あと、お父様の部屋を叔父様に使っていただくからそこも丁寧に掃除してね」


 ルナミアはメイドたちに指示しながら廊下を歩く。


 ルマレールでの会談から数日後、叔父様配下の者がコーンゴルドにやってきて明日、叔父様が鷹狩と偽ってこの城にやってくる。

引退したランスロー卿や数名の信頼のおける騎士たちも来るため彼らの泊る部屋を用意したり、城の大掃除を行っているのだ。


 流石に前大公を汚い部屋に泊めるわけにはいかない。

私がちゃんと城を綺麗に保って、管理しているというところを見せなければいけない。

……まあ、綺麗に保ってくれているのは城のメイドたちなんだが。


「ルナミア様、廊下の掃除は大方終わりました。残りは窓ですがそちらは流石に時間が足りなさそうです」


 そう私に報告してきたのはブロンドの髪を後ろで結ったメイドだ。

彼女はシェフィ・レイナード。

ユキノが去った後にコーンゴルドのメイド長になった女性だ。

とても真面目でいつも期待以上の仕事をしてくれるため、とても信頼している。

真面目過ぎて融通が利かないのが玉に瑕だが。


「窓は仕方ないわ。中庭の手入れの方は?」


「そちらは今庭師たちが行っています。常日頃から手入れをしているためそれほど手間はかからないかと」


 この分なら叔父様が来る前に城をピカピカにできそうだ。

明日はコーンゴルド総出で叔父様をお迎えし、ちょっとした宴をする予定だ。

叔父様のお身体を考えて本当に小さな食事会みたいなものだが少しでも気分転換になればと思っている。


「……はぁ」


「あら? シェフィ? 何か悩みごとかしら?」


「いえ、まあそうですね。メイド長がいらっしゃったらもっと手早く掃除を行えたのではと思ってしまって」


 ユキノは中々アレな性格をしていたがメイドとしては超がつくほどの一流だ。

複数の仕事を同時に行い、しかもほぼノーミスでやってのける。

あまりにも仕事ができるので一時期他のメイドの仕事を奪い、人員削減のためメイドを数人解雇するかという話しが出てしまったほどだ。


「彼女はまあ、特別だったから……」


「ええ、本当に。あの方の仕事を引き継いでからどれだけ凄かったのか再認識させられます」


「あまり思い詰めては駄目よ? ユキノはユキノ。シェフィはシェフィなんだから」


「……そうですね」


 というか家事全般をそつなくこなすだけでも私から見たらシェフィも凄い。

特にシェフィの料理はとても美味しく、城の者たちからも好評だ。


「そうだ、料理と言えば! 宴に出す料理、私も手伝いましょうか?」


「おやめください。ラウレンツ様を殺す気ですか」


 即答された。

流石に傷つくぞ。


「大袈裟ねえ。確かに料理は上手じゃないけれどもそれなりのものは……」


「そう言って以前、城の人間を半分卒倒させましたよね? あの時、神父様が城に悪魔が憑いたと大騒ぎしたのですからおやめください」


 私の料理は悪魔並みか。

いや、しかし、以前こっそり料理の練習をしたときにエドガーが試食役をしてくれたのだが彼はずっと笑顔で料理を食べてくれた。

そのことをシェフィに言うと彼女は遠い目で「エドガー様も苦労をなさっている」と呟いた。


「とにかく、料理は我々メイドにお任せください。ルナミア様はご自身の部屋の掃除をなさってはいかがでしょうか? 以前見たときはその……賊に入られたのかとでも……」


「失礼ね、ちょっと物が散らかっていただけじゃない」


「ちょっと?」


 シェフィが半目で此方を見てくる。

うん、ちょっとは言い過ぎたかも。

もうすこーし汚れていたような……。


「はぁ……。昔はもっと身なりに気を使っていたと思いましたが?」


「う、うん。まあ、色々忙しくなってそう言うところが疎かになっているのは認めるわ」


 最近では自分の部屋で寝ることよりも執務室で寝ることの方が増えている。

以前ほぼ下着姿で歩いてたことといい、少し私生活を見直したほうが良いかもしれない。

叔父様の身体を気遣っておいて自分が倒れてしまっては笑えない。


「分かった。自分の部屋を掃除するわ」


「ええ、それがよろしいかと」


 ふと窓の外を見ると辺りが暗くなっていることに気が付いた。

暗い雲が空を覆いつくしており、今にも雨が降りそうだ。


「……雨、降るのかしら? 明日は止んでおいて欲しいけれども……」


 身体が弱っている叔父様が雨の中移動するのは心配だ。

それに明日は色々な意味で大事な日だというのに雨では何だが縁起が悪い。


「どうか明日は晴れますように……」


 そう呟き、空を見上げるとポツポツと雨が降り始めるのであった。

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