第2節・酒場の用心棒


 翌朝、私はマザー・カルラや子供たちと朝食を食べると自室に戻り鎧を袋に詰め込んだ。


 そして部屋から出て一階に降りると食器を片付けているマザー・カルラに「出かけてくる」と声を掛ける。


「おや? 今日も仕事かい?」


「違うよ。今日は仕事道具を直してもらおうかと。当分はゆっくりできそう」


 そう言うとマザー・カルラは安心したように頷くと「そう言えば」と手をポンと叩く。


「最近、変な人たちが現れているそうだから、気をつけてちょうだい」


「変な人? この町にはいっぱいいるけど……」


 ファスローの町には危険人物と変人が溢れかえっている。

正直今更変な人が現れたと言われても、という感じだ。


「ええ、まあ変な人はいっぱいいるのだけれどもね? その人たち、ゼダ人の娘を探しているらしいのよ」


 奴隷商だろうか?

迫害されているゼダ人は奴隷になることが多い。

奴隷商に捕まったゼダ人が逃げ出し、それを探しているという可能性がある。


「とにかく、気を付けてちょうだいね?」


 マザー・カルラにそう言われ、私は頷く。

変なトラブルに巻き込まれるのは私としても御免だ。

そのゼダ人を探しているという変人を見つけたら近づかないようにしよう。


「分かった。気をつけておくね」


 私はそう言うと孤児院の玄関に向かい、外に出るのであった。


※※※


 私の向かった先は町の中央通りから少し西側に逸れた場所にある鍛冶屋だ

あまり目立たないところにある小さな店だが鍛冶師の腕はかなり良い。

この店の鍛冶師はゼダ人とも商売をしてくれるため、私は常連客となっているのだ。


 店の扉を開け、中に入ると炉の熱のせいか店内はとても暖かかった。


 店の奥から鍛冶師が現れると私の姿を見て「よう、この前も活躍したらしいじゃないか」と気さくに話しかけてくる。


「うん、それなりに。今回も頼める?」


 私はカウンターに鎧の入った袋を置くと店主が袋を開けて頷く。


「今日は鎧かい。任せな、三日ほどで新品同然にしてやる」


「代金は……後払い?」


 私がそう訊ねると鍛冶師は頷く。

彼曰く「客が満足するものを出すまで代金は受け取らない。それが職人というものだ」とのことで、いつも代金は後払いとなっている。


 彼は袋から鎧を取り出すと痛んでいるところをチェックし始め、それから私に「どっかきついとか、逆にブカブカなところとかないか」と聞いてくる。


 ある。

あるのだが……。


「えっと、その。こう、上の方というか……」


 私が言葉を濁して言うと鍛冶師はすぐに察し、大笑いした。


「わ、笑うところ?」


「いやあ、なあに。こっちがデリカシーがなかったな。少し今より大きめにできないか検討してみるさ」


「う、うん。ありがとう」


 店内を見渡してみると鍛冶師の他には誰もいない。

この店はいつも一人で経営しているらしく、弟子などを見たことがない。


「誰か雇わないの? カウンター役とか」


 そう訊ねると鍛冶師は「雇いたいんだがなぁ」と苦笑する。


「中央通りにドン・マルコ傘下の武器商店ができてな。若い奴らは全部あっちに行っちまう」


 その店なら見たことがある。

煌びやかな鎧や武器がいくつも飾っており、武器商店というよりもまるで劇場だ。

私も以前中に入ろうとしたが団長が「あそこはぼったくりの上、押し売りだ」と言ったため、止めている。


「ぼろくて小さい店よりも給料が良くてデカいとこに行きたい。まあ、当たり前っちゃ当たり前なんだがなぁ……。近頃はドンの店に全部客や店員をとられ、昔からの店がどんどん潰れて行っちまってる。色々やり辛い世の中だぜ、本当に」


 ドン・マルコは様々な店を経営しており、その種類は娼館から造船業と非常に幅広い。

いったいどれだけの富がドン・マルコに流れて行っているのだろうか……。


「あのさ、人手が足りてないなら雇ってもらえないかな?」


 私がそう言うと鍛冶師は意外そうな顔をする。


「なんだ? 傭兵業が嫌になったのか?」


「んー、嫌というか……マザーに心配を掛けたくない感じ」


 私の言葉に鍛冶師は「成程なあ」と頷いた後、申し訳なさそうに首を横に振った。


「雇ってやりたいのは山々なんだがな……。その……ゼダ人の店員がいると客が……」


「あー、うん。いいよ、それなら」


 鍛冶師は本当に申し訳なさそうに「すまん」という。


 ゼダ人への風当たりはここ数年で更に強くなっている。

遠く、東の地にてかつてエスニアの大半を支配したヴェルガ帝国の残党が蜂起したため様々な国がゼダ人を警戒するようになったのだ。


 特にアルヴィリア王国という国ではゼダ人狩りが横行するようになり、それから身を守るためゼダ人が団結し反抗し始めているという。


 私は「じゃあ、鎧をお願いね」と言うと鍛冶師は頷き、私の鎧を店の奥に運んで行った。

それを見届けると踵を返し、私は店を出た。


※※※


 店を出た瞬間、視線を感じた。


 何か、こう……此方の様子を伺うような視線。

私は辺りを見渡してみると路地から此方を除くフードの人物が居た。

それは「やば……!」と言うとすぐに路地に引っ込んでいった。


「…………?」


 今のは何だろうか……?

マザーが言っていた例の変人か?


(少し、様子見ようかな?)


 私は気が付かなかったふりをして歩き出す。

するとフードの人物はまた路地から現れ、私のあとを追って歩き始めた。


(やっぱり追ってきている?)


 私は道をとりあえず右に曲がってみるとフードの人物も少し遅れてから曲がってきた。

もう一度今度は左に曲がってみるとまた追って来る。

間違いない、あのフードの人物は私を追いかけてきている。


 さて、どうするか。

面倒ごとは極力避けたいがこのまま孤児院に戻ってそこまでついてこられたらマズいかもしれない。

ならばいっそのことこっちから仕掛けてみるか?


「よし……!」


 私は駆け出すとフードの人物も慌てて駆け出してくる。


 近くの路地に私は飛び込み、近くの木箱の影に隠れるとフードの人物も路地に飛び込んできた。


「あれ!? いない!?」


 フードの人物は慌てて路地を走り出し、私はフードの人物が木箱の傍に来るのと同時に飛び出した。


「捕まえ……!?」


「!!」


 手を伸ばし、掴もうとした瞬間、フードの人物は拳を放ってくる。

それを咄嗟に避けると私の指が相手のフードにふれ、外れた。


「……女の子?」


「あ!? フード!?」


 相手は私と同い年くらいに見える少女であった。

金色の髪を片側で結い、両目の色が異なる尖った耳の少女。


 エルフだ。

フードの人物はエルフの少女であった。


 私は警戒しながらエルフの少女から距離をとると「どうして追いかけてきたの?」と訊ねる。

すると彼女はばつの悪そうな顔をし、それから真剣な瞳で此方を見てきた。


「貴女、名前は?」


「知らない人には名乗っちゃいけないってマザーに言われてる」


「……それもそうか。えっと、じゃあ。リーシェって名前、知っている?」


 リーシェ?

名前からして女だろう。

自分の知り合いにそんな名前の人物がいたか考えたが思い当たらない。

だが何故か、その名前が非常に気になっていた。


「知り合いにはいない」


「そりゃ、アンタの知り合いにはいないわよね……」


 どういうことだ?

なぜこのエルフは私にそんなことを訊ねてきた?

いったい何が目的だ?


「それじゃあ、もう一つだけ質問ね」


「…………」


「ロイ、エドガー、ヘンリー、ミリ、ユキノ……ルナミア」


 鼓動が跳ね上がった。

どれも知らない名前だ。

でもなぜか知っているような気がした。

決して忘れてはいけない、私にとって……大切な……。


「っく!」


 ふらつく頭を抑えるとエルフは悲しそうに首を横に振ると後ずさる。


「今はまだ無理でも……リーシェ、私たちは貴女を絶対に取り戻すわ」


「ま、待って!」


 エルフは駆け出し、路地から出て行ってしまう。


 私は遠ざかる彼女の背中に手を伸ばらし、路地で茫然と立ち尽くすのであった。


※※※


 孤児院に戻る道中、ずっとあのエルフのことを考えていた。

彼女は私のことをリーシェと呼んだ。

彼女は私の過去を知っている?

あの悲しそうな顔を思い出すたびに頭がズキズキと痛む。


 足を止めて、大きく息を吸った。

肺の中に冬の冷たい空気が入り、その冷たさで混乱していた頭が少し落ち着く。


「面倒ごとからは離れようと思っていたけど、探してみよう……」


 あのエルフが私の過去を知っているのならば聞き出すべきだ。

まずは一度孤児院に帰り、今度はこちらからあのエルフを探すとしよう。


 そう考えていると近くに人が集まっているのが見えた。

なんだろうと近づいてみれば道路に男が倒れていた。


 男は白目を剥き、口から泡を出しながら倒れており、その手には赤く光る粉の入った袋が握られている。


「おいおい、どうしたんだアイツ……」


「ほら、アレだよ。ドンが新しく売りに出した薬。どんな傷も病気もすぐに治るってやつ……」


 聞いたことがある。


 ドン・マルコが雇った医師が開発したという万能薬。

それを飲めば怪我は一瞬で治り、老人は若者のように走り回れるようになるという。

眉唾の話だと思っていたがやはり危険な薬だったようだ。


「どけ! どかんか!!」


 野次馬たちを押し退け町の衛兵が現れる。

彼らは死体を見ると舌打ちし、「貴様ら! さっさと散れ!!」と怒鳴り始める。

衛兵たちの高圧的な態度に野次馬たちは散り始め、私もその場を離れた。

その際に衛兵たちが「実験棟に連れていけ」と言い、死体を運び始めたのが少し気になったのであった。


※※※


 孤児院近くの通りまで来ると意外な人物が居た。


 ボリバル。

なにかと私に因縁をつけてくる男だ。

彼は此方に気が付くと「よう」と声を掛けてくるが私は無視して通り過ぎようとする。

すると「ちょいちょい! 待てや!!」と進路を遮ってきたのでため息を吐く。


「なに? 私は用が無いんだけど」


「俺が用があるっての! ったく、相変わらず気に喰わない女だぜ……」


 そりゃどうも。

私もボリバルのことが好きじゃないのでこのまま立ち去ってしまいたい。


「まあいい。お前に声を掛けたのはな、仕事を持ってきたからなんだよ」


「仕事?」


 私は訝しむ。

この男が持ってくる仕事はなんだかろくなものじゃないような気がする。

もし娼館とかいうワードが出たらすぐに張り倒そう。


「お前、孤児院のために金が必要なんだろう? よくまあ、あんなボロイ場所に大事な金なんかを……って、おい! どこに行く!!」


 ボリバルから離れようとすると慌てて呼び止められた。


「孤児院のこと悪く言うなら話は聞かない」


「あー、分かった! だから聞けって!」


 ボリバルはそう言い、頭を掻くと「実はな」と話し始める。


「ドン絡みの仕事を手に入れたんだよ。町の外れに”小鴉亭”っていう古い酒場があるのは知っているか?」


 知っている。

前に仕事探しの為に立ち寄ったことがある。

昔からある小さな酒場だ。

店は古いが中は結構いい雰囲気な店だったことを覚えている。


「ドンがな、あそこに新しい店を立てたがっているんだよ。で、店主にちゃんと金を払って立ち退くように言ったのに店主と来たら絶対店は手放さないと言いやがった。そしたらドンはたいそう腹を立ててな、部下を送り込んだんだよ。そしたら部下が全員返り討ち」


 ドン・マルコの部下には荒事専門の荒くれ集団がいる。

酒場の店主が彼らを追い返せるとは思えない。

と、なると……。


「用心棒でも雇ってた?」


「ご明察。なんでもやたら腕の立つ自由騎士って名乗る男たちが店に味方しているらしくてな。ドンがいろんな連中を送っているんだが全部返り討ちだ。で、困り果てた我らがドン・マルコの目に俺たちが止まったというわけ」


 この前の戦いで活躍したためドン・マルコが私たちのことを知ったらしい。

それでボリバルにドンの部下が接触してきて仕事を依頼したという。


「で? なんで私なの? 団長とかじゃダメなの?」


 正直店の立ち退きという仕事は気分が良くない。

出来ればやりたくない。


「ボスは”この町の味方”だからなあ。昔からある店を立ち退かせるなんて絶対に反対する。だから、町とは縁の薄くて腕の立つお前に声を掛けたわけ」


「…………私もやりたくないけど?」


 そう言うとボリバルは慌てて「まあ、報酬を見ろって」と紙を渡してきた。

そこにはびっくりするほどの報酬が書かれており、思わず二度見をしてしまった。


「俺と、お前で山分け。それでも当分あそんで暮らせる金だぜ? どうだ、これでも断るか?」


 お金は……欲しい。

でも悪事に加担するのは非常に気が重い。

そんな私の迷いを見透かしたのかボリバルは「まあ、よく考えてみろ」と笑う。


「ドンは店主に新しい店が買えるほどの金を渡すって言っているんだぜ? 店主があのボロい酒場を手放せばドンも幸せ、店主も幸せ、俺たちも幸せ。なーんにも問題は無い。そうだろう?」


 ボリバル曰く何も暴力的に行く必要はないという。

店主を説得し、自主的に出て行ってもらえればいい。

私はもしもの時の護衛だと。


 私は暫く悩んだ後、ため息を吐いて頷いた。


「ボリバル、約束して。こっちからは仕掛けない。私が前に出るのは向こうから問答無用で来た時だけ」


「おう! それでいい! よっしゃ! お前が来てくれりゃあこの仕事もう終わったも同然だぜ!」


 ボリバルが「行くぞ!」と歩き出すと私も歩き出す。

店を立ち退かせる仕事をしたとマザーに知られたら物凄く怒られそうだ……。

今更ながらついて行くと言ってしまったことを後悔しながら私たちは町外れの酒場に向かった。


※※※


 酒場の前に辿り着くとボリバルは私に隠れているように指示してきた。

なんでも複数人で押しかけたら警戒されるとのことで、最初は自分一人で店主と話すと言っていた。


 ボリバルは自信満々な表情で店の前に立ち、私はその姿に不安しかなかった。


「おーう! 聞こえているか!! 俺だ! ボリバルだ!! ちょっと話をしようぜ!!」


 そうボリバルが叫ぶと店の中から包丁とフライパンを持ったいかつい店主が現れた。

彼はボリバルを見ると眉を顰め、「てめえ! ボリバル! よくも俺の前に顔を出せたな!!」と怒鳴る。


「な、なんだよ。いきなり……俺はただ話をしようと言っているだけだぜ!」


「てめえ、ふざけんなよ! 俺の娘に手を出したくせしやがって!! 今すぐその首へし折ってやらあ!!」


「はあ!? あれは合意のうえだっつうーの!!」


「酒飲ませて酔わせたのが合意だと!? やっぱりぶっ殺してやる!!」


 ボリバルと店主の話を聞いていて私は思った。


(帰ろうかな……)


 あのバカは一回とことん痛い目にあったほうがいいと思う。

このままバカを見捨てて孤児院で今日はゆっくりしよう。

そう思っているとボリバルが「まあ、待てよ!」と店主に向かっていやらしい笑みを浮かべる。


「俺は今日、ドンの命令で来ている。つーまーりー、俺様に手を出すってことはドンに歯向かうも同然。そうなりゃあ、見せどころか娘もどうなるか分かっているんだろうなぁ」


 クズだ。

クズがいる。

やっぱり見捨てよう。

こんなところに来るのが間違いだった。


 私はその場を離れようとすると顔を真っ赤にした店主が「それがどうした! こっちとら既にドンと戦争中だ!」と怒り、包丁をボリバルに投げつける。

それをボリバルは慌てて避けると「殺す気か!?」と怒鳴った。


「ああ、殺す気だとも!! 騎士様! やっちまってください!!」


 そう店主が店に向かって言うと店の中から男が現れた。


 短い赤毛に鎧を身に纏い、肩に青いマントを羽織った男。

彼は呆れたようにボリバルを見ると店主に「戻っててください」と言う。


「…………」


 あ……れ……?

あの男の人、私は……知っているような……。

とても……大切な……。


「てめえが噂の自由騎士か! っけ、なーにが騎士よ! ただの傭兵だろうが!!」


 ボリバルがそう言うと赤毛の男は肩を竦めた。

その行為がボリバルを苛立たせたらしく、彼は腰に提げていたブロードソードを引き抜く。


「……あのバカ! こっちからは仕掛けないって言ったのに!」


 ボリバルが剣を引き抜いたことにより赤毛の男は目を細め、ゆっくりと構えた。

そして次の瞬間、赤毛の男が踏み込んだ。


(早い……!)


 あっという間にボリバルとの距離を詰め、彼の手首をつかむとそのまま捻る。

突然のことに対応できなかったボリバルは剣を手放し「いてえ!?」と拘束される。


「今すぐ家に帰るなら見逃してやる!」


 赤毛の男がボリバルを拘束しながらそう言うとボリバルは「てめえ、ふざけんな!」と暴れた。

そして私が隠れている方を見ると「シア!! 助けろ!!」と言って来る。

このまま見殺しにしてもいいのだが私はあの赤毛の男が気になって仕方がない。

ボリバルのことは特に気にせず物陰から出ると赤毛の男は私を見て目を見開いた。


「……まじかよ」


 私はゆっくりと赤毛の男に近づくと「悪いけど、そのバカを離してくれないかな?」と言う。


「……この男はお前の仲間か?」


「えーっと、非常に認めたくないけど一応仲間。うん、やっぱり違うや」


「おいこら! 俺を見捨てる気か!?」


 はい、見捨てようと思っていました。


 赤毛の男は明らかに私を見て動揺しており、ボリバルを拘束している手の力が緩んでいる。

だから飛び込んだ。


 赤毛の男の懐に飛び込み、拳を真っすぐに放つと彼は拘束していたボリバルをこちらに放り出し後ろに跳ぶ。

私の拳はそのままボリバルの顔面に直撃し、彼は「へぶ!?」という声を出して気絶した。


 しまった、勢い余って殴ってしまった。

まあギャーギャー騒がれより良いかと思い、気にしないでおく。


 私は赤毛の男と距離を取りつつ様子を伺う。

たぶんこの人は強い。

こっちは武器を持っていないのでもし戦うことになればかなりマズイだろう。


「えっと……」


 赤毛の男は困ったように頬を掻くと「飯、ちゃんと食ってるか?」と突然聞いてきた。


「え? あ、うん」


 突拍子も無かったため思わず頷いてしまう。


 それからまたお互いに沈黙すると気まずい雰囲気になる。

今すぐに戦いになりそうな感じはしないがどうしたものか……。


「とりあえず……私たちは帰るね? コレにはもうこの店に手を出すなってキツく言っておくから」


 私がそう言うと赤毛の男は頷く。

向こうはこっちと戦うつもりが無い。

ならばさっさと退散すべきだろう。


 私は気絶しているボリバルの腕を掴み、引きずり始めると一度足を止める。


「……もしかして、会ったことある?」


 自分でも突然何を言っているんだと思った。

でもこの赤毛の男のことを私は知っている。

忘れている気がするのだ。


 私の問いかけに赤毛の男は困ったように苦笑すると「ああ」と頷く。


「当分、ここにいる?」


「そうだな。目的を果たすまでずっといるつもりだ」


 彼はじっと私を見つめる。

あのエルフと同じだ。

寂しさと決意を秘めた瞳。

私はその目をじっと見つめてこう言った。


「また、来るね」


※※※


 赤毛の男━━ロイはリーシェが男を引きずって去っていくのを見届けるとほっと息を吐いた。


 驚いた。

この町にリーシェがいるのは知っていたし、彼女が記憶喪失になっているのもここ数日間で判明していた。

いきなり押し掛ければリーシェを混乱させりかもしれないと思い、しばらく様子見のつもりだったのだが……。


「まさか向こうから来るとは思いませんでしたなあ」


 そう言いながら店から出てきたのはドワーフのヘンリーだ。

彼は此方の横に立つと「で? どうすんで?」と訊ねてくる。


「向こうから会いにくるって言うなら仕方がない。なるべくリーシェが混乱しないように話そう」


 記憶を無理に戻そうとすれば彼女に大きな負担を掛けてしまうかもしれない。

ゆっくりと一つずつ、彼女が記憶を取り戻せるようにしよう。


「せっかく見つけたのに歯痒いですなあ。ルナミア様には手紙を出しておきますか?」


「ああ。でも教えたら飛んでくるかもな」


「はっはっはっ! 確かに! さて……」


 ヘンリーは真面目な表情になると周りを見渡し、それから小声で喋り始めた。


「例の件。今夜ミリお嬢さんが潜入するそうです」


「……なら俺たちは工場近くで待機か」


 此方の言葉にヘンリーは頷く。


 リーシェを探す途中である情報を掴み、その調査も行っているのだ。

もしその情報通りであるならば動かなければいけない。


「さて、今夜は徹夜になりそうですな」


 そう言い、酒場に戻って行くヘンリーの後を追う。

そして酒場に入る前にリーシェが去って行く方をみるのであった。


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