第46節・コーンゴルドの娘


 白鳥城から遠くにある林の中。

そこにメリナローズがいた。


 メルダの丘での戦いの後、こっそりと姿を消して今後どうするかを悩んでいる。


 今や盟約を守っている自分や"殉教者"の方が爪弾きものだ。

使徒も"鴉"は逃亡、"戦車"は恐らく生きている。

そして一番の問題である"大祭司"だが……。


(あの時、バハムートの竜核に吸収されたのは確かに見た……。でも……)


 どうにも引っ掛かる。

あの執念の塊みたいな男があれで本当に終わったのだろうか?


「……執念の塊はお互い様か」


 とにかく"蛇"の構成員の大半は"大祭司"側についてしまった。

ならば本来の計画を自分と"殉教者"で進めるしかないだろう。


「えぇ……二人でやるのぉ? 心折れそう……」


 これから色々と忙しくなりそうだ。

計画の障害となるリーシェは行方不明になったが、ルナミアは今後更に"蛇"を警戒するだろうし、六合の杖も王国に回収され、封印されるという。

まったく、前途多難だ。


 近くの木の上に跳躍し白鳥城の方を見ると城からある一団が慌ただしく出ていくのが見えた。

あの旗印はシェードラン辺境伯軍のものだ。

何かあったのだろうか?


「ま、あたしには関係ないか」


 彼らと会うことは当分ないだろう。

しばらくは身を潜め、裏でチミチミと行動することにしよう。


 そう考えると胸元にしまっていた蛇の面を被り、木から飛び降りるのであった。


※※※


 白鳥城のテラスからシェードラン辺境伯の一団が去って行くのをゲオルグ王は見つめていた。


 つい先ほど顔を真っ青にしたルナミアが護衛を押し退け目の前に来た時は驚いた。

そしてヨアヒム・シェードランが死んだと聞いた時は更に驚愕した。


 ルナミアが一時帰郷の許可を申し出たため、ディヴァーン軍が後退し当分戦闘は無いと判断し許可をした。


 街道の向こうに辺境伯の一団が消えるのを見届けるとヨアヒムのことを思い出す。


 彼とは昔、何度か会話を交わしたことがある。

当時の彼は白銀騎士団の団長で文武共に長けた男であった。

忠義に厚く、とても真っ直ぐな男性。

そしてその傍には黒髪の女性がいた。


 黒髪に金の目。

その風体から彼女が何者なのかは直ぐに理解した。

あの日、王城の塔から逃げ出した母子。


 彼女には此方を糾弾する権利があった。


 ヨアヒムが妻を連れて王都に来た際、彼女に先代とそれに加担した自分の行為を謝罪した。

だが彼女は此方を罵倒するわけでもなく、ただ静かに首を横に振り「私の希望は夫と共に静かに、普通に生きることです」と言ったのだ。


「普通に生きる……か。私がやろうとしていることは彼女の願いを踏みにじることになるな……」


 できればルナミア・シェードランには普通に生きて欲しかった。

だがそれは時代が、運命が許さない。

一度回り始めた運命の針は止められない。


「陛下、ここにいらしたのですか」


 後ろから声をかけられ、振り返るとそこには頭に包帯を巻いたセルファース・オースエンがいた。


 彼は此方の横に立つと先ほどまで自分が見ていた方を見つめる。


「ヨアヒム様の件、残念です」


 オースエン大公の言葉に頷く。


「ヨアヒム様が亡くなったこと。ラウレンツ様の後継者への不信感。シェードラン領は当分不安定になるかもしれません。そしてそれによって一番得をするのは……」


「メフィルか……」


 メフィルとシェードランは長年対立している。

そんな中シェードランが弱まればメフィルはその勢力を伸ばそうと動き始めるであろう。


 今はまだ自分がどうにかメフィルの手綱を握っている。

だが自分も年老いた。

年々五大公のバランスを保つのが難しくなってきており、もしここで自分がいなくなったらこの国はどうなってしまうのであろうか?


「王としてすべきことは王家を存続させることか、それともアルヴィリアという国を存続させることか……」


 王家と言う柱が崩れ始め、国にも影響が現れ始めている。

ならばいっそのこと新たな、力強い柱を生み出せれば?


「千年祭にて例の件、やはり公表しようと思う」


 そう言うとオースエン大公は僅かに眉を顰め、それからため息を吐いた。


「国が大いに荒れる危険がありますが?」


「分かっておる。だがしかし、もはやこれ以上の隠し立ては不可能であろう。よからぬ連中に利用される前に王家から全てを明かし、それでも王家を民が指示するならそれでよし。新たなる、正当なる王を求めるならばその時は……」


「ルナミア様は了承するでしょうか?」


 千年祭までの間にルナミアとはよく話し合う必要がある。

可能な限り彼女の意志を尊重したい。

もし彼女が王座に就くことを断固拒否した場合は別の道を共に探していくつもりだ。


「どうなるにせよ私は全ての罪を背負い、身を引こうと思っている。千年の節目にて偽りの歴史に幕を降ろし、この国に新たなる時代を訪れさせるのだ」


「……陛下の決意が固いのであれば私から何も言いませぬ。ただひたすら、お支えするのみ」


 オースエン大公に「お前には苦労をかけるな」と言うと、空を見上げる。

空は暗くなり、星が見え始めている。

この綺麗な星空がずっと先の時代も見れるように、正しき選択を探して行こう。

そう決意をするのであった。


※※※


 白鳥城の廊下をエリウッドは肩を怒らせ歩いていた。

彼の只ならぬ雰囲気に衛兵たちは慌てて道を開け、何事かと顔を見合わせる。


 先ほど、父を探していたらテラスでオースエン大公と話しているのが聞こえてしまった。


 その内容は信じがたいものであった。

現王家は初代アルヴィリアを殺め、簒奪したもの。

長きに渡りその事を王家は隠してきたが千年祭にて父がそれを国民に公表しようとしていること。

そして新たなる王として、正統なるアルヴィリア。

つまりルナミア・シェードラン、いや、ルナミア・アルヴィリアを擁立しようとしているということ。


「……認められるか!!」


 思わず近くの柱を殴る。


 父がやろうとしていることは国を亡ぼす行為だ。

現王家が偽りであると民に知られてみろ、瞬く間に反乱が起こるであろう。

それを収めるために辺境伯の娘を引っ張り出すつもりであろうが、あんな小娘に国を任せられるわけがない。


 この国を数百年に渡って収めてきたのは自分たちだ。

自分たちが居たからこそこの国は成り立っているのだ。


「どうにかしなければ……」


 父には思いとどまってもらわなければいけない。

一度嘘を吐いたのなら、それを貫き通すのも責任の筈だ。

たとえどのような悪事を働いても、犠牲を払っても王家を守り、国を守る。


 どうすればいいか考えながら再び歩き出すと前から弟のクリスがやってきた。

彼は本を胸に「兄上?」と声を掛けてくるがそれを押しのけ無視する。


 この話、弟に聞かせるわけにはいかない。

気弱で軟弱な弟のことだ。

父の味方をしかねない。


 この国を守れるのは自分しかいないのだ。

ならば、己のやるべきことは……。


 立ち止まる。


 そして自分の足元を見つめ、強く拳を握りしめた。


「いざとなれば……。その覚悟は俺にある……!!」


 そう呟くと廊下を再び歩き始めるのであった。


※※※


 コーンゴルドへの帰還は強行軍となった。

歩兵はガンツ兵士長に任せ馬に乗れる者たちだけで先にコーンゴルドに戻ることにし、ほぼ休みを入れず昼夜馬で駆け続けた。

行きの数倍の速さでロズウェル大橋を渡り、途中で何人かの騎士が脱落したが彼らの意思もあり、脱落者はそのまま放置してコーンゴルドに向かう。


 そして白鳥城を出てから数日後、私たちはコーンゴルドに到着した。


 櫓の衛兵たちは私たちを発見すると鐘を鳴らし、村の門が開かれる。


 私はその門を潜り、村を駆け抜けると城へとたどり着く。


「ルナミア様! よくぞご無事で!!」


 城の衛兵が私の乗っていた馬の手綱を受け取り、そう言うと私は頷く。

そして馬から飛び降りるとすぐに城の中に向かおうとした。

すると神父様が「お待ちください」と呼び止め、私はそっちを向く。


「城には……おりません。ヨアヒム様は既に……」


 神父は教会の方を、墓地の方を見る。

それに私は息が詰まりそうになり、拳を強く握りしめた。


「本当はお帰りになるまでそのままにと思ったのですが……。ご遺体を傷ませるわけにもいかず……」


 神父様が深々と頭を下げる。

それに私は大きく息を吐き、己を落ち着かせると「正しき判断をしていただき、ありがとうございます」と言う。


「お父様の……お墓は?」


 神父様にそう訊ねると彼は頷き歩き始める。

私たちは重い足取りでその後を追うのであった。


※※※


 夜の森を一人の女性が歩いていた。


 ユキノだ。

彼女は普段のメイド服とは異なり、黒い隠密用の衣装を身に纏っている。

この服を着るのはいつ以来であろうか?


 今朝、自室に手紙が置かれていた。

その内容は任務終了による帰還命令。

ヨアヒム・シェードランが死に、ルナミアの正体も判明したためこれ以上コーンゴルドにいる必要はない。

そういった内容が書かれていたのだ。

いつかはこういう日がやってくると思っていた。

そう、今日、自分は任務を終えるのだ。

それがどんな形であれ。


「…………」


 つり橋が見えてきた。

あの向こう側が合流場所の筈だ。


 森の中にある谷に掛けられたつり橋。

それはまるで自分の立場を表すかのようであり、橋に辿り着くとゆっくりと一歩一歩進み始めた。

そしてつり橋を渡り切り、少し歩くと開けた場所に出る。


 月明かりに照らされた小さな平原の真ん中に立つと、深呼吸をして拳を握りしめた。


「いい加減、姿を現したらどうですか? そんなに自分が育てた小娘が怖いのですか?」


 そう森の中に向かって言うと木の陰から一人の男が現れた。


 サイゾウ。


 自分の上司であり、師匠であり、育ての親のような存在の男。

彼はゆっくりとこちらに近づき、ある程度間合いをとるとその冷たい瞳で此方を見てきた。


「貴様が裏切っている可能性があったからな。どうやら一人で来たところを見るとそのつもりは無さそうだ」


「おや? ここで私が貴方を討ち取る可能性も御座いますが?」


 そう言うとサイゾウは鼻で笑い、「貴様に俺が討てるか?」と言う。


「まあいい。文でも書いた通り貴様の任は解かれた。早急にコーンゴルドより引き上げ、別命あるまで待機せよ」


「……サイゾウ殿。一つ質問が御座います」


 此方の言葉に「なんだ?」とサイゾウは苛立たし気に言うと彼の瞳をじっくりと見つめた。


「夢とは、なんでしょうか?」


「……貴様、何を言っている?」


「サイゾウ殿には夢は御座いますか?」


「ああ、あるとも。あらゆる手を使い、あらゆる犠牲を払い、一族を再興させる。そして我らを見下していた連中に復讐をするのだ!」


 その言葉に逆に安心する。

この男は変わらない。

ずっと変わらず、内側に憎悪の炎を宿らせている。

その炎が周りを全て焼き尽くすか、自信を焼き殺すまできっと止まらないであろう。


「私には夢がありませんでした。ただひたすらに生きる、殺す。ただそれだけ。空っぽな絡繰りとして生きてきました」


「なんだ? 今更恨み言か?」


「いいえ、とんでもない。サイゾウ殿が私を立派に殺人者として育ててくれたからこそ、力をくれたからこそ今の自分がある。そのことには感謝しております。感謝しておりますから━━━━」


 腰に提げていた苦無を引き抜き、構えるとサイゾウは目を細めた。


「……どういうつもりだ」


「私、夢ができましてね? 貴方の夢に比べたらちっぽけな、地味な夢かもしれませんが私にとっては大事なものができたのです。私はただ一人の人として、コーンゴルドのメイド長、ユキノとしてあの方たちに仕えたい。共に生きたいのです」


 サイゾウはゆっくりと身構え、刀を引き抜く。


「やはり絆されていたか……。殺人道具風情が人並みの夢を持ちおって。使えぬ道具は処分するのみだ」


 月明かりの下、互いに武器を構える。

相手は自分の師である。

此方の手の内は全て知られている。

どう考えても分の悪い戦いだが……。


(泥水をすすっても這い上がる。生きて前に進み続ける……。それが、コーンゴルド流!!)


 足を一歩前に出し、そして踏み出そうとした瞬間、サイゾウの背後の森の中から何かが光った気がした。

その直後、轟音が鳴り響く。


「……がっ……は!?」


 腹に穴が開いていた。


 凄まじい痛みと同時に穴から血が噴き出し、口からも血を吐き出す。

痛みから片膝を付き、傷口を抑えると大粒の汗を流しながらサイゾウを睨みつけた。


 すると彼の背後から長い筒のようなものをもった忍びが現れ、彼の横に立った。


「……頭を狙えと言ったが?」


「申し訳ございません。この武器、命中率が悪いようで……」


 あの筒……魔導砲のように見える。

だが自分を貫いたのは恐らく鋼鉄の球だ。

あれはいったい……。


「これか? これは銃という武器だそうだ。メフィルの女狐が作り始めた新兵器でな、魔導砲と違い魔力を使わなくても敵を撃てる。奴はいずれ弓にとって代わると言っていたな……」


 想定外だ。

サイゾウが部下を潜ませているのは分かっていた。

彼が此方を始末するために部下を嗾けてくるのも想定していた。

だが、あの兵器は……。


(血が……止まりませんね……)


 このままでは失血死する。

いや、その前にサイゾウに首を刎ねられるであろう。

ならば……。


「……ッ!!」


 苦無をサイゾウに投げつけ、彼が刀でそれを弾くのと同時に緊急事態用の煙球を取り出した。

それを地面に叩きつけ、爆発させると巻き上がる煙の中、全力で駆け出すのであった。

そんな此方の背後から「逃げられぬぞ?」とサイゾウの声が聞こえてくる。


「逃げきって……みせます……!!」


 まだ自分は死ねない。


 リーシェのことだ、ヨアヒムが死んだと知れば表では泣かず誰もいないところで泣くのだろう。

その時、自分が彼女の傍にいてやらなければ……。

あの口が微妙に悪くて、感情の起伏があんまりなくて、でもとても心優しい少女の傍にいなければ。

いや、居たいのだ。


 足を動かすたびに傷口から血が流れ出て、地面に垂れていく。

どれだけ血を失っただろうか?

いったん立ち止まり止血すべきか?


 そう考えているとつり橋まで辿り着いた。

橋を一気に渡ろうと駆け、橋の真ん中まで来ると向かう先から忍びが次々と現れているのが見えた。


「当然……伏兵はいますか……!!」


 ならば戻るかと振り返れば反対側からもサイゾウとその部下たちが現れた。


 完全に挟み撃ちにされた。

このつり橋の上では逃げることはできない。

絶体絶命の窮地だ。


 サイゾウが手を振り上げると忍びたちが弓や例の銃とやらを構える。

あの手が振り下ろされた時、それが自分の最期であろう。


(いえ、最後まで悪あがきをする……!!)


 千に一。

万に一でも希望があるのならば諦めずに手を伸ばす。

ゆっくりと息を吐き出す。

そして静かに目を閉じると覚悟を決める。


「……!!」


 サイゾウが手を振り下ろすのと同時に跳んだ。

残りの力を全て振り絞り、つり橋から谷底の川に飛び込む。

そして落下しながら空に浮かぶ月に手を伸ばし、微笑むのであった。


「リーシェ様、もし、またお会い出来たらまた私を……お傍に━━━━━」


 体が川に叩きつけられ、意識が途切れる。


※※※


 サイゾウはユキノがつり橋から飛び降りるのを見届けるとため息を吐いた。


 奴め、最後まで悪あがきをしおった。

この高さと、あの傷では助からないであろうが万が一ということもあり得る。

だが夜の闇の中谷底に落ちた女を探すのは至難の業であろう。


「……いかがいたしますか?」


 隣にいた部下がそう訊ねてきたため、首を横に振る。


「何人かを調査に回せ。残りは撤収だ。先ほどの銃の音で誰かに気が付かれたかもしれぬ」


「……は」


 此方の指示に何人かの部下が闇に消える。

ユキノめ、手を焼かせてくれる。

メフィルの女狐にはなんと報告すべきか……。


「いや、いっそのこと泳がせるのもありか?」


 ユキノは生きていたら間違いなくあのリーシェ・シェードランのもとへ向かう。

あの娘は行方不明であるが、メフィルよりも先に見つけられれば奴を相手に有利になれるかもしれない。

我が一族の再興にはメフィルの力が必要であり、そして同時にメフィルこそが最大の壁となるのだ。


「まあ、いい。まずはあの女狐のところに戻るとしよう。駒は裏切ったため始末したとな」


 そう口元に笑みを浮かべると部下と共に夜の闇に消えていくのであった。


※※※


 朝。

私は目を覚ますと机に突っ伏していたことに気が付く。


 昨日、お父様の墓を見た後、私は自室に戻りずっと泣いていた。


 お母様が居なくなり、リーシェも居なくなった。

そして父までもこの世を去り、私は独りぼっちになってしまった。

でも……。


 寝ながら握りしめていた紙を見る。


 お父様が私やリーシェに遺していた遺書。

そこには私たちへの愛や、これからのこと、私の生まれについてやリーシェについて詳しく書かれていた。

お父様は最期まで私たちのことを愛してくださった。

私たちが自分の足で、自分のやりたいことをできるようにと考えてくださっていた。

ならば私は、お父様の最大限の愛を貰った私がすべきことは……。


 椅子から立ち上がり鏡の前に行くと酷い顔であった。

目元は赤く腫れ、これでは人前に立てない。


「……しっかりしろ、ルナミア」


 私は己の頬を両手で叩く。


 こんな有様ではユキノにボロクソに言われてしまうだろう。


「そう……ユキノ。貴女も早く帰ってくるのよ?」


 部屋にはお父様の手紙以外にもユキノの置手紙もあった。

そこには彼女がメフィルの間者としてコーンゴルドにやってきたこと。

私やリーシェに出会い、自分の任務について疑問を持ち始めたこと。

そして、私たちと共に歩むことを決意し、己の過去と決別しに行くということ。


 メフィルと手を切るというのはとても危険なことであろう。

私たちが傍にいたならば絶対に一人で行くのを止めていた。

だが彼女は行ってしまった。

行ってしまったのならば……。


(彼女の戻ってくる場所を守り続ける)


 ここはリーシェとユキノが戻ってい来る家なのだ。

その家を守れるのは自分だけ。

だから、私は━━━━。


「まずはお風呂ね。そのあと、うん、みんなと話しましょう」


 そう言うと部屋から退出し、風呂場へと向かうのであった。


※※※


 朝。


 コーンゴルドの城の前に村人たちが集まっていた。


 先ほど城よりルナミアから話があるため集まれる者は集まって欲しいと若い騎士が村中を駆け回っていたのだ


 結果、村のほぼ全ての人間が城の跳ね橋前に集まり、心配そうな顔で城の方を見ている。


「ああ、我々はどうなってしまうのだろうか……」


 誰かがそう呟いた。


「バカ! ルナミア様がいるだろう! あの方はしっかりしていらっしゃる!」


「でも、あの方はお若い。もしなにか戦に、このコーンゴルドが戦に巻き込まれたら守り切れるのか?」


「……ほら、例の噂。帰ってきた騎士たちが言っていた奴だ。ルナミア様はアルヴィリアの正統なる血筋、きっと陛下がコーンゴルドを守ってくださるさ」


「それ、本当なのか? あくまで噂だろう?」


 村人たちは不安から口々に根拠のない噂を話し、それがかえって不安を募らせる。


 彼らを見守っていた衛兵たちもどことなく不安そうな顔をし、息を呑んでいると村人たちが「おお!」と跳ね橋の上、門の胸壁を指さした。


「ルナミア様だ……」


 そこにはルナミアが居た。


 髪と同じ、黒い衣服を身に纏ったルナミアが村人たちを一望するように立っており、彼女は目を閉じるとゆっくりと口を開いた。


「まず、朝早くにも関わらず集まっていただき感謝する」


 それは澄み透った声であった。

彼女の一言だけで誰もが彼女に注目する。

そして自分に注目する村人や兵士たちに対してルナミアは微笑んだ。


※※※


 私は胸壁から村人たちの顔を見渡す。

皆、不安そうな顔をしている。

無理もない。

今までこのコーンゴルドを支えてきたお父様が無くなり、この先のことが不安なのだ。

だから、私のすべきことはただ一つ。

彼らの不安を取り除くこと。


「……皆も知っているように、父、ヨアヒム・シェードランが逝去された。父は常にこのコーンゴルドのことを考え、皆を愛していた。そんな父が亡くなったこと、私も胸が張り裂けそうだ」


 私の言葉に何人かの村人たちが泣き始める。

お父様は民に愛されていた。

それがとてもよくわかる。

あの人の背中はとても大きく、そしてとても遠いのだ。


「皆、不安だろう。父亡き後、このコーンゴルドの領主になるのはまだ年端もいかない小娘。実際、私もこれからのことで不安に押しつぶされそうだ」


 村人や兵士たちが顔を見合わせる。

そして心配そうに此方を見上げるとそれに微笑んだ。


「でもね、私はこのコーンゴルドが大好き。お母様とお父様が愛して、守り続けた城が、村が、兵士が、民が。私は心の底から愛していると言ってもいい」


 そう私はこのコーンゴルドが大好きなのだ。

王都やガーンウィッツの町に比べたら全然ちっぽけな村かもしれないが、私にとっては何よりも大切な宝物。


「皆はこのコーンゴルドにとって、私にとって宝物、親に匹敵する大事な人たち。だからどうか未熟な私に力を貸してください! 私はルナミア・シェードラン! 他の何者でもなく、ただこの村を守る領主の娘! コーンゴルドの娘、ルナミアです!!」


 私は叫ぶ。

心の底から、必死に。

己の気持ちを、覚悟を全てさらけ出すように。


「私はたとえどんな困難なことが待ち受けていようとも絶対に諦めない! このコーンゴルドを守るため、必死にもがいて、もがき続ける! でもきっと私一人じゃどんなに頑張っても大きな壁を乗り越えられないかもしれない。一人じゃ押しつぶされてしまうかもしれない!! だから、私に力を貸してください!! ここに居る、いいえ、ここに居なくても私と志を同じにする人々が集えばどんな壁も乗り越えられる! 私だけのコーンゴルドじゃない。この地に住むすべての人々にとってのコーンゴルド! だから━━━━!!」


 気が付けば涙を流していた。

私は皆が思うほど強くない。

強く見えるのは強がっているからなのだ。

本当はとっても臆病で、泣き虫なのだ。


 だから私は己をいつも奮い立たせている。

リーシェを守ろうと、エドガーやロイにとって立派な主になろうと。

コーンゴルドの民を守れるだけの人間になろうと。


「━━━どうか、どうか、未熟な私に! 皆さんの娘、コーンゴルドの娘に力を貸してください!!」


 頭を下げると辺りは静まり返る。


 怖い。

皆の反応が怖い。

もし拒絶されたら? こんな弱い女、領主と認めないと言われたら?

その時、きっと私は心が折れてしまう。

だから……どうか……。


「……頭を」


 誰かがつぶやいたのが聞こえた。


「頭を上げてください、ルナミア様!!」


「…………!!」


 頭を上げ、民たちの方を見ると彼らは笑っていた。

皆、力強く頷き、私に視線を送ってくる。


「俺たちゃあ、ヨアヒム様に恩がある! そしてその娘のルナミア様にも返しても返しきれないほどの恩がある!!」


「ええ、そうさね! あたしらはコーンゴルドの人間! まあ? 村は田舎臭いけど? そのぶん根性は誰にも負けないよ!!」


 村人たちが「そうだ! そうだ!」と盛り上がっていく。


「ルナミア様がコーンゴルドの娘、俺たちの娘だっていうなら、娘を守るのが親の責務だよなぁ!!」


「おうとも! 俺たちもルナミア様を頼ります、だからルナミア様も俺たちを頼って下せえ!!」


 村人たちは皆、笑顔で頷く。

そして拳を振り上げ、力強く叫んだ。


「ルナミア様万歳! コーンゴルド万歳!! ヨアヒム様万歳!!」


「コーンゴルドに新しき旅路を!!」


 それは希望へのコーラスだ。

村人も、兵士も、騎士たちも。

全ての者が新たなる旅路へと向かって力強く拳を振り上げ、一歩を踏み出している。


 そんな彼らに対して私は言葉を失っていた。

ああ、本当に。

だからこそ、私はこのコーンゴルドを愛しているのだ。


「…………ありがとう」


 私は涙を流しながら深々と頭を下げる。

コーンゴルドの民たちの新たな旅路への歓声はいつまでも続くのであった。


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