第47節・明日への旅路
ルナミアが村人たちの前で演説を行ってから二日後。
コーンゴルドはまだ喪に服していたが少しずつ活気を取り戻しつつあり、新しき領主の為に一致団結しようと進み始めていた。
ルナミアも父の仕事の引継ぎを行い、数日後にはガーンウィッツに帰還したラウレンツ・シェードラン大公と面会し正式にコーンゴルドの領主となる予定だ。
そんな中、ロイも新たなる道へと進みだすための準備をしていた。
城で長らく使わせてもらっていた部屋を掃除し、綺麗にした。
片付けるのが苦手であったため結構苦戦したがどうにか人見られても恥ずかしくない部屋にできた。
ルナミアから「私物は残しておいていい、ここが貴方の家なのだから」と言われ、ほとんど部屋に置いていくことにする。
ずっと使っていた部屋を見渡すと頭を下げ、「お世話になりました」と言うと部屋から出る。
それから城を出ると教会に向かった。
途中神父様に会ったため彼と軽く会話を交わし、それから両親の墓のもとへ向かう。
墓石の手入れをし、片膝を着くとそっと手で触れる。
「あー……、親父、お袋。実はなちょーっと話があってだな? 俺、騎士になったんだ。それもあの初代アルヴィリアと同じ自由騎士だぞ? どうだ、凄いだろう! で、だ。俺、コーンゴルドから旅立つよ」
空を見上げる。
今日はいい天気だ。
どこまでも続く青い空、白い雲。
確かリーシェもコーンゴルドから空を見るのが好きだったはずだ。
「リーシェがさ、どっかいっちまったんだ。酷いよな? 俺のこと騎士にしてくれるって言っていたのに一人で勝手に行っちまって。だから連れて帰って来る。どこにいるのかは分からないけど、絶対探し出してお前の家はここだって連れて帰るんだ。だからそれまで俺はここには戻らない。墓の手入れは神父様に頼んであるから大丈夫だ。親父とお袋は安心して眠っていてくれ」
そう言うと墓石から手を離し、立ち上がる。
そして「じゃあ、な」と言うと今度は大きな墓の前に移動した。
そこにはヨアヒム・シェードランの名が刻まれており、墓の前に跪くと頭を下げる。
「ヨアヒム様、コーンゴルドの自由騎士ロイ。リーシェ様を探すため旅に出ます。これからいろいろと大変な時期にルナミア様の傍にいないこと、お許しください。ですが、ルナミア様なら大丈夫です。あの方はヨアヒム様の娘だ。とても芯が強く、前に進もうとしている。それにコーンゴルドにはウェルナー卿やエドガーが居ます。黒薔薇団も当分コーンゴルドに残るって言っていました。だから、えっと、その……」
言いたいことが色々あり、結局口に出ない。
だから笑顔で頭を上げ、ヨアヒムの墓を見た。
「行ってきます!!」
立ち上がり、振り返ると教会の包囲に旅装束に身を包んだミリが居た。
彼女は此方に小さく手を振り、それに手を振り返す。
さて、ここからは当分二人だ。
二人でいろいろと考え、判断して進んでいかなければいけない。
きっと色々な困難が待ち受けているであろう。
だがそれでもルナミア様が言っていたように前に進む。
壁を乗り越え、きっとどこかで独りぼっちになって半べそかいているリーシェを見つけ出すんだ。
そう決意しながら一歩一歩、自分の歩みを確かめるようにミリのもとに向かうのであった。
※※※
暗い廊下を一人の男が歩いていた。
ドワーフの技師、ラグダだ。
彼は黒曜の廊下を進み続け、大きな扉の前にたどり着くとゆっくりと息を吐き出し、扉を開けた。
扉の向こう側には玉座の間が広がっており、壁には何百ものパイプのようなものが這わせてある。
そのパイプは一点に向かって伸びており、パイプの向かう先にはそれがあった。
漆黒の玉座だ。
ラグダは玉座の間の重苦しい雰囲気に冷や汗を掻きながら足を踏み入れ、漆黒の玉座の前に来ると跪く。
「"大祭司"様。ラグダ、只今参りました」
そう頭を下げると玉座の主が動き出す。
「結構。この場所に人が立ち入るのは何百年振りかねぇ? で、どうだ? 感想は? んん?」
「……は?」
あまりに予想外な問いかけに思わず間の抜けた声が出てしまった。
頭を上げ、"大祭司"の方を見るとそこには黒い長い髪を持ち、紅く輝く瞳を持つ男がいた。
彼は上半身が裸であり、その体にはいくつものパイプが突き刺さっている。
「なぁんだ、その顔は? 貴様、気の狂った技師だろう? ならもっと頭のおかしい返しをしてみろ」
な、なんだこの男は?
これが、"大祭司"だと言うのか!?
"大祭司"は驚く此方をつまらなさそうに見つめると「もういい」と首を横に振った。
「貴様をここに呼んだのは貴様が見どころがあると思ったからだ。見ての通り、俺はまだ動くことは出来んからなぁ」
「あの……? 本当に"大祭司"なのでしょうか?」
そう訊ねると"大祭司"は「ん?」と口元に笑みを浮かべた。
「ああ、"大祭司"だとも。いや、"大祭司"が俺だったと言うべきか。あの分霊は気に入っていたんだがなぁ……。まさか、不完全な模造品相手に失うことになるとは」
"大祭司"の言葉に一瞬混乱するが、すぐに彼の言葉を理解する。
彼は"大祭司"のことを分霊と呼んだ。
それはつまりこの男は自分の魂を"大祭司"という存在に分け与えていたというわけで……。
「まさか……ホムンクルス?」
その言葉に男はニヤリと笑う。
ホムンクルス。
魔導科学によって生み出された人造生命体。
かつてヴェルガ帝国でもホムンクルスの製造は何度も試みられ、ただ一つの成功品を除いて全て失敗した。
ヴェルガ帝国が滅んだと同時にその技術も失われ、その後ホムンクルスは禁忌として研究するだけで死罪となった。
「昔は沢山造ろうとした連中がいたんだがなあ。今は下らん倫理観とやらでまるっきりだ。まったく、人間は愚かだと思っていたが自ら叡智を手放すとは……。せっかく手に入れた叡智を自ら手放すとは。なあ、そうは思わんか?」
「ええ、全くです。人は常に叡智を求め、ひたすらに前に進むべきだ。その先にこそ繁栄と進化がある」
「ま、貴様らが進化できるとは思っていないがだいたい同意見だ。何の迷いもなくそう言える貴様はやはり見どころがある」
男が指を鳴らすと玉座の間に明かりが灯った。
すると暗闇で見えなかったものが次々と現れ、思わずそれに見とれてしまう。
それは叡智だ。
ホムンクルス、魔晶石、転成石、エンシェントゴーレム。
様々なものの標本がそこに存在した。
「おお……おお!!」
身震いがする。
ここには自分の求めていた知識が大量に眠っている。
もしこれを独占出来たら。
これらの研究に没頭出来たら……。
「主よ! 私に何をお望みでしょうか!!」
「掻きわませ。それが俺の望みだ。ここにある知識を全て使い、あらゆる手でこの世界を引っ掻き回すのだ。そしてその先にこそ俺の望みがある……」
男は手を伸ばし目を細める。
そして何かを掴んだような動作をすると冷酷な笑みを浮かべた。
「今日より貴様はこのネームレスの手足となり、狂い働け。さすれば好きなだけ太古の叡智を授けてやろう」
その言葉にただひれ伏し、己を”何者でもない”と呼ぶ男に忠誠を誓うのであった。
※※※
コーンゴルドの村の前には多くの人が集まっていた。
皆、旅立つロイやミリの見送りに来ておりロイたちが乗る馬車に餞別として食料や日用品などを乗せている。
あまりにもいろんなものを持ってくるためロイが慌てて「これ以上は荷物が重くなるから!」と村人たちに頭を下げて断った。
それから少しすると集まっていた村人たちが道を開け、ルナミアとウェルナー卿、そしてエドガーがやってきた。
「何か足りないものは無い……て言おうとしたけど十分すぎるみたいね」
ルナミアは馬車に積まれた大量の物資を見て苦笑する。
「ヘンリーおじ様には手紙を出しておいたわ。まずはルードの町を目指してちょうだい。そこでヘンリーおじ様と落ち合う予定よ」
「はい、これ地図」とルナミアが此方に地図を手渡し、それから馬車にそっと手を触れた。
「本当は、ついて行きたい。でも私にはここを守る使命がある。だから━━━━」
ルナミアは真剣な目で此方を見つめ、此方も彼女に力強く頷く。
「任せてください。絶対にリーシェを見つけ出します」
そう言うとルナミアは「頼んだわよ」と言うと下がる。
すると今度はウェルナー卿とエドガーがやってきてウェルナー卿は「自由騎士ロイ!」と声を掛けてくる。
「騎士の誓い! 旅の途中、困っている人が居たら!!」
「━━━━手を差し伸べ、己の正義を貫く!!」
「よおし! その言葉忘れるなよ! お前はコーンゴルドの看板を背負って旅に出るんだからな!」
ウェルナー卿はそう笑うと此方の肩を叩き、去っていく。
そして今度はエドガーが前にやってくると綺麗な装飾の施された鞘に入った剣を差し出してくる。
「これ、親父からだ。お前の為に寝ずに鍛えてくれたぞ。俺も手伝ったんだからな? 感謝しろよ?」
剣を受け取ると鞘から引き抜き、刃を太陽に照らす。
そても研ぎ澄まされた、素晴らしい剣だ。
これならば滅多に刃こぼれはしないだろう。
「ああ、ありがとう。親父さんにも伝えておいてくれ」
そう言うとエドガーは頷く。
そしてしばらく互いに無言でいるとエドガーが拳を突き出してきた。
「達者でな。お前の分まで偉くなっておくぞ?」
その拳にこちらも拳をぶつけ、笑う。
「こっちこそ、自由騎士ロイ様の名前をアルヴィリア中に轟かせてやるさ」
互いに頷き、拳を離すとエドガーも離れていく。
本当ならあとユキノにも挨拶をしたかったが彼女は急用ということでしばらくコーンゴルドを離れているらしい。
「ねえ、私にはなんか言ってくれないの?」
御者台からミリが飛び降りるとルナミアが「んー」と首を傾げる。
「特に?」
「酷いわね!!」
ルナミアは「冗談よ」と笑うと彼女に近づき、手を差し出す。
「義妹のことお願い。あの子、貴女のことを信頼していたからきっと会いに行けば喜ぶわ」
「ええ、任せて。引きずってでも連れて帰るわ」
ミリはルナミアと握手を交わし、頷き合う。
そしてルナミアはミリの耳元に顔を近づけるとこういった。
「あと、そこの自由騎士がリーシェに変なことをしないように見張ってね」
「当然、いざという時はすり潰すわ」
何を!?
というか、聞こえている。
いや、聞こえるように言っているな、この人たちは!?
「さ、さあ。そろそろ出発するぞ!」
慌ててそう言うとミリが苦笑し「そうね」と御者台に戻る。
そして自分も改めてルナミア達に頭を下げると御者台に乗った。
「それでは、行ってきます!!」
「ええ! 旅の無事を祈っているわ!!」
御者台から手を振りながら馬車を動かし始める。
馬車はゆっくりと進み始め、見送りの為に集まっていた人たちが遠のいていく。
ミリと共に彼らが見えなくなるまで手を振るとミリが「ねえ」と声を掛けてきた。
「リーシェ、見つかると思う……?」
「見つかるさ。いや、見つける。あいつは絶対に生きている。だから何年かかってでもあいつを迎えに行くんだ」
力強くそう言うとミリは此方の横顔をじっと見つめ、「そうね」とほほ笑んだ。
それからこちらに手を差し出し、「これからしばらく、よろしくね。自由騎士様」と言ってきた。
「ああ、こちらこそ。よろしくな、ミリ」
彼女と握手を交わし、街道を進む。
目指すはルードの町。
そこでヘンリーと合流してからが本番だ。
(待ってろよ。すぐに行くからな……!!)
手綱を強く握りしめ、馬車を進める。
この先に何があるのだろうか?
どんな未来が待ち受けているのだろうか?
それはまだ分からない。
でも必ず道を切り拓き、先へと進む。
そう誓いながら若き自由騎士とエルフの娘は旅立つのであった。
※※※
ロイたちを乗せた馬車が丘の向こうに消えると手を振るのを止め、じっと見つめた。
「行っちまいましたな」
隣に立つウェルナー卿がそう呟き、それに私は頷く。
彼らは旅立った。
私たちはここに残った。
今日、私たちの道は分かたれたのだ。
だが私は信じている。
私たちの道はいずれきっと交差する。
そしてその時こそがコーンゴルドの新たなる夜明けなのだ。
「さあ、城に戻るわよ!」
そう言い、踵を返すと城に向かい始める。
その時、風が吹いた。
爽やかな風が頬を撫で、振り返るとロイたちが消えた丘をもう一度見る。
予感がした。
きっと今の風は祝福だ。
義妹を探しに出たロイたちへの精霊たちからの祝福。
きっと彼らの旅路は希望へと繋がる。
そして私たちの旅路も希望へと向かい続けるのだ。
「……また会いましょう」
そう微笑みながら呟き、私は城へと戻る。
これからのことを考え、私は私の道を行くためにあの城に戻るのだ。
エスニア歴998年。
ルナミア・シェードランはラウレンツ・シェードラン大公に認められ、正式に辺境伯となる。
若き辺境伯のもとコーンゴルドは一致団結する。
迫りくる大きな嵐の予感を感じながら、それでも彼らは進み続けるのであった。
==第一部・完==
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます