第45節・決意の従騎士
ディヴァーン軍が国境の大龍壁まで撤退したこともあり、アルヴィリア軍は一部の兵をメルダの丘に残し白鳥城まで後退した。
まずは将兵を休息させるのが優先と判断し、数日間城に待機となった。
辺境伯の軍も激戦によりかなり消耗しており、知っている顔が何十人と消えている。
ロイはこの数日間、様々なことを考えていた。
安否不明のリーシェのこと。
自分と比較的に仲の良かった兵士が死んだこと。
これからのコーンゴルドのこと。
そして、自分のしたいこと……。
(悩みすぎて休んでるのに疲れてきた……)
頭を使うのは苦手だ。
いつもはただ夢のことを考え、それに一直線だった。
だから、こうやってガラにもなく悩むと知恵熱が出そうになる。
ふと胸元からイヤリングを取り出す。
星のイヤリング。
あの時、リーシェと最後に会話を交わした時に受け取ったもの。
彼女はこれを自分たちの絆だと言った。
そう絆だ。
これは形見では無い。
何処かにいる彼女との絆なのだ。
ならば……。
「…………」
イヤリングを握りしめ、空を見上げる。
日の沈み始め赤く染まった空を見上げながら決意するのだ。
何が今の自分にとって最も重要なのかを再認識する。
「よし」
歩き出す。
それは新たなる道へと進むため。
誓いを破り、誓いを果たす為に行くのであった。
※※※
「いててて! いてぇ!? おい、もうちょっと! こっちは重傷なんですよ!?」
医療用のテントの中。
ランスローに包帯の交換をしてもらっていたウェルナーはランスローのあまりにも下手な包帯捌きに思わず椅子から立ち上がってしまった。
「がはは! 大げさだな! そんだけ暴れられればすぐに良くなるさ」
「まったく悪気がないな、このクソオヤジ……」
ため息を吐き、椅子に座りなおすとランスローも近くにあった椅子を手で持ち、此方の前に置いて向かい合うように座った。
彼はじっと無くなったほうの腕を見ると苦笑する。
「よく生きて帰ってきたな。お前がボロボロになっている姿を最初に見たときは心臓が止まりかけたぞ?」
「へえ? あの猛牛が? てっきし心臓に毛が生えているのかと思っていましたよ」
そう茶化すとランスローは「ぬかせ」と笑う。
「……で、これからどうするんだ? ディヴァーンは撤退。アルヴィリアもこれ以上戦うのは無理だ。とりあえず休戦状態に入ったと言っていいだろう。近いうちに領地に帰還の許可が下りるはずだ」
これから、か………。
腕を失ってはもう戦うことはできない。
人生の大半を騎士として、戦うことに費やしてきたためいざ別のことをしろと言われると悩む。
「そうですね……。新兵の調練に専念しようかと」
「成程、お前らしい。俺も早く引退したいよ。以前お前が言っていたように牧場経営も悪くないと思っている。どうだ? 俺が牧場を開いたら働かないか?」
「あんたの下で働くと大変なのは知っているから勘弁」
そう言うとお互いに笑い、それからランスローはため息を吐いた。
「お前だから弱音を言うが、正直これからのシェードランが心配でならん。ラウレンツ様が大公でいられなくなった後、大公の座につくのはレクター様だ。だが、今日のレクター様の姿を見てはとても楽観できない」
それはきっと諸侯も同じであろう。
レクターの優柔不断な判断によって死んだ将兵は多くいる。
彼らはきっとレクターを恨み、彼が大公になるのに反対するであろう。
「俺がもっとも恐れているのはレクター様に反感を持つ諸侯が別の神輿を担ぎだすことだ。そしてその神輿とは……」
「ルナミア様だと……?」
ランスローは頷く。
「今回の戦でのルナミア様の英雄的行動は兵士たちを大いに勇気付けた。そして例の噂についても全軍に広まりつつある。戦が終われば国中にも広がるだろう」
ルナミア・シェードランはアルヴィリアの末裔である。
そのことについて王家は沈黙しており、ルナミアも下手に発言すれば大ごとになりかねないため口を閉ざしている。
だが、それが真実であれ嘘であれ錦の旗として担ぎ出すには最高の人物だ。
「ルナミア様は聡明な方だ。彼女はきっと本家に歯向かいませんよ」
「ああ、俺もそれは心配していない。ルナミア様は内心はどうであれレクター様に忠誠を誓うだろう。だがレクター様は? あの方は以前からルナミア様に並々ならぬ対抗心を燃やしていた。今までは本家と分家という関係で自尊心を保っていたが、ルナミア様がアルヴィリア……つまり王家と関係があると考えれば……」
レクターが暴走し、何かを仕掛けてくるかもしれない。
もし大公家が辺境伯家を攻撃すればそれを好機と反レクター勢が一気に蜂起するかもしれない。
そうなればシェードラン大公領は二つに割れて争うことになる。
同じアルヴィリア、しかもシェードラン家が争うなど全くの無益な戦いだ。
「俺の目が黒いうちはそんなことをさせないが、万が一もある。お前も、どうかルナミア様をこれからも支えてやってくれ」
「最初からそのつもりですよ。俺の人生は辺境伯家の方々の為にあるのですから」
もしルナミアがレクターと戦うことを決意したら全力で支えるつもりだ。
ラヴェンナ様は守れなかったがその娘は絶対に守り通す。
それが自分の誓いだ。
だが願わくばシェードラン同士で争うなどということにはならないで欲しいものだ。
そう思っているとテントにロイが入ってきた。
「よう」とロイに声をかけるが、彼のただ事ならぬ雰囲気に此方も自然と背筋が伸びた。
「……ウェルナー卿、お話があります。大事な、話が」
赤い夕日を背に覚悟を決めた彼の瞳を見るとあの時のことを思い出す。
あの時は自分を騎士にしてくれと頼んできた。
だが今回は恐らく……。
「あー……。席を外そうか?」
ランスローの言葉に「いや、外で話しますよ」と言い立ち上がるとロイの方を見る。
「お前も、それでいいな?」
ロイは無言で頷く。
なんとなくこうなるのでは無いかと思っていた。
真っ直ぐなロイのことだ、悩みに悩んだ挙句決めたのであろう。
ならば自分は彼の言葉を受け止め、向き合うべきだろう。
そう考えるとロイと共に医療用テントを出た。
※※※
私はエドガーと共にラウレンツ叔父様のテントを出ると大きくため息を吐いた。
「お疲れのようですが……休まれては?」
エドガーが心配そうに声を掛けて来たため、私は首を横に振る。
「まだまだやることは多い。休んではいられないわ。それに……止まると色々と考えてしまうから」
リーシェは遥か西にいるかもしれない。
何もかもを投げ出して、今すぐ彼女を探しに行きたい。
だがそれはあまりにも無責任というものだろう。
私は辺境伯の娘。
民や兵士のことを考えなければいけない。
医療用テントの方を見ると中からロイとウェルナー卿が出てくるのが見えた。
ロイの表情は固く、ウェルナー卿も真剣な顔をしている。
どうしたのだろうかと思い、二人に近づくとロイが「ルナミア様……」と少しバツが悪そうに目を逸らした。
「二人ともどうしたの? 怖い顔をして」
私がそう訊ねるとウェルナー卿は「あーっと……」と困ったように頭を掻き、何かを言おうとするとそれよりも早くロイが口を開いた。
「ルナミア様にも話があります。俺のこと、聞いてください」
「え? ええ。いいけど……」
ロイはそれから少しの間、口を閉ざすとソードベルトから鞘ごと剣を外した。
そしてウェルナー卿の前に跪き、己の剣を差し出す。
その行為にエドガーは「お、おい!」と慌てるが、ウェルナー卿がそれを止めた。
「……剣を、お返しします」
ロイは頭を下げ、沈黙する。
そんなロイをウェルナー卿は複雑そうな表情で見つめると静かに問いかける。
「その言葉の意味、分かっているんだろうな?」
「……はい。分かった上で、考え抜いたうえで言ってます!」
ロイが顔を上げる。
その瞳には躊躇いは無く、強い決意を感じ取れた。
「俺、ずっと考えていたんです。俺の夢は騎士になることなのか、それともアイツを守ることなのか。もう一度、初心にかえって自分の本当にやりたいことを考えていた」
ロイは鞘を強く握りしめた。
恐らく大いに悩んだのであろう。
剣を返すということは騎士の誓いを破るということ。
そしてそれはロイを従騎士にしたウェルナー卿の顔に泥を塗ることになりかねない。
「悪いが一度誓いを破ったらお前をもう二度と騎士にしてやれないかもしれない。それでもいいのか?」
ウェルナー卿の問いにロイは黙ってうなずく。
そんな彼をウェルナー卿はじっと見つめると頭を掻き、苦笑した。
「やれやれ、好きな女の為に何もかもを捨てるってか? まったく、俺なんかよりもずっと騎士らしいよ、お前は」
そう言うとウェルナー卿はロイの差し出してきた剣を押し戻す。
それにロイは「え?」と驚き、ウェルナー卿は私の方を向いた。
「ルナミア様、提案なんですがね? こいつをもう騎士にしちゃいましょう」
「ウェ、ウェルナー卿!? 俺は……!!」
ウェルナー卿はロイがしゃべるのを遮り、「エドガー、お前はどう思う?」と言う。
「……ふん、コーンゴルド最年少で騎士になった記録を塗り替えられるのは癪ですけれども、俺も賛成です」
さて、ウチの騎士団長と騎士はロイが従騎士から騎士になることに賛成した。
そうなるとあとは私の決断だが……。
私は跪いているロイの前にしゃがみ、彼と視線を合わせる。
「ロイ、正直に答えてね?」
「は、はい」
「リーシェのこと好き?」
ロイは目を見開き驚くが直ぐに頷いた。
「……好きです」
「それは自分の人生を棒に振ってもいいほど? 貴方はあの子の為に全てを投げ出せる?」
「投げ出せます」
「よくもまあ、私の前でそんなこと言えたわね。この泥棒猫……もとい、泥棒騎士。その口縫い合わせてやろうかしら」
「ちょ!? ルナミア様が正直に言えって言ったんですよ!?」
「冗談よ」と笑うと脱力する。
まったく、私は自分の責務とか色々考えていたというのに、この男は簡単に全てを投げ出してリーシェを探しに行こうとしている。
羨ましい限りだ。
私は立ち上がり、ロイの持っている鞘から剣を引き抜くと己の眼前に掲げた。
「ほら、片膝、ちゃんとついて」
「え? あ、はい……」
ロイが姿勢を整え、片膝を着いて頭を下げる。
その肩に私は剣を乗せると宣言した。
「コーンゴルドの従騎士ロイ。略式ですが貴方を今、この瞬間をもって騎士とします。騎士ロイよ、貴方はリーシェ・シェードランに忠誠を誓い、その全てを捧げますか?」
「はい。我が命、リーシェ様に捧げます」
「ならばロイよ、今日より自由騎士を名乗りなさい!」
ロイがハッと顔を上げる。
自由騎士。
いずれの国にも所属しない騎士。
嘗て王国を建国した初代アルヴィリアも自由騎士だったという。
「自由騎士とは騎士の称号を持ちながらも己の意志で戦うもの。ですが自由には代償がある。どこにも所属しないということはいざという時に諸侯は貴方を助けないでしょう。でも、忘れないで。コーンゴルドは、私たちはいつだって貴方の味方だということを」
自由騎士という称号になんの力もない。
ただの自称騎士と同じような扱いだ。
だがそれでも、私たちが彼を自由騎士と扱うことによって、彼が帰ってこれる場所をつくってあげられる。
リーシェを見つけ、コーンゴルドに戻ってきた時に彼を騎士として出迎えてやるのだ。
「あーとー……。リーシェのこと、認めてないからね? そこは勘違いしないように。私の目の届かないところで破廉恥なこととかしたら……分かっているわよね……?」
口元に笑みを浮かべながらロイの肩に乗せていた剣を少し首の方に動かすと彼は顔を真っ青にして何度も頷いた。
まあ、ロイなら大丈夫だとは思っている。
でもできるならあともう一人、念のため誰かを着けたいところだが……。
(ユキノやヘンリーおじ様に相談してみようかしら?)
特にヘンリーおじ様は旅慣れしている。
彼の協力が得られればロイにとって大きな助けとなるであろう。
そう考えているとウェルナー卿が「よし、じゃあこれは餞別だ」と言うと普段彼が羽織っていた青いマントをロイに渡す。
「ボロボロになっちまったがそれを身につけておけば箔がつく。いいか? 自由騎士も騎士だ。堂々と胸を張るんだぞ?」
「で、でも、これはエドガーの方が……」
ロイがそう言うとエドガーが「バカ、貰っとけ」と笑う。
「俺はウェルナー卿のお古じゃなくてもっと新品で立派なのを手に入れる予定だからな。お前が帰ってくる頃には俺が騎士団長だ」
「お? 大きく出たな! こりゃ、俺も早めに引退できそうか?」
私たちは笑う。
これからどうなるのか色々と不安なことは多いが一つだけはっきりと言えることがある。
それはきっと、私たちはこれからもこうやって笑い合えるだろう。
そう、私は思うのであった。
※※※
辺境伯の陣の中でミリは木箱に腰かけ、弓の手入れをしていた。
どうにも集中ができない。
弓の弦を指でつまみ、引っ張っては放すのを繰り返す。
その度に弦がビンと音を鳴らし、細長い耳がピクリと動く。
ふと遠くで兵士たちが話しているのが聞こえた。
彼らはロイが自由騎士になり、リーシェを探しに旅に出るという話をしている。
その話を聞くとまた弓の弦を鳴らした。
「……何やら悩みごとのようね?」
「団長……」
いつの間にかに横に立っていた団長が微笑みながら空を見上げる。
「人間ってのはいっつも選択を迫られるわ。その度に悩み、足を止める。でもね? 人の一生は短い……まあ、貴女はエルフだけれども。とにかく、立ち止まったままではいられない。必ず何か決断をしなければいけない。その時に己を押し殺すか、己のしたいことをするかどちらが正しいか悩んだら……」
「悩んだら……?」
団長の方を見ると彼は口元に笑みを浮かべて頷く。
「後悔の無い方を選びなさい。後悔し続ける人生ってのはなかなか辛いものがあるわよ」
後悔の無い……か。
私にとってリーシェとは何だろうか?
ベルファであった時は互いに殺し合う一歩手前までいっていた。
その後あの子の優しさと強さを知り、あの子も私に対して遠慮なく……、いや、ちょっと遠慮なさすぎる気が……まあ、友人として接してくれた。
そう”友人”だ。
彼女は私にとって大切な友人だ。
その友人が今もどこかで苦しんで、助けを求めているのかもしれないのであれば……。
「アタシたちに遠慮しているならその必要はないわよ? 貴女はアタシたちにとって娘みたいなもの。その娘が己の意志で飛び立とうとしているなら喜んで見送るわ」
拳を強く握りしめる。
そう、それこそが自分の悩みだったのだ。
友人を探しに行きたい。
でも家族ともいえる傭兵団から勝手に離れるのは駄目だと思っていた。
「アタシたちは傭兵団。皆、家無しの風来坊。行くも去るもまた自由。でも共に同じ釜の飯を食べたことは忘れない。たとえ散り散りになったとしても仲間であること、家族であることは決して変わらない」
団長は優しく此方の背中を押してくれている。
ならば……己が選ぶべき道は……!
「団長!」
木箱から跳ねるように立ち上がると団長と向かい合う。
「ミリ・ミ・ミジェ! 一身上の都合により、団を離れる許可をください! 友人を見つけ出し、必ず帰ってきます!!」
「ええ、いってらっしゃい。アタシたちは貴女が帰ってくるところを守り続けるわ」
団長が差し出した手を取り、握手を交わす。
さて、旅に出るなら色々と準備をしなければ。
恐らくコーンゴルドに戻ってからリーシェを探す旅に出るはずだ。
まずは借りていた部屋の片付け。
それから村で良くしてくれた人たちに挨拶まわり。
やることはいっぱいある。
そう考えていると「ちょいといいかい?」と声をかけられたのでそちらを向くとそこには煙管を咥え、護衛らしき兵士を引き連れた女が立っていた。
この女の風体、どこかで……。
そうだ、この女!
この女は……!!
「……メフィル!!」
カミーラ・メフィル。
アルヴィリア王国五大公の一人。
そして父の仇かもしれない女だ。
メフィル大公は此方の視線にため息を吐くと不愉快そうに眉を顰めた。
「あー、やだやだ。あんたたち亜人種はいつも同じような顔をするねぇ。まるで親の仇を見るような、憎悪の瞳だ」
「よくも抜け抜けと!」
拳をキツく握りしめ、睨みつけるとメフィル大公は「ふむ?」と小首を傾げた。
「おや? 本当に仇だったかい? 悪いねぇ、エルフは処刑しすぎて誰が誰だか覚えていないよ」
頭に血が上る。
エルフやドワーフを迫害していることに全く悪びれないその様子に反吐が出る。
今すぐにでも飛び掛かって殺してやりたい。
だが……。
「メフィル大公、何が御用でしょうか? 見ての通り、アタシたちはただの傭兵━━━━」
「"黒薔薇団"だろう? で、あんたは団長のアーダルベルト。そうだろう?」
団長は僅かに眉を動かすと口元に笑みを浮かべる。
「お詳しいことで」
「情報は金にも勝る価値がある。辺境伯家については色々調べさせて貰っているよ。例えば━━━━辺境伯の娘には"本当の"アルヴィリアの血が流れている、とかね」
メフィル大公が不適に笑うと此方は警戒する。
「なんのことかは存じませんが、直接お話した方が良いでしょうな」
そう言い、団長が顔をむけた方を見るとそこにはルナミアたちがいるのであった。
※※※
ミリとアーダルベルトに話しかけている人物を見ると私はすぐに警戒心最大にした。
カミーラ・メフィル。
五大公の中で最も警戒すべき人物だ。
とはいえ敵対心をむき出しにするわけにもいかず、社交辞令的な笑顔を浮かべて「これはこれは、メフィル大公。どうしてこのようなところに?」と話しかける。
「今回の戦の功労者に挨拶をしておこうと思ってねぇ。どこもかしこもアンタの話で持ち切りだよ。もっともそれが面白くないやつもいっぱいいるようだが……」
「別に手柄を立てたくて戦ったわけであありませんわ。あの時はああするしかなかっただけ」
そう言い、頭を下げるとメフィル大公を口元に笑みを浮かべ「ハ!」と鼻で笑う。
「慇懃無礼ってやつさ。あんまりへりくだると更に敵をつくるよ」
私も笑みを浮かべて互いに笑う合う。
心が冷たくなるよな会話の応酬だ。
私たちの不穏な空気を感じ取り、近くの兵士たちは巻き込まれぬよう遠巻きに集まり始めてきた。
そんな兵士たちにメフィル大公は「何を見ているんだい!」と睨みつけると兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「さて、互いに本心でもない挨拶は止めて本題に入ろうじゃないかい。お嬢ちゃん、どうだい? 今後、アタシと手を組まないかい?」
「…………」
この女、何を考えている?
メフィル大公家とは今まで何のつながりもなかった。
むしろシェードランとして対立する方だ。
私は慎重に相手の様子を伺っているとメフィル大公は肩を竦めた。
「なに、そんな難しいことじゃないさ。近いうちにこの国は大きく荒れる。その渦中にはお前さんが、”正当なアルヴィリア”がいる。その時に辺境伯のちっぽけな力じゃ周りに利用され流されるだけだ。だから、アタシと手を組まないかということさ」
「あら? メフィル大公も随分と噂話が好きなんですのね? 大公たるものが兵士たちが暇つぶしにするような噂を信じてはいけませんわ」
「そうだねえ。確かに噂話なんてものは信じるに値しない。そう、ただの噂ならね?」
私は沈黙する。
この女に対して余計なことを言えば足元を掬われかねない。
どうにかして話を切り上げるべきだろう。
「それに、噂の力ってのは意外と馬鹿にできないもんだよ? 人は己が信じたいように情報を処理する。ある者にとってはアンタが正当なアルヴィリアであることが好ましく。またある者にとってはアンタは王家を騙る逆賊だ。さて、そうなるとシェードラン大公のところの坊ちゃんはどうするかねえ?」
戦いの後、レクターとの接触は極力避けていたが一度だけ顔を合わせたことがある。
あの時、彼が私に向けてい表情は強い敵意と、そして……恐れだ。
彼が今後辺境伯家にどのような行動をするのかは私にとっても大きな不安だ。
だが、だからといってメフィルと組むなど論外だ。
私の考えを察してかメフィル大公は「嫌われたもんだね」と苦笑すると煙管を咥え、煙を吐き出す。
「まあ、今日のところはこの辺にしておくよ。でもこれだけは覚えておきな。誰を敵にし、誰を味方にするのか慎重に考えるんだよ」
「ええ、ご忠告感謝いたしますわ。よく覚えておきましょう」
私たちはまた笑顔を浮かべ合う。
予感がした。
いずれこの女とは対決する時がくるであろうと。
その時、私はいったい何者になっているのであろうか……。
「ル、ルナミア様はいらっしゃいますか!!」
遠くで兵士たちが騒いでおり、何事かと見れば馬に跨り疲れ果てた顔の兵士がやってきた。
彼のことは見たことがある。
確か城の衛兵の一人だ。
兵士は私を見つけると馬から降り、憔悴しきった様子で駆け寄ってきた。
そして跪くと「コーゴルドより急報に御座います!!」と頭を下げる。
胸騒ぎがした。
心臓の鼓動が早まる。
「……いったい、どうしたというのですか」
私はそう兵士に声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げる。
彼は悲痛な顔をしており、涙を流しながら吐き出すようにこう言った。
「━━━━━ヨアヒム様が……! ヨアヒム様が、亡くなられました……!!」
夕焼けに染まる空を鴉たちが鳴きながら飛んでいた。
それはまるで、鴉たちも私に訃報を届けに来たのかのようであった。
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