~新たなる旅路編~
第44節・風竜王の道標
シェードラン領からガルグル領に向かう街道を一台の荷馬車が走っていた。
御者台には皮の帽子を被り、顎髭を伸ばした中年の男性がおり、口をポカンと開け空を見上げている。
空は先ほどから虹色に輝いている。
確か北国ではオーロラというのがあったはずだが、こんな光景を見るのは生まれて初めてだ。
東で大きな戦が起きていると言うし、何か良からぬことの前兆で無ければよいが……。
そう思っていると突然馬が嘶き、暴れ始めた。
慌てて馬をなだめると突如大地が揺れ、目の前の地面が隆起し始める。
すると地中からから山のような竜が現れた。
岩のような鱗を持ち巨大な四本の足を持つ巨大な竜は頭部と思わしき場所にある小さな瞳で男性を見ると地響きを鳴らしながら語り掛けてきた。
『小さき人よ。ここは、東ミスア平原かね?』
男性は御者台の上で完全に腰を抜かしてしまい、突然声を掛けられても反応することができなかった。
すると竜は『ふうむ?』と首をわずかに傾げると再び語り掛けてくる。
『人の言葉を、間違えていたかね? 小さき人よ。東ミスアはここでいいかね?』
「え……えぇっと。ここはルぺの平原です。東ミスアはずっと向こう、東側!」
そう男性が言うと竜は『ふうむ』と目を細め、頷いた。
『どうやら出るところを間違えたようだねぇ。数百年たつと地形も変わる。はてさて、間に合うかどうか……』
竜が良く分からないことを口にしていると空が突然輝いた。
オーロラは掻き消え、少しすると空に大量の流星が現れ始めたのだ。
男性と竜はその光景を見上げ、竜はわずかに悲しそうに喉を鳴らした。
『どうやら終わってしまったようだ。彼女にはまた辛い選択をさせてしまった……。ふむ……?』
竜は流星を眺めると首を傾げ、興味深げに目を見開く。
『星に混じって何やら知っている気配が……。ほう? どうやら、運命はまだ小さきクレスに生きろと言ったか』
そう言うと竜は再び地面に潜り始める。
そして頭部だけが地上に出た状態になると男性の方を見た。
『小さき人よ。驚かせてすまないねえ。私は再び眠るとするよ』
竜が完全に地面に潜ってしまうとそこにはぐちゃぐちゃになった街道と口を大きく開けて固まっている男性だけが残された。
男性は腰に提げていた水筒の水を飲み干すと額に浮かんだ汗を拭い、力なく苦笑する。
「……こんなん、誰も信じてくれないだろうなぁ」
※※※
昔のことを思い出していた。
あれは激しい雨の日だ。
城に突然傷だらけの女性とその娘が駆けこんできた。
母親の方は父に娘のことを頼み込み、すぐに息を引き取った。
娘の方は城の使用人として働くようになり、器量が良く、明朗な彼女は直ぐに皆に馴染んだ。
一方自分は当時荒れており、毎日仲間を引き連れて町に繰り出しては悪さをしたり酒や賭け事に溺れていた。
ちょうどその時だっただろうか?
あのドワーフと出会ったのは。
今でもよく覚えている。
彼と路地裏で大喧嘩になり、朝まで殴り合って気絶した。
そしてそんな自分たちを迎えに来たのはあの娘━━━━ラヴェンナだった。
彼女は呆れたように大の字に倒れている此方を見下ろし、こう言ってきた。
「どうして、そんなに自暴自棄なんですか?」
「……お前には関係ない。素性の分からないお前と違って俺はシェードランの子ということに苦しまされているんだ」
そう言うとラヴェンナは首を横に振った。
「血とか、家柄とか、兄弟関係とか、関係ないでしょう? 私は私、貴方は貴方です」
当時は口うるさい女だと舌打ちし、取り合わなかった。
だがそれから彼女は此方に付きまとうようになり、ことあるごとに話しかけてくるようになった。
あまりにも鬱陶しかったので一度怒鳴りつけたこともある。
「どうして、そんなに俺に構う! 放っておいてくれ!!」
「あら? 放っておいて欲しいの? 私には貴方の行動は構って欲しいから悪さをする子供の用に見えるわ」
その言葉に頭に来たためとことん言い争った。
するとどういうことだろうか?
いつの間にか自分の本心を彼女にさらけ出しており、彼女も此方の言葉を一つ一つ真剣に聞いていた。
それからだ。
彼女に対する感情が変わり始めたのは。
自分でも調子のいいことだと思うが、初めて本心を晒した相手を意識し始めたのだ。
そして彼女も己の生まれについて話すようになり、此方を大いに驚かせた。
二人は互いの秘密を共有し合い、ごく自然に尊重し思い合うようになった。
それから数年後、確か此方からだったと思う。
彼女に告白し、自分たちは結ばれた。
父や周囲の反対もあったがラヴェンナと共に反対を押し切り、自分たちはガーンヴィッツの城をでてコーンゴルドの辺境伯として生きることを選んだのだ。
更にそれから数年するとルナミアが産まれた。
ラヴェンナは娘が産まれたことに大いに喜んだが、同時に不安も持っていた。
「この子に、私の血が重くのしかからなければいいのだけれども」
赤子を愛おし気に抱き、そう呟いたラヴェンナの肩に手を乗せてこう声を掛けた。
「かつて言っただろう。血や家柄は関係ない。この子はこの子だ。この子が自分の人生を選び、歩めるようにしてやるのが私たちの責務だ」
そう、ルナミアには大きな選択が迫っている。
彼女は英雄の子孫として生きるのか、それともシェードランの子として生きるのか。
願わくば彼女が望むように生きてもらいたい。
そう今も思っている。
※※※
「……少し、寝ていたか」
どうやら手紙を書いている間にベッドで寝ていたらしい。
窓から外を見るとたくさんの星が流れている。
先ほどまで不気味なオーロラに包まれていたというのに、次は流星か。
これは吉兆か凶兆か。
自分には分からない。
だからこそ、こうやってできることをしているのだ。
筆を執り、紙に文字を書き続ける。
愛しき我が子たちに残す最期の言葉を選び、書く。
ルナミアは強い子だ。
きっと正しい選択をするだろう。
リーシェは優しく芯のある子だ。
彼女にも重い運命が待ち受けている。
できればそんなものに対面せず、幸せに生きてほしかった。
「…………」
筆を止める。
数年前。
オースエン大公から秘密の任を受けた。
それは邪教徒たちが邪神を復活させる秘密兵器を作ったということだ。
だがその秘密兵器とやらは賊徒に奪われたため、それを見つけ出し処分してほしいと。
あの夜。
賊徒の拠点を襲撃し、檻の中にいるあの子を見つけたとき言葉を失った。
オースエン大公の言っていた秘密兵器というのはリーシェのことだったのだ。
自分はあの子を殺すように命じられていた。
だがあの子が薄暗い牢の中、虚ろな瞳で此方を見たとき決心した。
この子は殺すべきではないと。
もちろん、オースエン大公には猛反対された。
だが自分が監視するから処分の判断は待って欲しいと。
もし、彼女が本当に邪神ならば自分が処分するとそう説得し、どうにか生き永らえされることができたのだ。
リーシェを引き取ってから彼女についていろいろと調べた。
その結果分かったのは彼女を創ったのは旧ヴェルガ帝国の錬金術師たち。
彼らは後に訪れるであろう危機に対抗するためにリーシェの魂に何かを植え付けた。
それが何なのかは結局分からなかったがそれは間違いなくオースエンや王家にとって都合の悪いものだったようだ。
自分がこの世を去った後、もしかしたらリーシェの身に危機が迫るかもしれない。
彼女一人ではきっと押し寄せる悪意に勝てない。
だがルナミアがいれば、ウェルナーや若き騎士たちがいればきっと……。
手紙に二人の娘たちへの言葉を書き終えるともう一度空を見上げる。
すると一際明るい流星が西の方へと向かっていくのが見えた。
それが何故か良いことのように思え、微笑みながらゆっくりと瞼を閉じるのであった。
※※※
ユキノは城の掃除を終わらせるとヨアヒムの寝室へと向かっていた。
今、空に大量の流星があることもだが先日彼から言われたことへの返事をする覚悟ができたからだ。
あれからずっと悩んだ。
自分の本当の想い。
自分が本当にしたいこと。
きっと一族を裏切ろうとしている自分の選択は唾棄されるものであろう。
だがそれでも自分はあの姉妹と共に生きたいと思った
そう願うように変えられてしまったのだ。
だから……。
「……旦那様」
寝室のドアをノックする。
返事がない。
何度かノックしても返事がないため、寝ているのかと思った。
ゆっくりと、静かにドアノブを回し部屋に入ると窓の外を眺めているヨアヒムの姿が目に映った。
「失礼します」
頭を下げ、部屋に入ると彼を見る。
「旦那様、先日のことですが……」
ふと、気が付いた。
窓の外を見るヨアヒムの体がから生気がないことに。
彼の肺が動いておらず、呼吸をしてないことに。
鼓動が跳ね上がる。
胸が締め付けられるように苦しい。
ああ、そうか。彼は……もう……。
「……返事、させていただきます」
己の胸に手を添え、今にも叫びそうになる心をどうにか落ち着かせる。
「私、ユキノはメフィル大公の間者でした。目的はルナミア様の調査。あの方がアルヴィリアの子孫でないかを調べ、メフィル大公が有利な情報を得られるようにすることです」
「でも……」と言い、声が震えそうになるのを抑える。
「私は変わりました。いえ、変えさせられました。きっと旦那様の策略ですね? 私とリーシェ様を引き合わせることで私たちの凍った心を溶かす。まったく酷い人です。そんなことをしなければ私は苦しまないで済んだのに。そんなことをしてくれたから私は今が幸せだと思うようになってしまった」
この数年間の生活は空っぽだった心を満たしてくれた。
人並みの幸福など不要だと思っていた自分を我が儘にしてしまった。
故に自分はこの道を選ぶ。
「━━━━例え裏切り者と誹られようとも、私はリーシェ様たちと共に生き、お支えします」
口にした。
それは裏切りの言葉だ。
それは誓いの言葉だ。
過去との決別を選択し、新たな道へと一歩踏み出すための言葉。
これでもう後には引けなくなった。
一度深呼吸をし、旅立った主人に深々と頭を下げる。
「……旦那様、お疲れ様でした」
垂れ下がった前髪の間から涙が零れ落ち、絨毯を濡らすのであった。
※※※
戦場となった平原から遠くにある森の中。
そこにザイード率いるゼダ人の部隊が潜んでいた。
彼らは負傷兵を集め撤退の準備をしており、皆疲れ果てた顔をしていた。
「……随分と減ったな」
辺りを見渡し、ザイードはそう呟くと眉を顰める。
あの場から離脱できたのは七割ほど。
残りの三割は砲撃により跡形もなく消滅した。
「むしろよくこれだけ残ったと考えるべきさね」
そう言ったのは木にもたれ掛かり、腕を組んでいるヴァネッサだ。
「あの状況じゃ全滅してもおかしく無かった。まったく聖女様様だよ」
聖女の忠告と己の直感から戦場を離れた。
その結果、あの攻撃の直撃を受けずに済んだのだ。
まさしく九死に一生を得るだ。
その後のことはここからずっと見ていた。
巨大な門が現れたこと。
門が開き、山より巨大な竜が現れたこと。
異形の群れとアルヴィリア軍が戦い、突如竜が爆散したことによってアルヴィリア側が勝利したこと。
何が起きてるのか理解が追い付かないがひとまずいえることはただ一つ。
この戦いでディヴァーンもアルヴィリアも疲弊した。
こちらも同士を多く失い、アルヴィリアを滅ぼすということができなくなったがまだまだチャンスはありそうだ。
ならば次の手は……。
「ザドアに行くぞ」
「なんだい? 里帰りかい?」
「今回の件でディヴァーンは大軍を失った。今まで負けなしの大帝国が結果だけ見ればこっぴどく負けたのだ。大帝に恨みのある者たちはここぞとばかりに動き出すであろうよ」
「その波にアタシらも乗るってかい? いいねえ、姑息で」
茶化すヴァネッサを睨みつけると彼女は肩を竦めた。
ゼダ人発祥の地であるザドアの大砂漠で自分たちは蜂起する。
それと同時にアルヴィリア国内のゼダ人たちにも呼びかけ、アルヴィリア・ディヴァーン両国を大いに揺さぶるのだ。
エスニアに存在するに大国が傾けば我々は動きやすくなる。
いきなりどちらかを滅ぼし、奪うのは無理であろうが二つの勢力を弱体化させつつ、自分たちが勢力を伸ばし、三つ巴の形にもっていけば十分勝機がある筈だ。
そのためにはザドアに眠る力がどうしても必要だ。
場合によっては頭の固い長老どもを始末する必要があるかもしれない。
「同胞たちよ! 聞け!! これより我らはザドアを目指す!! 大帝の下で怯えながら生きるのは終わりだ!! 我らは、我らの道を歩み、必ずや栄光を取り戻す!!」
拳を振り上げ、高らかに宣言すると仲間たちも拳を振り上げ鬨の声をあげる。
さあ、行こう。
これからが始まりだ。
我らの宿願を!
闇に葬られた者たちが再び表舞台に立つのだ!!
その日、ディヴァーン軍からゼダ人の部隊が離脱した。
消耗したディヴァーンに彼らを追う力は無く、かつて帝国を築き上げた者たちは次なる舞台に立つため、姿を消すのであった。
※※※
メルダの丘の前は慌ただしかった。
勝利に歓喜し、勝鬨を上げおえると負傷者の救護に兵士たちが走り回っている。
異形との戦いで数万にも及ぶ犠牲者が生じ、アルヴィリア軍に最早戦う力は残されていなかった。
幸いなことにディヴァーンも既に撤退をしており、斥候の報告では朱雀城を放棄し大龍壁まで後退しているらしい。
私は兵士たちに指示を出しながら先ほどからずっと辺りを見渡していた。
リーシェが戻ってきていない。
バハムートが倒されてから結構時間が経っている。
もうリーシェやクレスが戻ってきてもいいはずだ。
(……リーシェ、お願い。どこにいるの……)
胸騒ぎがする。
不安で押しつぶされそうになる。
責務を放棄し、義妹を探しに飛び出したい。
拳をきつく握りしめ、もう一度辺りを見渡すとロイやミリと目が合った。
二人もリーシェが戻ってこないことに不安を感じているのか表情がこわばっており、私たちは顔を見合わせると頷き近づく。
「……リーシェは?」
「見てません。クレスの姿を見た兵士も誰もいなくて……」
あのドラゴンは目立つ。
彼女が空を飛んでいたら一目で分かるはずだ。
それなのに誰も見ていないというのは……。
「ねえ……。もしかしてリーシェは……」
「言わないで」
ミリの肩を掴み、睨みつけると彼女は「ご、ごめん」と謝った。
私も慌てて彼女の肩から手をを離し「こちらこそ、ごめんなさい」と言うと目を逸らす。
バハムートのところに行く前からリーシェの様子が少しおかしかった気がする。
あの時は彼女が緊張しているのだろうと思っていたが……まさか……。
「ルナミア様」
背後から声を掛けられ振り返るとそこには沈痛な面持ちのフェリが居た。
ああ、どうして、どうしてそんな顔をするの……?
それじゃあ、まるで……。
「バハムートが消滅するのと同時にクレスの反応が消えました。それはつまり━━━━」
フェリはためらった後にゆっくりと口を開いた。
※※※
「…………」
フェリの話を聞き終えると体が鉛のように重く感じた。
リーシェとレプリカのこと。
女神の力を得た化け物を倒すためにレプリカの魂をぶつけなければいけないこと。
それはつまり、リーシェの魂を壊すということ。
リーシェは最初から死ぬ気でバハムートのところに向かったこと……。
何かを口に出そうとした瞬間体がふらついた。
慌ててミリが私を支え、「ルナミア様……ゆっくりと、息をして。気を強く持って」と悲しそうに言う。
「リ―シェは、本当に……死んだのか……?」
ロイが顔を真っ青にしながらそう言うとフェリは「おそらく」と頷く。
すると彼は「おそらくってなんだよ!!」とフェリの襟を掴み上げ、ミリが慌てて「ロイ! 駄目よ!」と彼を止める。
「……黙っていたこと。申し開きがありません。私の命で少しでも皆さんの怒りが、悲しみが収まるというのであればどうかお斬りください。いまは……それしか言えません……」
フェリはじっとロイの瞳を見つめ、それから私の方を見る。
その瞳には悲痛な覚悟が見て取れた。
彼女もまた半身ともいえる存在を失ったのだ。
辛くないわけがない。
ロイ自身彼女を責めるのは間違っていると理解しているため、行き場のない怒りと悲しみを「クソ!!」と吐き出すとフェリの襟から手を離し、その場に座り込んだ。
「あいつの……あいつの騎士になるって決めていたんだぞ。俺は、あいつを守るって、約束したのに……。なのに、勝手にいなくなりやがって……。いつもそうだ、あいつは自分の中にため込んで、自分が犠牲になるほうを選んじまう……」
そう、これはあの子らしい選択なのだ。
あの子は誰かの為に自分を犠牲にする必要があればためらわずに己を差し出す子だ。
でも、だからって……これは……。
周りの兵士たちも私たちの只ならぬ雰囲気に気が付き、遠巻きに見てくる。
そんな兵士たちをかき分け、ウェルナー卿とエドガーがやってくるとウェルナー卿は「これは……」と私の方を見た。
私は震える唇でゆっくりと「リーシェが、死んだ」と呟くとウェルナー卿とエドガーは息を呑み、動揺する。
駄目だ。
考えが纏まらない。
頭の中で様々な感情が渦巻き、どうしたらいいのか全く分からない。
リーシェ? 私はどうしたらいいの?
お姉ちゃんは、何をすればいいのかわからない。
私を……置いていかないで……。
頬を涙が伝う。
感情は今にも決壊しそうだ。
できれば泣くところを兵士たちに見せたくない。
どうにか、どうにか立ち上がろうとすると私たちを大きな影が多い、周囲にいた兵士たちがどよめく。
何事かと思い、空を見上げると緑の羽毛を生やしたドラゴンがゆっくりと降下してきていた。
ドラゴンは私たちの目の前に着地すると此方を見下ろし『少々早計やも知れぬぞ?』と口を開く。
「風竜王、どう言う意味でしょうか?」
フェリが羽毛のドラゴン━━━━風竜王に訊ねると彼はババムートがいたあたりの空を見上げる。
『ババムートが砕け散る時、一瞬だが小さきクレスセンシアの気配を感じた。それは西へと向かい、気配を感じられなくなった』
風竜王の言葉に皆は顔を見合わせた。
それはつまり、クレスは生きているということか?
「そんな……。私には何も感じられませんでした……」
フェリがそう言うと風竜王は優しげに微笑んだ……ような気がする。
『無理もない。ババムートが砕けた時、世界中に強大な魔力が飛び散った。そんな状況では幾らお前さんでも小さきクレスセンシアを見つけるのは困難。私が感じられたのもたまたま近くにいた故だ』
その言葉に今度はフェリがその場にへたり込んだ。
死んだと思っていた半身が生きているのかも知れないのだ。
どれだけ希望を持てたことであろうか。
そして、それは私も同様だ。
私は己を奮い立たせ、足腰に力を入れるとしっかりと立った。
「偉大なる風竜王」
頭を下げ、そう話しかけると風竜王は『何かね、英雄の末裔よ』と返事をしてくる。
「クレスが無事の可能性があるならば、リーシェの、私の義妹も無事かも知れないのでしょうか?」
お願いだ。
無事だと言ってくれ。
少しでもリーシェが生きている可能性があるなら、私はそれに縋れる。
『私が感じたのは小さきクレスセンシアの気配のみ。故にあの娘の生存は分からぬ。しかし━━━━』
風竜王は遥か遠く、西の方を見つめた。
『あの時、主の魔力を感じた。恐らく小さきクレスセンシアを巻き込まぬよう転移魔術で飛ばしたのだろう。ならば、共にいた娘も寸前のところで逃した可能性はある。我らが主はそういうお方だった』
「西……」
リーシェはクレスと共に西に飛ばされた可能性がある。
あくまで可能性の話であり、彼女が生きていることはほとんど無いかもしれない。
だが、それでも。
「風竜王、感謝いたします。リーシェが僅かでも生きているのかもしれないのならば、私はそれを信じる。彼女がどうなったのかがハッキリと分かるまで、泣きません。立ち止まりません」
私の言葉に風竜王は『そうかい』と頷き、大きな翼で優しく私の頬に触れる。
『義妹を探すのならばまずは小さきクレスセンシアを探しなさい。そうすればきっと道が切り拓かれるであろう』
風竜王は翼を広げ、『さて』と上空を見上げる。
上空では彼の眷族たちが旋回しており、地上を見下ろしながら鳴き声をあげている。
『我が眷族たちが帰りたがっているようなんでねぇ。これでお暇させていただくよ』
私たちは風竜王から離れ、私は彼に「助けて頂き、本当に感謝しております」と跪く。
すると周囲にいた兵士たちも風竜王に跪き、その光景を見た彼は『うむ』と頷く。
『それでは、さらばだ小さき人間たちよ。この勝利に驕らず、新たなる試練に備えるが良い。闇はまだ消えていないのだから』
そう言うと風竜王は突風を起こしながら飛び立つ。
私たちは立ち上がり、眷属を連れて遠くの雲に消えていくその姿を見送るのであった。
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