第43節・星の流れる日
「おや? 意外と善戦しているじゃないかい」
カミーラ・メフィルは馬上からメルダの丘の方を見ると意外そうにそう言った。
メルダの丘に布陣していたアルヴィリア軍はシェードラン大公軍の到着もあり、敵を押し返し始めている。
これならばもう少しゆっくりと来てもよかっただろうか?
「それにしても地上には化け物の群れ。空にはドラゴン族。そして……」
戦場中央。
聖アルテミシア騎士団の旗と立ち並ぶシェードラン辺境伯の旗。
それを見つめると目を細めた。
「精霊王たちを召喚し、人のために剣を振るう。どこかで聞いたことがある話だねぇ」
前々から予想した通り、あの娘にはアルヴィリアの血が流れている。
今回の件でそれはいずれ国中に広まるだろう。
その時、"アルヴィリア"の王家はどう対応するのか、見ものである。
そしてその時、この国は大いに荒れるであろう。
「アタシらのためにも世界には救われてもらわないとねぇ。ほら、世界を救いに行くよ!」
兵士たちに指示を出すとメフィル軍は敵側面に強襲を仕掛け、それに少し遅れてからガルグル軍も攻撃を開始するのであった。
※※※
敵の防衛線を突破し、ババムートに接近するとその巨大さに改めて圧倒される。
ババムートの吐息は大気を振動させ、体を僅かに動かすだけで轟音が鳴り響く。
もはやあれは竜ではなくまるで空に浮かぶ島のようだ。
この化け物を倒すには何処かにある竜核を砕かなくてはいけないが……。
「……どう? 分かりそう?」
そうレプリカに訪ねると彼女はゆっくりと頷く。
『頸の辺り。あそこから強い力の波動を感じるわ』
レプリカが指差したのはババムートの頸付近。
岩壁の様な黒い鱗で覆われている箇所だ。
もっとも守備の堅いところに心臓部があるということか。
クレスはババムートの動きに警戒しながら接近し、敵の側面に回り込む。
そして一気に接近をしようとすると……。
『来るか……!?』
ババムートの鱗の隙間から無数のクリスタルの様なものが現れ始めた。
クリスタルに紅い光が灯ると次々と光線を放ち始め、瞬く間に周囲は弾幕に包まれた。
クレスは弾幕をどうにか回避し、接近しようとするが何発かが着弾し、苦悶の叫びをあげる。
『クレス! 一旦背中側に回避よ!!』
レプリカの指示によりクレスはババムートの頭部より離脱し、背中側に移動を開始する。
頭部から離れると弾幕は薄くなったが……。
『!?』
突如進路上に巨大な岩が現れ、クレスは急降下で岩と激突するのを免れる。
岩の下方を通り抜けると周囲にいくつもの岩が浮かんでいた。
これは……"大祭司"の……!?
全方位から放たれた岩の杭による攻撃をクレスはどうにか躱そうとするが次々と体に杭が突き刺さっていく。
そして大きな杭が背中に突き刺さるとクレスは叫びをあげ、バハムートの背中に墜落していくのであった。
※※※
「……っん」
目を覚ますと自分が突っ伏して倒れていることに気が付いた。
全身が痛い。
どうやらバハムートの背中に墜落した際に投げ出されたようだ。
(そうだ……クレスは……)
慌てて立ち上がり周囲を見渡すと近くに全身から血を流し倒れているクレスの姿があった。
急いで彼女の傍に近寄るとレプリカが必死にクレスに魔力を送り、治癒しているのが見える。
「レプリカ! クレスは!?」
『かなり不味いわ。応急処置はしているけれども、このままじゃ……』
岩の杭は頭や心臓には当たらなかったがクレスの体中に突き刺さり、その姿は見ているだけで胸が締め付けれるようになるほど痛々しい。
『……この子。落下の直前まで私たちを守っていたから』
右の翼がへし折れ骨が鱗から突き出ている。
私たちを守るため強引な受け身を取ったため翼が折れてしまったのだ。
『主よ。先に進んでくだされ……。儂ならば大丈夫です』
クレスがそう言い、目を細めるとレプリカは息を呑む。
そして苦渋の表情をするとクレスに魔力を送るのを止めた。
『少しでも動けるようなったらどうにかここから離れなさい』
『儂もここにいさせてください。最期まで一緒に……』
『駄目よ』
レプリカはクレスの言葉を遮るとじっと彼女の瞳を見つめる。
『貴女は生きなさい。そして、先の未来を切り拓くの』
レプリカがそう言うとクレスは暫く沈黙し、それから『まさか……』と私の方を見た。
『ええ、多分貴女が考えている通り。酷なことを言うけれども、貴女はこの先も”私”を守ってちょうだい』
クレスはその言葉に『あぁ……』と天を見上げるとやがて頷いた。
『主よ。その命、必ずや果たすと誓いましょう』
クレスがそう言うとレプリカが満足そうに頷き、『さて』と私の方を見た。
『リーシェ、やることは分かっているわよね?』
「うん。このまま突っ走ってバハムートの竜核を砕く。そしてその為には……」
『女神の力を得た竜核を砕くには同じ女神の力をぶつけるしかない。そしてそれは”私”を砕くことになる』
レプリカと私の魂は融合している。
彼女が砕けるということは私が砕けるということ。
つまり私たちは捨て身の突撃を行うつもりなのだ。
これは誰にも伝えてない。
私たちだけの作戦。
きっと皆怒るだろう。
ルナミアは私がいなくなった後、大丈夫だろうか?
きっと凄く悲しむと思う。
でも私の大好きな義姉の周りには私の大好きな人たちが一杯いる。
皆と一緒ならルナミアは大丈夫だ。
「行こう。私たちにしかできないことをやるんだ」
そう言うとレプリカは頷き、”私”たちはバハムートの背中を駆け出した。
※※※
バハムートの背中に来てから気が付いたことがあった。
それは力が無限に湧いてくるような感じがするのだ。
事実私は今、身体強化をフルに使用しているが一向に魔力が枯渇する気配がない。
これは……。
『バハムートの体から放出さるマナを吸収しているのよ。普通の人間にとっては耐えられないことだけれども、”私”たちにとってはむしろ力の源になる』
「とっても助かる!! これなら一気に━━━━!?」
正面、バハムートの体内から次々とドロドロと溶けたスライムのような異形が現れた。
スライムは体の一部を飛ばし、それが鎧を掠めると鎧が僅かに溶けた。
「あれ、なに!?」
『さあ? 化け物の出来損ないみたいね! まともに相手しちゃ駄目よ!』
鎧が溶かされるのだ。
槍で攻撃したら武器を失ってしまうかもしれない。
ここは、跳ぶ!!
レプリカの腕を掴み、脚力を強化すると大きく跳躍した。
私たちはスライムの群れを飛び越すと群れの後方に着地し、そのまま再び駆け出す。
遠くに頸が見え始めてきており、今度は鱗の隙間から無数の光線が放たれてきた。
私たちは頭上から降り注ぐ光線の間を駆け抜け、そして頸に到達すると黒い巨大な鱗に守られるように挟まれたバハムートの竜核を発見した。
「よし、見つけた!!」
私は一気に竜核目掛けて突撃をしようとするとレプリカが『リーシェ!!』と後ろから呼び止め、私は咄嗟に後ろに飛び退く。
するとババムートの竜核が紅く輝き、熱風を伴った衝撃波を放ってくる。
吹き飛ばされる際に腕で顔などを守ったが、体に火傷を負いババムートの体の上を転がる。
全身に火傷と打撲による激しい痛みを感じ、息が詰まるがどうにか肺の中の空気を吐き出すと体の再生に集中する。
既に竜核は次の衝撃波を放とうとしており、レプリカが私の前に立つと障壁を展開し、二度目の衝撃波を防ぐ。
『大丈夫……そうじゃないわね』
「凄く痛い。泣きそう」
辺りのマナのおかげで体の再生もかなり早く行うことができ、もう立ち上がれるようになった。
何発目かの衝撃波を防ぐとレプリカは『このやり方じゃ近づけないわね』と舌打ちし、それから私の方を見る。
『次の衝撃波が来たら、走りなさい』
私は無言で頷き、駆け出す準備をする。
そして次の衝撃波をレプリカは防ぐと私の腕を掴む。
すると彼女の体が光に包まれ、私の中に入って行く。
『走る!』
脳内からレプリカの声が聞こえるのと同時に私は地面を蹴って駆け出した。
竜核からの衝撃波が発生するのと同時に私の体を覆うように光の膜が現れる。
私は吹き飛ばされないように伏せ、床にしがみ付いた。
そして衝撃波は私の体に直撃するが……。
「あっつ……くない?」
衝撃を受けたものの火傷は負っていない。
『私が中から守ってあげるから、ほら! 早く!』
レプリカにそう言われ私は慌てて立ち上がり、再び走り出す。
次の衝撃波が来るとまた床にしがみつき吹き飛ばされないようにする。
衝撃波を受けるたびに己を覆っている膜が削れて言っているのが分かった。
「あと、どのくらいもちそう!?」
『それなりに!』
それれなりって何回だ!?
竜核に近づくほど衝撃波が放たれる回数が増え、あと少しというところで前進できなくなった。
体を覆っている膜ももう殆どない。
こうなったら……。
「次で一気に行く!!」
脚に全魔力を集中させ、極限まで、いや、極限以上に強化を施す。
そして衝撃波を受け、体を覆ている膜が完全に消滅するのと同時に床を蹴った。
無理な前方への大きな跳躍により、床を蹴った足が砕け激しい痛みに叫びながら竜核に飛びかかる。
「こ、のおおおおおお!!」
空中で槍を突きだし、竜核が衝撃波を放つのと同時に槍の穂先が竜核に触れる。
すると竜核に突き刺さった槍の先端から光があふれ出し、周囲を一瞬で白に染める。
そして私の意識は途絶えた。
※※※
これは”私”たちではない誰かの記憶。
”彼女”は階段を必死に駆け上がっていた。
銀の長い髪に褐色の肌。
白い法衣を身に纏った赤目の女性だ。
"彼女"は天へと伸びる純白の階段の途中で一度立ち止まると上を見上げる。
空には階段と同じ純白の門があり、そこからは光が溢れ出ている。
”彼女”は頂上の祭壇に到着すると肩で息をしながら祭壇にいる人物に声を掛けた。
「アルテミシアお姉さま!!」
”彼女”の言葉に女性が振りかえった。
"彼女"と同じ白い法衣を身に纏い、黒く短い髪を持つ女性━━━━女神アルテミシア。
その瞳は金色に輝き、アルテミシアは頷く。
「レプリテシア、もはや採決は覆りませんよ」
アルテミシアがそう言うとレプリテシアは「そんな!」と首を横に振る。
「ヒトは確かに私たちの手から離れました。ですがそれは知性ある生き物なら当然のこと! ヒトは自由に生きるべきなのです!」
「自由? 自由の結果がこれです」
女性が純白の杖を振るうと空に様々な光景が映り始める。
そこには人間が争う姿が、互いをだまし合う姿が映されている。
「ほんの数百年前まで、ヒトは平等に生き、与えられたものを等しく享受していた。しかしいつしか彼らは他者のものを欲し、奪いあい始めた」
一度"欲"と言う感情が生まれるとそれは病のように急速に伝播した。
今やヒトはヒト同士で食料や土地を奪いあっている。
「……お姉さま、ヒトに知性を与えた時からこうなることは定められていたのです。彼らは人形ではありません。己で考え、行動する自我を持っている」
レプリテシアがそう言うとアルテミシアは冷たい目で彼女を見た。
「その自我が問題なのです。このままではヒトはいずれ大地を汚し、自滅する。そうなる前に対処しなくては」
「その対処が……ヒトの魂を還すことだと?」
アルテミシアは無言で頷き、そんな姉にレプリテシアは眉を顰めると首を横に振る。
「私は、反対の立場を貫き通させてもらいます」
レプリテシアがそう言い、踵を返すとその背中にアルテミシアはこう語りかけるのであった。
「━━━━いずれ、私の判断が正しかったと分かります」
※※※
これは"私"の記憶。
美しかった街は燃え盛り、城にも火の手が上がっている。
城の至る所で悲鳴があがり、追い詰められた人々が城壁や窓から次々と飛び降りている。
ついこの前まで平和だった帝都はまるで地獄のようになっていた。
そんな城の王座の間で"私"は血溜まりに倒れたお父様を見下ろしていた。
暖かかったお父様の手は冷たくなり、優しかったその瞳からは光が失われている。
もはや涙は枯れ果てた。
"私"は胸に大きな穴が空いたような感じがし、項垂れている。
すると"私"の首元に冷たいものが当てられた。
剣だ。
剣の刃が"私"の首元に当てられ、"私"は頭を上げるとそこには黒髪に金の瞳の男性がいた。
彼はその瞳に躊躇いの感情が浮かんでおり、彼は暫く悩んだ末に「なぜ……」と口を開いた。
「君の力なら俺たちを殺せただろう。だが君は無抵抗だった。父である皇帝が俺たちに討たれる時も君は悲しそうな顔をし、今にも飛び出しそうな体を抑えているように見えた……」
黒髪の男性はもう一度"私"に「なぜだ」と問いかけて来た。
その問いに"私"は声を震わせながら、しかし力強く男性を睨んだ。
「あなた方のことは憎い。でも私はお父様に誓いました。私の力は人には振るわない。人を守るために使うのだと」
そう答えると男性は剣をゆっくりと降ろす。
「……俺はこの戦いが始まった時からずっと考えていた。俺たちのやっていることは正しいのか。君は本当に邪神なのか」
「なにをやっている! アルヴィリア!! 邪神を討ち、もう間も無く再臨されるアルテミシア様により平和をもたらすのでは無いのか!!」
黒髪の男性の背後にいた彼の仲間たちがそう苛立たしげに怒鳴るとアルヴィリアと呼ばれた男は「少し待ってくれ」と言う。
「君は、人の世はどうすべきだと思う?」
アルヴィリアは"私"にまるで道を示してほしいと縋るように訊ねてくる。
故に"私"は……。
「人は酷いことを一杯します。争い、奪いあい、"私"からもお父様を奪いました。でも━━━━」
"私"は思い出す。
いつも優しかったお父様。
"私"を人として扱ってくれ、様々なことを教えてくれた気難しい大臣。
"私"が塔から出られないのを可哀想に思い、お菓子などをくれた衛兵たち。
彼らが居たからこそ、今の自分がある。
だから……。
「人は良いことも一杯します。協力し、分け合い、慈しみ合う。きっと清濁併せて人という存在の、世界の自然なありかたなんでしょう。だから、私は世界はそこに住む人たちの手によって委ねられるべきだと思います」
”私”がそう言うとアルヴィリアは「そうか……」と目を閉じ、それから微笑んだ。
「君も、そう思うか」
アルヴィリアは振りかえり、”私”を庇うように立つ。
「俺も同じことを考え、悩んでいた。女神による統制。絶対的な正義による悪の根絶。人の心から悪しき影を消し去る。だがそれは本当に正しいことなのか? 俺たちは誰もが善悪を持って生まれてくる。俺たちのやろうとしていることは人という存在そのものの否定なんじゃないかって……」
「アルヴィリア! 貴様!! 乱心したか!!」
金髪の騎士が剣を引き抜き、それに倣って他の騎士たちも武器を構える。
そんな彼らにアルヴィリアは苦笑すると金髪の騎士に語り掛けた。
「なあダスニア? お前だって同じことを考えていたんじゃないか? 女神様なんてもんは空にいて、地上から俺たちが敬うだけで十分じゃないか?」
ダスニアと呼ばれた男は一瞬言葉に詰まり、目を逸らすが剣先をアルヴィリアに向け睨む。
「貴様の発言は女神を冒涜するもの! それ以上は許さんぞ!!」
他の仲間たちもダスニアに同調するのを見るとアルヴィリアは苦笑し、剣を構えた。
「そうかい。友よ、残念だよ」
そしてアルヴィリアは”私”の方を横目で見ると「行け」と言う。
「やることが、あるんだろう? ここは俺がどうにかする。だから、君は行くんだ」
そう、”私”にはやることがある。
”私”はそのために生まれてきたのだ。
だから、ここで立ち止まっていてはいけない。
”私”は立ち上がり、アルヴィリアの背中を見つめると呟く。
「”私”は貴方が憎いです。でも━━━━━ありがとう」
そう言うと”私”は王座の間の奥へと駆け出す。
それを阻止しようとするダスニアたちの前にアルヴィリアが立ちはだかり、そして少しすると怒鳴り声と剣と鎧がぶつかり合う音が聞こえたのであった。
※※※
私は目を覚ます。
それと同時に全身に激しい痛みを感じ、指一本ですら動かせそうになかった。
(私は……)
そうだ、バハムートの竜核を槍で穿ち、それから……。
うつ伏せに倒れたままの状態で頭を動かすと竜核の前にレプリカが立っているのが見えた。
彼女は衝撃波を放ち続ける竜核に触れ、自分の体を削りながら魔力を送り込み続けている。
早く、早く助けに行かなければ……。
『ねえ、この世界ってきっと凄く素敵だわ』
「…………え?」
レプリカは此方を向くと微笑む。
『私は塔からほとんど出たことが無かったけれども、お父様や大臣から聞かされた話はどれも心が躍るものだった。世界は広い、様々な人々がいて、いろんな発見や冒険がある』
待って、彼女はいったい何を言っているんだ……?
『私は私の人生に後悔はあまりないつもりだったけれども、広い世界を見れなかったのだけは残念だったわ。だから、貴女には私と同じ後悔をしてほしくない。自分がどこから生まれたのかを知らず、私やかつて”お姉さま”が愛した世界を見れずに終わるなんて残念過ぎるわ』
必死に立ち上がろうとする。
彼女が言っている意味。
なんとなく分かってきた。
でも、それは、つまり……。
『そんな顔をしないでよ。私はもともと死人。対して貴女は生者。死人同士の心中に生きている人間を巻き込むなんてよくよく考えたら酷い話よ』
そう苦笑するとレプリカは両手でバハムートの竜核を抑え、更に己の魔力を、魂を流し込んでいく。
『悪いけど私と、貴女の魂を強引に切り離すわ。大分無茶苦茶なやり方をするからそっちにかなり負担が掛かるけど恨まないでよね? 生き残れるだけましってやつよ』
「そんな! それじゃあ、レプリカは!?」
『安心しなさい。こいつは絶対に私が仕留めるわ。女神の魂の威力、思い知らせてやるわ!』
違う、そうじゃない。
私が言いたいのは……、レプリカが一人で残るということは……!!
『あー、もう! ごちゃごちゃと! 助かるかもしれないんだか素直に喜びなさい!!』
そう言うとレプリカは私の方に手を伸ばし、魔力を放った。
すると私の体は宙に浮き始め、バハムートの頸の端へと移動していく。
私は必死に体を動かそうとするが全く動けない。
「レプリカ……!!」
そう叫ぶとレプリカは微笑み、頷いた。
『もし、もし生きていたらザド=ゼダルガを目指しなさい。そこに貴女の始まりがある。そして、そこからが貴女の道よ』
直後、体が吹き飛ばされた。
私はバハムートの体から落下し、虚竜神の姿が遠のいていく。
そして遠くから傷だらけのクレスが必死に飛んでくると私を大きな腕で抱きしめ、そして……。
━━━━━辺りは光に包まれた。
※※※
”私”はリーシェを吹き飛ばすとすぐに残りの力を全て竜核に流し込み始めた。
クレスにはリーシェを回収するように事前に伝えてある。
それにもう一つ魔術を使った。
これできっと大丈夫なはずだ。
だから……。
ふと竜核の方を見ると鏡のようになった表面に私の顔ともう一人、黒髪の女性が映っている。
『……再び己を犠牲にしますか。ですが、分かっているのですか? 二度目は無いのですよ?』
黒髪の女性がそう言い、”私”は頷く。
『もともと二度目があること自体おかしかったのよ。だからきっと、これは正しい選択』
『これで終わりではありません。むしろ、これから始まったとも言える。貴女の自己犠牲は無駄になるでしょう』
『終わりでないのは重々承知。でも、無駄にはならないわ。だってまだ”私”がいるし、”貴女”も地上にいる。かつて”私たち”がした過ちをきっと彼女たちは正してくれるわ』
そう口元に笑みを浮かべると黒髪の女性は首を横に振り消える。
相変わらず頭の固い”お姉さま”だ。
でも、だからこそ”私”は彼女が好きだったのだろう。
バハムートの竜核に罅が入る。
それと同時に私の胸の奥底で何かが砕け始めるのも感じた。
全身から力が消えていく。
どうやら、もう間もなく力尽きるらしい。
どうやら、間に合ったらしい。
どうやら、”私”がこの時代に蘇った意味があったらしい。
空を見上げる。
空はバハムートの苦しみに影響してか嵐のように荒れ狂っている。
だが、一瞬だけ光が差した。
どす黒い雲の隙間から真っ青な空が映り、”私”はその明るさに目を細めると微笑む。
『ああ、お父様。いま、そちらに━━━━━━━━』
直後、竜核が砕けた。
それと同時に”私”も同時に砕け散り、凄まじい爆発が生じた。
※※※
人々はそれを見た。
空に浮かぶ巨大なドラゴンが突如苦しみ始めるのを。
此方を圧倒していた異形たちが一斉に動きを止め、倒れ始めるのを。
そして砕けた。
巨大なドラゴンは頸から爆発を始め、体が光に包まれ崩壊していく。
そして一際激しい閃光を放つと大爆発を引きこ起こす。
ドラゴンの体は爆発と同時に砕け散り、破片らしき光の塊が四方へと散っていく。
それはまるで流星群であった。
人々は戦うのを止め、空に降り注ぐ流星群を見上げる。
嵐のように荒れ狂っていた空はまるで最初から何事も無かったかのように晴れ渡り、巨大な純白の門もいつの間にかに消えている。
「終わったのか……?」
誰かがつぶやいた。
「勝ったのか……?」
誰かが訊ねた。
兵士たちは互いに顔を見合わせ、そして頷くと拳を振り上げる。
「勝鬨を上げろー!!」
兵士たちは生き残ったことに、勝利したことに、世界が救われたことに歓喜し、鬨の声を上げる。
それは東ミスア平原中に響き渡り、数刻の間途絶えることが無かった。
こうして東ミスア平原での戦いはアルヴィリア軍の辛勝という形で幕を下ろすのであった。
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