~東ミスア戦役・ベールン会戦編~

第29節・水辺の休憩者


 ルナミア達が出陣してから一か月。


 コーンゴルドは時々伝わる前線からの戦況報告に一喜一憂しながらも平穏な日々が続いていた。


 いつの間にか城のメイド長に上り詰めていたユキノは今日も他のメイドたちに指示を出し、城の清掃や三食の準備などに追われていた。

そしてそういった仕事をある程度終わらせるとユキノは領主であるヨアヒムの寝室を訪れる。


 寝室ではヨアヒムがベットで寝ており、彼はユキノが部屋に入ってくると優しく微笑む。


「すこし寝ていたよ。もうそんな時間かね?」


「はい、旦那様。お薬の時間です」


 ユキノはそう言うと手に持っていたトレーをテーブルの上に置き、水差しに入っていた水をコップに移すと薬と共にヨアヒムに渡す。


 ヘンリーに頼み様々な薬をもらっているがヨアヒムの容体は一向に良くならない。

それどころかどんどんやせ細っていき、衰弱していっているのが目に見えて分かった。


「そういえば、娘たちからの手紙を読んだよ。どうやら今は後方に回されているらしい」


「左様ですか。後方なら危険も少ないですね」


 ヨアヒムから飲み終えたコップを受け取りトレーに乗せる。


 ルナミア達が出陣してからしばらくした後、辺境伯の娘たちが敵に奪われた砦を奪還する際にシェードラン大公を守り負傷したという知らせが入った。

その話を聞いたときは心臓が止まるかと思ったが二人とも回復し、今はまた軍を率いているという。


「兄上からも文があったよ。ペタン砦の件で我が娘たちに心から感謝すると、戦が終わり次第褒美を取らすと」


「ほう? お金がもらえるのでしょうか? もしもらえるのでしたら老朽化した城の修繕費に少し使っていただきたいですね」


「はは、ルナミアが戻って来たら頼んでみてはどうかな? あの子が戻るころにはこの城の城主の座が空白になっているであろうからな」


 薬を片付ける手が止まる。

その言葉の意味、それは……。


「そんな顔をするな。せめて娘たちが戻るまではと思っているが己の死期が迫っているのが分かるのだよ」


 ヨアヒムはそう言うと微笑み、窓の外を見る。


「ユキノよ。私がいなくなった後、娘たちのことを頼む」


「……それは、別の人間に頼んだほうが良いかと」


 自分はヨアヒムに、ルナミアに、そしてリーシェに嘘を吐いている。

そんな人間に娘のことを頼むべきではない。


「お前に別の主が居ることは知っている。だが、それを知った上での頼みだ」


「……旦那様。いつからお気づきで?」


 そう訊ねるとヨアヒムは此方を向き、笑った。


「最初からだよ。お前が間者として送り込まれたことも、その後本当の主から離れようとしていることも気が付いていた」


 思わずスカートを強く握りしめる。

彼はそこまで知っていて自分を裏切り者と罵らず、受け入れてくれていたのだ。

そのことがかえって自責として己に重くのしかかる。


「最初は様子を見て斬ろうと思っていた。だがお前がリーシェと打ち解け合っていくのを見て考えが変わったのだ。ユキノ、お前はあの子の支えになってくれるのではないかと。あの子の素性、薄々気が付いているのであろう」


「……はい。ルナミア様の生まれも、リーシェ様の素性も調べていましたから」


 ヨアヒムは頷く。

ならば話が早いと


「あの子たちは特別だ。特別だからこそあの子たちの人生は波乱万丈となるであろう。一人でも多く、あの子たちの理解者を作りたいのだ」


 あの姉妹のことを調べたとき、大いに驚いた。

こんなことがあり得るのかと、運命とはなんと皮肉なのかと女神に腹を立てたほどだ。

そしてこれを本来の主、あの女狐に教えていいのか悩み続けたのだ。


「少し……考えさせてください」


 辺境伯の姉妹を支える。

彼女たちに本当に仕えるということはあの女狐だけではなく同胞をも裏切ることになる。

その決断を今の自分にはまだできそうになかった。


「ああ、それでいい。無理強いはしない。お前はお前の心に従え」


「…………」


 仮初の、だが本当の主よりも尊敬する男に深々と頭を下げる。

決断の時が迫ってきたのかもしれない。

何時までも続けばいいと思っていた日常は終わりを告げようとしている。

運命の岐路に辿り着いたとき、自分が選ぶ道は……。


「失礼します」


 トレーを持ち、部屋から出る。

そして扉を閉めると扉にもたれ掛かり天井を見上げるのであった。


※※※


「川だぁー!! 水浴びだぁー!!」


 そう大声を出すとミリが素っ裸で川に飛び込んだ。

そして「ぎゃあ! 冷たい!!」と叫んでいる。

うん、いつも通りのミリだなと頷くと私も川に足をそっとつけ、つま先に川の水の冷たい感触を感じる。


 川の水は透き通っており、足元に小魚がいるのが見えた。

私は水を手で掬うと髪を濡らし始める。


「やっと水浴びができるわね。さすがに自分の臭いが気になり始めていたのよ」


 裸のルナミアがそう言いながら川に入っていく。


 私たちは白鳥城に兵糧を届ける途中であり、行軍の途中で川を見つけたため休憩をすることにしたのだ。

まずは私たちが先に水浴びをし、その後男衆が水浴びをする予定だ。


 ちなみに覗き対策として川近くの森にはウェルナー卿とアーちゃんを待機させている。

私たちの水浴びを覗こうとする不届き者はあの二人によって制裁を受けることになるだろう。


「鎧も洗いたいね。多分かなり汗かいているから……」


 今回の行軍で知ったことだが臭いは周りも臭くなると気にならなくなるということだ。

鼻がおかしくなるのかは分からないが自分たちも兵士たちも汗臭くなると誰も臭いと思わなくなるのだ。


 私たちが己の臭いに気が付いたのは兵糧を受け取りに砦に立ち寄った時にそこの兵士にすこし顔を顰められた時だ。

その時はどうしてあんな顔をしたのか分からなかったが後々私たちが臭いのだと気が付くとルナミアはこの世の終わりだという感じの顔をしていた。

そして急遽水浴びをすることになったのだ。


「男の人に臭いだなんて言われたら、私は死ねる自信があるわ」


 そうルナミアが体を洗いながら言うとミリが「大げさだって」と笑った。


「わ、た、し、は! 貴女のように女を捨ててないのよ!」


「ちょ! 私だって捨ててないわよ!! というかルナミア様が女を語るなんて千年早いわ! ほれ! 胸はちょっとは成長したのか!!」


「こ、こら! や、止め!! どこ触っているのよ!?」


 ミリがルナミアに抱き着き、二人が暴れるせいでさっきから水しぶきがずっと私に当たっている。


「二人とも、あんまり変な声出すと男の人たち寄ってくるわよ」


「大丈夫大丈夫! ウチの団長は紳士……淑女? だから?」


「いや、大丈夫じゃ。ひゃ!?」



※※※



 川の方から桃色な悲鳴が聞こえてくるためウェルナーは顔を顰めて俯いていた。


「フフ、騎士団長さん? 信頼されているわよ?」


「……少し黙っていてくれないか? 気にしないようにするのも大変なんだからな?」


※※※


「いい加減に、しなさい!!」


「うわぁ!?」


 ルナミアがミリを投げ飛ばし、大きな水柱が立つ。

それにより近くにいた小魚たちが驚き、一斉に逃げ出した。

可哀そうに。

うちの義姉たちが迷惑を掛けて申し訳ない。


 ルナミアは川で大の字に倒れるミリを見て呆れたように首を横に振ると「そういえば」と私を見た。


「クリス王子の軍も近くに来ているみたいよ。お会いしたら粗相がないようにね?」


「うん、ミリを見張っておく」


 そう言うとミリが「どういう意味よ!」と起き上がった。

それから彼女は近くの岩に腰掛ける。


「クリス王子って、アルヴィリア王の次男でしょ? なんで後方に?」


「クリス王子は生まれながら体が弱いと聞いているわ。今回の戦でも陛下とエドワード王子に王都に残るように言われていたそうだけれども、無理を言ってついてきたそうね」


 国の一大事に自分だけ安全な場所にいるのが許せなかったのだろう。

クリス王子は戦に出れない分、物資の輸送など後方支援で活躍しているという。


「立派な人だね。白鳥城で少し見たけどお兄さんより人が良さそうだった」


「こら、リーシェ? エリウッド王子に失礼でしょう。あの方も次期国王として重荷を背負っていらっしゃるのだから」


(次期国王か……)


 現国王は高齢であり、二年後の千年祭を節目に王位を長男のエリウッド王子に譲ると噂されている。

エリウッド王子に悪い噂は聞かないが今のアルヴィリアはゲオルグ王が諸侯の対立をどうにか抑えているからこそ成り立っている。

新しき王にそれができるのだろうか?


「ま、未来のことは今考えてもしょうがないわね。まずはディヴァーンに勝たないと」


 ミリの言葉に頷く。


 ドワーフたちの国、ガドアより新兵器が間もなく届けられるという。

それが届き次第アルヴィリア軍はディヴァーンとの決戦に臨むはずだ。

クレスやフェリはその兵器について王と打ち合わせがあると言い先に白鳥城へ向かってしまった。

いったいどんな兵器のだろうか?


「……勝とうね」


「ええ、勿論よ。勝ってお父様に早く元気な顔を見せに行きましょう」


 その後、私たちは暫く談笑しミリが体を洗い終えると私も川から出た。

ルナミアは「もう少し体を洗うわ」と言ったので私たちは体を拭きに茂みに入っていくのであった。


※※※


 リーシェたちが居なくなると私はもう一度髪を川の水で洗い始めた。

もう洗い終わっていたのだが少しこうやって一人で考え事をしたかったのだ。


 次の戦いはきっとかつてないほど熾烈なものになる。

率いている兵士や、仲間たちどころか自分の身すらも大きな危険に晒されるだろう。

そしてその危険が迫ってきた時、私は誰かを切り捨てる選択をしなければいけないかもしれない。


 私に誰かを切り捨てる決断ができるのか?

それがミリだったら? エドガーだったら? 

……リーシェだったら?


 水面に映る私の顔はひどく強張っていた。

こんな顔をしていたら義妹たちに心配されるだろう。


 私は顔を川の水で洗い、「ふぅ」とため息を吐く。

人の上に立つということの重責がどれだけ辛いことか。

だがその重責に押しつぶされるわけにはいかない。

だって、私はお父様の娘で、リーシェの姉なのだから。


 弱いところは見せては駄目だ。

常に明るく、冷静に、公正に、人々の規範とならなければいけない。


(あまり深く考えては駄目ね。同じことをぐるぐると悩んでいると気が滅入ってくるわ)


 茂みの方からリーシェやウェルナー卿の声が聞こえてくる。

どうやら着替え終えて話しているようだ。

私もそろそろ上がろう。


 そう思った瞬間、茂みから誰かが出てきた。


「リーシェ? どうしたの何か、わすれ………も……の?」


 そこに居たのは青年だ。

金の髪にエメラルドグリーンの瞳。

馬を引いた青年は確か……。


「ク、クリス王子!?」


「え!? あ、はい、そうです! あ! す、すみません! その……!!」


 クリス王子が顔を真っ赤にし顔を逸らしたので自分が裸だったのを思い出す。


「……!?」


 慌てて前を隠し、川に肩まで浸かった。


 クリス王子が顔を逸らしたまま「覗くつもりは無かったのです!! 大変申し訳ない!」と謝罪してきたので私も慌てて「い、いえ。私の方こそ貧相なものをお見せしてしまい」と言うと彼は「とんでもない!」と此方を向いてきた。


「貴女のような美しいご婦人を見てそのようなことなど……あ! ま、また! 申し訳ない!!」


 私たちは暫く顔を赤くしてお互いを見ないようにする。

とにかく、このままでいるのは良くない。


 私は立ち上がると「服を、着てきますので……」と言い、慌てて茂みに飛び込んだ。

そして慌てて体を拭くと服を着て茂みから出るのであった。


※※※


「誠に、大変申し訳御座いませんでした!!」


 クリス王子が深々と、必死に頭を下げるので私はどう反応すればいいのか困っていた。


 彼は川での一件の後、護衛の騎士を引き連れて私たちの野営地まで謝罪しにやってきたのだ。

アルヴィリアの王子が突然来訪したので野営地は騒ぎになり、更に私に謝ってきたので更に騒がしくなった。


 とりあえず本陣としているテントに迎え入れるとウェルナー卿に人払いを頼む。

そしてテントの中には私とクリス王子だけとなった。

王子はいまだに私に頭を下げているので流石に困る。


 彼は王族なのだ。

辺境伯の娘なんかに軽々しく頭を下げていい身分ではない。


「えっと、その頭を上げてください。あれは事故だったということで……」


「ですが、それではあなたの名誉を傷つけたことに対する謝罪ができない」


「名誉って……。あの、確かにその、裸を見られたのは恥ずかしかったですが別に名誉を傷つけられたとか、怒っているということは本当にありませんから」


 クリス王子はまだ納得していないようだったが私は強引に話を変えることにした。


「そういえば、クリス王子はなぜあんな場所に?」


「僕もルナミアさん……でいいですか? ルナミアさんと同様に物資を運ぶ任を受けていたのですがその途中に少し体調を崩しまして、休憩していたのです」


「体調を……大丈夫なのですか?」


 そう訊ねるとクリス王子はばつが悪そうに笑った。


「ええ、大丈夫ですよ。情けないことですが良く体調を崩すのです。今回の任も父上に無理を言ってやらせてもらったのにこれでは顔向けできませんね……」


「私如きがこんなことを言っていいのかは分かりませんが、王子はご立派だと思います。きっと陛下も同じことを思っているかと」


 私の言葉にクリス王子は微笑み、「ありがとう御座います」と言った。


「ルナミアさんとは以前白鳥城でお会いしましたよね? 確か中庭で僕が本を読んでいた時に」


 そういえばそうだった。

軍議を終え、ヨシノに話しかけられた時に彼は中庭に居た。


「あの時は遠目からでしたが、美しい方がいるなあと」


「え!? あ、ど、どうも……」


 こう面と向かって言われるととても恥ずかしい。

そういえば身内以外の年の近い男の人とこんなに長時間話すのは初めてかもしれない。

そう考えると何とも居心地が悪いというか、そわそわとした気分になる。


(やっぱりリーシェかミリを呼んでこようかしら……)


 というかなんで私はこんなにそわそわしているんだ!

もっと普通に堂々と……は、相手が王族だから違うか。

兎に角、ごく自然に接していればいいのだ。


「さて、あまり長居してはまた迷惑をおかけしてしまうでしょうし、僕は自分の陣に戻ります。ルナミアさんはいつここを発つ予定で?」


「明日の朝には出発する予定ですわ。王子の方は?」


「僕も合わせようかと思います。目的地は同じですし、一緒に行きませんか?」


 まあ、別にそれは構わない。

後方とはいえ敵の襲撃が無いとは言い切れない。

兵の数が増えればそれだけ安全になるだろう。


 クリス王子の提案に頷くと彼は「良かった」と笑みを浮かべ「それでは僕はこれで」と言いテントから出ていく。


 なんというか、クリス王子は予想通り生真面目で優しい人のようだ。

少なくともエリウッド王子よりは初印象は良い。

……裸を見られたのを除けば。


「……見送りはしないとね」


 そう呟くと私はクリス王子の後を追ってテントから出るのであった。


※※※


 川で水浴びをした後、顔を赤くしたルナミアが戻ってきたと思ったら少ししてクリス王子が私たちの陣にやってきた。

それだけでも大騒ぎなのに彼は「ルナミアさんに謝罪させてくれ」と言い始め、ルナミアが彼と共にテントに入ったのでもう、テントの前はお祭り騒ぎだ。


 みんな娯楽に飢えていたせいかクリス王子がルナミアに求婚してフラれただの、水浴びの場で”ナニか”あったのではと妄想というか噂話を膨らませている。

二人はほぼ初対面であるのでそんなことは無いとみんな分かっているはずなのだが……。


「むむ……。むむむ……。むむむむ……」


 さっきからテントの前でエドガーが難しい顔をして行ったり来たりしている。

中でどんな会話が行われているのか確かに気になるが動揺しすぎだ。


「落ち着いたら?」


「お、落ち着いてますよ! 当然、俺はルナミア様を信じていますから!」


「いや、信じるって何を……?」


「そ、それはぁ……」


 エドガーの目が泳いでいる。

この男、よもやウチの義姉でふしだらな妄想をしているのではあるまいな?


「あんたが想像していることは絶対に無いって。大体私たちが水浴びから出て割とすぐにルナミア様も戻ってきたのよ? そんな短時間で何ができるっての」


「た、確かに……」


 ようやくエドガーが落ち着き始めた。

ミリの言う通りクリス王子がルナミアに変なことをしたというのはあり得ないだろう。

もしそうだったら私が刺す。


「てか、アンタたち水浴びしないの? ちょっと臭いわよ。近づかないでくれる?」


「お前たちだってついさっきまで同じ臭さだっただろうが!」


「はあ!? 女に向かって臭いとかサイテー! って、近づくなぁ!?」


 ミリとエドガーがなんか遊び始めたので私はロイの方を見る。


「ロイは水浴び行かないの? 気持ちよかったよ?」


「ん? ああ、一応クリス王子が帰るまでは野営地にいようかなって。やっぱりそんなに匂うか?」


 ロイの腕に鼻を近づけてみると……臭い……。


「ば!? 顔近いって!!」


「ご、ごめん。でも……臭いよ……」


 女子にとって長期間の行軍は様々な問題が出てくるというのが今回の件で良く分かった。

次回があるのならば臭い消しの香みたいなのを用意しておこう。

他の人に言われるのは別にいいが、ロイに臭いと言われるのは……ちょっと嫌だ。


「お前たちに不快な思いをさせたくないし、後でちゃんと水浴びするよ」


 ロイの言葉に頷く。


 そしてしばらくミリとエドガーの取っ組み合いを見る。

二人とも格闘の技術があるためお互いに間接技を決めようとしているが、やはりミリが一歩上手のようだ。


 というか、さっきから王子と一緒に来た護衛の騎士が「えぇ……」という表情で二人を見ているのでやめてもらいたい。

辺境伯の軍が変人の集まりと思われてしまう。


 とりあえず二人を止めようとするとテントからクリス王子が出てきた。

ミリとエドガーは慌てて姿勢を正し、クリス王子は私たちに軽く会釈をする。

彼は護衛の騎士と少し話すと自分の馬に乗り、それと同じくらいにルナミアもテントから出てきた。


「では明日、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ」


 王子はルナミアとそう短く会話をすると馬を駆り、出発する。

王子一行の姿が見えなくなるまで見送りをすると私はルナミアの傍に行き、話しかける。


「で? 結局何の話だったの?」


「えっと、目的地が同じだから一緒に白鳥城まで行きましょうって話よ」


「謝罪云々の方は?」


「そっちは……えー……」


 ルナミアの目が泳ぐ。

ふむふむ。これはこれは。

この義姉が私に隠し事をするなんて珍しい。

よっぽど言いづらいことなのだろうか?


「じゃあ今度、二人の時に」


 そうルナミアの耳元で囁くと彼女はため息を吐き、「言いふらさないでよ?」と言ってきた。

それは……うん、話の内容を聞いてからにしよう。


「ほら! あなた達も! 妙な勘繰りは止めて水浴びでもしてきなさい! 今日を逃したら当分体を洗えないわよ!」


 ルナミアが野次馬たちにそう言うと兵士たちは「へーい!」と解散を始めた。

まあ、みんなルナミアのことを信用しているので変な心配はしていない。

ちょっとした暇つぶしだったのだ。

一部はまだ深刻そうな顔をしているけれども。


「……エドガー? どうしたの、そんな難しい顔をして」


「いえ、そのぉ、クリス王子と何があったのかなぁ……って」


「はぁ……。貴方もくだらないことで心配してないでさっさと水浴びでもしてきなさい!」


 エドガーはまだ不服そうだがルナミアに背中を押されて行き、それをミリが茶化していた。 


 私とロイはその光景を見た後、お互いに顔を見合わせ、肩を竦めるのであった。


※※※


 アルヴィリア軍がディヴァーンからペタン砦を奪還してから約一か月。

戦況は完全に膠着していた。


 白虎城に籠城したキオウ大公軍が奮戦しているおかげでディヴァーンは全軍を動かすことができず本隊を朱雀城に置き、小規模な部隊による攻撃を行った。


 アルヴィリア側もガドア地下帝国からの新兵器が届くまでは決戦を避け、両軍はベールン川を挟んで小競り合いを繰り返していたのだ。


 しかし、状況は一変する。


 白虎城陥落。

アルヴィリアでも有数の堅牢さを誇る白虎城であったがディヴァーンの猛攻と兵糧の枯渇によりついに陥落。

キオウ大公を含め場内の兵士は悉く討ち死にした。


 これにより後顧の憂いを断ったガッハヴァーン大帝は全軍にオースエン領への進撃の号令を出す。

アルヴィリア軍も新兵器がギリギリ間に合ったため王自ら白鳥城より出陣し、両軍はベールン川を挟んで対峙することとなった。


 後にベールン会戦と呼ばれる大戦の幕が上がろうとしていた。


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