第28節・緒戦の勝利者



 これは私であって私でない誰かの記憶。


 ”私”にとって白亜の塔から見える光景が世界の全てであった。

テラスからは宮殿を中心に広がる町が見え、あそこには多くの人々が生活をしているという。

限られた人としか会えない”私”にとって町に住む人々というのは何か別の世界に生きる生き物のように感じた。


 テラスから町を眺めるを止め、部屋を見回す。


 ”私”の部屋は尖塔の一層を丸々と使ったものでありとても広い……らしい。

部屋にはいくつもの本棚があり、そこには様々な本が並べられている。

”私”が退屈しないようにと国中から集めてくれたようだがもう全部読み終えてしまった。


 他にも自分で演奏することない楽器やきらびやかな調度品が部屋のあちこちにあるがどれも”私”の孤独を癒すものではない。

唯一、私の心を癒してくれるのは……。


『□□よ。新しい本が手に入ったのだが』


 部屋に”お父様”が入ってきた。

”お父様”の手には本があり、それを”私”に渡してくる。

本の表紙には”槍の聖女”と書かれている。

ページをパラパラとめくって内容を見てみるとどうやら女神の加護を受けた聖女が槍を手に人々を導き滅びに立ち向かうという王道な物語らしい。


『…………!』


『そうか、気に入りそうか。それは良かった』


 ”お父様”は嬉しそうに笑みを浮かべると近くの椅子に腰かける。


『お前にはもう二つ、いや、もう二人贈り物がある』


 贈り物? 何だろうか?

首を傾げると”お父様”が入ってこいと言った。

すると部屋に二人の少女が入ってくる。


 一人は金の髪を持つ”私”と同い年くらいの少女。

もう一人は黒い髪を持つやはり同年齢くらいの少女だ。

彼女たちは”私”に深々と頭を下げると”お父様”の横に立った。

彼女たちはいったい……。


『お前の従者となるべく生まれた者たちだ。彼女たちはお前に全てを捧げ、命を賭けて守るであろう』


 ああ、そういうことか……。

きっと彼女たちも”私”と同じ……。


 じっと見つめてみれば彼女たちの中に流れているものは人よりも遥かに強い輝きを持っている。

”私”に近くて、でも違う輝き。


『…………?』


『ん? 名があるのか、か? そういえばまだ二人に名を付けていなかったな』


 それはいけない。

名前は大切だ。

とても大きな意味を持つことになる。


 ”私”が”お父様”に名前を貰った時はとても嬉しかった。

初めて自分という存在を認識し、この世界に生まれたような感覚だった。

だから、この子たちにも名前が必要だ。


『そうだな……。お前が名をつけてやれ。その方がきっと良いであろう』


 ”私”が彼女たちに名を?

二人の少女が虚ろな目で此方を見てくる。


 ”私”はその目を見つめ返し、そして頷いた。

そうだ、この子たちの名前は。


 金の子はクレスセンシアだ。


 黒の子はフェリアセンシア。

どちらも”私”の名から取っている。


 クレスセンシアとフェリアセンシアは”私”に名をつけられると初めて驚いたように目を点にした。

そして己の名を何度も、心に刻むように復唱する。


 そんな様子に”お父様”は満足そうに頷くと部屋に兵士が入ってきた。


『陛下、よろしいでしょうか?』


『何事だ?』


『例の反乱の件です』


 兵士がそう言うと”お父様”は眉を顰める。

そしてため息を吐いて立ち上がると”私”の頭を撫でた。


『また後で来る。二人に色々と教えてあげなさい』


 ”お父様”の言葉に”私”は頷くと”お父様”は兵士と共に部屋から出ていく。

その背中を見送ると”私”は部屋に残った二人の方を向く。


 彼女たちは”私”を見たまま微動だにしない。

恐らく”私”の指示を待っているのだろう。

だから”私”は笑みを浮かべてこう言うのであった。


 お互い、自己紹介しましょう? 長い付き合いになりそうだし。


※※※


 気が付くと私は白亜の宮殿にいた。


 ここは知っている。

以前もこの場所に来たことがある。


 廊下を進むと純白の王座があり、そこには四年ぶりに見る顔があった。


 レプリカだ。


 私と同じ顔をした少女が王座に座り、此方を見下ろしていた。


「よ。久しぶり」


 そう挨拶するとレプリカは呆れたようにため息を吐いた。


「よ、じゃないでしょうに。相変わらず肝が据わっているのかただの能天気なのか」


「”私”なんだから分かるんじゃない?」


「そうね。貴女は馬鹿ね」


 自分のことでもあるのに堂々と馬鹿と言いおった。


「それにしても貴女……私が力を貸してあげたのに普通負ける? あれ、反撃から勝利の流れでしょう」


 あ、やっぱりあの力は彼女のものだったのか。

あんな力、自分には無い筈なのでそうなんじゃないかと思っていたのだ。


「いや、うん、あれは敵が悪い。あんな超人だとは思わなかった」


「……ま、そうね。私も少し驚いたもの。時々いるのよね、人間の域を超えた存在ってのが」


 そういえば私がここに居るということはもしかして……。


「安心なさい。貴女は死んではいないわ。気を失って一時的に”こっち”に繋がっちゃったのよ。こっちで何分経っても向こうでは数秒の出来事。いずれ意識が戻る筈よ」


 なるほど。

だったら今のうちに色々訊いておかなければいけない。


「あの力、制御できないの?」


「今の貴女じゃ無理ね。あれは私が力を一方的に押し付けている状態。それを制御するならそれなりに訓練をする必要があるわ」


「じゃあ、アレはどのくらい長く使える?」


「貴女の体のことを考えると最大五分と言ったところね。それ以上は肉体がもたないわ」


 五分か……。

戦いでは一瞬で過ぎてしまう時間だ。

あの身体強化は強力だがここぞという時以外使えなさそうだ。


「力を使うとレプリカ、貴女にどのくらい負担が掛かる?」


 そう訊ねるとレプリカが「あら? 私の心配をしてくれるの?」と笑った。


「私にかかる負担なんて大したものではないわ。さっきも言ったように貴女の体の方が心配になるわね」


 いくら体を強化しても肉体強度の限界というものがある。

限界以上の動きをし続けたら体が壊れてしまうだろう。

今後、あの力を使うのならばそこら辺の調整も考えなければいけない。


 なんか、こう、無敵のパワーみたいなのがあればいいのだが……。


「そんな都合のいいものあるわけ無いでしょう? というか、私の力を貸し与えられているだけで相当恵まれているんだからあとは自分で何とかしなさい」


 私の中の私は、私に厳しい……。


 だが彼女の言うとおりだ。

あれだけの力をもらっておいて更に求めるのは図々しいというものだろう。


 辺りが白い光に包まれ始めていた。


「これは……」


「もうすぐ目が覚めるのね。他に何か質問したいことは?」


「……ある。貴女は━━━━レプリテシアなの?」


 そう訊ねるとレプリカはじっと此方の目を見てくる。

そしてゆっくりと首を横に振った。


「違うわ。私はレプリテシアではない。そう、望まれたこともあるけれどもね」


 それはいったい……。


「ほら、もう目が覚めるわよ。起きたらすぐに動きなさい。あのゴリラ女に殺されたら承知しないわよ」


 レプリカがそう言った瞬間、まるで体が後ろに引っ張られるような感覚が生じた。

彼女の声が急速に遠のき、視界が白い光に包まれる。

そして最後にレプリカの声が聞こえたような気がした。


「もうすぐ、大きな岐路が訪れるわ。リーシェ、自分の意志をしっかりと持ち続けなさい」


※※※


 ヴァネッサは殴り飛ばした娘が頭から地面に落ちたのを見て「しまった」と眉を顰めた。


 つい興が乗って本気で殴ってしまった。

拳に感じた感触ではあの娘の顎を砕いたし、あの落ち方だと首の骨を折ったかもしれない。


(殺しちまってたらザイードが怒るだろうねぇ……)


 彼女は恐らくザイードが探し続けていたモノだ。

それを殺してしまったのだから彼は激怒するだろう。


「あー……。体を持ち帰ったらどうにかならないかね?」


 この娘というよりも娘の中にあるものが目的のはずだ。

いまいちどういうことなのか理解していないが死んでいても体を持ち帰れば割とどうにかなったりしないだろうか?

兎に角……。


「まずは生きているかの確認さね」


 落としたメイスを拾い、倒れたままの娘に近づく。


 娘はピクリとも動かず、その顎は砕けて割れていた。

なかなか整った顔だったのに台無しだ。


「ま、戦場にいたらこうい末路も良くあることさね……!?」


 彼女のすぐ近くまで来ると思わず目を見開いてしまった。


 なんと娘の砕けた顎が急速に修復されているのだ。

この再生力……これが……!!


「……!!」


 娘が目を開けた瞬間、彼女は手に持っていた槍を振るった。

それを慌てて後ろへ跳んで避けると娘も跳ね起きて槍を構えた。


「驚いたねぇ……。アンタ、不死身かい?」


「どうかな? 死んだことないから分からないや」


 娘の体に再び紅い紋様が浮かぶ。

もう既に限界が来ているはずなのに彼女は歯を食いしばって耐えている。

その様子に思わず鳥肌が立った。


 ああ、この感覚。

久しぶりだ。久しぶりに滾っている!!

そうだ! これだ! これが自分が求めていたものだ!!

限界の、更にその先を行く死闘!!

この姉妹は自分を実に良く楽しませてくれる!!


「悪いが、手加減はできないよ……。死にたくなかったら逃げるんだね」


「逃げるなんて選択しは……ない!!」


「よく言った!!」


 直後、駆けた。

メイスを振るい、渾身の力で娘を叩き潰そうとするのであった。


※※※


(……受けるしかない!!)


 判断は一瞬だ。


 私は既に先ほどまでの身体強化と再生で殆ど力を使い果たしている。


これ以上の戦い続けることは不可能だ。

だから、次で決着をつける。


 雌ゴリラの攻撃を避けるのではなくただ受け止める!!


 振り下ろされたメイスを槍の柄で受け止めた。

凄まじい衝撃により、足元の地面が割れ、槍を支える両腕の骨が折れた。

折れた骨が肉と皮膚を突き破り泣き叫びたいほどの激痛が生じる。


 痛みに耐えるため強く唇を噛み、切った。


「う、うああああああああ!!」


 叫ぶ。

かつてないほど大声で叫ぶ。

腕だけじゃなくて心まで折れないように、必死に叫ぶ。


 このまま腕がへし折れ、千切れたってかまうものか!

絶対に、止める!!


「なんてヤツだい……!! アタシの一撃を受け止めたってのかい!?」


 敵の攻撃が止まった。

これが反撃できる最後のチャンス。


 私は槍を手放すとそのまま敵の側面に回り込んだ。

さっきやられたことをそのままこいつに返してやる!


 跳躍し、全力の回し蹴りを敵の側頭部に叩き込んだ。

残った魔力を脚の強化に使い、通常ではできないすさまじい一撃を叩き込む。


 側頭部を蹴られた敵は思いっきり吹き飛び、地面を転がる。


 それと同時にこちらもその場に倒れこんだ。

最早肉体を強化することはできない。

ギリギリ折れた腕を再生することができたが指一本動かせられなさそうだ。


(でも……流石にこれで……!?)


 視線の先。

敵を蹴り飛ばした方を見れば敵がゆっくりと起き上がっていた。


 彼女の頭からは血が流れ、顔半分が赤く染まっている。

どうみても重症だがあの女は自分の頭から流れる血を手で拭い、それを見ると嬉しそうに口角を上げた。


「は、はは、ははははは!! 最高じゃないかい!! これだけの傷を負ったのは本当に久々だよ!!」


(嘘でしょう……!? あの怪我で動けるの!?)


「どうやらそっちはもう動けないみたいだねえ。まあ、実は言うとアタシもかなりきついんだけどねぇ」


 敵が少しずつこちらに近づいてくる。


 まずい!!

もう私は動けない!

このままではトドメを刺されてしまうだろう。


 どうにか動こうともがくが立ち上がることができない。

全身に冷や汗を掻き、もはやこれまでかと覚悟を決めた瞬間、甲高い音が鳴り響いた。

これは……鏑矢の音?


 その音にディヴァーン軍の兵士たちはどよめき、私に近づこうとしていた雌ゴリラが舌打ちした。


「ちっ、撤退かい。なら、アンタを回収するのだけは……」


 そう言った瞬間、アルヴィリア軍の中から騎士が現れた。


 馬を駆り、ランスを持った騎士は敵の方へ突撃していく。

あの騎士は確か……白銀騎士団騎士団長のランスロー卿だ!


「ちぃ! 新手かい!!」


 敵はランスロー卿の攻撃をメイスで弾くと距離をとる。


「手負いじゃなきゃやり合いたいんだがねぇ!」


 そう言うと敵は近くにいた馬に飛び乗り、撤退をした。

それを後れてきた騎士たちが追撃しようとするがランスロー卿は「深追いをするな!」と指示を出し、私の前で止まると馬から降りた。


「ヨアヒム様の娘だな? よく頑張った! お前さんたちのお陰で大公様は無事だ!」


 ルナミアの方を見れば彼女も他の騎士に助け起こしてもらっている。


 敵は既に撤退を開始しており、遠くに馬に乗ったザイードの姿があった。

彼と目が合うと、彼は物惜しそうに顔を歪めると馬を駆り、その場を離れる。

敵軍の撤退速度は非常に早く、あっという間に大公の陣から敵兵の姿が消えていた。


 その様子を見ていたランスロー卿が「見事な引き際だ」と感心すると倒れている私をお姫様抱っこで持ち上げた。


「わ、わわ!?」


「これ、暴れるでない。すぐに医者のもとまで運んでやる」


「あ、は、はい。お願い……します」


 お姫様抱っこなんて生まれて初めてしてもらった。

なるほど、これはかなり恥ずかしい。


「砦も堕ち、大公も無事だ。我らの勝利だな」


 今更になってあちこちで鬨の声が上がっていることに気が付いた。


 どうやらこっちで死闘を演じている間に砦側も決着が着いたらしい。

それが分かると急に眠くなってきた。

どうやら限界を超えすぎたせいで体がもう駄目だと叫んでいるようだ。


 私はゆっくりと瞼を閉じるとそのまま一瞬で深い眠りに落ちるのであった。


※※※


 目が覚めるとそこは見知らぬテントの中であった。


 私はベッドに寝かされており、両腕には包帯がギチギチに巻かれている。


「……目が覚めた?」


 そう横から声を掛けられ、首を動かすと私の隣にはルナミアが居た。

彼女も頭に包帯が巻かれた状態でベッドに寝ており優し気に微笑む。


「うん。おはよう」


「もう夕方だけれどもね。お互い、酷い有様ね」


 いや、まったくもってその通りで。

よくまあ、あの大女と戦って生き延びれてものだ。

もう二度とアレと会いたくない。


「さっきまでロイやエドガーが居たのよ? 二人とも顔を真っ青にして、ちょっと見ものだったわね」


 なんというか、申し訳ない。

二人にはとても心配を掛けたであろう。


「それに……そこの二人も、ね?」


 そう言いルナミアが顔を向けた方を見るとそこには椅子に座り眠っているクレスとフェリが居た。


「彼女たち、貴女に付きっきりだったのよ。なんだか慕われているわね」


 それは多分、私というよりもきっと中の人を慕っているんだと思う。

薄々感づいていたが彼女たちはきっとレプリカと関係がある。

二人は今でもレプリカを守っているのではないだろうか?


「……ねえ、一つ訊いて良いかしら?」


「うん? 何?」


「リーシェ、貴女、私に何か隠していない……?」


「それは……」


 隠し事はある。

私の中にいるレプリカという存在。

それを義姉に伝えるべきか。

また、伝えても信じてくれるかどうか……。

真剣な目で此方を見てくるルナミアに私はどう返せばいいのだろうか?


 何て答えようか考えているとルナミアは「まあ、いいわ」と言った。


「貴女が言いたくなったら言いなさい。私はいつだって貴女の味方だから」


「うん……。ありがとう」


 今日、私は己の未熟さを改めて思い知った。

ベルファの事件依頼鍛錬は欠かさなかったが上には上がいる。

きっと今日戦ったような敵が世界にはもっといるのだろう。

自分自身の運命を切り拓くため、義姉たちを守るため更に強くならなくては。


「ルナ、もっと強くなろうね。次はあのゴリラに勝とう」


「そうね。負けたままというのは私の信念に背くことだわ」


 私たちは顔を見合わせて力強く頷く。

世界に私たちよりずっと強い敵がいるなら私たちも強くなって乗り越えるだけだ。

だから今は……。


「……お腹すいた」


「貴女ねぇ……。人が決意を固めている時に……」


 私たちは笑う。

難しい顔をし合うよりもこうやって笑いあったほうがずっと私たちらしいだろう。

その後も少し雑談をしていると看病に来たミリがテントを訪れ、私が目覚めたのを見ると慌てて他の人たちを呼びに行った。

そしてあっという間にテントは人で溢れかえり、賑やかになるのであった。


※※※


 ペタン砦から遠く離れた丘で馬に跨りながらザイードは部隊の再編成を行っていた。


 アルヴィリア軍の反撃が思ったよりも激しかったため死傷者が結構出たが此方は何人もの騎士と貴族を討った。

戦果としては申し分ないだろう。

なにより……。


「ついに見つけたぞ、”女神の器”」


 リーシェと名乗ったあの少女。

自分の将来の妻になるべき女だが彼女こそが我々が長年探してきた存在だったのだ。


 あれは帝国を再建……いや、かつてのヴェルガよりも更に巨大な帝国を建国するために必要な力だ。

あの力さえあれば狂帝などに頭を下げる必要も無くなるであろう。


「……それにしても、手酷くやられたな」


 そう岩に腰かけ、治療を受けているヴァネッサに言うと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ああ、最高さ。戦でここまで高揚したのは久々さ。またあの姉妹とは戦いたいねぇ……。なんだったら二人同時でもいいさね」


「遊びが過ぎると死ぬぞ?」


「……次があれば遊ばないさ。誠心誠意、全力であの二人を殺してやるよ」


「リーシェの方は殺してもらっては困る。あれは色々な意味で大事な女だ」


 この戦争はまだまだ始まったばかりだ。

再びリーシェと相見える機会はあるだろう。


「ザイード様、軍の再編成が終わりました!」


 部下の報告を受け、頷くとヴァネッサが立ち上がった。


「じゃあ、帰るかい?」


「ああ、大帝に報告せんとな。あと魔獣とやらも問い詰める必要がある」


 砦に現れた魔獣。

あれは砦を任されていたカイロ将軍が変身したものだという。

大帝は魔獣のことを知っていたのか確かめておかなければいけない。

そして大帝の答えによっては……。


「全軍! これより朱雀城に撤退する! 負傷兵を連れての行軍故、敵を警戒しつつ進むぞ!!」


「は!!」


 号令と共に兵士たちが動き始める。


 日が沈みはじめ、朱に染まる空はどこか不気味に見えるのであった。


※※※


 朱雀城。

キオウ領にある四大城と呼ばれる城の中でもオースエン領との国境近くに建てられた城である。

白虎城ほどで堅牢ではないが四大城の中でも最も大きな城であり、大軍を籠城させることが可能である。


 そんな城の王座にディヴァーン軍を率いるガッハヴァーン大帝が鎮座していた。


 彼は伝令の兵士からペタン砦の戦いの顛末を聞くとため息を吐く。

その動作だけで報告していた兵士に緊張が走った。

この男はその時の機嫌で人を処刑する。

今回の件で機嫌を悪くすれば自分は処刑されるだろう。


 伝令は怯えたように深く頭を下げると大帝は「よくわかった」と低い声で呟く。


「報告、ご苦労。ザイードたちも戻り次第休ませてやるがよい」


「は、はい!」


 大帝の言葉に伝令はひれ伏し、慌てて部屋から出ていく。

その背中を見送ると大帝は手に持っていたゴブレットに口をつけ、ワインを飲んだ。


「少々アルヴィリアを侮っておったな。貴様が言っていた例の石も役に立たなかったではないか」


 大帝は部屋の隅の闇に声を掛けると闇の中からある男が現れた。


 まるで黒い聖職者のような恰好をし、蛇の面をつけた男。

男は手に王笏を持ち、大帝に一礼をする。


『いささか予想外の連中が混じっていたようだ。だが転成石を使えば人智を超えた力を得られることは証明できたであろう』


「確かに魔獣は強く、恐怖を与える。あれは誰もが強大な力を手に入れられるのであろう?」


『素体の素質にもよるが、基本的には人間よりも遥かに強くなる。それは保証しよう』


 魔獣が引き起こす恐怖は上手く使えば強大な力となる。

間もなく訪れるであろう決戦に備え、使うべきか……。


『我らは力を与えるのみ。その力をどう使うかは貴公が決めるが良い』


「……考えておこう。とろこで、結局貴様らの目的はなんだ?」


 この男……”大祭司”と名乗る存在はある日突然自分の目の前に現れた。

争いの蔓延する世を忌み、世界を新たな理を敷きたいと願っていた自分に力を貸すと言ってきたのだ。

”大祭司”はエンシェントゴーレムをディヴァーンにもたらし、その力で宿敵であるジン国を滅ぼすことができた。

そして今度は転成石なるものを渡そうとしてきているのだ。

話しが上手すぎて全く信用ができない。


 ”大祭司”の真意を見極めるように目を細めると彼は上を見上げた。


『我が願いは世界に真なる秩序をもたらすこと。人間の争いを忌むという点では意見が合おう』


「ほう……。貴様も争いの世を変えたいと? だが、それは我と同じ道であろうか?」


 ”大祭司”は答えない。

彼はただ上を、天井の更にその先、空を見上げているだけだ。


「……まあ良い。使えるうちは傍に置いてやろう。だが我が宿願を阻むのであれば……」


『ご随意に』


 そう言うと”大祭司”は踵を返す。

そして再び闇の中に溶け込むと姿を消すのであった。


 誰もいなくなった部屋の中で一人、顎鬚をさすると考える。

まずはアルヴィリアを。

それが終わり次第、あの化け物どもを始末するとしよう。

そう決意するとワインを飲み干し、口元に笑みを浮かべるのであった。


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