第27節・竜の咆哮


 ミリは予想以上の苦戦を強いられていた。


 見た目や言動はふざけているがこの三人組はうまく連携しながら此方を追い詰めてくる。


 まず巨漢のポッチャが此方を圧迫し、それから逃れようとするとガッリの魔術が飛んでくる。

そしてそれらを避け、反撃に転じようとするとチッビが飛びかかってくる。

三人からの連続攻撃を凌ぐのに精いっぱいで一向に反撃のチャンスが来ない。


「潰れるんだな!」


 ポッチャが拳を振り下ろし、上方から叩きつけようとしてくる。

それをスライディングで股の下を潜り回避すると背後に回り込む。

そして彼の背中に跳び蹴りを喰らわそうとするが……。


「おっと、そうはさせないぞ!!」


 ポッチャを飛び越え、チッビが現れた。

チッビは鉤爪によるひっかきの攻撃を放ち、それを急いで後方に跳ぶことで避けた。

そこに風の刃が迫り、前転して回避する。


「ああ、もう! 三人で寄ってたかって!! 恥ずかしくないの!!」


「名乗りの最中に攻撃してきた貴様に言われたくないわ!!」


(う……確かに……)


 いや、あれは私は悪くない。

戦場で隙を晒している方が悪いのだ。うん。


「……とはいえ、確かに女性を嬲るのは気が引けますね」


 そう言ったのはガッリだ。

彼は腰まで伸びた長い髪を風に靡かせ、なんだか妙な格好つけポーズをすると流し目で此方を見てきた。


「貴女のような美しい女性を傷つけるのは本望ではありません」


 え? 美しい? 私が?

見る目あるじゃない、この男!


「まあ、貧相な体をしており、私に劣るとは言え美しいものを愛でるのが我が信念。投降なさい、我らが主は軍門に下る者には寛大です」


 前言撤回。

やっぱりこいつら見る目無いわ。


「冗談。誰がアンタたちなんかに下るもんですか!」


 そう言い、弓を構えるとチッビが「やれやれ」と首を横に振った。


「ならば仕方あるまいな! ガッリ、ポッチャ!! あれをやるぞ!!」


「あれなんだな!」


「ええ、アレを使う時が来たのですね!」


 な、なんだ?

敵が固まり始めた。

いったい何をするのか警戒するとチッビがポッチャに肩車され、ポッチャがその場で回転を始める。

そしてガッリがポッチャに風を纏わせると瞬く間に巨大な竜巻ができた。


「行くぞ! 我ら三位一体!! 必殺のぉぉぉぉぉサイクロンアタック!!」


 ガッリがそう叫ぶと竜巻が此方に向かって突撃してくる。

周りのものを巻き上げ、上空に吹き飛ばす攻撃を喰らえばひとたまりもない。

だが逃げるには距離が近すぎた。


 体が竜巻に吸い込まれ、もみくちゃになりながら舞い上がる。


(これ……結構ヤバい!!)


 竜巻に巻き上げられる中、突如腕切り裂かれた。

傷口から鮮血が噴き出し、痛みに顔を歪める。


 何事かと思えば竜巻の中でガッリが鉤爪を振るっていた。

彼の体には別の風の魔術が纏わりついており、それでこの竜巻の中を自由に移動しているのだ。


「フハハハハ! どうだ! 目が回るだろう! 身動きが取れないであろう!! 我に切り刻まれて死ぬか、落下死するか選ぶがよい!!」


「これ、目が回るんだなー!!」


「っち! どっちも御免よ!!」


 ガッリが飛びかかってくる。

竜巻のせいで体が上手く動かず、彼の攻撃を避けきれなかった。

鉤爪が太ももを切り裂き、血が飛び散る。


 このままでは本当に不味い。

ガッリに刻み殺されるかその前に竜巻に吹き飛ばされて落下するか。

どうにかしなければやられてしまう。


「だったら、思い切って!!」


 ガッリが再び飛びかかってきた瞬間に彼目掛けて突風の魔術を放った。


「なんと!?」


 ガッリは突風に吹き飛ばされ、下にいたポッチャと激突し、此方も反動で竜巻の外へ吹き飛ばされる。


「貴女も風使いでしたか! ですが!!」


 落下する此方に対してガッリが風の刃を放った。

それを空中で体を捻り避けると矢を撃つ。


「く!」


 ガッリが矢を避けたことにより竜巻が解除され、中心にいたポッチャたちが見えた。

ポッチャが既に突撃してきているのを視認すると地面に落ちる直前に風を見に纏い、落下の衝撃を抑える。


 肩から落ちたため、思わず弓を手放してしまい地面を転がった。

落下の速度を抑えたとはいえ叩きつけられるように地面に激突したため、全身に激痛が走る。

だが動かなくてはいけない。

既にポッチャが此方の頭を踏みつぶそうとしており、横に転がり続けて踏みつけ攻撃を回避する。

そしてバネのように飛び起きると敵三人から距離を取った。


 改めて状況を確認する。


 団長は敵軍を抑えるために奮戦しており動けない。

ルナミアはかなりダメージがあるらしく倒れたままだ。

そしてリーシェだが……。


「なに、あれ……?」


 リーシェの体に紅い紋様が浮かんでいた。

あの光、視力を失った方の目ではっきりと見える。

魔力だ。

とんでもない量の魔力が彼女の全身に浮かび上がっている。


 魔力によって身体が強化されているのかリーシェは大女相手に互角に立ち回っているが、その表情は辛そうだ。


(やっぱり急いで助太刀に行ったほうがよさそうね……)


 とは言えこいつらをどうにかしなければいけない。

もう油断はしない。

拳を構えると敵と向かい合い、足を一歩前に出す。


 それに合わせて敵も此方を囲むように一歩動いた。


「最後にもう一度訊くぞ? 降伏する気は?」


「無いわ! そっちこそ降伏したら?」


「ふ……。ザイード様には我ら三人、大きな恩がある。死してもあの方にお仕えするつもりよ」


 あの変態、部下には慕われているようだ。

この三人からは本気であの男のために死んでもいいという覚悟が感じられる。

ならば、自分も友のためにこの命を賭ける!!


「……それじゃあ、どっちが勝っても恨みっこ無しよ!」


「望むところ!!」


 様子を伺い合う。

そして近くにいた馬が嘶いた瞬間、駆け出した。


 それと同時にポッチャとチッビも駆けだし、互いに正面からぶつかり合おうとした瞬間、砦の方から巨大な光の柱が生じた。


「え? 何!?」


 突如現れた光の柱によりその場にいた全員が戦いの手を止めるのであった。


※※※


 ロイは全力で走ると魔獣の側面に回り込んでいた。


 クレスが魔術を放つまで時間を稼がなければいけないため、自分たちが敵の気を引く必要がある。


 落ちていた手槍を拾い、投げつけると魔獣の右腕に刺さり、魔獣は此方を向いた。


「来やがれ!!」


 魔獣は此方に気が付くと巨大な腕を振り下ろしてくる。

それをまた走り出して回避すると地面に叩きつけられた腕の凄まじい振動で転びそうになる。


 魔獣はそのまま叩きつけた腕を横に薙ぎ払い始め、慌てて剣を構えると巨大な腕に吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた体は近くの家屋の壁に激突し、一瞬息ができなくなる。


(動きはトロいけど攻撃を避けるのは至難の業だぞ!!)


 敵の腕は巨大であり、軽く振るうだけで広範囲を攻撃できてしまう。

正直近づくのは自殺行為だろう。

だが……。


「やるって言っちゃったからな!!」


 魔獣の方を見れば足元にウェルナー卿がいた。

彼は魔獣の足を剣で切り裂き、そのまま背後に回り込む。

魔獣が尻尾で薙ぎ払いを行うと近くにある瓦礫に駆け上り、そのまま跳躍することで尻尾を飛び越えていた。


「やっぱ……凄いな」


 自分が目標とする騎士だ。

いつか彼と並びたてる日が来るのだろうか?


(て、そんなことよりも!!)


 先輩騎士の動きに見惚れている場合じゃない。

自分も囮の役割を果たさなければ。


 剣を握り直し再び魔獣に向けて突撃を開始する。

此方に気が付いた魔獣は腕を振るい、近くの城壁を崩すと瓦礫を投げつけてくる。

投げつけられた瓦礫は空中で分解され、いくつもの塊りになって降ってくる。


 頭上から降り注ぎ地面に突き刺さる瓦礫の中を必死に駆け抜け、敵に迫ると飛びかかるように斬りかかった。

それにより敵の右腕の指を数本斬り落とし、そのまま股下を潜って背後へ抜ける。


 すると同じく反対側で戦っていたウェルナー卿と合流し、お互いに頷くと魔獣の方を向く。


「ロイ、まだやれるな?」


「ええ、勿論。ただ、斬っても斬っても再生されちゃ気が滅入ってきますよ」


「まったくだ」


 ウェルナー卿は口元に笑みを浮かべると「来るぞ!」と言った。


 魔獣が自分たちを叩き潰そうと拳を振り下ろし、それを避けるためにウェルナー卿と別れて跳躍する。

ウェルナー卿が背後へ、自分は正面へだ。

ずっと走り続けているためそろそろ体力的にキツイがここが踏ん張りどころだ。


 ウェルナー卿と自分がずっと纏わりついているため魔獣が苛立たしげな咆哮を上げる。

そうだ、そのまま怒れ。

こっちに注目していろ!!


 魔獣が此方に向かって突撃を開始してくる。

それに対して身構えた直後、自分の背後にある城壁の上に雷が落ちた。

その光を見ると口元に笑みが浮かぶ。


「来たか!!」


※※※


 クレスセンシアは砦の中から胸壁移動した後、魔術発動の準備をしていた。

今から放つ魔術は己が使えるものの中でも最大級の威力を誇るものだ。

力の制御を誤ったり外したりしたら大惨事になる。

それゆえに時間が必要であった。


(若造ども、もう少し耐えるのじゃぞ……)


 目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。

まずは己の中にある魔力を開放しなければいけない。

自分の中にはいくつか枷がある。

強すぎる力を封じるため自分自身に封印を施したのだ。


 その枷の中のいくつかを解除する。


 枷が外れるたびに体から雷光のようなものが漏れ出し、力が漲ってくるのが分かる。


(この感覚、久方ぶりじゃ)


 最後に枷を外したのはいつだっただろうか?

思い出されるのは数百年前のこと。

あの日、押し寄せる敵に対して仲間たちと共に果敢に戦った時のこと。

白き尖塔から我らを見守るあの方の御姿。


(ああ、そうじゃ。あの時は儂は役目を果たせなかった)


 次々と堕ちていく同胞たち。

生き残ってしまった自分とフェリアセンシア。

儂らは誓った。

あのお方のために生きようと。

いずれ再臨されるその時を待とうと。

故に━━━━。


「貴様らに我らの宿願を! あの方の願いを踏みにじらせはせんぞ!!」


 最後の枷を外す。

それにより背中に巨大な電の翼が生えた。

額からは角が生え、目は蛇のようになる。


「理性無き哀れな獣よ!! 喰らうがいい!! これが八大竜王の一撃ぞ!!」


 直後、大きく開けた口より閃光が放たれ魔獣を貫くのであった。


※※※


 それは最初は細い閃光であった。


 閃光は魔獣の胴を貫き、小さな穴を開ける。

そしてその直後雷の奔流が来た。


 閃光を追うように何百もの雷が束になったものが放たれ魔獣の体に激突する。

凄まじい衝撃と熱により魔獣の体は一瞬で砕け散る。

砕けた肉片は全て雷によって焼き払われ消滅する。

そして魔獣を中心に大爆発が発生すると辺りが爆発の煙に包まれた。


 魔獣の苦悶に満ちた叫びが響き渡り、大気を振動させる。

煙が晴れるとそこには上半身を吹き飛ばされた魔獣がおり、胴体の中央に核となる巨大な深紅の魔晶石のようなものが見える。


 既に体の再生は始まっており、急速に傷が塞がり始めていたのであった。


※※※


 傷の再生を開始した魔獣は両足を木の根のように変化させ、地面に突き刺しているのをフェリはクレスの横に立ち見た。


(地脈からマナを吸収しているのですか!!)


 マナと言うのは星に流れる魔力━━血のようなものである。

人間と同じく星にも莫大なマナと呼ばれる魔力があり、それを地脈が星の隅々まで流すことによって空気を生み、水を生み、木々を育んでいる。


 あの魔獣は自己再生のために自身の魔力だけでなくマナも吸っているのだ。

あれは星を汚すおぞましき行為だ。


「……させません!!」


 フェンリルの力も借り、魔獣の体を凍らせていく。


 ずっとスロープを維持するために魔力を使っていたためあまり余裕は無いがあの魔獣の再生を一時的に止めることはできるはずだ。

魔獣の体が凍ると再生は止まり、魔獣がまるで怒ったかのように暴れようとする。


(無駄です!! もはや細胞一つ動かすことなど……!?)


 魔獣の核に光が灯った。

次の瞬間、深紅の閃光が放たれ近くの尖塔に直撃して文字通り蒸発した。


「自己防衛の本能ですか……!!」


 再び核に光が灯る。

二射目が来るのだ。

だが自分は敵を凍らせるのに集中しているため動くことができない。


(来る!!)


 閃光が放たれた。

今度は真っすぐにこちらに放たれ、直撃するコースだ。


「させぬわ!!」


 クレスがそう言い、前に立つと両手を前に突き出し障壁を生み出す。

閃光は障壁によって防がれ、障壁が砕けるのと同時に爆発した。


「……クレス!?」


「儂のことはいい!! 自分の仕事に専念せい!!」


 爆発の際に火傷を負ったのか彼女の右腕は赤く爛れている。


 既に三発目が行われようとしており、魔力をほぼ使い果たしているクレスでは……。


(どうします!? いったん退却を……いえ、でも……)


「フェリ、安心せい。どうにかなる」


「どうにかって……」


「儂は死なんし、お主も死なん。なぜなら頼もしい若造どもが下にいるからのう!!」


 三発目が放たれた。

先ほどよりもはるかに威力のある一撃だ。

それをクレスが障壁を張り、受け止める。


 空中で閃光と障壁が激突し凄まじい熱が辺りを焼き払う。

自分も障壁によって守られているに関わらず頬に火傷を負った。

これではクレスが……。


 だが彼女は笑っていた。

両手が既に大やけどになっているのに笑みを浮かべ力強く頷いた。


「小僧ども!! 任せたぞ!!」


※※※


「応!!」


 ロイは全力で駆けていた。


 敵がクレスたちを吹き飛ばす前に決着をつけなければいけない。


 ウェルナー卿と共に凍った敵の体を一気に駆けのぼると敵の核に変化が生じた。

敵はクレスに閃光を放つのを止め、突如上空にいくつもの閃光を放った。

放たれた閃光は雨のように降り注ぎ、自分の体ごと此方を吹き飛ばそうとしてくる。


「ロイ! 足を止めるな!!」


 ウェルナー卿の言葉に頷く。

降り注ぐ光の矢を避けながらどうにか崩れる敵の体をよじ登っていく。

先行するウェルナー卿の背中を追い、核まであと一歩というところで目の前に光の矢が降った。

それにより足場にしていた魔獣の体が崩れ、転落しそうになる。


「掴まれ!!」


 ウェルナー卿が此方の腕を掴み、落下せずに済んだ。

そのまま引っ張ってもらい体勢を整えるとお互いに顔を見合わせ頷く。

そして核に向かって駆け出した。


 魔獣の核は上空に閃光を放つのをやめ、再び光を収束させ始めているのが見えた。


(……近づいてきた俺たちを吹き飛ばす気か!!)


 あれが収束しきってしまったら自分たちは一巻の終わりだ。


「びびったら……負ける!!」


 走る速度を上げる。

そしてウェルナー卿とほぼ同時に跳んだ。

魔力を収束させ、放とうとする核に対して剣を振り下ろし全力で叩き割る。


 魔獣が咆哮を上げた。

大気が振動し、体が吹き飛ばされるほどの断末魔。


 核を破壊されたことにより魔獣の体は倒れ始め、天に向かってすさまじい閃光を放った。

雲を切り裂き、そらを赤く染めるその光はまるで血しぶきのようであり、魔獣の巨体は砕け散りながら地に伏すのであった。


※※※


 魔獣が消滅した後、ロイはその場に尻餅をつくように座り込んだ。


 緊張の糸が一気に解け、もう一歩も動ける気がしない。


「よう、ロイ。大手柄だったな」


 そう言って近づいてきたのはウェルナー卿だ。

彼もへとへとだという表情で笑い此方の横に座る。


「まさか竜退治をすることになるとはなぁ。……あれ、竜扱いでいいよな?」


「どうなんでしょうね? 首無かったですし」


 ともかく超がつくほどの大物を討伐したのだ。

自分が物語の中に出てくる騎士ようなことをするとは夢にも思わなかった。


 砦を見渡せば魔獣が暴れまわったことによってディヴァーン側に既に戦意は無かった。

敵兵が次々とアルヴィリア軍に投降しているのが見える。

ペタン砦は奪還できたと言ってもいいだろう。

あとは……。


「もうひと踏ん張りだな。エドガーを助けに行かなきゃいかん」


 そうだ。

胸壁で”大淫婦”と戦っているエドガーを助けに行かなければいけない。

もう動きたくないと悲鳴を上げる体に喝を入れ、どうにか立ち上がる。

満身創痍だが友のもとへ向かわなければ。


「よし、行くぞ。エドガーを助けて、ルナミア様のところに戻って、今日は祝杯をあげるぞ!」


「はい!!」


 そう言うと二人で崩れた城壁の方へ走り出すのであった。


※※※


「おー、やりおったわ。あの若造ども」


 胸壁にてクレスは床に座り、フェリに抱きかかえられるようにもたれ掛かっていた。


 ここからあの騎士たちが走り出したのが見える。

恐らく赤毛の騎士を助けに行ったのだろう。

まったく、魔獣と戦ってまだ動けるとは大した奴らだ。


「儂らも助けに行きたいが、流石に、のう?」


「ええ。少なくとも貴女は絶対安静です。完全に再生するまで一切の戦闘行為を禁じます」


 フェリがいつになく真剣な表情でそう言ってくる。

皮肉屋で性格が少々悪いが本気で此方を心配してくれるのが我が相方だ。


「それにしても、予想以上の力じゃったな。まさか文字通り手を焼かれるとは」


 そう苦笑し両腕を前に突き出す。


 自分の両腕は肘まで炭化してしまった。

フェリからも魔力を分け与えてもらい再生を行っているが元に戻るまでは暫く掛かるだろう。


「ええ、素体がなかなか優秀だったものあるのでしょうけれども嘗ての転成より確実に強力になってますねー。ディヴァーンに転成石が配られていたら厄介ですねぇ……」


 今回の件でディヴァーンの背後に”蛇”がいるのが確定した。

ディヴァーンが転成石の力に頼り始めたら今後の戦は厳しいものになるだろう。


「……どうしますー? 他の竜王方に助力を求めますかぁ?」


「はん! 来るわけなかろうよ。現火竜王は人を憎んでおるし水竜王は引きこもりじゃ。他の連中も己のことばかりで”あの方”への大恩を忘れおって……」


「”あの方”を後継者と認めてくださっていないのでしょうねー。私たち以外の竜王は皆、古参ですし」


 だからこそ気にくわない。

女神に仕えし古の竜だからこそ”あの方”の魂が何か分かっているであろうに。


「ま、とにかく今はそうかっかせずに再生に専念してくださいねー」


「赤毛の方はどうする?」


 あっちは恐らく”大淫婦”と戦っている。

いくら”大淫婦”が使徒の中でも戦いが苦手な方だと言っても人間が一騎打ちして敵う相手ではない。


「……魔獣が消滅した以上、”大淫婦”がこの場に残る意味がなくなったはずですからねー。あの騎士たちも向かいましたし」


「無事を信じて待つしかない、か」


 そう言うと二人で空を見上げるのであった。


※※※


 エドガーは”大淫婦”の肩に剣を突き刺したとき、妙な感触を感じた。


 使徒は不死者であり、霊体だという。

しかし剣越しに伝わってくるこの感触はまるで……。


『しくじったなぁ……』


 ”大淫婦”が己の肩に刺さった剣を見つめると後ろへ飛び退いた。

それにより剣が引き抜かれ、”大淫婦”の肩から血が噴き出る。


(血だと……? こいつ、不死者じゃないのか?)


 ”大淫婦”は己の肩を抑えるとやれやれといったように首を横に振った。


『だから言ったじゃない。あまり怪我をしたくないって。酷いわねぇ、女を傷ものにするなんて』


「貴様……人、なのか?」


 そう訊ねると”大淫婦”はくすくすと笑った。


『さあ、どうでしょう? どっちだと思う?』


「……どちらでもいいさ。敵なら倒すだけだ」


 剣を構えなおし、敵を睨む。

敵に傷を負わせることに成功したが此方も全身に刺し傷があり、かなり厳しい状況だ。

もう一度敵に向かって正面突撃するのは難しいだろう。


 先ほど砦の中から光の柱のようなものが現れ、魔獣が消滅したのが見えた。

恐らく魔女やウェルナー卿たちが勝ったのだろう。

彼らが助けに来るまで守りに徹するか?


 そう考えていると”大淫婦”が展開していた鎖を消した。

そして彼女はジャンプすると胸壁の端へ移動する。


『カイロさんも死んじゃったし、傷が痛いしでやる気が失せたから帰るわぁ』


「…………」


 警戒する此方を見て敵は笑う。


『ふふ、もっと腕を磨きなさい。そうしたら今度は全力で戦ってあ、げ、る』


 ”大淫婦”が跳んだ。


 胸壁から飛び降り急いで胸壁の端に移動すると既に彼女の姿は無かった。

敵に逃げられた。

いや、見逃してもらったというべきか。

とにかく結果がどうであれ生き残ることができたのだ。


「……いってぇ」


 全身の傷が痛む。

その場にへたりこむともう一歩も動けなくなってしまった。


 砦中から鬨の声が聞こえてきた。

魔獣を倒し、ディヴァーン軍も投降したのだろう。

結構な被害が出たがアルヴィリアは反撃の緒戦を勝利できたのだ。


「おーい!! 生きてるかー!!」


 遠くからロイたちが向かってきているのが見えた。

それに手を振り返すとその場に仰向けに倒れ、ゆっくりと瞼を閉じるのであった。


「もっと強くならないとな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る