第30節・対岸の対峙者
ベールン川。
オースエン領とキオウ領を隔てるように流れるこの川は最も深いところでも成人男性の膝までしかない浅い川である。
幅広い川にいくつもの川洲があり、その美しい光景はアルヴィリア有数とされかつては多くの旅人が訪れていた。
しかし今この川を訪れているのは旅人たちではない。
軍馬を駆り、鎧を身に纏った兵士たちだ。
アルヴィリア軍とディヴァーン軍はこの川を挟んで対峙し、決戦の時を待つ。
アルヴィリア側はメルダの丘と呼ばれる低い丘に王の本陣を構え、そこから左翼側にメフィル・ガルグル、中央の本陣前にオースエン、そして右翼側にシェードランが布陣することになっていた。
両軍ともまずは兵が集結するのを待ち、決戦に向けて準備を行う。
そんな中、ある事件が発生する。
ベールン川に進軍中のシェードラン大公の軍が敵の強襲を受けたのである。
小規模な部隊による襲撃であったためすぐに撃退されたが運の悪いことに敵が放った矢が大公の肩に当たり負傷した。
決戦を前にシェードラン大公負傷という事件はアルヴィリア軍を動揺させたがゲオルグ王がすぐに諸侯の混乱を収め、シェードラン大公も自分は無事であると鼓舞したため全軍の士気が下がるという事態にはならなかったのであった。
※※※
私たちがベールン川に到着するとその壮観な布陣に圧倒された。
川沿いにどこまでも旗が立ち並び、数えきれないほどの兵士が動いている。
また、正規兵だけではなくアルヴィリア内外から傭兵たちが次々と集まり、アルヴィリア軍の総兵数は35万まで膨れ上がったという。
これはアルヴィリア軍が緒戦で連戦連勝したため、様子見をしていた傭兵たちがアルヴィリア側に味方し始めたからである。
ディヴァーン軍50万に対してまだまだ兵数では劣っているが味方の士気は非常に高い。
事前の連絡通り辺境伯軍は味方の右翼側、シェードラン大公軍のすぐ横に布陣し、すぐに簡易的なテントの設営や武具の点検などが始まった。
ルナミアは「叔父様の見舞いに行ってくる」と言い、大公の陣へすぐに向かったためそれまでの指揮はウェルナー卿が執り、その補佐を私がすることになった。
「━━━━とりあえず、杭は三段に分けて設置をお願いします」
「了解!」
私が指示を出すと兵士たちが陣の前に先端の尖った木の杭を地面に埋め込み始める。
ディヴァーンは軽騎兵を主力とするため、馬の足を止める杭が重要……らしい。
川を挟んで反対側。
遠くにディヴァーン軍の姿が見える。
地平線までも埋め尽くす敵軍の姿を見ていると戦う前から気が滅入りそうだ。
「見てても敵の数は減らないぞー」
そう声を掛けて来たのは杭を肩に乗せて運んでいるロイだ。
私は彼に頷くと「どうしてかな?」と呟いた。
「ん? どうしてって?」
「ディヴァーンって凄く大きな国なんだよね? アルヴィリアよりもずっと大きいのになんで他の国に攻め込むんだろう?」
そうロイに訊ねると彼は肩を竦めた。
「わっかんね。世界征服したいとかそういうのじゃないか? 偉い人が何を考えて戦争するのかは下っ端の俺たちには分からないさ」
「ルナなら分かるのかな?」
「どうだろうな。ルナミア様もあくまで一領主……の娘。俺たちと一緒で上に振り回される側だろうからな」
「あんまり余計なことを考えるなよ」とロイは杭を埋めている兵士たちの方に行ってしまった。
私もテントの設営を手伝おうかと考えていると後方が何やら騒がしいことに気がついた。
騒がしい方に行くとウェルナー卿が既におり私は彼に軽く会釈をし、隣に行く。
「どうしたの?」
「聖アルテミシア騎士団が到着したみたいですよ。ほら、あれ」
ウェルナー卿が指差す方を見ると此方に向かって行軍している一団があった。
太陽に女神の旗を掲げた一団は純白の鎧を身につけ、威風堂々としている。
諸侯は彼らのために道を開け、花道を作り上げていた。
聖アルテミシア騎士団。
アルヴィリア最強と呼ばれる騎士団であり、ディヴァーンとの開戦以来常に最前線で戦い続けていた部隊である。
そんな彼らの先頭には一人の女性がいた。
他の騎士たちと同じく純白の鎧を身に纏い、長く美しい銀の髪を風に靡かせる。
遠くから見ても分かるその神々しさと美しいさに思わず息を呑んだ。
レグリア・エーレンベルク
"聖女"と称される女性はただ馬に乗るだけでまるで絵画の1シーンのようになる。
(あれが……"聖女"レグリア……)
なんというか、次元が違う。
美しいさもそうだが、彼女から発せられるオーラはあまりにも神聖で本能的に首を垂れたくなる。
実際、彼女が通過すると誰もが平伏していた。
そんな聖女が私たちの前を通過しようとすると彼女は「おや?」と馬の足を止めた。
「そこの貴女。頭を上げてください」
え!? 私!?
思わずウェルナー卿の方を見ると彼は頭の動きで私に"聖女"の方を見ろと言っていた。
「は、はい……」
恐る恐る顔を上げると"聖女"の金の瞳と目があった。
彼女の瞳を見ているとまるで吸い込まれるようだ。
私はその感覚に少しだけ恐怖を感じた。
「シェードラン辺境伯の養女ですね。お噂はかねがね……」
「い、いえ……」
「次の戦、共に勝ちましょう」
"聖女"がそう微笑み、去っていくとあちこちから鋭い視線が私に放たれていた。
なるほど、以前ルナミアが国王に話しかけられた時に固まっていたがこういう感じだったのか……。
これは大変居心地が悪い。
ウェルナー卿も周りからの視線に気がつくと私に「じゃあ戻りましょうか」と声を掛け、私を庇うように立ってくれた。
私は彼に無言で頷き、陣に戻るとため息を吐く。
「なんというか、凄い人だったね」
「ええ、まあ。“聖女"レグリアは文字通り別格ですよ。公平無私、敬虔な女神の使徒。巷じゃ女神の生まれ変わりだとまで言われている人物ですよ」
レグリアが畏怖される理由はそれだけでは無かった。
メフィルの大反乱の際、彼女は和睦の使者として複数の騎士と共に反乱軍の元へ向かった。
しかし交渉は決裂。
反乱軍はレグリア達に襲いかかり、使者として派遣された騎士を次々と惨殺した。
使者たちはレグリアの奮戦のおかげで何人かが生還し、これが原因で国王は反乱軍の撃滅を決意した。
この時レグリアは味方を逃すため一人で反乱軍と戦い、百人以上を討ち取るという大戦果を挙げたのだ。
無傷で百人を斬った聖女はその日より国内外で畏怖されるようになったという。
「俺も戦場で聖女様の戦っぷりを見たことがあるんですがね、アレは人の域を超えていますよ」
聖女が戦斧を振れば十人の敵兵が吹き飛び、聖女が突撃すれば敵軍は必ず崩壊する。
その強さはウェルナー卿から見ても超人であるらしい。
「そんな人が味方だなんて心強いね」
「ええ、でもいくら一人飛びぬけて強くても戦争は勝てませんからな。我らも死力を尽くさなければ。さて、それじゃあ俺はガンツ兵士長と打ち合わせをしますんで」
「うん、こっちは杭の設置をしておくね」
ウェルナー卿と別れると私は近くに置いてあった杭を持つ。
そしてもう一度、先ほどまで聖女レグリアが居たほうを見た。
なぜだろうか?
とても綺麗で、優し気な人であったのに私はあの人に少し怯えた。
”私”はあの人を知っているような気がしたのであった。
※※※
叔父様が負傷したと聞いたときは心臓が口から飛び出るかと思った。
だがその後傷は浅く、すぐに元気な姿を兵士たちに見せたと聞いて心の底から安堵した。
今はシェードラン軍の本陣でゆっくりと休んでいるという。
私がエドガーを連れて叔父様の見舞いに行くとすぐにランスロー卿が出迎えてくれた。
彼は「おお、良く来て下さった! 大公閣下もお喜びになるでしょう」と笑みを浮かべると私たちを叔父様がいるテントの前まで案内する。
そして私たちがテントに入ろうとするとランスロー卿が呼び止めてきた。
「申し訳ないがテントの中にはルナミア様だけで」
私とエドガーは顔を見合わせえるとエドガーが「じゃあ、俺は外で待っています」と言った。
彼に「分かったわ」と言うと私はランスロー卿と一緒にテントに入る。
「叔父様、ルナミアですわ。お怪我をしたと聞いて見舞い……に……」
テントの中では叔父様がベットで寝ていた。
彼の顔色は真っ青で息を荒げながら弱々し気にこちらに微笑んだ。
「……おお、ルナミアか。よく来てくれた……」
「叔父様!? ランスロー卿!! これはいったい!!」
声を荒げる私にランスロー卿は「お静かに」と頷く。
「矢に毒が塗られていたのです。すぐに解毒は致しましたが見ての通り大公閣下は兵の指揮を執れる状況では御座いません」
なんということだ!!
ただ矢傷を受けただけだと思っていたがまさかこんな深刻な事態になっているとは……!!
「……この件、知っているのは?」
「陛下と、他の大公。そして私とレクター様だけです。兵士たちが大公閣下が重傷と知れば全軍の士気が下がりかねません」
「……叔父様は助かるのよね?」
ランスロー卿は静かに頷く。
安静にしていればいずれ回復するであろうが、もう間もなくディヴァーンとの決戦があるのだ。
叔父様がこんな状況では……。
「ルナミア……。傍に……」
叔父様が掠れた声でそう言い、私は急いで彼の近くに行く。
「次の……戦、息子を……私の代理とする……」
「え? あ、従兄上に?」
「は、は……そう心配そうな、顔を……するな。あくまで……代理だ。兵の指揮は……ランスローに全て任せる……」
その言葉にランスロー卿は深々と頭を下げた。
確かにランスロー卿が指揮を執るなら安心だが、レクターがそれに納得するかどうか……。
「ルナミアよ。お前には……息子の補佐を頼みたい……。あれは愚息なれど…我が息子だ。どうか、守ってやってくれまいか……」
叔父様が私に手を伸ばす。
私はその手をしっかりと両手で握りしめ頷いた。
「ええ、お任せください。我らシェードラン辺境伯軍、全力で従兄上と叔父様をお守りします」
そう言うと叔父様は「そうか」と安心したように笑みを浮かべる。
するとテントにレクターが入ってきた。
彼は私を見ると眉を顰め、ランスロー卿に「なぜ、こいつがここに居る」と訊ねた。
「……大公閣下の見舞いに参られたため。また、同じシェードラン家だからです」
ランスロー卿の言葉にレクターは舌打ちすると叔父様の方を見た。
「父上! なぜ俺に全軍の指揮を任せてくれないのですか!! ただ父の代わりに本陣で馬に乗るだけだなんて、他の貴族からお飾りだと笑われる!!」
「……愚か者。お前が……まだ、未熟故だ。此度の戦で……ランスローの戦いを見て、学べ」
叔父様の言葉にレクターの顔が見る見る赤くなっていく。
私は彼を刺激しないようにそっと叔父様から離れる。
「お前は……まだ若い。今はまだ学ぶとき……。ルナミアを……補佐として付ける。ともに戦を学べ……」
「な!? この女を!! 俺の補佐に!? この分家の女の力が無ければ俺は役に立たぬと!!」
「……そうではない、そうではないのだ……」
叔父様はレクターを落ち着かせようとするが、従兄は顔を真っ赤にし、首を横に振ると「もういい!」とテントから出て行ってしまう。
そんな彼を見送ると叔父様は悲しそうに、ランスロー卿はやれやれと言ったように肩を竦める。
レクターはかなり怒っていた。
今回の戦で変なことをしなければいいが……。
「ルナミアよ……大変かもしれぬが……我が息子を頼む」
「え、ええ。少し自信がなくなってきましたけれども、頑張ります」
いざとなったら馬ごと縛っておこう。
決戦を前に叔父様の負傷と激高している従兄のことを考えると少し胃が痛くなってくるのであった。
※※※
エドガーはルナミアがテントに入っていた後、大公の陣を見渡していた。
流石大公閣下の陣。
辺境伯軍とは比べ物にならないほど兵士がおり、そこら中にテントが設営されている。
時折白銀騎士団の姿を見ることができ、彼らの身に着けている白銀の鎧についつい目を奪われてしまう。
(かっこいいよなぁ……)
あの鎧を着ることはシェードラン領にいる騎士たちにとって夢である。
誰もが精鋭と呼ばれる白銀騎士団に所属し、鎧を身に纏い、戦場を駆け抜けたいと思う。
「……ウチももう少し武具に金をかけれたらなぁ」
辺境伯軍の装備の質は決して悪くはない。
だがこう、彼らと並ぶと芋臭く感じてしまう。
というか実際田舎騎士だ。
父はよく「鎧は見た目じゃない。職人の魂がいかに篭っているかだ」と言っていた。
だがやっぱり見た目も大事な気がする。
男としてカッコいいというのはとても重要なことだ。
「……ん?」
何やらテントの一つが騒がしいことに気がついた。
テントからは男女の大きな声が聞こえて来ており、なにやら揉めているようだ。
というか、この声……どこかで……?
「なにさ! ちょっとくらいいいでしょう!」
「ええい! 金が欲しいなら別のところに行け!!」
テントの中から一人の女が摘み出されて来た。
水色にツインテールの髪。
あれは、まさか……。
「なにさ! 体触って来たんだからお金払うべきでしょー!! もう! 大公の部下なら羽振りが良いと思ったのに……おや?」
ヤバイ、目があった。
慌てて顔を逸らすと女━━メリナローズがニヤニヤとした表情で近づいてくる。
「おやおやおや? そこにいるのはエドガー君ではないですかにゃあ?」
「知らん。そんな奴はいない。寄るな」
「おひさー!!」
メリナローズが抱きついて来たので慌てて引き剥がす。
そしてため息を吐くと半目で彼女を睨みつけた。
「こんなところで何をしている。もうすぐ戦いが始まるんだぞ?」
「だがらいるんだよねぇ。戦場に傭兵と女有り。あたしたちみたいな女にとって戦場は稼ぎ場。兵隊がいっぱいは客がいっぱいという意味」
そう言えばここに来る途中、女たちが集まっている奇妙なテントがあった。
あれはそういうことだったのか……。
「で? お前、大公様の陣でなにをやらかしたんだ?」
メリナローズにそう訊ねると彼女は「聞いてよ!」と頬を膨らませる。
「大公様の騎士がさ、あたしをご指名したわけよ。あの白銀騎士団だし、お金ガッポガポ持っていると思ったらとんでもないケチだったのよ! あたしが提示した金を払えないって言うから出て行こうとしたらまあ口論になったわけ!」
「で、結局追い出されたと」
メリナローズは頷く。
すこし頭が痛くなって来た。
彼女曰く出ていこうとする自分を騎士が強引に押さえつけようとして来たためあらゆる罵倒をし、頬を引っ叩いたらしい。
この女、よく斬られずに済んだな……。
「イイ女とイイことしたかったら相応の対価は払うべきよね?」
「自分で自分のことをイイ女と言うか? 普通。ちなみに幾らでいらない提示したんだ?」
「金貨5枚」
「高いわ! 誰も買わんわ!」
そうツッコミを入れるとメリナローズは「えー」と心外そうな顔をした。
「金貨5枚払ってくれたら天国見せてあげるんだけどにゃー」
メリナローズがちらちらと此方を見てくる。
買わないぞ、自分は断じて買わないぞ!
だがら胸元広げたりするな!!
「うーむ。手強い。もしかしてエドガー君、貧乳じゃないと興奮しないタイプ? ほら、あの人もそうだし」
「……誰を想像しての発言かは知らんが、そんなことはないぞ!」
メリナローズがニヤニヤと笑っている。
この女、一年ぶりに会ったがまるで変わっていない。
相変わらず人を食ったような奴だ。
こいつを相手にしていたらいずれ胃に穴が開く。
メリナローズのことは無視して今はルナミアを待とう。
そう思い、大公のテントの方を見るとテントの中から明らかに不機嫌そうなレクターが出てきた。
彼は周囲の兵士を「邪魔だ!」と押し飛ばすと何処かに行ってしまった。
「あー……。あれがレクター様かぁ。噂通りっぽいねぇ」
あの様子。
テントの中で何かあったのだろうか?
一緒にいたであろうルナミアが少し心配だ。
暫く待っているとテントからルナミアとランスロー卿が出てきた。
ルナミアはランスロー卿と少し会話した後、此方に向かって歩き始め、メリナローズがいることに気がつくと目を点にした。
「あら、貴女? どうしてここに?」
「ルナミア様、ひっさしぶり! ここには仕事に来たのよー。で、悪い客に捕まりそうだったところを助けてもらったの」
「へぇー」
ルナミアが何やらニヤニヤしながら此方とメリナローズを見てくる。
なんか、凄くアレな勘違いをされている気がする。
「平然と嘘をつくな。お前の方が悪どい商売をしようとしていたんじゃないか」
「違いますぅー、相応の対価ですぅー」
ええい、やはりこの女と話していては頭が痛くなるだけだ。
「それで、大公様は如何でしたか? 先ほどレクター様がなんだかご立腹の様でしたが……」
そう訊ねるとルナミアは「あー…」と少し眉を顰めた。
それから少し何かを思案するとゆっくりと口を開く。
「実は次の戦でレクター従兄上が指揮を執ることになったの」
「は? 正気ですか? 大公様は何を考えられて……」
「叔父様は無事とは言え手負い。無理をして戦の最中に倒れる方が問題だと言う判断よ。安心しなさい、兵の指揮はランスロー卿が、従兄上はあくまで代理として本陣に待機よ」
「それから」とルナミアはため息を吐く。
「私たちはランスロー卿が思う存分戦えるよう、従兄上のお守りをすることになったわ」
「……それは」
なんとも気の重くなることだ。
なぜ先程レクターが怒っていたのかがよく分かった。
彼は辺境伯家をかなり見下している。
だというのにその辺境伯家、しかも従妹にお守りをされるというのは彼の無駄に高いプライドを傷つけただろう。
「んー? 直接お会いしたことが無いからあれだけれども、幾ら悪名高いレクター様でもこんな大戦なら大人しくしているんじゃないかにゃあ?」
「甘いわね、メリナローズ。従兄上は常に予想の斜め下を行く人よ。この前の戦いだって……!」
「ルナミア様、落ち着いてください」
一ヶ月前のペタン砦奪還戦の際にレクターは父を置いて撤退したという。
自分たちがそれを知ったのは戦いが終わってからだが、その話を聞いたルナミアは激怒し、負傷した体のまま従兄を殴り飛ばしに行こうとしたのだ。
あれ以来、ルナミアは従兄を以前に増して軽蔑する様になってしまった。
「……そうね、怒っても仕方ないことだわ。とにかく、最前線に布陣することは無くなったけれども従兄上に振り回されるかもしれないということは覚悟してちょうだい」
最前線で敵と戦うのとレクターのお守りをする。
どちらが精神的に楽なのだろうか?
「私はこれから軍議に出ることになっているから、エドガー、貴方は先に陣に戻ってちょうだい」
「あたしも辺境伯の陣について行っていいかにゃ?」
「ええ、勿論。リーシェやミリも喜ぶわ」
ルナミアがそう言うとメリナローズは「むっふっふ、辺境伯家ならウェルナー卿がねらい目だわぁ」とニヤけている。
残念だがウェルナー卿は彼女の誘惑に乗らないだろう。多分……。
「あまりウチの兵士たちに悪戯しちゃダメよ?」
そう言うとルナミアは王の陣がある方に歩き出した。
それを見送るとメリナローズがこう話しかけてくるのであった。
「ちなみに金貨何枚だったら買う?」
「だから買わんわ!!」
※※※
クレスセンシアはフェリアセンシアと共に王の陣よりも更に後方に居た。
周りには多くの兵士が慌ただしく動き回っており、時折「なんだこの子供は」と言う視線で見てくる。
そんな視線を二人は全く気にせず、あるものを見上げていた。
巨大な砲だ。
天に向かって伸びる巨大な魔導砲。
ゲオルグ王がガドア地下帝国より送ってもらった新兵器だ。
人が二人並んで入れそうなほど大きな砲口に、いくつもの装甲に覆われた長大な砲身。
そしてそれを支える城壁のような車輪の付いた土台だ。
確かこれを運んできたドワーフたちは”ドーラ”と呼んでいた筈だ。
砲の傍には何人ものドワーフたちがおり、彼らは砲の最終点検をしている。
彼らはガドアが誇る”石の工房”に所属する技師たちだ。
このドーラは彼らにとって技術の結晶ともいえる兵器らしい。
「それにしても……少々不格好じゃの?」
ドーラの砲身は装甲に包まれているのだがそれが継ぎ接ぎで見た目が少し悪い。
なんというか、何かを無理やり隠そうとしているかのような……。
「どうやら開発中に次から次へと設計変更を行ったせいでああなったみたいですねー。さっきドワーフさんに訊いてみたんですけれども、あくまでもこれは実戦試験用の試作機だとか」
「ゲオルグめ、そんなものに勝負を賭けておるのか」
「アルヴィリアとしてはディヴァーンの大軍に正面から戦いを挑んでも勝ち目が有りませんからねぇー」
一応ガドアにて試射は済んでおり、その破壊力は保証されているらしいが……。
「……勝つために再び大地を汚すか」
この魔導砲が放つのは凝縮された魔力だ。
それが地上で爆発すれば敵を吹き飛ばすだけではなくその土地のマナを破壊し、殺すことになるであろう。
それではまるでエスニア大戦の再来だ。
「ガドアでは禁じていた技術を再び持ち出すようになってきているらしいです。火竜王の逆鱗に触れなければいいですが……」
火竜王は人と、人が用いる魔導技術を憎んでいる。
嘗てエスニアを汚した力を人が再び使うようになれば彼は怒り狂い、人の国を焼き払うかもしれない。
「ゲオルグには魔導技術に深入りするなと言っておこう。過ちを繰り返すな、とな」
その言葉にフェリは頷く。
そして二人で再び巨大な魔導砲を見上げ、眉を顰めるのであった。
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