双天のエーポス

第２５節・鋼剛の戦鬼

　ルナミアはヴァネッサと戦い始めてから彼女の猛攻を凌ぎ続けていた。

　二つの巨大なメイスから放たれる攻撃はいずれも一撃必殺級であり、掠っただけでも肉を削ぎ落とされるだろう。

　メイスによる突きを避けるとすぐに頭上からもう一つのメイスが振り下ろされる。

それを後方への跳躍で避けると振り下ろされたメイスが地面を叩き砕いた。

「ホラホラ！　どうしたんだい！　さっきから逃げ回ってばかりじゃないか！」

　この女の剛力を自分では受け止める事はできない。

下手に剣で受けようとしたらそのまま叩き潰されるであろう。

そのため攻撃を避けることに専念し、反撃の隙を伺っているのだが……。

（速いわ……！）

　図体がデカく、トロそうに見えたが逆だ。

一つ一つの動作が非常に速い。

　此方との間合いは常に保ち、放たれる攻撃の速度はとても重量のあるメイスのものとは思えない。

更に攻撃後はすぐに隙を消すように僅かな回避動作を入れるため反撃の糸口が見えないのだ。

「そら！　これでどうだい！」

　ヴァネッサが両手のメイスを振り下ろし、私を叩き潰そうとしてくる。

それを好機と思い、前に踏み込んだ。

　振り下ろされたメイスを掻い潜り、ヴァネッサの右側面に回り込む。

そしてそのまま横から攻撃をしようとした瞬間、敵は私目掛けてタックルをして来た。

「！？」

　咄嗟に両腕でタックルをガードするが体が宙に浮く。

　タックルを放ったヴァネッサはそのまま回し蹴りを放ち、その岩のような脚が私の脇腹に叩き込まれる。

　蹴られた体はボールのように吹っ飛び、地面を何度がバウンドしながら転がる。

　目の裏で火花が散ったような感覚だ。

痛みと衝撃で体が止まったあとも視界がぐるぐると回る。

「そら！　仕舞いかい！？」

　ヴァネッサが跳びかかって来ていた。

メイスの先端を真っ直ぐに私の顔面に叩き込もうとしており、それを横に転がって避ける。

　メイスが地面に突き刺さり、地面がまた砕けた。

あと少し反応が遅かったら砕けていたのは私の頭の方であろう。

　転がった勢いで立ち上がるとすぐに剣に風を纏わせ、斬撃を放つ。

風の刃は高速で敵に向かうが、敵はそれを僅かに体を逸らすだけで避けた。

「お嬢ちゃん、なかなかやるじゃないかさ！　久々に楽しめてるよ！」

「こっちは全然楽しくないわ！」

　今度は此方からと突撃を開始する。

風の魔術による加速も使い、高速で接近するとヴァネッサがメイスを振り上げた。

そしてメイスが振り下ろされた瞬間に横に飛び、回り込むと背後を取った。

　敵は即座に振り返ろうとするがそれよりも早く高速の連続突きを放つ。

刃は何度もギリギリのところで躱され、敵に当たる気配がない。

いや、これは。

（わざとギリギリで躱している！？　は、腹立つ！！）

　ならばと至近距離で火球を放った。

　ヴァネッサは火球をメイスで受け止め、互いの間で爆発が生じる。

爆発のダメージを水の防壁で覆うことで軽減し、爆風を利用して距離を取る。

（だいぶ……キツくなって来たわね……）

　先ほどから連続して魔術を使用しているため消耗が激しい。

このまま戦いが長引けば負けるのは此方だろう。

　荒れた息を整え、先程の爆発ので土煙が上がっている方を警戒する。

至近距離で火球が爆発したのだ。

いくら武器で受け止めていたとはいえ、かなりのダメージは入った筈だろう。

　そう思いつつも、警戒は続ける。

そしてしばらく様子を見ていると土煙が揺らいだ。

「！！」

　即座の判断で背後に跳ぶと、目の前にメイスが叩きつけられる。

　ヴァネッサだ。

全身に軽い火傷を負いつつも鋭い闘志を身に纏ったヴァネッサが現れた。

「熱いじゃないかい！　いい感じに焦げちまったよ！！」

　次々と放たれるヴァネッサの攻撃を回避し続け、横に跳んだ際に地面に左手を着ける。

そして魔力を地面に放つとヴァネッサの周囲に十数本の岩の柱が地面から現れた。

　その柱を遮蔽物とし、敵の猛攻をどうにか防ごうとするが……。

「隠れんぼのつもりかい！」

　この雌ゴリラは一撃で岩の柱を叩き砕いてくる。

恐るべき怪力。

この女、本当に同じ人間なのか疑わしくなってきた。

　柱の陰に入れば柱を砕かれる。

それを繰り返しながら様子を伺う。

そしてヴァネッサが舌打ちし「ああ、面倒だねぇ！」とその場で両手のメイスによる回転斬りを放つと、しゃがんで回避した。

（……今よ！）

　敵は回転斬りをしたことにより両腕を大きく広げ、遂に大きな隙を見せた。

　ここで決着を付ける。

　一気に踏み込み敵の首目掛けて渾身の突きを放った。

剣先は真っ直ぐ、吸い込まれるように敵の喉に向かうが……。

「！！」

　掴まれた。

　私の剣はこの女の左手で掴まれ、止められた。

　ヴァネッサは咄嗟に左手のメイスを捨て、剣の刃を掴んだのだ。

ヴァネッサの手からは血が滴り落ち、彼女はそれを「へぇ？」と面白そうに眺めた。

「戦場で血を流したのはいつ以来だろうかねぇ？　ちょっと、お遊びが過ぎたようだよ」

　全身に鳥肌が立つ。

　本能が危険を知らせる。

　剣を引き、ヴァネッサから距離を取ろうとするがびくともしなかった。

　敵は右手のメイスを叩きつけて来たので剣を離し、即座に背後へ跳ぶ。

武器を失ったがすぐに拳を構えて敵を警戒した。

　対してヴァネッサは左手で掴んでいた剣を投げ捨てるとその場で首を回し、笑みを浮かべる？

　それは、獰猛な猛獣の如き笑みだ。

「さあて、お遊びはお終いだ。━━━━死ぬ気で耐えてみな」

　直後、消えた。

　そして次の瞬間、猛烈な衝撃を受け吹き飛ぶ。

（は？）

　痛みより混乱の方が勝る。

今、いったい何が起きた？

敵が消えたと思ったら吹き飛ばされ……。

　回転する視界の中、ヴァネッサの脚が見えた。

吹き飛ばされている最中であったこともあり、もろに蹴りを喰らってしまう。

　地面を激しく転がり、全身を叫びたくなるような激痛が襲う。

（なんて……速さよ……！）

　敵は一瞬で、此方が認知できない速度で踏み込んで来ていたのだ。

攻撃を喰らってからようやく何が起きたのか理解できた。

　尋常ではない。

　危険を察知する本能ですら反応しきれない速度。

あの女、本当に人間か！？

　転がった勢いでどうにか立ち上がる。

だが立ち上がった時にはすぐ目の前にメイスが迫っていた。

　すぐに水の防壁を召喚し、攻撃を包むように受け止めるがメイスは防壁を貫通し此方の腹に叩き込まれた。

　体が再び宙に浮き、そのまま叩きつけられる。

　落下の衝撃で口から血の混じった胃液が飛び出た。

骨が、肉が悲鳴を上げ息をすることすら困難だ。

（これ……終わるかな……）

　頭から流れる血が左目に入り、視界が悪くなる。

　戦鬼だ。

メイスを担いだ戦鬼がゆっくりと此方にやってくる。

　彼女は私を無表情に見下ろし、武器を構えた。

「なかなか楽しめたよ。経験を積めばもっと伸びると思うけど……惜しいねぇ。悪いけどこのまま死んでもらうさね」

　メイスが振り上げられる。

アレが頭に落ちて来たら私の最期だ。

　私はぼやける視界の中、手を伸ばしただ、最期にあの子の名前をと……。

「リ……シェ……」

　そしてメイスが振り下ろされた瞬間、ヴァネッサの背後から誰かが飛び掛かった。

　ヴァネッサは「ちぃ！」と舌打ちすると横に跳んで避け、私の目の前にヴァネッサに飛び掛かろうとした誰かが着地した。

　リーシェだ。

　いつも少しボーッとして、でも優しい顔をしている義妹が激しい殺意をヴァネッサに向け、睨み付けていた。

「よくも、私の義姉を！　絶対にぶっ倒す！！」

※※※

　数分前。

　ザイードと私は激しい攻防を繰り広げていた。

槍と手斧が何度もぶつかり合い、火花を散らす。

（手強い……！）

　この男、第一印象は最悪だしさっさと討ち取ってしまいたかったが、かなりの手練れだ。

　体、いや、関節が柔らかいのか腕を鞭のようにしならせながら手斧を振るい、その独特な攻撃のタイミングのせいで反撃に転じにくい。

　蛇だ。

まるで大蛇を相手にしているかのように錯覚する。

　下から振り上げられた手斧を避けると側面からもう一つの手斧が迫る。

それを槍の柄で弾くとワンテンポ遅れて再び攻撃が放たれた。

　この敵を相手に守りに入るのはまずい。

敵のペースに乗せられ、ジリ貧になってしまうだろう。

　ならばと敵の攻撃にあえて踏み込んだ。

槍を短く持ち、縦に回転させる。

回転した槍の石突きがザイードの顎を狙うが彼は上体を逸らして躱した。

　ザイードは上体を逸らした勢いで両手の斧を振り上げ、それを急いで槍の柄で受けると体が後ろに押された。

　両者の距離が離れ、仕切り直しとなるとゆっくりと息を整える。

「流石は我が妻。見事な槍捌きだ」

「あの、気色悪いからいい加減やめてくれる？」

　そう言うとザイードは「やれやれ」と首を横に振った。

「皇族の求婚を断るとは。何が不満だ？」

　いや、不満しかないが。

昔、ユキノが言っていた。

すぐに人に求婚したりする奴は人を愛してない。

そういうのは女の敵。

切り落とせと。

「まさか、貴様……。他に好きなの男がいるのか！」

「はぁ？」

　そんな人は……いない。

ふと赤毛が頭を横切り慌てて首を横に振る。

いや、うん、ちがう。彼はそうだ。友人、友人だ。

あと未来の……私の騎士。

　なんだか少し頬が熱くなってきた。

そんな此方の様子にザイードは「む、むう」と眉を顰める。

「やはり好きな男が……。だが、それもいい！！　強奪し、屈服させ惚れさせることこそ男として燃えるというものよ！！」

「サイテー」

　やっぱりこの男は早めに始末しよう。

そう思い、槍を構えるとザイードの後方で何かが吹き飛んでいるのが見えた。

「……え？」

　それは義姉だ。

　ルナミアが吹き飛ばされ、地面を転がっていた。

その光景を見た瞬間、鼓動が跳ね上がる。

「ルナ！？」

　急ぎルナミアを助けに行こうとするがザイードが行く手を遮る。

「邪魔！！　退いて！！」

「随分と必死だな？　あの娘、知り合いか？」

　うるさい、黙れ。

それどころじゃないんだ。

早くルナを助けないと！！

　槍を構え、ザイードを睨むと彼は「成程」と頷いた。

「その焦り様、あれは貴様の家族だな？　ならばご愁傷さまだ。あの女と対峙した以上、あの娘の死は確定した」

　ルナミアが大女に蹴り飛ばされた。

　既に彼女は虫の息だ。

このままでは本当に死んでしまう。

（死ぬ……？　ルナが……？）

　いつも私の手を引っ張ってくれて、前に立ってくれたあの義姉が死ぬ？　殺される？

息が苦しい。嫌だ。それは絶対に嫌だ。

　アジの顔を思い出す。

あの時私は何も出来なかった。

腕の中で少年が死んでいくのを見ることしかできなかった。

また、また私の目の前で助けることができず、見殺しにするのは……絶対に嫌だ！！

　力だ。

力が欲しい。

誰かを守る力。

敵を葬る力。

それさえあれば、私はもう失わずに済む。

ルナミアを助けられるならどうなってもいい！

『じゃあ貸してあげる』

　声が聞こえたような気がした。

知っている。

この声の主は……。

「…………！！」

　体が熱い。

全身の血がマグマのように沸き立つ。

「……貴様」

　ザイードが此方を見て驚いた。

何に驚いている？　いや、そんなことはどうでもいい。

今はこんな奴無視してルナミアを助けるのだ。

　腰を落とし、構える。

　もはやザイードのことは見ていない。

メイスを構え、ルナミアに近づくあの大女に最大限の殺意を向けた。

※※※

（これは……まさか……！！）

　ザイードはリーシェの変貌に驚愕していた。

本人は気が付いていないようだが、彼女の全身には紅く輝く光の紋様が浮かび上がっている。

この紋様は知っている。

だがありえない。

なぜなら、この紋様は━━━━。

「退け！！」

　直後、リーシェが消えた。

突風が横切り、次の瞬間にはリーシェはヴァネッサの後方へ迫っていた。

「馬鹿な！？　あの距離を一瞬だと！？」

　ヴァネッサが背後から襲い掛かってきたリーシェの攻撃を跳躍して回避するのが見えた。

そしてリーシェは倒れている黒髪の少女の前に仁王立ち、ヴァネッサと向かい合う。

　やはり間違いない。

あの力は失われた”あの方”の力。

だとするならば。

「━━━━ヴァネッサよ！　油断するな！　その女は俺たちが求めていたモノかもしれない！！」

※※※

「へえ？　アンタが？」

　私の目の前で大女がそう興味深げに此方を見ると目を細めた。

「確かに今の跳躍、尋常じゃないねえ」

「え……？」

　そういえば私はいつの間にこんなところまで移動したのだ？

確かに急いでルナミアのもとに駆け付けようとしたが、こんな高速移動を私が出来るはずが……。

「ま、試してみれば分かるか」

　大女が一歩前に出る。

それに警戒して身構えるとメイスによる攻撃が横薙ぎに放たれた。

（は、早い……！！）

　咄嗟に後ろに跳び、回避する。

それを大女は間合いを詰めて来、高速の連続攻撃を放ってきた。

　攻撃はどれも目で追うのがやっとであり、私では躱しきれないことがすぐに分かった。

だが……。

（か、躱せている！？）

　どれもギリギリだが敵の高速攻撃を躱せている。

これはいったいどういうことだ？

私ってこんなに反射神経良かったっけ？

「なら、これはどうだい！！」

　大女が近くに落ちていた砕けた岩の破片を蹴り上げた。

それを避けるとすぐ目の前にメイスに突き攻撃が迫っている。

（弾くしかない！！）

　力の差から弾き切れるとは思えないがやるしかない。

敵のメイスと私の槍が激突し、凄まじい衝撃と共に火花が散った。

そして互いの武器は反発し合い、弾かれる。

　己の攻撃が弾かれたことにより大女は目を見開き、驚愕する。

　正直こっちも驚いている

どう考えても今のはおかしい。

私の力では彼女の馬鹿力に対抗できるはずがないのだ。

（なにが起きているか分からない……けど！！）

　奇跡が起きているなら起きている内に勝負を着けなければ。

いつ元の状態に戻ってしまうか分からない。

そう決断すると弾かれた槍を構えなおし、敵に突撃するのであった。

※※※

「リーシェ……？」

　私は目の前で行われている攻防に目が離せなかった。

　義妹が助けに来てくれたかと思ったらあの戦鬼と対等に戦い始めたのだ。

いつの間にそんなに強くなったのか……、いや、違う。

　私は魔力の流れが良く見える体質だ。

だから今リーシェに何が起きているのかがはっきりと分かった。

　リーシェは体内にある魔力を全て自身の強化に使っているのだ。

魔力は氾濫した川の如く血管を伝ってリーシェの全身に広がっていっている。

　リーシェは魔術が苦手だと言っており、実際魔術を上手く扱うことができなかったが魔力が無かった訳ではない。

むしろ逆だ。

彼女の中には昔から信じられないほどの魔力がため込まれているのだ。

それを今、彼女は己の肉体強化に全て使用している。

　リーシェの体に浮かんでいる紅い紋様は恐らく彼女からあふれ出ている魔力そのもの。

魔力が体内に収まらず放出されるほど身体を強化しているのだ。

（でも、これは駄目……！！）

　確かにリーシェはヴァネッサと戦えるほど強化されている。

だが無意識のうちにどんどん魔力を使用しているため彼女は物凄い勢いで消耗しているのだ。

このままでは敵に勝つ前に義妹が枯れ果ててしまう。

それに無茶な強化には代償が必ず存在する。

筋肉を、骨を限界まで、いや更にその先まで酷使しているのだ。

いずれ内側から壊れてしまうだろう。

　早く、早く止めなくては。

だが、先ほどのダメージのせいで手足に力が入らない。

声を出すこともできず、地面に這いつくばりながら義妹が壊れていくのを見るしかない。

（お願い……リーシェ！　その力を、使わないで……！！）

　声にならない叫びをあげ、戦鬼と戦う義妹に手を伸ばすのであった。

※※※

　大女との戦いは一見互角のように見えた。

しかし実際は違う。

私はこの敵と刃を交わえる度に焦りが出る。

　妙な力で大幅に強化されたはずなのにまだ届かないのだ。

いまだにかすり傷一つつけられず、逆に此方は何度か大女の攻撃が当たりそうになっている。

また、それ以外にも焦る理由があった。

（妙に動け過ぎて自分の動きに反応が遅れる！）

　例えば後ろに跳ぶときにほんの軽く跳ぶつもりが全力で跳んだくらいの距離になってしまう。

すると逆に敵との間合いを掴み損ね、次の行動がワンテンポ遅れてしまうのだ。

　大女が踏み込みながらメイスを縦に振るい、それを側面に回り込んで回避すると突きを放った。

　それを大女は顔を逸らして回避し、メイスを横に薙いで来る。

敵の攻撃を回避するため思い切ってジャンプすると彼女の頭上を易々と飛び越えられた。

しかし。

（飛び過ぎた！！）

　あまりにも大きなジャンプであったためこのままでは着地時に隙だらけになる。

当然この敵がそんな隙を見逃す筈が無く、着地と同時に攻撃が叩き込まれてしまった。

　どうにか槍でメイスを受けるがそのまま吹き飛ばされる。

地面を激しく転がり、全身を打撲しながら目を回す。

そして転がるのが終わると同時に危険を察した。

　敵は既に私に向けて飛び掛かっており、私は跳ねるように起き上がる。

眼前でメイスが振り下ろさ、私が先ほどまで倒れていたところを砕くのと同時に槍を敵の頭に叩きつけようとする。

　敵が此方の攻撃を即座にメイスを振り上げて受け止めると鍔迫り合いになる。

「なるほどねえ。確かにザイード坊ちゃんが欲しがるわけだ」

　大女はそう言うと私の顔をマジマジと見てくる。

「アンタの力は確かに凄い。だけどダメだねぇ。まるでダメだ」

「……何を！」

　槍に込める力を強めるが全く動かない。

「力に対してアンタの技量が追いついていないのさ。どんなに凄い力を持っていても、その力を理解し、使いこなせなきゃ真価は発揮できない。いまのアンタは力を使っているんじゃ無くて力に振り回されているのさ」

　図星だ。

　突然の事なので自分の体を自分で制御できていない。

こんな付け焼き刃の力では達人に敵わないだろう。

だが、それでもどうにかするしかない。

「実力はまだまだだけど、その闘志の篭った目。いいねぇ。アタシ好みだよ。だけどそろそろ辛くなって来たんじゃないかい？」

「く！」

　この女の言う通りさっきから少しずつ全身の力が抜け始めている。

無茶な動きを連発したせいか腕や脚が悲鳴を上げたくなるほど痛い。

　だけどまだ折れちゃダメだ。

地に倒れるのはこいつを倒してから。

それまでは死ぬ気で耐えるしかない。

　唇を強く噛み、敵からの圧力と内からの痛みを我慢する。

まだ、まだ行ける。

私はまだ戦える。

「いや、終わりだよ」

　大女がメイスを手放した。

それにより力を込めていた槍に振られ、体が前のめりになる。

（しまった……！！）

　大女は槍を回避し、腰を落とす。

そして全力の正拳突きを放ってきた。

拳が腹に叩き込まれて、体がくの字に曲がってしまう。

続けてアッパーカットを放ち、完全に無防備になっていた私の顎に直撃する。

「……」

　体が宙に浮く。

脳震盪を起こしたため痛みは感じない。

だがこれはもしかしたら顎が砕けたかもしれない。

（ル……ナ……）

　意識を失う前。

最後に見えたのは私に向かって必死に手を伸ばすルナミアの姿であった。

※※※

　胸壁上の戦いは当初膠着状態であった。

　氷のスロープを使って押し寄せるアルヴィリア軍とそれを押し返そうとするディヴァーン軍がぶつかり合い、互いの鼻と鼻が接触するくらいの距離で殺し合う。

　胸壁に両軍の兵士が次々と倒れ、それを踏みつけて戦いが行われる。

　暫くすると猛攻を掛けるアルヴィリア軍が徐々にディヴァーン軍を押し始め、胸壁と砦内を繋ぐ階段を抑えると戦況は大きく変わった。

　ディヴァーン軍は階段を抑えられたことにより兵が分断され、胸壁の兵士たちは数の差で一気に押し込まれ始めた。

　壊走寸前の敵をロイたちも猛攻撃し、次々と敵兵を斬り捨てていく。

　ロイは襲い掛かって来た敵の剣を盾で受け、弾くとガラ空きになった敵兵の腹に剣を突き刺す。

　血を吐き倒れる兵士から剣を引き抜くとほぼ同時に敵を斬り倒したエドガーに声を掛ける。

「そっち！　何人目だ！」

「数えてないが多分三十だ！　そっちは！」

「……二十四！」

「俺の方が多いな！」

「すぐに追いつくさ……！」

　と言ったものの味方が敵を尖塔側にどんどん追い詰めていっているので敵と戦う機会が減っている。

このままだとエドガーに追いつくのは無理そうだ。

　周囲を見渡すと尖塔側、敵の少し後方に何やら指示を出し続けている男がいる。

あれはもしかして……。

「敵の大将か！」

　エドガーもその男に気が付き指差した。

「なあ、あれをやった方が勝ちにしないか？」

　そうエドガーに話しかけると彼は強気な笑みを浮かべて頷く。

「悪いが大将首も俺が貰う」

　ほぼ同時に駆け出そうとすると味方の悲鳴が聞こえて来た。

何事かと身構えると尖塔から様子のおかしい敵兵が次々と現れる。

　彼らの目には力がなく、小刻みに全身を痙攣させている。

そして「う……ぁ？」と唸ると突然白目を剥いた。

「あぎゃうろおいぁぁぁ！！」

　敵兵たちは狂ったように叫びながら突撃を開始し、味方に飛び掛かっていく。

いや、味方だけでは無い。

仲間であるはずのディヴァーン兵にも背後から襲いかかり、武器で刺し、噛みつき、喰い殺していく。

　あまりに凄惨な光景に驚愕し、後ずさってしまう。

「な、何が……」

　起きているんだ？

そう言おうとした瞬間、尖塔の屋根から何者かぎ飛び降りてきた。

『あーりゃりゃ、やっぱり脳みそ焼き切れちゃったか』

　それは"蛇"だ。

　蛇の面を身につけた女が自分たちの前に現れ、彼女は『クスクス』と笑うのであった。

『初めまして、辺境伯の騎士様たち。私と一緒にイイコトしない？』