第24節・亡国の軍勢


 シェードラン軍と共に砦を包囲しているメフィル軍の本陣は砦の南門側、メフィル領に伸びる街道沿いにあった。


 本陣では戦場を一望できるように作られた櫓があり、そこにカミーラ・メフィルは居た。


 カミーラは孔雀の扇子を片手に持ちながら戦場を俯瞰し、的確に指示を出していく。

彼女の軍はまるで機械のように正確に動き、先ほどから敵を圧倒している。


 その光景にカミーラは満足そうに頷くと煙管を咥えた。

美しい。

規律と規則。

この二つがあるからこそ人を人たらしめている。

どんなに数が多くとも統一された意志がなければそれは獣の群れと何も変わらない。


 我がメフィル軍は"ヒト"の軍隊だ。

理性と秩序を持ち、上官の指示によって正確に動き、勝利する。

これこそ戦のあるべき姿。

だが……。


「西門側。動きが鈍いねぇ? いったい何をしているんだい?」


 西門側に布陣している部隊の動きはここからでも鈍いのが分かった。

あんなトロトロとした戦いをしていたら被害が増えるだろう。


「あちらはメフィル・シェードラン・キオウの混成軍。おそらく指揮統制で混乱が生じているのでしょう」


 そう答えたのはカミーラの横に控えていた茶髪の男だ。

背筋を伸ばし立つ姿は紳士といった雰囲気を持っている。


 マーテウス・フェルンバッハ。

他者を信用しないカミーラが例外として重用している男だ。


「やっぱりこうなったかい。シェードランの配下は確かに勇猛だが功名心にはやるところがあるからねぇ。どうせ、メフィルの軍よりも活躍しようって考えているんだろうよ」


 その結果があの惨状だ。

シェードランの兵が好き勝手やって死ぬのは構わないが此方の軍も被害を受けるのは面白くない。


「……私が行きましょうか?」


 マーテウスがそう言うとカミーラは口元を扇子で隠し、思案する。


「いや、アンタはここに居な。西門の我が軍には後方で待機するように伝令を出すんだよ。そんなに手柄が欲しけりゃシェードランの連中にくれてやれ。アタシらはもっと大局を見て動くよ」


「大局、ですか?」


「ああ、そうだよ。シェードランの連中には存分に活躍してもらおうじゃないか。勝利の栄光のためにすり減り、ズタボロになってもらうのさ」


 この戦争に勝つのも大事だがその後を考えておかなければならない。


 五大公の内、キオウはほぼ滅んだと考えていい。

アルヴィリア内で五つに別れ均等と保っていた力の一角が崩れたのだ。

ディヴァーンに勝った後、この国は大きく揺れ動くだろう。


「シェードランが弱体化すれば後はオースエンだけ。あのいけ好かない小僧をどうにかすればいいってことさ」


 オースエン大公は自分が最も警戒する存在だ。

年は五大公の中で最も若いが頭が非常に良く切れる。

全てを見透かしたかのようなあの目には恐怖すら感じる。


「まったく、いやな感じの男だよ」


 そう呟くとマーテウスが「今なんと?」と首を傾げた。


「独り言だ。気にするんじゃないよ」


 さて、兎も角さっさと西門の自軍を下がらせるとしよう。

マーテウスに下で控えている伝令に指示を出すように言おうとすると馬に乗り慌てた様子の伝令がやってきた。


「メフィル様!! 敵の援軍です! シェードラン大公の背後に敵が出現! シェードラン軍に奇襲を仕掛け、凄まじい速度で突破しております!!」


「……カミーラ様。いかがいたします?」


 東門の方を見ればシェードラン軍の陣形が大きく崩れている。

あれでは大公の本陣まで突破されてしまうだろう。


「東門に近い部隊を救援に回しな。敵の退路を塞ぐように包囲するんだよ」


「よろしいので? これは”好機”ではないですか?」


 そう言うマーテウスにカミーラは喉を鳴らして笑う。


「だから大局を見ろと言ってるのさ。ここでシェードランに死なれたら総崩れだ。この戦に勝てなきゃアタシらの未来も真っ暗。どうにか立て直してもらうよ。……まあ、傷の一つや二つを負って隠居してもらうと助かるけどねぇ」


 此方の言葉にマーテウスは「成程」と頷くと伝令に指示を出す。

指示を受けた伝令たちは即座に東門近くの部隊の方へ向かい始めた。


「それにしてもとんでもない勢いだ。ディヴァーン軍、甘く見たら大火傷を負いそうだねぇ」


 そう言いながらカミーラは目を細めるのであった。


※※※


 東門側に布陣していた部隊は敵の奇襲と、次々に知らされる騎士や貴族の討ち死の報告によってパニックに陥っていた。


 レクターの率いる部隊も例外ではなく、彼は兵を纏めることができずにいたのだ。


「レクター様! 大公様をお守りしなければ!」


「分かっている!」


「レクター様!! クルギス伯の軍が敗走! 至急救援を!!」


「わ、分かっている!!」


「レクター様!! 後方で味方の同士討ちが始まっています! どおかお収め下さい!!」


「分かっていると言っているだろう!!」


 次々と来る報告にレクターは頭を抱えた。

今回の包囲戦、父の近くに布陣し待機しているだけの筈であった。

本陣傍は最も安全な場所だ。

ここから味方が砦を陥落させるのを待てばいい。

そう思っていたのに……。


「と、とにかく父上を助けねば!! すぐに向かうぞ!!」


 そう近くにいた騎士に言うと騎士は首を横に振った。


「混乱した味方が邪魔で本陣に近づけないのです! 下手に行けば同士討ちになる可能性が……」


「そんなことは知ったことか!! 父上を救援するのに邪魔であれば、味方でも斬り捨てろ!!」


「そ、そんな!?」


 どいつもこいつも無能め!!

大公である父の危機なのだぞ!?

雑兵の命などどうでもいいであろうが!!


 部下の反論を許さず、兵を動かそうとした瞬間、近くで悲鳴に近い大声が聞こえてきた。


「ブルクハルト卿が討たれたぞぉ!! 敵が、敵がくる!!」


(ば、馬鹿な! ブルクハルトが死んだだと!?)


 ブルクハルトはベードウィン男爵に仕える猛将だ。

そのブルクハルトが討たれるとは……。

そしてなにより、ベードウィン軍は自分の軍のすぐ近くだ。

ブルクハルトを討った敵がすぐ傍まで来ているということである。


「レ、レクター様! いかがいたします!!」


「……お、お前たちは敵を倒せるか?」


「え、えぇ……。そんなことを訊かれても」


「どうなんだ! 答えろ!!」


「て、敵はまるで鬼神の如くと聞いています……。恐らく我らでは……」


 周りを見渡すと他の騎士や兵士たちも怯えていた。

これでは敵を喰いとめるどころか逆に討ち取られかねない。


 レクターは全身に冷や汗を掻き、息が荒くなる。

どうする? 行くか? 行くべきか?

いや、だが、しかし……。


「……退くぞ」


「は?」


 騎士が目を点にした。


「き、貴様らがその状態では父上の邪魔になるだけだ。そうだ、そうなのだ! 父上の邪魔をし、かえって危険な目にあわせないために俺たちは撤退するぞ!!」


「なぁ!? 大公を、御父上を見捨てられるので!?」


「違う! 見捨てるわけではない!! 父上のもとには多くの騎士がいる。奴らが必ず父上を守り切るであろう! だが万が一、万が一だぞ? 父上に何かあり、俺まで死んだらシェードランはどうなる!? えぇ!? 分かっているのか!!」


 鬼の形相でそう騎士に言うと彼は無言で何度も頷いた。

そうだ、これはシェードラン家の未来を考えての行動だ。

この行動を責める者はいないはずだ!!

だから……。


「撤退だ!! 全員、北門側まで撤退するぞ!!」


 その号令で兵士たちが慌てて動き始める。

父を見捨てるのではない。

そう何度も自分に言い聞かせ、レクターの軍は撤退を開始するのであった。


※※※


 ヴァネッサは自分と対峙している少女を見ると「へぇ」と興味深げに笑みを浮かべた。


 黒髪に金の瞳。

白馬に跨った少女は小柄だが内に強く、真っすぐな闘志を秘めているのを感じた。


「シェードラン軍ってのはアンタみたいな餓鬼を前線に出すほど戦力に困っているのかい?」


 そう挑発すると少女は「ふん」と鼻を鳴らした。


「その言葉、そのまま返すわ。ディヴァーンは兵士の数が多いって聞いていたけれども貴女みたいな雌ゴリラを軍に加えているのね。貴女、ゴリラって知っている? 私は実物を見たことないけれども本の挿絵に描かれていた姿とそっくりよ?」


「ああ、知っているさ。アンタみたいな毛の生えてなさそうな餓鬼と違って経験豊富なんでねぇ。実物を見たことあるし、取っ組み合って殺したこともある」


「……え? 嘘でしょう?」


「いや、残念ながら本当だよ。あれはなかなか楽しい死闘だったねえ」


 そう言うと少女は「えぇ……」と引いた。


 さて、そろそろお喋りを止めよう。

あんまり時間を掛けるとシェードラン大公の首を獲れずに撤退することになってしまう。


「お嬢ちゃん。悪いことは言わない。死にたくなければ退きな」


「お断りするわ。ゴリラお、ば、さ、ん」


 強気に返してくる少女に思わず口元に笑みが浮かんでしまう。

両手のメイスを構えると少女も馬上で剣を構えた。


「それじゃあ悪いけど……死にな!!」


 突撃を開始する。

それに合わせて少女も突撃を行い、両者は正面から激突する軌道を取る。


 己の間合いに入った瞬間、メイスを横に振った。

少女はそれを馬の上で体を逸らし、避けるとそのままの体勢で剣を振り上げる。


 剣の刃が狙うのは此方の脇だ。

急所を狙った正確な一撃。

それをぎりぎりのところで体を僅かに捻り避ける。


 そして少女とすれ違い終えるとすぐに旋回した。

相手も旋回を終え、再び正面から突撃をしあう。


 得物のリーチと破壊力は此方が上だ。

敵はどうやっても此方の攻撃を凌いでから反撃するという手を取らざるおえない。

普通に考えればこっちが圧倒的有利であるが……。


(やっぱり、使って来るかい!!)


 少女が左手を前に突き出し、水球を召喚する。

先ほど水柱を立たせた時点で魔術を使えるということは分かっていた。

武器によるリーチの差があるのなら、当然魔術を使って来るだろう。


 少女は水球を五発放ってくる。

水球はかなりの速度だが反応できないほどではない。


 放たれた水球を全てメイスで弾くと反撃のため、構えようとする。

だが━━。


「なに!? いない!!」


 真正面から向かって来る白馬には少女が乗っていなかった。


 即座に上から危険を感じ見上げると剣を構え跳躍した少女の姿がある。

水球を囮にし、頭上からの攻撃を仕掛けようとしていたのか!


「だが、ちょっと甘かったねぇ!!」


 気が付くのがあとちょっと遅かったら対応できなかったかもしれないが自分なら間に合う。

左手のメイスを上空に向け、落下してくる少女を迎撃しようとするが突如、少女の周りに突風が吹いた。

それにより少女は落下の軌道を大きく変え、空中で体勢を変えると踵落としを行って来る。


「ちぃ!」


 少女の踵落としを左腕で咄嗟に受け止めると、彼女はそのまま此方の左足を足場にし、再度跳躍する。

そして此方の背後に着地すると即座に今度は火球を放ってきた。


(どういうことだい……!!)


 馬を急いで止めたため、火球は眼前で爆発する。

その爆発により馬が怯え、暴れた。

振り落とされる前に馬から飛び降り、着地すると改めて少女と向かい合う。


「……面白いことをするねぇ。アタシは今までいろんな奴と戦ってきた。その中には当然魔術師もいたがアンタみたいに複数の属性を使うやつは初めてだよ」


 魔術には詳しくないが、確か魔術師が契約できる精霊は一つだけだ。

それなのにこの少女は水と風、そして火を使った。


「アンタ、名前は? 珍しい敵として覚えておいてやるよ」


「ルナミア。ルナミア・シェードランよ」


 シェードランという名前に僅かに驚く。


「アンタ、大公の娘かい?」


「姪。シェードランはシェードランでも分家の方よ」


 成程。

シェードラン大公に娘がいるという話は聞いたことが無かった。

このルナミアという娘は弟のヨアヒム・シェードランの子か。


「アタシはヴァネッサ。死ぬ前に覚えておきな」


 そう名乗り、武器を構えるとルナミアも剣を構えなおした。


「残念ながら死ぬのは貴女よ」


 いいねえ。すごくいい。

そこらで怯えている男どもなんかよりずっと殺りがいがある。

もしかしたらこのこの小娘は久々に自分を楽しませてくれるかもしれない。

そう考えると気持ちが昂ぶり、笑みが浮かぶ。


「それじゃあ……。少しは持ち堪えてみせなよ!!」


 その言葉と共に大地を蹴り、一気にルナミアに迫るのであった。


※※※


(もう戦っている!!)


 大公の本陣に辿り着いたころには既にルナミアが敵と交戦していた。

敵が大公の陣に突入したという話を聞いた瞬間、義姉は先行してしまったのだ。


 私たちはルナミアから少し遅れてシェードラン大公の陣に辿り着くと、ほぼ同時に敵軍もたどり着いていた。

敵の騎兵たちが味方の兵士を蹴散らし、シェードラン大公に迫っているのが見える。

弓を持った騎兵たちが一斉に矢を放ち、シェードラン大公を守っていた騎士たちが身を挺して庇うが矢の一つが大公の馬に当たり、彼は馬から振り落とされる。


 そこに敵の一人が槍を持って突撃するのが見えたため、急いで横から突撃した。

敵は横からくる私に気がつき槍を横に薙いでくるがそれを身を屈めて避けると今度は此方が槍を突き出す。

槍の穂先が敵兵の喉を突き破り、すぐに引き抜くと敵はそのまま落馬して死んだ。


「大公の撤退まで敵を抑えて!! 全力でここを守り抜くよ!!」


 そう指示を出すと辺境伯軍の兵士がゼダ人の兵士たちと交戦を開始する。


 私はすぐに落馬したシェードラン大公に近寄ると馬から降りた。

彼を守っていた騎士が慌てて私に武器を向けるが大公がそれを止めた。


「リーシェだ。武器を降ろせ!」


 私は馬を引き、騎士に助け起こされたシェードラン大公の横に立つと「ご無事ですか!」と訊ねる。


「ああ、何とかな。無様なところを見せた」


  陣を見渡せばシェードラン大公の討ち取ろうとする敵とそれを防ごうとする味方との攻防が行われている。

今すぐにでも大公をこの場から逃がさなければいけないだろう。


「大公様、私の馬を使ってください。ここに来る途中の様子では南門側が比較的落ち着いています」


「リーシェよ、お前はどうするのだ?」


 そうシェードラン大公に訊かれたので胸を張る。


「私はルナと一緒にここで戦いますので。大丈夫、私の義姉は最強ですから」


 私の言葉にシェードラン大公は一瞬迷った表情をするが直ぐにうなずき、私から馬の手綱を受け取る。

そして馬に跨ると「恩に着る」と頭を下げた。


「シェードラン大公か!!」


 味方を突破し、馬に乗り突撃してくる敵がいた。

敵の両手には手斧があり、それを構えて一直線に此方に向かって来る。


「大公様! 早く!!」


 向かって来る敵に対して槍を構えるとシェードラン大公とその護衛の騎士たちは西門に向かって撤退を始めた。

敵はそれを追いかけようとするが、その進路を遮る。


「ちっ! 退け! 娘!!」


「退かない!!」


 馬が真っすぐこちらに突っ込んでくる。

馬が地面を蹴る度に私の足にその振動が伝わり、その巨大さに圧倒されそうになる。


(……精神、集中!!)


 槍を真っすぐに構える。

敵は全く減速しない。

此方を撥ねて行こうとしているのだろう。


 馬がすぐ近くまで迫ってくる。

まだ、まだだ。

あと少し、もう少し。


 馬の前足が地面を踏みしめる。

後ろ足が地面をけり上げ、砂ぼこりが舞う。

そして槍の穂先が馬の鼻に当たりそうになった瞬間、横に跳んだ。

すぐに槍を突きだし、通過しようとする馬の横腹を深く突き刺す。

そのまま槍の刃は馬の腹を裂き、尻まで切り裂いた。


「ぬう!!」


 血しぶきを上げ倒れる馬から敵が飛び降りた。

敵はそのまま私の頭上に移動し、両手の手斧を振り下ろしながら落下してくる。


 それを私は槍の柄で受けると凄まじい衝撃が両腕に伝わる。


「っく!」


 どうにか踏みとどまり、つば競り合いになる。


 敵はゼダ人の男だ。


 銀の髪に、赤い瞳。

年はエドガーより少し上だろうか?


 男は怒りの形相で私を睨み、「よくも邪魔してくれたな!」と言う。


「邪魔するのが仕事だから!」


「ならば死ね! 同じゼダ人だからと手加減は……」


 突如男から加わっていた力が弱まった。

男は私の顔を呆けたじっと見つめ、それから槍を弾いて離れる。


「……貴様」


 構えを解く敵に対して警戒し槍を真っすぐに構えると敵は私の体をつま先から頭まで嘗め回すように見つめてきた。

え? なに? 気持ち悪いんですけど?


「貴様、名は?」


「え?」


「名はなんだと言っているんだ!」


「え、えっと。リーシェ」


 そう言うと男は「そうか、リーシェか……」と呟き何度も頷く。

そしてぱっと笑みを浮かべると私を指さした。


「リーシェ! 俺はお前を気に入った!! このような気持ちは初めてだ!! お前! 俺の子を孕め!!」


 その言葉に戦場は静まり返るのであった。


※※※


 はらめ?

原目? 腹目? え? なに?


 あまりに突然のことに思考が止まる。

この男はいったい何を言っているのだ?


「一目見た瞬間にビビッと来たぞ! その顔立ち、体つき! 俺の嫁になるにふさわしい!!」


(…………あ、はらめってそういう…………え!?)


 思わず自分の体を抱きしめ守ってしまう。

この男、戦場でなにを言っているんだ!?

頭おかしいんじゃないか!?


「どうした顔を赤くして……いや、そうか。この俺に嫁になれと言われたのだ。喜ばぬ女はいないはず!」


 とと様、たいへんです。

わたしはへんたいにであいました。

混乱する頭を振り、慌てて槍を構えなおす。


「馬鹿じゃないの!? 名前も知らない人にそんなこと言われても頷くはずがない!」


 そう言うと男は「確かに」と頷いた。


「俺はザイード・ヴェルガ!! よし、これでいいな!」


 いや良くないが!!

本当に何考えているんだ、この男!


(……ん? いま、ヴェルガって)


「ふ。さすがに驚いたようだな。そうとも俺こそがヴェルガ帝国唯一の後継者。帝国を再建する者だ」


 この男、ヴェルガの王族だというのか!?


 エスニア大戦時、皇帝の一族は殆どが死んだが一部は落ち延びたという話を聞いたことがある。

今、シェードラン軍を攻めているのがヴェルガ帝国の残党ならそれを率いるのは生き延びた皇族の可能性は十分にある。


「お前、シェードランと言ったな? どのような人生を歩んだ結果ゼダ人でありながらアルヴィリアの貴族になれたのかは知らないが、それがますます気に入った。ヴェルガの皇帝の妻はアルヴィリアの貴族か。素晴らしいではないか!」


「いや、だから……」


 お前の妻になる気はないと言おうとするとザイードに向かって矢が飛んできた。

彼はそれを手斧で弾くと後ろへ跳躍する。


「ちょっと!! さっきから聞いてりゃ、ウチのリーシェに好き放題言って、この変態!!」


 ミリだ。


 弓を構えたミリが此方の横に立ち、ザイードを狙う。


「……なんだ、このエルフは? リーシェ、お前の召使いか?」


「いや、えっと、と、友達?」


「え? なんで少しためらったの?」


 ミリがこっちを見てくるが無視だ。


 ザイードはミリのことを値踏みするように見るとため息を吐く。


「リーシェよ。友人は選べ。こんな貧相な体つきの女と一緒にいるとお前の女としての格が下がるぞ」


「よし、殺そう。いますぐ殺そう。こいつは女の敵よ」


 まったくもって同意見だ。

ヴェルガの皇族を名乗るこの変態にはさっさと退場してもらいたい。

二人でザイードに敵意を向けると彼はやれやれと首を横に振った。


「俺が用があるのはリーシェだけだ。エルフ、貴様は邪魔だ。おい! その小娘の相手をしろ!!」


 ザイードがそう言うと彼の背後から風の刃が放たれた。

それを避けるために私たちは左右に分かれて回避するとザイードが私に向けて一気に距離を詰めてくる。


 振り下ろされた左手側の手斧を槍で受け止めるとザイードは笑みを浮かべる。


「シェードラン大公の首を獲れなかったのだ。嫁は手に入れていくとしよう」


「だから……だれが、嫁になるか!!」


 手斧を弾き、いったん距離を取るとすぐに突撃する。

そして再び互いに武器を振るい、火花を散らすのであった。


※※※


 ミリはリーシェと分断されると舌打ちをした。

すぐにでも助けに行きたいが……。


「そうもいかないか……」


 目の前に三人の男たちが立っている。


 彼らは何やら変なポーズをしており、左側に立っていた細い男が「フッ」と不敵な笑みを浮かべて一歩前に出た。


「我が魔術を避けるとは見事だ。我が名はガッリ! ザイード様の腹心の一人!」


 次に前に出たのは恰幅の良い大男だ。


「オイラはポッチャ! ザイード様の部下なんだな!!」


 そして最後に前に出たのは子供位の身長の小男だ。


「俺はチッビ! 三人衆の頭脳にしてリーダー……ごふぉ!?」


 小男の顔面に拳を叩き込んだ。

それにより小男が吹き飛び、地面を転がる。


「ああ!? チッビがふっとんだんだな!」


「貴様! 名乗りの最中に攻撃するとは卑怯な!!」


 え? これ、私がいけないの?

あまりに隙だらけだったのでぶん殴ってしまった。


 チッビと名乗った男はよろよろと立ち上がると「き、効いたぜぇ」と鼻血を垂らしながら笑みを浮かべる。


「名乗りの最中の奇襲……貴様、なかなかの知恵が回るな。もしや、アルヴィリアの智将か!」


「バカにしてんのか」


 なんだろう、この気の抜ける連中。

ディヴァーン、いや、ヴェルガ軍は先ほどの変態や雌ゴリラといい、色物集団なのだろうか?

まあ、とにかくこんな連中に付き合っている場合ではない。

さっさと倒してしまおう。


 弓を構え、敵を狙う。

するとチッビが「我らを甘く見ると痛い目を見るぞ」と言う。

そして次の瞬間━━━━。


「消えた!?」


 すぐに真下から危険を感じた。

咄嗟に後ろに下がるといつの間にかに踏み込んでいたチッビがアッパーカットを放ってくる。


 彼の手には鋼鉄の鉤爪が装備されており、その刃が顎先を少し掠る。

そして下がった先で風が爆発した。

その衝撃で前に吹き飛ばされ、目の前にいたポッチャの拳が腹に叩き込まれる。


「……カッハ!?」


 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 腹への一撃で息ができなくなり、腹の中のものを吐き出しそうになる。

どうにかすぐに立ち上がると深呼吸をする。


 こいつら、見た目も言動も馬鹿っぽいけど強い!


「ククク、どうだ我らのコンビネーション! この連携で数多くの敵を葬ってきたのだ!!」


「ええ、貴女も我らの武功の一つにして差し上げましょう」


「いっぱい殺せばザイード様がいっぱい褒めてくれるんだな!」


 三馬鹿が此方を包囲しようとしてくる。

それに対して警戒しながら弓を構えなおした。


「悪いけど、武功になるのはあなた達の方よ。今度は油断しないわ! 三人纏めて叩きのめしてやる!」


 そう言うと敵は一斉に動き始め、此方も矢を放つのであった。


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