第17節・白鳥の軍議
翌日、ルナミア率いる辺境伯軍はシェードラン大公軍と共にメディア砦から出発した。
コーンゴルドを出た時から数十倍に共に行軍する兵士の数が膨れ上がったため、ちょっとしたお祭りのような状態に戦いへの不安が薄れ、妙な高揚感があった。
シェードラン軍はオースエン大公領に入り、街道を進軍し続ける。
時々村を通過し、村人たちはその勇壮たる姿に声援を送った。
そしてメディア砦を出てから数日後、シェードラン軍はナルガ大河に辿り着いた。
ナルガ運河は北のガドア連峰を源流とし、アルヴィリア王国を東西に分断しながらエスニア海へと流れる大河である。
対岸が見えないほど広大な河はアルヴィリアの大動脈とされ、大河には様々な船が行き来している。
シェードラン軍はこの大河を渡るためロズウェル大橋へと向かった。
初代オースエン大公から名前をとったこの石造りの大橋はアルヴィリア北部にあるスウォーン大橋と並び、アルヴィリア二大橋と称されている。
ルナミアたちは初めて見るこの巨大な橋に圧倒されたが、橋の上に幾つもの検問とキャンプがあることに気がついた。
キャンプは全て戦火を逃れて来た難民たちのものである。
特にキオウ領から逃げて来たと思われる難民たちは皆ボロボロで、疲れ切った表情をしていた。
橋の上を埋め尽くす難民たちの姿を見ると砦を出た時の高揚感などなくなり、兵士たちの口数は減った。
そして、ロズウェル大橋を渡り終えるのとほぼ同時にシェードラン大公が放っていた偵察の兵が合流し、キオウ領の状況が知らされた。
キオウ領、既に壊滅。
占領したディヴァーン軍は民を蹂躙し続けている。
その情報は直ちに全軍に伝えられ、それからの行軍は重苦しい雰囲気になるのであった。
※※※
ロズウェル大橋を渡ってから5日後。
林を抜けると遠くに大きな城が見えてきた。
城の城壁はその名の通り白く、幾つもの尖塔が伸びている。
メディア砦よりは遥かに大きい城にルナミアは「凄いわね……」と呟く。
「白鳥城はエスニア大戦時に"狂王"と戦った初代アルヴィリア王の本拠地であったそうですよ。"狂帝"率いるディヴァーンと戦うための場所としてはうってつけです」
ウェルナー卿の言葉に「験担ぎね」と頷く。
城の周りには既に野営地が敷かれており、恐らくオースエン大公配下の軍であろう。
「あら?」
自分たちから見て右手側。
南部から白鳥城に伸びる街道を別の一団が進軍しているのが見えた。
あの紫の旗は……。
「メフィル家ですね。随分と数が少ないように見える」
メフィル。
なにかと因縁のある家だ。
メフィル大公の軍勢はシェードラン大公の軍勢の半分にも満たないように見える。
「……メフィル領はディヴァーンの侵攻を受けているから、あまり兵を出せないのでしょうね」
「ええ。ですが何故あの街道を通っているのでしょうかね? メフィル領から白鳥城に向かうならペタン砦を通過した方が早い。あの道は遠回りになる筈ですが……」
何かあったのだろうか?
そう思っていると前方から「駆け足!!」という号令が聞こえて来る。
「駆け足? なんでまた急に?」
「恐らくメフィル大公より早く到着しようと思っているんでしょうよ」
シェードラン家とメフィル家は対立している。
そのためメフィル家よりも先に王の下に駆けつけたとしたいのであろう。
「もう! 叔父様ったら子供みたいな意地を張って!」
下らないと思うが、こういう細かい意地の張り合いがが政治的な優劣を決めることがあるらしい。
既に前方を行く領主の兵たちは駆け足になっている。
辺境伯家だけのんびりとしているわけにはいかないであろう。
「総員! 駆け足! 逸れても探しに戻ってあげないわよ!」
そう指示を出すと辺境伯家の兵士たちも駆け足になるのであった。
※※※
白鳥城に到着するとすぐに野営地の設営を始めた。
大公の計らいで辺境伯家の野営地は大公の野営地のすぐ近く、街道沿いに設営させてもらえた。
白鳥城に到着していたオースエン家の兵士の話では既にディヴァーンとの小競り合いが始まっており、今もキオウ領との境で戦闘中だという。
すぐ近くで戦が行われているという事実は私たちの気を引き締めさせる。
そして設営が完了した頃、何やら辺りが騒がしいことに気がついた。
何事かと思っているとルナミアが慌ててやって来て「みんな! 跪いて!」と言った。
「え? どうしたの?」
「いいから! 早く!」
ルナミアに無理矢理手を引っ張られて跪く。
その際に膝を打ったので痛い。
義姉に抗議しようかと思ったが街道をある一団が行軍しているのを見て慌てて頭を下げる。
双頭鷹の旗。
それは王家の旗だ。
軍団の先頭には鎧を着て馬に乗った初老の男がいた。
真っ白な髪に立派な髭を生やした男に多くの人々が深々と頭を下げる。
アルヴィリア現国王、ゲオルグ・アルヴィリアだ。
彼の後ろには二人の青年が続いており、一人は凛々しい顔立ちに美しい金の髪とエメラルドグリーンの瞳を持ち、もう一人は髪と瞳は片方の青年と同じだが線の細い優しそうな雰囲気を持っていた。
彼らは街道に並び、跪く兵士たちに小さく頷くと白鳥城へと向かう。
そして私たちの前を通過しようとすると国王が「うむ?」と馬の足を止めた。
彼はルナミアの方をじっと見つめ、見つめられた義姉は冷や汗を掻いた。
「女子の身でありながら鎧を身に纏う。お嬢さん、名前を聞いても良いかね?」
「は、はい! シェードラン辺境伯、ヨアヒムの娘! ルナミア・シェードランと申します!!」
国王は「シェードラン……なるほど」と呟くと、口元に笑みを浮かべた。
「此度の参陣、大儀である! 貴公の活躍に期待する!」
「は、ははあ!!」
ルナミアが深く頭を下げ、私たちも慌ててそれに続く。
顔を上げた頃には国王たちは既に白鳥城に向かっており、線の細い青年の方が興味深げに振りかえっているのが見えた。
そして王の軍勢が城の中に消えると隣で義姉が大きく息を吐く。
「き、緊張した……。まさか声を掛けられるなんて……」
「やっぱり女だったからかな?」
「さあ……? でも変に目立ってしまったわ。他の貴族から変に突っかかられなければいいけれども……」
既に他候の兵士たちがこちらに注目している。
その視線は感心などではなく、どちらかというと侮蔑や嫉妬に近い。
義姉とともにテントの中に入ったほうがいいかもしれない。
私たちは立ち上がると本陣としたテントに行こうとするがその前にシェードラン大公がやって来た。
「ルナミアよ、陛下にお声を掛けていただけるとは光栄なことだぞ!」
「はい、大変光栄なのですが……その、周りの目が……」
そうルナミアが言うとシェードラン大公が周りを見てから鼻を鳴らして笑う。
「気にするな。しばらくしたら皆、忘れるであろうよ。それよりも一つ頼みがある」
「頼み? 何でしょうか?」
「夕刻、陛下と軍議を行う。お前にもシェードラン家の一人として参加してほしいのだ」
驚いた。
国王との軍議に参加できるのは五大公と大公の身内や信任の厚い配下のみ。
それにルナミアが出るとは……。
「わ、私がですか!? でも、シェードラン家としてならレクター従兄上の方が……」
ルナミアがそう遠慮するとシェードラン大公はため息を吐いた。
「お前の言う通りなのであろうが、あの愚息を陛下に合わせられると思うか?」
ああ、それは無理。絶対無理。
あのブロンド馬鹿を陛下の前に連れて行ったら明日には絞首刑だ。
ルナミアは「でも……」と渋っている。
恐らくこれ以上目立つのを避けたいのだろう。
ただでさえ女で軍を率いているということで目立っているのに先ほど国王に声を掛けられ、更に軍議にも参加するとなると他の貴族から敵意を向けられるかもしれない。
だが……。
「ルナ。行ったら? 他の人たちの目なんて気にしなくていいよ」
ルナミアの目の前に躍進のチャンスがあるのならば自分は彼女の義妹として、配下としてその背中を押し、支えてやりたい。
ルナミアは「リーシェ……」と私の方を見て少し悩んだ後、首を縦に振った。
「分かりました。私も軍議に参加いたします」
「うむ。後ほど私のところまで来てくれ。軍議にはランスローも参加するため、三人で一度打ち合わせを行おう」
シェードラン大公はそう言うと自分の野営地まで戻っていく。
その背中を見届けるとルナミアはお腹の辺りをさすった。
「今日一日で胃に穴が開くかもしれないわ」
「よ、未来の大公!」
「あなたねえ……他人事だと思って」
ルナミアは苦笑すると遠くから見守っていたウェルナー卿を呼んだ。
「聞いての通り私は夕刻に軍議に出ます。その間、リーシェを代理とするので何か問題があったら彼女の指示を仰ぐように」
「え? 私?」
「私に軍議に出ろって言ったんだからそれくらいやってくれるわよねー?」
義姉が意地悪な笑みを浮かべた。
それを言われると辛い。
私は「ああ、うん。頑張る」と苦笑すると互いに頷き合うのであった。
※※※
夕刻。
白鳥城に五大公が全て揃うと軍議が開かれた。
白鳥城にある会議室には国王や五大公、その配下の者が集まっており、彼らは円卓を囲んでいた。
ルナミアはその中でシェードラン大公の右隣に座り、緊張から完全に硬直していた。
(落ち着け! 落ち着くのよ! ルナミア! 女は度胸!!)
静かに息を吸い、会議室にいる人たちの顔を見る。
上座には国王ゲオルグがおり、その横には彼の息子であるエリウッド・アルヴィリアがいた。
彼は一瞬此方を見たがすぐに興味なさそうに目を逸らす。
その態度から私のことをその辺の雑草程度にしか思っていないことが分かる。
いや、まあ王族からしたら雑草なのだが……。
エリウッド王子の隣には茶色い長い髪を持ち、眼鏡を掛けた優男が座っている。
セルファース・オースエン。
五大公筆頭、オースエン家の現当主である。
五大公の中では最も若いがその才智に長け、王家への深い忠誠から王からもっとも信頼されている男である。
そんなセルファースの隣には少年にも見える若い従者がおり、彼は私と同じ、いや私以上に緊張して固まっている。
その少年の横に悪名高いカミーラ・メフィルがいた。
彼女は椅子に深く腰掛け、この会議に参加している者たちの顔をまるで見定めるかのように眺めている。
彼女は従者を連れておらず、メフィル家からは彼女しか軍議に参加していない。
それはメフィル大公が他者を信用しないということを表しているのであろう。
メフィル大公の横にはランスロー卿がおり、その横にラウレンツ叔父様、そして私がいる。
私の横には緑色の肌をした巨漢がおり、口から出た牙を思わず見てしまう。
オーク族。
遠く、海を渡った先にいる種族だという。
戦うために生まれてきたかのように頑強な体格をしており、その屈強さから護衛等に向いているとされるがオーク族は独特の価値観を持つため意思疎通が難しいと聞いている。
そのオークを護衛として引き連れているのが五大公の一人、ヴェネジクト・ガルグルだ。
恰幅の良い中年の男で、こげ茶の髪と同じ顔を覆う髭を生やしたガルグル大公はまるで大きなドワーフのようであるがその体格に反して神経質そうな目をしている。
彼は先ほどから落ち着きなく視線を動かしており、机の下で貧乏ゆすりをしている。
そして最後に、本来であればキオウ大公が座るはずである席に一人の少女が座っていた。
私と同じか、少し年上に見える少女は黒く長い髪をポニーテルにしており、背筋を伸ばして椅子に座っている。
ヨシノ・キオウ。
キオウ大公の一人娘でヒュウマの都陥落時に父からの指示を受け、民を連れて逃れて来たとのことだ。
王は全員の顔を眺めると頷き、口を開く。
「この国家存亡の危機において諸君らが迅速に兵を出してくれたことに感謝する。ディヴァーンの兵力は圧倒的だが我らが結束すれば奴らを打倒すことができると私は確信している。では、セルファースよ」
オースエン大公が「は」と頷くと隣にいた従者が円卓に地図を広げる。
「既にご存じでしょうがディヴァーンの奇襲により既にキオウ領は陥落。キオウ大公は白虎城に立て籠もり徹底抗戦をしておりますが、いかに白虎城が堅牢とはいえ陥落は時間の問題でしょう」
オースエン大公の言葉にヨシノの表情が強張った。
悔しそうに拳を強く握りしめ、その姿を見たオースエン大公が「失礼いたしました」と頭を下げる。
「……いえ、オースエン大公がおっしゃっていることは事実でしょう。父上は都を脱出する際に民を守るために戦い、深手を負いました。今も生きているかどうか……」
「まあ、死んでいるでしょうな。白虎城でまともな治療が受けられるとは思わないですし、もしかしたら白虎城も既に陥落しているかもしれないですな」
「ガルグル大公……」
オースエン大公に諫められガルグル大公は悪びれもせずに「おっと、失礼」と言った。
オースエン大公は話を続けるために「こほん」と小さ咳をすると地図を指さす。
「現在、ディヴァーン軍は軍を四つに分けています。一つ目は白虎城を包囲する軍。二つ目はガルグル領に侵攻する十万の軍。三つめはメフィル領に侵攻する同じく十万の軍。そして最後はガッハヴァーン大帝自ら率いるディヴァーン本隊約五十万。大帝は現在我がオースエン領とキオウ領の境にある朱雀城を占領し、そこに本陣を構えています。この数日間、小競り合いは何度かありましたが本格的な衝突はまだ行われておりません。ただ……」
オースエン大公の言葉をメフィル大公が続けた。
「数日前、ペタンの砦を奴らに奪われた。おかげさまでアタシらは遠回りしなければいけなくなったのさ。まあ、そんなアタシらに先を越されそうに慌てて行軍していた奴もいるみたいだけど?」
メフィル大公がニヤニヤとラウレンツ叔父様を見るが、叔父様は「はて? なんのことでしょうかな?」と首を傾げた。
「ともかく、敵は約七十万の大軍勢、大して我々の兵力ですがまず陛下自ら十万の兵をお出しいただきました。そして我がオースエンからは七万。シェードラン領からは五万。メフィル家からは二万、ガルグル家からも二万。全部で二十六万です」
「二万しか出せなくて申し訳ないねえ。アタシのところに攻めてきている奴らがいなければ更に六万は出せたんだけど」
メフィル大公に続いてガルグル大公も「吾輩の方もディヴァーンを抑えるために全軍を出せぬ」と顎鬚をさすった。
「お二方の事情は理解しております。むしろ自領が攻められている中、兵を出していただき感謝いたします」
二十六万対七十万。
いや、ディヴァーンは二十万を別動隊としているためこのミスア平原で対峙するのは五十万か。
敵の数は約二倍。
戦争では個よりも数の力の方が勝る。
この戦い、かなり苦しいものとなるであろう。
「さて、まず我々が最優先で行動しなければいけないことは一つ、奪われたペタン砦の奪還です。ペタン砦はキオウ・オースエン・メフィルを結ぶ要衝。ここを敵に抑えられていてはメフィル領との連携が取れないだけではなく、東ミスア平原でディヴァーン本隊と激突する際に常に側面を脅かされることになります」
「ペタンを占領している敵はどの程度だい?」
メフィル大公がオースエン大公に訊ねると彼は「六千です」と答えた。
「砦内に六千。砦の周囲に幾つかの陣地が造られており、その兵力も合わせると八千程になります」
砦の外にある陣地は敵が襲撃してきた際に砦に知らせる役割と、一つの陣地が攻められた場合は他の陣地が救援に向かえるようになっている。
ペタン砦を奪還するのであればまずはこの邪魔な陣地を全て潰す必要があるだろう。
「ペタン砦の奪還にはアタシも協力させて貰うとしよう。あの砦を奪われていたらウチも危ない」
「ならばシェードラン家からも兵を出す。敵の陣地を一斉に攻撃し沈黙させた後、砦を奪還する。いかがかな?」
ラウレンツ叔父様の言葉に一同が頷く。
「陣地攻略は夜襲にて行うべきでしょう。砦に知らされ、援軍を出されると厄介です」
オースエン大公に続いて国王が口を開いた。
「奇襲をするのであれば囮が必要であろう。私自ら兵を出し、ベールン川まで前進しよう。ヴェネジクトは我が軍と共に行動しろ。セルファースは兵の半数を我が軍に、残りの半数を後詰として城に残せ」
「やれやれ、囮とは胃が痛くなりそうな仕事ですな」
ガルグル大公は額の汗をハンカチで拭う。
本気で囮が嫌なようで顔が少し青ざめている。
この男、神経質というよりもかなり臆病なのかもしれない。
「あの……」
先ほどまで黙っていたヨシノが手を上げた。
「砦奪還に我らキオウ家も参陣させていただきたい」
「ヨシノ殿。お気持ちはありがたいが貴公の軍は二百程度しかいない。それに貴公に何かあっては父君に申し訳が立たない」
オースエン公がそう言うとヨシノは首を横に振った。
「いえ、キオウ家の人間が戦場に立たぬなどあってはならぬこと。反撃の時に前線に出ず、この城に残ればそれこそ父に顔向けができませぬ」
ヨシノの決意の篭った強い視線を受け、オースエン公は悩む。
そこへ助け舟を出したのは国王であった。
「セルファース、彼女の決意は固い。彼女はどうやら父君の血を良く継いでいるようだ。リョウマと同じく誇り高い武人。そんな彼女に戦場に出るなとどうして言えようか」
「……承知しました。ではヨシノ殿、貴女はシェードラン家に同行してください。決して無理はなさらぬよう、お願いします」
「ありがとうございます!」
ヨシノが深々と頭を下げると「さて」とラウレンツ叔父様が国王の方を見た。
「ペタン砦奪還後はいかがしましょうか? 砦を取り返し、側面の脅威を取り除いたとしても敵は圧倒的な大軍。まともにやりあっては勝ち目がありますまい」
その言葉に一同は国王に注目した。
「此度の戦、我らは新型の魔導兵器を投入する予定だ。既に兵器はガドアに依頼し、数日後に到着す予定だ。また、この兵器は莫大な魔力を消費するため”西の魔女”殿の協力を求めた」
「ガドアですと!? ドワーフどもの力を借りるとは……! 後々何を対価で要求されるか!」
「ヴェネジクト。お前がドワーフを快く思わないのは知っているが今は国家存亡の時、金山の一つでもくれてやれぬか」
王の言葉にガルグル大公は「ぐぬぬ」と眉を顰める。
「金山なんて後で奪い返せばいいさね。なんならアタシの軍を貸してやろうかい?」
「ふん! 貴様に借りを作るほうがよっぽど危険だわ! 王よ! 我が領より出た損失はちゃんと補って下さるのでしょうな!」
「無論。この戦が終わったらサルドアの町をそなたにやろう」
「なんと!? それは……ぜひ!」
サルドアの町というのはアルヴィリア四大交易都市の一つである。
オースエン領北西にある都市でエスニア大陸北部のガドア地下帝国や西部のエルフラント神聖国との交易を担う大都市である。
それをガルグル大公に渡すということはオースエン家の弱体化に繋がるのだが……。
「セルファースよ! いいのだな! 一度貰ったらもう返さんぞ!!」
「ええ、構いません。今は己の利より全体の利です」
オースエン大公が涼し気な顔でそう言うとガルグル大公は面白くなさそうに「ふん、自分の利を追求できないものが大成できるか」と言った。
そんなガルグル大公をメフィル大公が「図体はでかいくせに相変わらず器の小さい男だねえ」と煽り、ガルグル大公が「なんだと!」と憤る。
先ほどから思っていたことなのだが、もしかして五大公は全員仲が悪いのか?
ラウレンツ叔父様はガルグル大公とメフィル大公のやり取りを無視し、「なるほど」と頷いた。
「兵器の件、後ほど詳しくお聞かせください。”西の魔女”殿も後で紹介していただけるので?」
ラウレンツ叔父様がそう訊くと王は困ったように苦笑した。
「本当はこの場に魔女殿も呼んでいたのだがな……」
王は自分の左隣の空席を見る。
「『軍議などつまらぬもの、出て何になる。儂はもっと興味深いものを見に行くぞ』とどこかに行ってしまわれた」
それは……なんというか、無礼というか……。
王にそんな口を聞けば普通は処刑ものであるが王とオースエン大公はやれやれといった顔で苦笑している。
”西の魔女”、いったいどのような人物なのだろうか?
「さて、一つ未確定の情報ですので頭の隅に入れるだけにしておいてもらいたいことがあります」
オースエン大公はそう言うと私を見た。
え? 私?
「ディヴァーンの軍の中にヴェルガの旗を掲げた軍勢がいるそうです。恐らくヴェルガ帝国の残党だと思われますが……ルナミア殿、四年前にコーンゴルドを襲撃したのは蛇の面をつけた一団でしたよね?」
※※※
突然話を振られ、私は鼓動が跳ね上がった。
「は、はい」
声が上擦ってしまった。
大公たちが一斉にこちらに注目したため、私は大きく深呼吸をするとゆっくりと頷いた。
「四年前、コーンゴルドを襲ったのはヴェルガの旗を掲げた不死者たちです。彼らは黒い外套を羽織り、全員蛇の面をしていました。彼らの指導者にあたる存在は”使徒”と呼ばれ、驚異的な力を持っています」
四年前だけではない。
昨年、ベルファの町にてリーシェたちが使徒の一人である”鴉”と交戦した。
その時は敵が人形だったこともあり何とか撃退できたそうだが……。
「オースエン大公、ディヴァーンにいる連中は不死者なのかい? だとしたらかなり厄介だが……」
メフィル大公の言葉にオースエン大公は首を横に振った。
「いえ、彼らは皆、普通……という言い方も変ですがゼダ人です。今のところ蛇の面をつけた存在は確認できておりません」
「ふむ……。確かコーンゴルドを襲った不死者どもには封魂石が有効であったとか。アレは教会から禁じられているものですが、メフィル大公、アンタならたんまりと持っているんじゃないか?」
ガルグル大公の言葉にメフィル大公は鼻を鳴らした。
「お前さんこそ裏で色々集めているそうじゃないかい。どうだい? 思い切って陛下の前で懺悔したら」
ガルグル大公とメフィル大公が静かに火花を散らせあう。
その様子にオースエン大公はやれやれと首を横に振った。
「教会の目があるため封魂石は大々的には使えませんが、必要があるなら教会の禁を破ってでも使うべきでしょう。メフィル大公、ガルグル大公、念の為に準備をお願いします。我が領からも出しましょう」
「いやだから……。はあ、分かった。我が輩の兵に封魂石を準備させよう」
会議が途切れ、無言の時間が少し続く。
国王はゆっくりと会議の参加者を見回すと頷いた。
「戦いは苛烈なものになるであろうこの国が千年祭を迎えられるかは我らの尽力にかかっていよう。我が国の、民のためにこの戦いに勝利しよう」
王が深々と頭を下げ、私たちもそれに続く。
その後、細かい打ち合わせを行い、夕日が窓から差し込む中、白鳥城での軍議を終えるのであった。
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