第18節・雷撃の訪問者



 軍議を終え、会議室から出るとどっと疲れが押し寄せて来た。

殆ど椅子に座るだけであったが、国王や五大公と同じ部屋に長時間いるのは精神的に辛いものがある。


 あのような空間でも物怖じせず、冷静に政治的な駆け引きが出来てこそ一人前の為政者か……。

まだ会議室でオースエン大公と打ち合わせをしているラウレンツ叔父様の凄さを改めて思い知る。


(こういうのはやはり場数を踏むしかないかしらね?)


 どうやら今後も私は軍議に参加しても良さそうだ。

己を磨くため、ぜひ参加させてもらおう。

レクター従兄上が後々煩そうだが……。


 ふと回廊から中庭の方を見るとそこには木の下のベンチで本を読む青年がいた。

彼は確か国王の次男、クリス・アルヴィリアだ。


 クリス王子は生まれつき体が弱いと聞いている。

それにも関わらず今回の戦いに参陣したのは王族として少しでも父と兄を手助けしたかったからだという話だ。


 線画細く、儚げな雰囲気を持ち、夕日を浴びながら本を読む姿はどこか芸術的で思わず目を奪われてしまう。


 クリス王子と目が合った。

彼は私を見ると少し目を丸くしたが、すぐに優しく微笑みかけてくる。


「!」


 慌てて頭を下げる。

どういうわけか頬が少し熱い。

なんだか居心地が悪くなったので慌ててその場を離れようとすると背後から呼び止められた。


「ルナミア殿!」


「ひゃい!?」


 驚き、振り返るとそこにはキオウ大公の一人娘、ヨシノ・キオウがいた。


「す、すまない。そんなに驚かれるとは」


「い、いえ! お気になさらず。それで、何か御用でしょうか?」


 そう訊ねるとヨシノは「用という程ではない」と笑みを浮かべた。


「ルナミア殿のことは以前より父上から聞いていてな。是非ともお会いしたいと思っていたのだ」


「私も、ヨシノ様のお名前は父や叔父様より。武芸に長けていらっしゃるとか」


「いや、私などまだまだ。そういうルナミア殿こそ文武両道と聞いている」


「では、いつか手合わせをお願いしても?」


 そう言うとヨシノは「是非とも」と頷いた。


 同い年くらい、しかも同性の貴族と殆ど会話をしたことが無かったため、ついつい話し込んでしまった。

話していて思ったことはヨシノは真っ直ぐで気持ちの良い人物だということだ。


「ヨシノ様」


「ヨシノでいい。私も貴女のことをルナミアと呼びたいのだが……良いだろうか?」


 私は頷く。

家族以外に呼び捨てにされるのはなんだか不慣れでこそばゆい。

そんな風に思っていると背後から「貴様ら邪魔だ」と言われた。


 声の方に振り返るとそこにはエリウッド王子がおり、私たちは慌てて廊下の端に寄る。


 エリウッド王子は私たちを見ると眉を顰め、「井戸端会議をしたいのであれば城の裏にある井戸にいくのだな」と言って通り過ぎて行った。

その背中を見送るとヨシノが「なんというか……殿下は気難しいお方だな……」と呟く。

うん、あの感じ凄く見覚えがある。

ウチの従兄と気が合いそうで嫌だな。


 そんな風に考えていると中庭の方でクリス王子が申し訳なさそうに頭を下げていた。

あちらは兄よりも人が出来ていそうだ。

私たちはアルフォンス王子にお辞儀をするとヨシノが「ルナミアの陣はシェードラン大公の傍で良かったであろうか?」と訊いてきた。


「ええ、そこにあります。ぜひ訪ねてください」


「ああ、そうさせてもらおう。では、また後程」


 ヨシノが丁寧にお辞儀をし、去っていく。

彼女が廊下を曲がって見えなくなると私はもう一度中庭を見た。

そこにはアルヴィリアの王族兄弟がおり、不機嫌そうな兄に弟が何かを話しかけている。

しかし、兄は首を横に振るとどこかに去ってしまい、弟はその背中を寂しそうに見つめていた。


(……エリウッド王子とクリス王子は上手くいっていないのかしら?) 


 クリス王子はこちらの視線に気が付き、恥ずかしいところを見られたというように苦笑する。

そして彼も中庭から去るのを見ると、私も自分の野営地へと向かうのであった。


※※※


「くそ!!」


 テントの中、レクター・シェードランは怒り狂っていた。

近くにある燭台や本を地面に叩きつけ、顔を真っ赤にして怒鳴る。

テントの中に居た騎士たちは一様に怯えた表情をしており、自分たちにこの男の怒りの炎が飛び火しないように祈っていた。


「何故父上は俺ではなくあんな分家の小娘を!」


 先ほど父、ラウレンツ・シェードランが王との軍議に自分ではなくルナミアを参加させたと知った。

本来であれば大公の息子である自分が出るべきであるはず。

だが父は一言も声を掛けてくれなかったのだ。


(やはり……例の噂は本当なのか!?)


 噂というのは父が自分にではなくルナミアにシェードラン大公家を継がせようと考えているというものだ。


 あの従妹は良い子ぶって妙に人気がある。

だが論外だ。

アレは何の覚悟もない箱入り娘。

貴族の立場を理解せず、ゼダ人や亜人と組む大うつけだ。


 対して自分は大公家を継ぐに相応しい覚悟と血統を持っている。

シェードランとメフィルの血が流れる純然たる貴族。

それが自分だ。


 父が座るための椅子に腰掛けると騎士が「あ、そこは……」言ったので睨みつける。


(俺が睨みつければ誰もが従う。俺の力は絶対だ。やはり俺こそが次期大公に相応しい)


 だが、もしも、もしも父が本当にルナミアを次期当主にしようとしているのであれば……。


「…………その時は」


 ふと、外が騒がしいことに気が付いた。

何やらテントの外で兵士が誰かと揉めている。


 椅子からたちあがり、騎士を一人護衛に付けるとテントの外に出た。


「だから! アンタみたいな子供を通せるわけないだろう!」


「誰が子供じゃ! 儂はれっきとしたレディじゃぞ!」


「いや、レディって……うちの娘とそう変わらんだろう、君」


 兵士たちが困り果てた顔で誰かを囲んでいた。


「何事だ!」と言うと兵士たちは「レクター様!」と振り返った。


「妙な子供がシェードランの子供に会わせろと騒いでおりまして……」


 「子供?」と眉を顰め、兵士を押しのけてみるとそこには金の腰まで伸びた長い髪を持ち、黒い服に大きな尖り帽子を被った女の子がいた。


(魔女の真似事か?)


 女の子はこちらを見ると「んん?」と首を傾げた。


「お主、そこのお主。この場の責任者であろう? この分からず屋どもをどうにかしてくれ。儂はシェードランの子供に会いに来たのじゃ」


 「失礼だぞ!」と女の子を取り押さえようとした兵士を止めた。


「何故俺が責任者だと思った?」


「身なりが他の連中より良い。見た目でわかる」


 なんと! 

やはりこの俺から貴族としての気品が溢れているようだ。


「どーみても、貴族のボンボンな顔をしているからのぅ」


 この餓鬼、この場で叩き斬ってやろうか?


「……で、お前はシェードランの子を探しているようだが運が良かったな、目の前にいるのがそのシェードランの子だ」


 そう言うと餓鬼は「は?」と眉を顰めた後、「あー……」と頷いた。


「こっちは本家のシェードランであったか。お前には要はない。儂が会いたいのは辺境伯の娘の方だ」


「……なんだと?」


「というか、そうか、お主があの悪名高いシェードランの悪童か。ゲオルグも心配しておったぞ? シェードラン大公家の未来は暗いかもしれぬと」


 こいつもか。

こいつもこの俺とあの分家の娘を比べるのか!

内側からマグマの様な感情が噴き出てくる。

ベラベラと喋る餓鬼を兵士たちは青ざめた顔で見ており、その中の一人がこちらに気がついた。


「な、なりません!」 


 煩い黙れ。

剣を引き抜き、餓鬼の喉元に突き付ける。

餓鬼はそれを冷めた目で見ると苦笑した。


「やれやれ、人を脅せば必ず言いなりになるとでも?」


「ああ、なるさ。ならない奴は死ねば良い」


 餓鬼がじっと此方の目を見てくる。

それから「成程」と呟いた。


「貴様が怒るのは自身が小馬鹿にされたことか? それとも他者と比較された事か? 後者だとしたら随分と……」


 このゴミを一刻も早く黙らせるために力を込め、喉を突き刺そうとした。

だが、それより早くゴミは指を鳴らした。


「ほい、麻痺」


 直後、立ったまま意識を失った。


※※※


 ロイと共に薪割りをしているとシェードラン大公のテントの方が何やら騒がしいことに気がついた。


 私たちは「なんだろう?」と首を傾げ、見に行くと驚愕する。


 レクターが幼い少女に剣を突きつけているではないか!

どうしてこんな状況になったのかは分からないが、レクターの怒りは既に頂点に達しているのが顔から分かる。

あのままでは激昂したレクターにあの少女が刺殺されてしまうだろう。


「助けるぞ!」


 ロイと共に飛び出した瞬間、少女が指をパチンと鳴らした。

それによりレクターの動きが止まる。

いや、これは……?


「気を失っている?」


 少女の傍まで駆け寄るとレクターが白目を剥いて立ったまま意識を失っているのが分かった。


「き、貴様! レクター様に何をした!!」


 周囲の兵士が剣を抜く。

ロイが慌てて「待て! 落ち着け!」というが聞く耳を持ってくれそうにない。


「見てわからぬか? 少し気を失わせただけだ。なあに、すぐに動けるようになるさ」


 「ふざけたことを!」と兵士たちが此方を包囲してくる。

ロイが剣の柄に手を掛けるがそれを「駄目だよ」と制した。

ここで武器を抜けば下手したら流血沙汰になる。


 騒ぎを聞きつけたミリたちがやってくるとミリは兵士に包囲されている私たちを見て「あんたたち、またなんかやらかしたの!?」と驚いた。

いや、何もやらかしてない。

まあ、火の中には飛び込んでしまったが。


 冷や汗を掻くこちらに対して少女はつまらなさそうに周りを見ている。

この子、状況が分かっているのだろうか?


「……はぁ。これは後でゲオルグに文句を言われるやもしれぬなあ」


「貴様! 陛下を呼び捨てにするとは、不敬であろう!! やはり許すことはできぬ!!」


「いや、不敬って。儂はゲオルグから呼び捨てにしても良いと言われているのじゃぞ?」


(え? それはどういうこと?)


 この子は王に近い存在なのか?

兵士たちも少女の言葉に少し動揺し、顔を見合わせる。


「ねえ、貴女。名前は?」


 そう訊ねると少女は私の顔を見ると少し目を丸くし、それから「似てる……」と呟いた。


「お主、名は?」


 いや、今私が名前を訊いたのだが……。


「リーシェ。リーシェ・シェードラン」


「シェードラン? なるほど、お前さんが……ふむ、これはなかなか面白い……」


 少女は一人で何か納得し満足そうに頷いている。

いや、だから名前は?


「は? 儂の名か?」


 少女は辺りを見渡す。

その場にいた全員が彼女を見つめている。


「しかたない、名乗ってやろう! 儂こそがあの高名な”西の魔女”にして”雷帝”! クレスセンシア・ベルナデッタじゃ!!」


 ”西の魔女”!?

それは確か今回の戦で国王が参陣するように頼みこんだという凄い魔術師のことだ。

こんな小さな子供が魔女だというのか?


「お主、儂を見た目で判断したであろう? こう見えてお主なんかよりずっと長生きしておるぞ?」


「……つまり、ババアか?」


「ババア言うな!!」


 ロイの言葉にクレスセンシアが怒ると彼女の周囲に一瞬稲妻が走った。

それにより肌が少し痺れる。


「うわ!? ビリっと来た!?」


「まったく最近の若いのは礼儀がなっておらん、いいかどんな歳でも女にはだな……おや?」


 クレスセンシアが城の方を見ると城からシェードラン大公とルナミアが出てきた。

二人は此方を見ると早足で近づき、シェードラン大公が「何事であるか!」と近くにいた兵士を問い詰める。

そして兵士から話を聞くとまず気絶しているレクターを次にクレスセンシアを最後に私たちを見た。


「全員、武器を降ろせ! あとそこで気絶しているバカ者をテントで寝かせておけ!」


「は、はい!」


 兵士たちが慌てて武器をしまい、レクターを運び出す。

それを見届けるとシェードラン大公は眉を顰めてクレスセンシアを見た。


「魔女殿。困りますな、このような騒ぎを起こされては」


「ふん、儂は悪くない。あの悪童が事実を言われてキレたのがいかんのじゃ」


「事実であっても言っていいことと悪いことがある。あまり我が息子を刺激しないでくだされ」


 あ、事実って認めるんだ。

そう思っているとシェードラン大公が私たちを見た。


「リーシェよ、お前たちも軽率が過ぎる。お前も辺境伯の娘なのだ、己の身は己だけのものではないこと、常々忘れるな」


「ご、ごめんなさい」


 本気で叱られ、萎縮してしまう。

そういえばこういう風に誰かに叱られるのは初めてかもしれない。

ルナミアが私を庇おうとしたが私は首を横に振る。


「……まあ、互いに何事も無くてよかった。息子には後で私からよく言っておく。お前たちは自分の陣に戻れ。魔女殿は……」


「儂の目的は辺境伯の娘たちに会うことじゃ。くふふ、二人とも面白いものを背負っていそうじゃな」


 クレスセンシアが愉快そうに笑うとシェードラン大公は目を細めた。


「そう睨むでない。事情は知っているが何かをしようというわけではないのじゃ。そうじゃな、儂が何か漏らしたら責任を取ろう。ゲオルグが」


 シェードラン大公は諦めたようにため息を吐くと「あとで陛下に言っておきますぞ」と言い、自分のテントに入っていく。

そして残された私たちはクレスセンシアの方に注目し、彼女は「ほれ」と私たちのテントの方を指さした。


「お主らの野営地を案内いたせ」


※※※


「ま、まさか”西の魔女”殿がこのようなお姿だったとは……」


 辺境伯軍の本陣としているテントの中、ルナミアを訪ねてきたヨシノ・キオウは椅子に座り蜂蜜酒を飲むクレスセンシアを見て驚いていた。


 テントの中にはルナミア、ウェルナー卿、ミリ、そして私が机を囲んで座っており、ロイとエドガーはテントの入り口すぐ近くで待機してもらっている。


 それにしても先ほどからこの魔女、酒を飲んだり持って来た干し肉を食べたりとやりたい放題である。

これ、あとでどこかに請求できるのだろうか?


「えっと、それで魔女様は私たちに何かご用があるのでしょうか?」


 ルナミアがそう訊ねるとクレスセンシアは「クレスでよい」と言う。


「儂が何故お主らに会おうと思っていたかと言うと……おや? 酒が尽きた。おいそこの髭、新しい酒は無いのか? え? 無い? 本当かぁ? まあ、いい。で、何の話だったかのう?」


 ルナミアの顔が引きつっている。

頑張れ、ルナ!

今こそ鍛え上げられたコミュニケーション能力を活かす時!


「ああ、思い出した。お主らに会って話をしておきたかったのじゃ」


「話……ですか?」


 ルナミアの言葉にクレスは「うむ」と頷く。


「歴史の影で暗躍する"蛇"どもの話じゃ」


 ヨシノ以外の全員が息を呑んだ。

テントの外にいるロイとエドガーも話を聞こうと覗き込んでくる。


「"蛇"……それは、四年前や去年に私たちが戦った不死者たちのことですね?」


「そうじゃ。まあ厳密に言うとあ奴らは完全な不死者では無い。外法により人の身体を捨て、魂のみになった存在。奴らは"真実の女神"を崇め、少しずつその勢力を拡大しておった」


「あの、前々から思っていたんだけれども"真実の女神"って何? 女神と言えばアルテミシア様だけれども……」


 そう訊いたのはミリだ。

彼女の言葉にクレスは「ふむ、どう話したらいいか……」と少し悩む。


「アルテミシアは双神であったのだ。女神には半神とも言える妹神、レプリテシアと共に"双天の女神"と崇められ、世を治めていた。たがある日、レプリテシアがアルテミシアに反旗を翻し凄まじい戦いになったと言う。最終的にレプリテシアはアルテミシアに討たれ、アルテミシアも深傷を負ったため永き眠りについたという」


「ま、待ってくれ! 教会じゃそんな事教わらなかったぞ!?」


 ロイの言葉にみんなが頷く。

私もあまり神話とかに詳しく無いが、双神の話なんて聞いたことが無い。

それにレプリテシアって……。

脳裏にあのレプリカと名乗った少女が思い浮かぶ。


「それは当然じゃ。この話は後世の人間たちが歴史を改竄し、レプリテシアの存在を無かったことにしたからのう。レプリテシアの信徒は崇める神の死後もアルテミシアの信徒と敵対した。そ奴らを弱体化かせ、闇に葬るために妹神の存在を抹消したそうじゃ。まあ、流石の儂も当時は生まれていなかったから事実はわからん。そこら辺は森の賢人どもの方が詳しいのではないか? のう、そこのエルフ娘」


 クレスがウチから奪った干し肉をいつの間にかに頬張っていたミリは突然話を振られてむせる。

慌てて腰に提げていた水筒の水を飲むと首を横に振る。


「確かに賢人たちは女神の時代から生きていると言われているけれどもあいつらはとことん秘密主義。エルフラントの王族も滅多に会えない根っからの引きこもりよ。エルフにも女神が二人いたなんて話は伝わってないわ。多分」


 「あの」と私は手を挙げる。


「クレスさんは、レプリカって名前に心当たりは?」


 私の質問にルナミアたちは首を傾げ、クレスは興味深げに此方の顔をまじまじと見る。


「残念ながら。レプリカと言う名は知らんな」


 一瞬、あのレプリカと言う少女がレプリテシアなのかと思ったが違いそうだ。

というかもしあの子がレプリテシアなら私は体内に女神を飼っていることになる。

しかも悪い方の女神。


「……"蛇"とやらがどんな存在なのかは分かりました。それで、奴らの目的についてはご存知で? 奴らは四年前にコーンゴルドを、去年リーシェたちを襲いました。まるで私たちを狙っているかの様に見えます」


 ルナミアがそう訊ねると初めてクレスは歯切れ悪い返答をした。


「それは、うーむ。すまんがまだ理由は言えぬのじゃ」


「言えないとはどういうことだ! 此方はルナミア様たちのお命が掛かっているんだぞ!」


「エドガー、落ち着きなさい」


「しかし……」


 「エドガー」とルナミアがエドガーを諭すと彼は不機嫌そうに腕を組んだ。


「時がくれば然るべき人物からお主らの秘密が明かされるであろう。今はまだ、自分たちが奴らに狙われる特別な存在であるということだけ覚えておいておくれ」


 クレスは「お主ら」と言った。

それはつまりあの不死者どもの狙いに私、いや、私の中の存在が含まれていると言うことだ。


「……分かりました。何か事情があるのでしょう。それまで待ちます」


「すまんのう。分からないことが多く、色々と不安であろうが安心せい。お主らのことは儂が出来る限り守ってやる。というか今回ここに来たのもそのためじゃ」


 クレスが干し肉を食べようとするとミリが完食してしまっていたことに気がつく。

そっぽを向くミリをクレスが睨み付けているとヨシノが「一つ良いだろうか?」と質問した。


「四年前、その"蛇"とやらはヴェルガの亡者を引き連れて現れた。"蛇"とはヴェルガの残党なのか?」


 ディヴァーン軍にはヴェルガ残党が加わっているという。

もし、"蛇"が彼らと繋がっているのならば、今回の戦で介入してくる可能性が高いだろう。


「確かに"蛇"はヴェルガ建国から滅亡まで関わっているが、帝国の残党というわけでは無い。むしろ"狂王"とは敵対しておった。何故なら……」


「ああ、ここにいらっしゃいましたか」


 突然の見知らぬ声に驚き、テントの入り口を見るとそこにはオースエン大公が立っていた。


 五大公筆頭の姿を見た私たちは慌てて立ち上がる。

それにオースエン大公は「ああ、楽にしてください」と微笑んだ。


「セルファースか。何か用か?」


「はい、陛下がお呼びです。すぐに陛下の下へ向かってください」


 オースエン大公の言葉にクレスは「まったく、話の途中で」と悪態をつくと、跳ねる様に椅子から立ち上がる。


「話はまたいずれ。お主ら、それまで死ぬで無いぞ」


 そう言うとクレスはテントから出て行った。

何というか、色々と凄い人物だ。


 オースエン大公はそんな彼女に苦笑するとルナミアに話しかける。


「ルナミアさん、明日の早朝に軍議を開きます。その後、ペタン砦奪還のため動き始めますので、よろしくお願いします」


「は、はい! かしこまりました!」


 「では」と会釈しオースエン大公がテントから出て行く。

歳は他の大公より若いが、まるで老齢の賢者の様な人物だ。


「聞いての通り、明日私たちはペタン砦奪還の第一歩として敵の野営地に夜襲を掛ける。明日は忙しくなるわよ!」


 その言葉に私たちは「おう!」と意気込むのであった。


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