第4節・死霊騎士団Ⅰ
青い空の下、コーンゴルドと向かい合うようにある丘の上に10人ほどの異形が存在した。
漆黒のローブに蛇の面。
まるで死神を彷彿させる格好をした集団はコーンゴルドの城を丘から眺めている。
『”狩人”様。本当によろしいのですね? ”大祭司”様は容認していないですが』
異形の内の一人が異形の中でも特に異彩を発している存在に声を掛ける。
”狩人”と呼ばれたものは他の異形たちと違い、大きな羽付き帽子を被っており、漆黒のコートを身に纏っている。その横には人と同じ大きさの三つの首を持つ猟犬を連れていた。
『”大祭司”は慎重すぎる。奴のやり方ではあともう百年は待たされることになる』
”狩人”は異形の犬の頭を撫でると腕を翳した。
そこには紫色に輝く腕輪が嵌められており、それを見て彼は喉を鳴らして笑う。
『この腕輪があればあの程度の城を落とすなど造作もない。目的のモノを手に入れれば”大祭司”も文句は言うまいよ』
『城にはシェードラン大公もいるようですが?』
『好都合ではないか。兄弟揃ってシェードランは目障りな存在。この機に消えてもらうとしよう』
そう言うと”狩人”は前に出る。
そして腕を大きく振り上げると叫んだ。
『さあ、冥府の腕輪よ!! 今こそその力をもって冥府より我らが同胞を呼び覚ますがよい!!』
腕輪より漆黒の光が放たれ、丘が黒く染まる。
そして地面より現れたのは千を超える亡者の軍勢であった。
冥府より蘇った亡者たちは鎧を身に纏い、腐敗した手を”狩人”に向かって伸ばす。
『さあ、同胞たちよ! ついにこの時が来た!! 偽りの教えに従い、堕落した者どもに裁きを与え、我らの真なる主を王座に呼び戻すのだ!!』
”狩人”がコーンゴルドを指さし、亡者たちが歓喜の雄たけびを上げる。
『全軍!! 蹂躙せよ!!』
その言葉と共に死の軍勢が一斉に突撃を始めたのであった。
※※※
「門だ! 村の門を全て守れ!! 少しでも時間を稼ぐんだ!!」
衛兵であるウェンツはそう他の兵士たちに指示を出していた。
突如亡者の大軍が現れ、村は大混乱に陥っている。
降り注ぐ矢に人々は倒れ、魔術なのか時折空から落ちてくる黒い火の玉で建物が吹き飛ぶ。
(何だってんだ!?)
奇襲攻撃に混乱はしたが、長年の経験から何をすべきかは直ぐに判断ができた。
村を守る柵と門ではあの大軍を止められないだろうが一人でも多くの村人を逃がすために時間を稼ぐ必要がある。
「おい! 誰か来てくれ!!」
正門を守っていた兵士が他の兵士に呼びかけるが、呼びかけられた兵士の首に矢が当たり崩れ落ちる。
それを見たウェンツは斃れた兵士の代わりに門に向かい、他の兵士と共に門を押さえた。
「くそ、夢でも見ているのか!!」
外からこじ開けられそうになる門を押さえながら兵士の一人が叫ぶ。
「黙って門を押さえてろ!!」
弓を持った兵士たちが正門前に集まり、矢を放ち始める。
矢は放物線を描いて門の向こう側に落ちるが、門に対する攻撃は一向に収まらない。
木の柵の隙間からは亡者たちの手が伸びており、こちらの命を奪おうと蠢いていた。
「ああ、女神様!! どうかお助けを!!」
兵士の誰かがそう叫んだ瞬間、門をこじ開けようとする攻撃が止まる。
突然攻撃が止まったことに何事かと思った瞬間、かつてない衝撃が門を襲い、吹き飛ばされた。
兵士たちが地面を転がり、叩きつけられる。
ウェンツも転がった衝撃で手が反対方向に折れ曲がり、激痛で叫び声をあげる。
そしてどうにか体が踏み止まり、門の方を見ると門から巨大な三つの首を持つ犬、ケルベロスが現れ、近くに倒れていた兵士を喰いちぎった。
開かれてしまった門から亡者の軍勢がなだれ込むのを見てウェンツは絶望し、小さく呟く。
「女神よ……コーンゴルドをお守りください……」
直後、ウェンツは亡者に首を刎ねられた。
※※※
突然の襲撃に場内は騒然とした。
衛兵たちは矢を持ち出し、胸壁へと集まっていく。
レクターを拘束していたルナミアは彼は解放するとすぐに近くを走っていた兵士に訊ねる。
「何事ですか!」
「分かりません!? 突然亡者の軍勢が現れて、あっという間に村の門をぶち破っちまいました!!」
兵士はそう伝えると跳ね橋の方へと走っていく。
ルナミアは直ぐにエドガーの方を向き、「エドガー、貴方はウェルナー卿の所へ!!」と指示を出し、厩舎前に集まっていた兵士たちにはすぐに持ち場へ行くように伝える。
「リーシェ、ロイ! 貴方たちは屋敷の中へ!」
二人の手を取り、ルナミアは屋敷に戻ろうとするがレクターがそれを呼び止める。
「貴様! さっきの件、許さんぞ!!」
「許さなくて結構。何時までもここにいたいのでしたらどうぞそうしてください」
そういった直後、どこかの兵士が「上から来るぞぉ!!」と叫ぶ。
上を見れば黒く燃え盛る火の玉がこちらに向かって振ってきており、ルナミアは咄嗟に義妹とロイを庇う。
だが火の玉は空中で透明な壁に弾かれ砕け散った。
それを見てルナミアはほっと息を吐き、「城の魔術師が障壁を張ったのね」と言う。
城には数は少ないが魔術師がおり、彼らが城の上空に魔法の壁を展開し始めたのだろう。
レクターの方を見れば彼は先ほどの火の玉に腰を抜かしたらしく座り込んでおり、護衛の騎士が彼を担ごうとしている。
「情けない奴」
ルナミアはそう吐き捨てると義妹たちと顔を見合わせ頷き、跳ね橋の方へと向かった。
※※※
ルナミアたちが跳ね橋に辿り着くと、そこは混乱を極めていた。
村から逃げ出した人々が殺到し、それを衛兵たちが屋敷の中へ誘導している。
村人たちは皆、憔悴し、大なり小なり怪我を負っている。
中には肩に矢が突き刺さった状態で逃げ込んでくる人もいる。
「酷い……」
ついさっきまで平和だったのに。あっという間に地獄のような光景になってしまっている。
「お、親父は? お袋は!?」
ロイは逃げ込んでくる村人たちの姿を必死に確認し、その中にエドガーの両親がいることに気が付いた。
「エドガーの親父さん!!」
「ロイか!! 倅は!? 無事なのか!!」
「ああ、エドガーの奴はウェルナー卿と一緒だと思う」
ロイの言葉にエドガーの両親は安堵の表情を浮かべる。
ロイは辺りを見渡し不安そうな表情でエドガーの父親に「親父やお袋を見なかったか!?」と訊ねる。
「すまんが、見てない。連中あっという間に村に入ってきて大混乱になったんだ。お前の親父さん、足を悪くしていたから、まだ村かもしれん……」
「そんな」とロイは青ざめる。
もしまだ村にいるのであれば敵から逃げ切れるはずがない。
リーシェが心配そうに「ロイ……」と声を掛けるのと同時に橋の傍にいた衛兵が大声を上げた。
「もうこれ以上は無理だ!! 跳ね橋を上げるぞぉ!! 残りは教会の方に逃げ
ろ!!」
その言葉と共にまだ城の外に村人がいるにも関わらず衛兵たちが跳ね橋を上げようとする。
それを見たロイは跳ね橋の方へと駆け出し、それをリーシェも追う。
「二人とも! 駄目よ!! 誰か止めて!!」
ルナミアの声に何人かの衛兵が二人を止めようとするが、それをすり抜けリーシェたちは跳ね橋を渡ってしまう。
それと共に跳ね橋が上がり始め……。
「もうっ……!」
ルナミアは駆けた。
全力で跳ね橋へと向かい、既に斜めになっている跳ね橋に到着するとよじ登る。
彼女に気が付いた衛兵が「おい、嘘だろう!?」と慌てるがそれを無視してルナミアは跳ね橋の先端に立ち、そのまま飛び降りる。
ぎりぎり堀に落ちないで済み、そのまま地面に一回転してから着地すると二人を追って駆け出すのであった。
※※※
ルナミアたちが城から出て行ってしまったのを見た衛兵は「なんてこった」と頭を抱えるとエドガーを含めた数人の騎士を引き連れたウェルナー卿がやってくる。
「どうした! 何が起こった!!」
「ウェルナー卿、大変です! お嬢様方が外に出て行っちまったんです!!」
「なんだと!? どうして止めなかった!!」
「跳ね橋を上げるどさくさに紛れてあっという間に行っちまったんです!」
衛兵の言葉にウェルナー卿は「クソッ」と苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
それから直ぐに背後に控える騎士に指示を出す。
「アーノルド! お前はまだ封鎖されていない裏門から出てバードン伯爵の下へ向かえ! 何が起きているのかを伝えて援軍を要請しろ!」
「はい!」
「エドガー! 屋敷裏の石塔に向かえ! そこにある伝書鳩を全部放つんだ!! 諸侯の誰かが異変に気が付くかもしれん!!」
「それから」と別の騎士の肩を掴み、「ヨアヒム様に俺は少し指揮から離れると伝えろ」と言う。
「まさか、お嬢様たちを連れ戻しに行く気ですか! 無茶ですよ!」
「無茶でもやらねばならん!! 俺が戻らなかったらヨアヒム様の指示に従え!」
ウェルナー卿は部下たちの顔を見回し、頷く。
「なんとしてでも守り切るぞ!」
その言葉に騎士たちは「はい!」と力強く頷くのであった。
※※※
部下たちが一斉に動き始めるのを見届けるとウェルナーは「さて」と考える。
ルナミアたちを追いかけるにしてもどこに行ったのかが分からない。
一番可能性が高いのはロイの家だろう。だが途中で無理だと判断して別の場所に退避した可能性もある。
もし途中で諦めたのであれば防衛線を張るように指示している教会に逃げ込むだろうが……。
「お悩みでしたら教会の方は私が当たりましょう」
「お前……」
いつの間にかにメイドが横に立っていた。
いくら考え事をしていたとはいえ、まったく気が付かないとは……。
「正気か? 外は亡者で溢れている。それにどうやって城から出るつもりだ?」
「己の身は己で守れます。それに城の外に出るのであれば隠し出口を使えばいいはずです。ウェルナー様もそのつもりだったのでは?」
「……なぜ出口のことを知っている? あれはヨアヒム様を始めとした一部の人間しか知らないものだぞ?」
そうメイドのユキノに訊くと彼女は目を伏せ、「メイドですので」と答えた。
このメイド、以前から妙な奴だと思っていたが……。
(信用すべきか?)
二手に分かれられるなら非常に助かる。
だがこの怪しいメイドを信じていいものか、そう悩んでいるとユキノはこちらの前に立ち、じっと見つめてくる。
「ウェルナー様。私のことを怪しむのは当然だと思います。実際私には貴方様や旦那様に言えない隠し事をしています。ですが━━」
彼女は真剣に、決意を込めて言う。
「リーシェ様をお救いしたい。この気持ちは嘘偽り御座いません」
「…………分かった」
このメイドのことは後で問いただすとしよう。
今は一刻の猶予もないのだ。まずは動き、子供たちを救出する。
「教会にはまだ生存者がいるはずだ。教会に辿り着いたら隠し出口を使って彼らを場内に避難させろ」
「承知いたしました」
お互いに頷き合い動き始めようとした瞬間、背後から「おーい!」と声を掛けられる。
誰かと振り向けば手に二つの紫色のクリスタルを持ったヘンリーが駆け寄ってくる。
「お二人さん、外に出るんだろう! ならこれを持っていけ!」
ヘンリーはこちらとユキノに一つずつクリスタルを手渡す。
「これは?」
「そいつは封魂石。死霊術師が儀式とかに使うやつなんですがね、人や死霊の魂を封じられるんですよ。残念ながら二個しかないんでここぞってところで使ってください」
「……封魂石。教会に禁じられている呪術品をなぜ?」
ユキノがそう眉を顰めるとヘンリーは忌々し気に跳ね橋の方を見る。
「こんなことになっちまっている理由に心当たりがありましてね。その対策用に持っていたんですよ。ウェルナー卿、もし紫色に輝く腕輪をしている奴がいたら、そいつがこの惨事の元凶だ」
「はあ……お前にも後で色々と訊かないといけなさそうだな。ところでこいつの使い方は?」
そう訊ねるとヘンリーは「簡単です」と頷く。
「人間相手じゃいろいろと儀式しにゃいかんですが、死霊相手なら奴らの体に触れさせる。そうですな、思い切って埋め込んじまえばいい。そうすりゃこの石に閉じ込められて、あとは砕く。それだけです」
簡単なように聞こえるが実際は大変だろう。
だがそれしか手が無いのであれば……。
「よし、行くぞ!」
ユキノに声を掛け、二人で隠し出口に向かって走り出す。
その背中をヘンリーは見送り、「ご武運を!!」と言うのであった。
※※※
襲撃後、すぐに鎧に着替えたヨアヒムは屋敷の中で騎士からの報告を受けた。
敵はヴェルガの旗を掲げる亡者の軍勢。
その数は千を超え、既に村は蹂躙されている。
どうにか跳ね橋を上げ、敵の侵攻を防いでいるがコーンゴルドの兵力と防衛力ではそう長くはもたないだろう。
そして何よりも一番ヨアヒムを動揺させたのは娘たちが城の中では無く、外に居るということだ。
ウェルナー卿が彼女たちを連れ戻しに行ったらしいが外の惨状では最悪なことを覚悟せねばならない。
報告をしてくれた騎士に礼を言うと直ぐに防衛に加わるように言い渡す。
「弟よ。娘たちのことが心配であろうが……」
「ええ、大丈夫です。我が娘たちは逞しい。うまく逃げ延びるでしょう。それにウェルナーも向かってくれた。それよりも兄上、屋敷の地下にお隠れください」
隣に立っているラウレンツにそう言うと彼は首を横に振る。
「この状況ではどこに居ても同じであろう。いざとなれば私も剣を取ろう」
兄の言葉に頷く。
報告によると城は完全に包囲されているらしい。
騎士アーノルドがどうにか包囲を突破して援軍を呼んでくれればいいが……。
「ところで、レクターは?」
先ほどから甥っ子の姿が見えない。まさか退避できていないのではないかと心配になったがラウレンツがため息を吐きながら首を横に振った。
「とっくに地下に逃げ込んでおる。鼠のように怯えて縮こまっていたよ」
そう言うとラウレンツはヨアヒムの方を見る。
「息子のことは今はいい。我が騎士を全てお前に預ける。どうにかしてこの状況を打開するぞ」
「ええ勿論」
ヨアヒムはそう頷き返しそれから小さく呟くのであった。
「ルナミア、リーシェ。どうか無事でいてくれ」
※※※
城の外に出た瞬間、あまりの惨状に絶句した。
いたるところで火の手が上がり、黒煙が立ち込める。
通りでは亡者に村人が次々と殺され、城に撤退しなかった衛兵たちは必死に応戦しているが圧倒されている。
ロイと共に坂を駆け下り、彼の家を目指す。
近くの家に黒い火の玉が落ちた。
建物は一瞬で燃え上がり、火達磨になった村人が絶叫しながら転げ出てくる。
(怖い……)
息が苦しい。
どこを見ても死体、死体、死体。
さっきまで普通に生活していた人々が無残に殺され、肉の塊となって転がっている。
脇道で衛兵が戦っていた。
彼は槍で必死に亡者と戦っていたが囲まれ、体中を剣で突き刺され絶命する。
宿屋の近くで老人が亡者に追い付かれ転んだ。
彼は必死に逃げようとするが、それを亡者が上から槍で突き殺す。
地獄だ。
どうして、こんなことに。どうして、こんなことを。
人が大勢死んでいく光景に恐怖し、涙が出そうになる。
「手を握れ……!」
前を走っていたロイが手を差し出してくる。
私はそれを必死に掴み、一緒に掛ける。
「着いて来ちまいやがって! あとで説教だからな! だから、手を離すな━━!!」
「うん!」
正面に亡者の兵士たちが見えたので私たちは近くの路地に駆け込む。
そして積み重なっていた箱の陰に隠れると息を潜める。
「この次のを曲がったら俺の家の前だ」
「ロイのとと様たちを見つけた後は?」
「えっと」とロイが悩むと誰かが私たちのいるところに滑り込んできた。
私たちは咄嗟にお互いをかばい合うようにすると、滑り込んできた人物は「このお馬鹿さんたち!!」と怒ってきた。
「ル、ルナ!?」
それは義姉であった。
彼女は息をきらせながら私の横にしゃがみ、「ふう」と息を吐く。
「ルナミア様! なんでついて来ちゃったんですか!!」
ロイがそう言うとルナミアは眉を吊り上げ、私たちを指さす。
「あなたたちが城から飛び出したからじゃない!! あなたたち二人だけじゃ心配だから来たのよ!!」
ロイは「ああなんてこった」と頭を抱える。
辺境伯の娘が二人とも城外にいるのだ。今頃、とと様たちが青ざめているに違いない。
「で、ロイのご両親と合流した後どうするかという話。城近くの教会に逃げ込むわよ。あそこにはまだ生存者がいっぱいいるみたいだから」
それからルナミアは此方を見るとやや驚いたような表情を浮かべる。
「リーシェ、貴女怪我はもう大丈夫なの?」
そういえばいつの間にか頭から流れていた血が止まっていた。
痛みも引いているし大した怪我ではなかったようだ。
「うん、血も止まっているしかすり傷だったのかも」
「…………そう」
ルナミアは少し躊躇し、何かを言おうとした瞬間、近くで悲鳴が聞こえた。
それに三人で体を竦め、顔を見合わせる。
「ここもヤバい。ルナミア様、リーシェ、行こう!」
ロイの言葉にルナミアが「ええ、そうね」と頷き、辺りの様子を伺う。
そして「今!」と言うと三人で駆け出すのであった。
※※※
城近くの教会は生存者たちの避難場所となっていた。
どうにか逃げ込めた人々が教会の奥で身を顰め、その教会を衛兵たちが守っている。
衛兵のジェームズを始めとした三人の衛兵は教会の中で武器を構えており、皆緊張から額に冷や汗を掻いている。
外で戦いの音がし始めた。
教会の外で防衛線を構築していた兵士たちと敵が交戦を始めたのだろう。
多勢に無勢。どうあがいても勝ち目は無いが、それでも最期まで背後にいる者たちを守るために戦わなければいけない。
外が静かになった。
恐らく外にいた衛兵が全滅したのだろう。
次は自分たちの番だ。
ジェームズは他の二人の衛兵に教会の門の両横に隠れるように伝える。
そして自分は門の正面に立ち、迎え撃つ。
「来たっ……!!」
門が開かれる。
ゆっくりと。中に居る者たちに死を知らせるかのように。
(蛇の面……!!)
教会に入ってきたのは一人だった。
蛇の面を被り、ローブを身に纏った男。
ここまで撤退するうちに何度か同じような姿をしている奴らを見かけた。
亡者たちに指示を出している者もいたため、恐らくこいつらが指揮官だ。
「行くぞ!!」
ジェームズは蛇の面の男━━死霊騎士に突撃し、上からの斬撃を放つ。
それを死霊騎士は持っていた黒い刃の剣で受け止める。
それと同時に門の陰に隠れていた衛兵たちが飛び出す。
死霊騎士は飛び出してきた衛兵たちに気が付くと、まずジェームズを蹴り飛ばし、体を捻ると右からくる衛兵の首を斬り落とした。
そのままの勢いで回転し、もう一人の衛兵の腹を剣で刺すが、腹を刺された衛兵は血を吐きながらも死霊騎士に飛びかかる。
『!!』
衛兵に飛びかかられたことにより一瞬動きを止めた死霊騎士にジェームズは突撃し、持っていた剣で刺された衛兵ごと敵の胸を貫く。
(……やった!!)
どう見ても致命傷だ。
仲間二人の決死の行動によって敵の指揮官の一人を討ち取れた。
だが。
『見事。だが、無意味だ』
「なっ……!?」
死霊騎士は己に突き刺さった剣を手で掴みそのままこちらを引っ張ってこようとする。
ジェームズは咄嗟に手を放し、離れようとするが。
「……!!」
刺された。
死霊騎士の持っていた剣が腹に突き刺さり、引き抜かれると同時に鮮血が噴き出す。
(ち……く……しょう……)
こいつもきっと不死者だ。
こんな奴らにどう勝てばいい?
ジェームズはそう絶望しながら意識を失うのであった。
※※※
三人の衛兵が討ち取られると教会の中に居た人々から絶望の悲鳴が上がる。
もはや自分たちを守るものは誰もいない。
恐らく一人残らず殺されるのだろう。
皆、身を寄せ合い、かばい合い、泣き合う。
だがそんな中、一人の男性が死霊騎士の前に立った。
神父だ。
この教会の神父はゆっくりと死霊騎士の前に出て、向かい合う。
『ほう?』
死霊騎士は近づいて来る神父を興味深げに見ると剣先を彼の喉元に突き立てた。
それに対して神父は動じず、真っすぐに相手を見る。
「あなた方がどこのどなたかは存じません。何故、このような非道な行いをするのかも分かりません。ですがここは神聖なる教会。このように血を流していい場所ではない。女神の罰を恐れるのなら立ち去りなさい」
『貴様、死ぬのは怖くないのか?』
「怖いですとも。ですが私は女神の教えを説くもの。信徒たちが危機に瀕するならば身を挺して守らなければならない」
『素晴らしい心がけだ。だが、偽りの女神を信ずるなど愚か極まりない』
神父は眉を顰める。
「偽りの女神?」
『……貴様には関係ないことだ。死ね。偽りの女神を信じたまま』
死霊騎士が剣を振り上げる。
神父はそれを落ち着いた心で見つめ、祈る。
「ああ、女神よ。どうか我が命をもって罪無き人々をお救い下さい」
剣が振り下ろされた。
刃は神父の頭蓋を狙い、両断されるかと思った瞬間、それが突然現れたのであった。
ステンドグラスを突き破り、教会に入ってきたのはメイドだ。
メイドはそのまま死霊騎士に蹴りを放ち、死霊騎士はそれを避けるために後ろへ跳躍した。
そして死霊騎士と神父の間に着地するとメイドはスカートに着いた埃を払い、丁寧に一礼する。
「女神では御座いませんが、メイドが参りました。さて、無作法なお客様にはお帰りいただきましょう」
※※※
亡者たちをどうにか掻い潜り、私たちはロイの家に向かっていた。
家に近づくほどロイの走る速度が速くなり、私とルナミアも速度を上げる。
以前ロイの家に行く時に見かけた納屋が見えるとロイが「あと少しだ!」と言う。
するとルナミアが私の横に並び、小声で話しかけて来た。
「もしもの時は……二人でロイを引きずって逃げるわよ」
「それって……」
「もしもの時よ」
ロイの家に近づくほど不安が大きくなって来る。
どうか、どうか無事でいてください。
そう願いながら納屋を通り過ぎる。
そして、ロイの家が見えて来ると……ロイが立ち止まった。
「…………」
家の前。
妻を庇うように覆い被さった夫。
その背中には槍が突き刺さっており、ドス黒い血溜まりが広がっている。
槍が引き抜かれた。
蛇の面を被った騎士が槍についた血を拭い、ロイの両親だったものを蹴り飛ばす。
蹴られたロイの父はひっくり返り、既に事切れた虚な瞳と目が合う。
「うっ……」
吐きそうだ。
様々な感情が頭の中で渦巻き、混乱する。
思わずしゃがみ込むとロイが一歩前に出た。
「テメェら……」
彼は怒りと悲しみで顔を歪め、近くに落ちていた薪割り用の斧を拾い上げる。
「テメェらぁ!!」
「ダメよ!」
死霊騎士に向かって飛びかかろうとするロイをルナミアがしがみつき、必死で止める。
「止めるな! 止めないでくれ!! 親父が!! お袋がっ!!」
「分かってる! 分かってるけどもうどうにもならないの!!」
死霊騎士が此方に気が付いた。
敵は周囲の亡者に指示を出し、近づいてくる。
それを見たルナミアはしゃがんでいる私に「リーシェ、立って! 彼を連れて逃げるわよ!!」と叫ぶ。
そうだ。逃げなきゃ。
ロイの両親は助けられ無かったが、彼や義姉はまだ助かる。
私は膝に力を入れて、立ち上がった。
そして歩き出そうとした瞬間、背後から殴られ、吹き飛んだ。
※※※
(しまった……!!)
ロイに気を取られている間に別の死霊騎士がリーシェの背後に現れていた。
死霊騎士はリーシェを後ろから殴打し、彼女は吹き飛ばされてこちらまで転がってくる。
倒れた義妹を引き起こし、背中に隠すとルナミアは自分たちが絶体絶命の窮地に陥ったことを知る。
正面には槍を持った死霊騎士。
背面には剣を持った別の死霊騎士。
そして他にも数代の亡者がいる。
完全に囲まれた。
どうにかしてリーシェたちだけでも逃がせられないか必死に考えていると槍を持った死霊騎士が『待て』と周りを制する。
『黒い髪に金の瞳。ルナミア・シェードランだな?』
「ええ、そうよ。辺境伯の娘の首を獲って手柄にでもするつもり?」
死霊騎士が笑う。
怖い。
先ほどから強がってはいるものの脚の震えが止まらない。
今、こうやって立っていられるのは義妹たちがいるからだ。
『鍵が自らやってくるとは運が良い』
鍵? なんのことだ?
亡者たちがジリジリと寄ってくる。
ロイは憎悪の目で敵を睨みつけながら斧を構え、リーシェは怯えながらも私の手をしっかりと握り、正面を向いてる。
『━━やれ』
死霊騎士の指示によって亡者たちが一斉に動き出した。
自分たちは互いを庇い合い、最期を迎えようとして……。
一閃。
「…………」
亡者たちの手足が飛び散り、宙を舞う。
何が起きたのか。
一瞬混乱するが、すぐに理解した。
目の前で剣を持ち、青いマントを靡かせるその姿は。
「ウェルナー卿!!」
コーンゴルド随一の騎士がそこに居た。
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