第5節・死霊騎士団Ⅱ


 ウェルナー卿の指示を受け、エドガーは石塔の螺旋階段を駆け上り、屋上を目指していた。


 鎧を着て階段を登るのはかなり体力を使い、全身から汗が吹き出し、息切れを起こし始める。


 ふと石塔の小窓から外の様子を見れば、堀を乗り越えようと群がる亡者の群れが見えた。


「……!?」


 疲れからか、亡者の大軍を見た恐怖からか、エドガーは足を縺れさせ、転倒してしまう。


「……クソッ!!」


 階段を拳で殴りつける。


 情けない。

今、この状況に怯えている自分が、さっきロイを助けるのに躊躇った自分が。


 平民から頑張って従騎士になり、自分はできるやつだと自惚れていた。

厩舎前での件、自分なんかよりもリーシェの方が遥かに立派に見えた。


 リーシェ・シェードラン。


 彼女のことは嫌っているわけでは無かった。ただ、どう接したらいいのか分からないのだ。


 自分には夢があった。

ウェルナー卿に弟子入りし、ヨアヒム様に認められて騎士となり、ルナミア様に仕える。

その夢に横から突然入って来たのがリーシェだ。


 ある日突然コーンゴルドに連れてこられたゼダ人の少女。

彼女はヨアヒム様の養女となり、貴族の娘となった。


 だが気にする必要はない。自分はルナミア様の騎士になるのだ。

そう思っていたが。


『今日も鍛錬に励んでいるわね。これなら義妹の騎士として相応しくなりそうだわ』


 その言葉は自分にとって頭を金槌で殴られたかのような衝撃を与えた。


 違う。違うんです。俺が頑張って鍛錬しているのは貴女の妹の為ではない。俺は貴女に━━。


 それ以来、リーシェを避けるようになった。

彼女に冷たくし、嫌われれば彼女は自分を己の騎士にしない。

そんなことを考えて。


「くだらない!」


 ああ、くだらない!


 確かに自分はルナミア様の騎士になりたいと思っている。

だが、騎士になりたい理由はそれだけか?

いいや、違う。昔、ロイと二人で語った夢。

どんな理不尽にも決して屈しない、正義の騎士になる。

それが忘れかけていた本当の理由。


「…………」


 起き上がり、息を大きく吸う。


(今は雑念を振り払え!!)


夢を叶えるためにも、友人を主を救うためにも今は動くのだ。


 一歩一歩階段を踏み上がる。

ウェルナー卿に託された使命を果たし、皆で生き残る。

ただそれだけを考え、若き従騎士は再び駆け出した。


※※※


 コーンゴルドの城壁では押し寄せる亡者の大軍を衛兵たちが迎え撃っていた。


「脚だ! 脚を狙え!! 殺せなくても動きは止められる!!」


 衛兵たちが矢を放ち、亡者の脚を貫き、壊していく。


 脚を壊された亡者は這いながらも城壁を目指して進軍してくるが、別の亡者がそれを踏みつぶしていった。


「くっそ!! キリがないぞ!! おい! 矢をもっと持ってこい!!」


「こっちは弦が切れちまった!! 誰か代わりの弓を持っていないか!!」


「矢が来るぞー!!」


 誰かの声に衛兵たちは一斉に身を隠す。

すると雨のように矢が降り注ぎ、身動きがとれなくなった。


「畜生!! これ、もうどうにもならないんじゃないか!?」


「落ち着け! 奴ら堀を登ってくることはできない!! 城壁で押し返せ!!」


 矢の雨が途切れ、衛兵たちはいっせいに立ち上がり、弓を撃ち返す。

それにより矢を撃っていた亡者たちの陣形が崩れた。


「よし! このまま……」


 そう衛兵の一人が言おうとした瞬間、異変が起きた。


 亡者たちが一か所に塊り始めたのだ。

まずは団子状に塊り、その後上へと伸びていく。

互いを肩車しあい、天に向かっていく伸びていくそれはまるで━━。


「くそっ……冗談だろう……」


 直後、亡者の梯子が城壁に倒れてきた。


※※※


 亡者の橋が城壁に倒れた衝撃で何体かの敵が宙を舞い、振ってくる。


 前線で指揮を執っていたヨアヒムは己の頭上に亡者が降ってくるのを視認するとすぐに剣を抜き、叩き切った。

胴を真っ二つにされた敵は地面を転がり、砕け散るがその手足は不気味に動いている。


「侵入されたぞぉ!!」


 城壁にいくつもの梯子を掛けられ亡者たちが押し寄せてくる。

それを見たヨアヒムは直ぐに「全軍、押し返せ!! 梯子を落とせ!!」と指示を出す。

城壁の上はあっという間に乱戦となり、敵味方が入り乱れる。


 ヨアヒムは迫りくる亡者たちを次々と切り伏せるが徐々に押し込まれ、壁際まで追い込まれた。


 剣を構え、己を囲む六体の亡者たちを睨みつける。

一体目が飛びかかってきた。

それを避け、振り返ると敵の首を刎ねる。

その隙に突撃してきた三体に対しては、先ほど首を刎ねた亡者の体を掴み、投げつけ動きを一瞬止める。

その間に一体目の脚を斬り落とし、その隣の奴は腰から右肩にかけて切り裂く。

そして三体目を切り伏せようとした瞬間、残り二体が槍をもって突撃してきた。


「ぬぅ!!」


 一体目の槍は避けるが二体目の攻撃が左腕を掠る。

更に先ほど倒し損ねた奴が背後から襲い掛かろうとして━━砕けた。


 鎖の付いた鉄球が敵の頭蓋を砕き、吹き飛ばす。

ヨアヒムは咄嗟にしゃがむと残り二体の内一体の胴を横薙ぎの斬撃で叩き砕き、残りは先ほどの鉄球が胴に激突し、粉々に砕ける。


「……ふぅ」


 六体とも死んではいないが無力化できた。

ヨアヒムは額の汗を拭うと鉄球が飛んできた方を見る。


「すまんな。助かった」


「いえいえ。危ないところでしたな。私の腕が鈍っていなくて良かった。敵を砕くつもりがヨアヒム様に当たっていたらシャレにならない」


 そう笑うのはヘンリーだ。

彼の手には鎖付きの鉄球があり、それを器用に振り回してみせる。


「最後のあれは危なかったぞ」


「ヨアヒム様なら避けてくれると思いまして」


 「まったく」と苦笑するとまた亡者たちが迫ってくるのが見える。

それに対して剣を構えなおすと横目で隣に立つヘンリーを見た。


「すまんがまた手を貸してもらうぞ」


「ええ。これは腕輪を盗まれたガドアの失態。当然、手伝いましょう」


 そう言うとヘンリーが鉄球を放ち、亡者を一体砕く。

そしてヨアヒムも敵に向かって切りかかるのであった。


※※※


 ロイの家の前ではウェルナーと死霊騎士二体が対峙していた。

死霊騎士たちはウェルナーを挟むように動き、対してウェルナーは最小限の動きで極力敵を死角に入れないようにする。


(来る……!!)


 まず攻撃してきたのは背後に回り込もうとしていた槍の死霊騎士だ。

敵は一直線に突きを放ち、ウェルナーは横への跳躍でそれを避ける。

彼の着地の隙を狙い剣の死霊騎士が踏み込んでくるが、ウェルナーはつま先で地面に着地すると直ぐに再度跳躍し、剣の死霊騎士の方へ飛び込む。


 己が踏み込むつもりが逆に距離を詰められた死霊騎士は咄嗟に剣で自分の体を守り、ウェルナーが放った斬撃を受け止める。

ウェルナーは最初から受け止められることを分かっていたようで、すぐに回し蹴りに移行し死霊騎士のわき腹に強烈な一撃を叩き込んだ。


 剣の死霊騎士が吹き飛び、次は槍の方だと振り返ると眼前に槍の先端が迫っていたため強引に上体を逸らし、槍を避ける。


「あっぶね!!」


 穂先が鼻の先端近くを掠めるが、彼は上体を逸らした勢いで敵の持つ槍を掴み投げ飛ばす。


 投げ飛ばされた死霊騎士はちょうど立ち上がろうとしていた別の死霊騎士の上に落下し、二人は激突して地面を転がった。


※※※


(す、すげえ……)


 ウェルナー卿がコーンゴルド随一の騎士であり、あの白銀騎士団の団長にならないかとスカウトされことがあるという話は聞いていた。

だが実際に彼の実力を見ると体の奥からこみあげてくるものがある。


 あの騎士は二対一の数的不利でありながら敵に対して優勢なのだ。

もしかしたらこの人なら敵を全て倒してくれるかもしれない。

そう思えた。


『おのれ……』


 死霊騎士たちが起き上がり、武器を構える。

対してウェルナー卿も剣を構え直した。


 両者、お互い間合いをはかり合いゆっくりと動く。

素人にも分かる緊張感にロイは固唾を呑むと。


『退がれ』


 第三者が現れた。


 死霊騎士たちの背後から現れたのは大きな羽付き帽子を被った仮面の男。

手には己の身長程ある大弓を持ち、その姿は死霊騎士たちの中でも異彩を放っていた。


 だが、ロイが凝視したのは彼ではない。

彼の横にいる怪物であった。


 大人と同等、いやそれ以上の大きさに三つの首。

大きな口には鋭い牙が並び、涎を垂らしている。


 ケルベロス。


 伝承上に出てくる地獄の番犬がそこに居た。


※※※


(こりゃ、参ったな……)


 ウェルナーは新手の登場に内心舌打ちしながら剣の柄を強く握りしめた。


 となりのイヌッコロも中々インパクトがあるがヤバいのは弓を持った方だ。


 全身の毛が逆立つ。

本能が危険を知らせ、口の中が緊張で乾く。


 弓を持った新手は死霊騎士たちに『貴様らでは相手にならん』と言い、後ろに退がらせた。


(紫の腕輪……!)


 新手の腕に紫に輝く腕輪が装着されていることに気がつく。

さっきのヘンリーの話では腕輪を着けている奴がこの事態を引き起こしているという。

つまり、こいつが敵の総大将!


『こんな小さな城。退屈な狩りになると思っていたが、なかなか楽しめそうな奴がおる』


「狩り? は! その格好といい狩人のつもりか?」


 此方の言葉に敵は愉快そうに笑い、ケルベロスの頭を撫でた。


『如何にも。私には既に名が無いが"狩人"と呼ばれている。騎士よ。貴公の名を聞いておこう。私は狩った獲物は記録するたちでな』


 ケルベロスが唸り一歩前に出る。

それに合わせて此方も一歩だけにじり寄り、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「お前みたいな奴に名乗るつもりは無いね!」


 そう言い放つと"狩人"は大弓を構える。


『それは……残念だ!』


 直後、大弓より赤い閃光が放たれた。


※※※


 ウェルナーの行動は無意識の、長年の経験で培われた生存本能によるものであった。


 敵の大弓に光が灯った瞬間、全身が危険を告げ、とっさに横へ跳ぶ。

その直後、自分が先ほどまで居た場所を赤い閃光が貫き、閃光は遠くの家にぶつかると家の壁を粉々に砕いて爆発した。


(なんちゅー威力だ!!)


 "狩人"の持つ大弓には矢がかけられていなかった。

恐らくあれは魔力を射出する魔弓。

先ほどの通り、掠っただけでも人間を粉々にする破壊力を持っているのだろう。


「ちっ!!」


 矢を避け終えるとすぐに巨大な前足が迫って来るのが見え、前に転がる。

ケルベロスの前足を避けながら尻の方まで転がると今度は後ろ蹴りが放たれた。

それをどうにか剣で受け止めると蹴られた勢いでケルベロスから距離を取る。


「エゲツない猟犬だ……まったく!!」


 再び閃光が放たれる。

魔力の矢は此方の首を狙い、ウェルナーは横に倒れ込むように避けた。


 防戦一方


 “狩人"と猟犬の挟撃で反撃に転じる隙が無い。

今はまだいいがそのうち体力が尽きてあの弓かケルベロスの牙の餌食になるだろう。


 ケルベロスが飛びかかって来た。

それを後方へ跳躍で躱すとベルトに掛けていたナイフを咄嗟に引き抜き、投げた。


 投げる相手はケルベロスではない。

既に此方を狙っていた“狩人"だ。


 敵は矢を撃つのを止め、大弓でナイフを弾く。

その隙を突いて飛び込んだ。


 一気に距離を詰めようとするが背後からのケルベロスの体当たりを喰らい、吹き飛ぶ。


(この、やろう!!)


 吹き飛ばされながらも予備のナイフを"狩人"に投げつける。

流石の敵も吹き飛ばされながらナイフ投げをして来るとは思わなかったようで、反応が僅かに遅れた。


 ナイフは“狩人"の仮面に当たり、仮面が砕ける。

顔面にナイフを受けた“狩人"は大きくよろけるが。


(威力が足りなかったか!)


 ナイフは仮面に当たった際に弾かれた。

勢いさえ有ればあのまま顔面に刺せたのに。

そう思いながら地面に叩きつけられる。


 全身を打撃され、息が止まる。

凄まじい痛みに耐えるため歯を喰い縛り、どうにか立ち上がれた。


 対して敵も"狩人"は己の顔を手で押さえ、ケルベロスが主人を守るように前に出る。


 そして、"狩人"が顔を押さえていた手を退けると、彼の素顔が現れた。


「まあ、予想してはいたがね……。お前も亡者か」


 死者だ。


 蒼白いボヤけた光に包まれ、半透明の髑髏がそこにあった。

“狩人"の瞳はまるで蛇のようであり、紅く輝く双眸は目が合うだけで寒気がする。


『亡者などと一緒にしてもらっては困る。我らは使徒。天の加護を受け、不死となった超越者である』


「俺には天の加護ではなく、冥府の呪いの類いに見えるがね」


 そう言うと"狩人"が再び矢を放って来た。


※※※


 "狩人"は高揚していた。

永らく忘れていた感覚。死を超越し、得られなくなっていた感情。


 賢く、獰猛な獲物を試行錯誤し追い詰める。

どんな狩人も一瞬でも気を抜けば己が狩られる側になってしまう。

そのスリルこそが狩りの醍醐味なのだ。


 この騎士は素晴らしい。

臨機応変に立ち回り、此方の裏をかこうとしてくる。

この数十年間出会うことができなかった良質な獲物だ。


 騎士は矢を避けながらケルベロスの攻撃を凌ぐ。

ケルベロスの噛みつきをすれ違いながら回避し、その一瞬で右頭の目を剣で切り裂いた。


 ケルベロスは悲鳴にも近い叫びを上げ、体制を崩して倒れた。

その間に此方に対して一気に距離を詰めて来たのだ。


 それに対して自分も後方へ跳躍しながら弓を構える。

狙うのは頭、のように見せかけ足元に矢を放つ。

放たれた矢は地面に当たり、爆発を生じさせた。


『避けたか!!』


 舞い上がる土埃の中から騎士が現れる。

奴の足元を狙い、吹き飛ばしてやるつもりであったが敵は此方の狙いに気が付き、減速して横に飛んだのだ。


(愉快だ!!)


 人の身でありながらここまでやるか!!

此方が腕輪のせいで全力を出せていないのもあるがこの騎士は使途である自分と互角の勝負をしている。


(ああ、腕輪を外し! 全力でこの獲物を狩りたい!!)


 人としての生死を超越した我々は冥府の腕輪の呪いで死ぬことは無い。

だが不死者を呼び出している間は生命力の代わりに魔力を吸われるため全力を出すことが出来ないのだ。


 矢を連続で放ち、次々と爆発が生じる。

その内の一本が下がらせた部下二人に直撃し、吹き飛ぶがどうでもいい。

周囲に土埃が舞い、辺りを埋め尽くした。

それにより騎士の姿が見えなくなるが━━。


『かかったな!!』


 騎士が飛び出してくる。


 此方の視界が遮られているこの絶好の機会を逃す敵ではない。

当然、一気に攻めてくるだろう。攻めてくるのが分かっているから。


『━━やれっ!!』


「ちぃ!?」


 煙の中。


 騎士のすぐ横にケルベロスが現れた。

この煙は敵の攻撃を誘うためだけではない。

視界の端で起き上がっていたケルベロスに奇襲をさせるためのものだ。


 ケルベロスは巨大な口を開き、騎士を食い殺そうとする。

更に此方も弓を構え、魔力を込める。


『獲ったぞ!!』


 騎士がケルベロスに喰われ、矢が放たれようとした瞬間、突如ケルベロスが吹き飛んだ。


(なんだとっ!?)


 ケルベロスを吹き飛ばしたのは水鉄砲だ。


 高速で放たれた水の塊がケルベロスの胴体に直撃し、その巨体を吹き飛ばしたのだ。

そしてその水鉄砲が放ったのは辺境伯の娘であった。


※※※


「や、やった!!」


 ルナミアは内心でガッツポーズをした。


 ケルベロスが立ち上がり、ウェルナー卿に向かって飛びかかったのを見た瞬間、咄嗟に魔術を使った。

これほどの大技、人生で初めてであったがどうにか上手くいった。


「す、すげえ!!」


 隣でロイが目を輝かせている。

そうだろう。すごいだろう。自分でもできるとは思っていなかったから。


 吹き飛ばされたケルベロスが起き上がり、こちらを睨みつけて来るのが見える。


「怒っていない?」


 妹の言葉に頷く。怒っている。物凄く怒っている。

あの魔獣の周囲の魔力が激しく揺らめいているのが私には見える。


 ロイが「も、もう一回あの術で!」と期待の目を向けてくるが私は笑顔で頷いた。


「それ無理! もう魔力尽きたみたい!!」


 そしてケルベロスが咆哮を上げ、突進してくるのが見えると三人で一斉に納屋に向かって走り出すのであった。


※※※


(まずい!!)


 ケルベロスが怒りで餓鬼どもを追い始めてしまった。


『ケルベロスよ! 黒髪の小娘だけは殺すな!!』


 自分の言葉が届いているかはわからない。

これはすぐにでも辺境伯の娘を捕えなければ。

そう考え、走り出そうとするが。


『貴様……』


 騎士が立ちはだかった。

彼は剣を真っすぐに構え、こちらと向かい合う。


『己の主が死ぬかもしれぬぞ?』


「ああ、助けに行きたいんだがね。だがお互い、目的を果たすためには……」


『致し方なし、か』


 こちらも弓を構える。

ケルベロスが居なくなってしまったため数的有利が無くなった。

だがそれも良い。

状況が刻一刻と変わるのもまた狩りだ。


 にらみ合う。

お互いに円を描くように歩き、様子を伺い合った。

そして、騎士が小石を蹴った瞬間━━━━矢を放つ。

それと共に騎士も踏み込み、再び激突するのであった。


※※※


 ルナミアたちは納屋に逃げ込むとすぐに門を閉じ、閂をかけた。

直後、ケルベロスが門に体当たりし、納屋全体が軋む。

あんな閂では直ぐに破られてしまうだろう。

だが納屋に出口は無く、完全に袋の鼠だ。


(どうする……!?)


 納屋に逃げ込んだのは失敗だったかもしれない。

だが今は後悔する時間も惜しい。

どうにかして状況を打開しなければ。


 そう考えながら辺りを見渡すと納屋の入り口近くに梯子があり、上に登れるようになっていることに気が付いた。

逃げ出せそうな窓などは見当たらないが……。


(一か八か、ね)


 子供三人。

今にも門を破りそうな魔獣相手にどうするか。

覚悟を決めるとルナミアは二人に声を掛けた。


「一つ、考えがあるわ」


※※※


 私とロイはルナミアの話を聞いた後、すぐに梯子を登った。

ロイの手には外で拾っていた斧が。自分の手には納屋にあった鍬が握られている。


 私たちは納屋の上階でしゃがみ、息を顰める。


 下にはルナミアが一人残り、彼女は囮になる気なのだ。


「なあ……」


 隣にいるロイが小声で話しかけてくる。


「もしかしたら、死ぬかもしれないからさ……」


「死なないよ。みんな、死なない」


 そう私が言うとロイは少し目を丸くした後に笑みを浮かべて頷く。


「ああ、そうだな。死なねえ。でも、一応言っておこうと思うんだ」


 彼はじっとこっちを見つめてくる。

私はその瞳をじっと見つめ返し、ロイは少し躊躇った後、口を開いた。


「俺、多分、お前のことが━━━━」


 門が破られた。


 閂ごと門が粉砕され、木片が飛び散る。

飛び散った木片は下にいるルナミアをいくつも掠め、彼女の白い肌から血が流れるのが見えた。


 いよいよだ。

覚悟を決めろ。

ここでしくじったら全員あの世行きである。


 ケルベロスが一歩一歩、ゆっくりと納屋に入ってきた。

魔獣は目の前にルナミアしかいないのが気になったのか足を止め、鼻を鳴らして臭いを嗅ぎ始める。


(まずい……)


 まだ敵が真下に来ない。

ここで感づかれたらすべてお仕舞いだ。


 するとルナミアは不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てるとケルベロスに手招きをした。


「あら、ワンちゃん。どうしたのかしら? まさかこんな小娘が怖いのかしら?」


 ケルベロスが唸る。

だがまだ警戒しているらしく前には出てこない。


「まあ、怖いわよね。だってあなた、さっき私にぶっ飛ばされたんだもの。あれ、すごくかっこ悪かったわよ?」


 義姉は一歩前に出て鼻で笑う。


 魔獣も一歩前に出会た。


 もう少し……。


「私、初めて見たわ。ケルベロスが無様に吹っ飛ぶ姿。あなた、もしかして実はケルベロスじゃなくてただの雑種犬なんじゃないかしら?」


 また魔獣が一歩前に出る。

三つの首がすべて唸り、殺意に満ちている。


 あと少し……。あと、怒らせすぎだと思う……。


「そうね、あなたはやっぱりただの首三つあるワンちゃんよ。ほら、ワンちゃん、あれやってみて、あれ。ち、ちんちん!」


 あの義姉、何言ってるの?

しかも最後のワードだけ妙に恥ずかしがったのでこっちも少し恥ずかしくなってくる。


 だがケルベロスには効果覿面だったらしく、一気に前に進んできた。


 今だ! 魔獣の頭がまさに今、真下にあった。

私たちは上から飛びかかろうと立ち上がり、その瞬間床が軋んだ。


※※※


(気が付かれた……!!)


 軋んだ音で真ん中の頭が上を見上げ、頭上にリーシェたちが居ることに気が付いてしまった。

このままでは二人ともやられる。

そう判断するとルナミアは咄嗟にケルベロスに向かって手を突き出した。


 まだ残っている魔力を全て手のひらに集める。

幸い納屋には水の入った桶がいくつもあったため、そこから水を手の前にかき集めた。

そして生み出したのはいくつもの水の針だ。


(撃てっ!!)


 力を籠め、魔力を乗せた水の針を射出する。

高速で射出された無数の針は凶器となり、ケルベロスの左頭の両目を潰した。

不意を打たれたケルベロスはもがき苦しみ、体毛を逆立てる。

そして。


「どぉおおおりゃああああ!!」


 ロイたちが飛び降りた。


 ロイは落下の速度と懇親の力で斧を振るい、真ん中の頭の頭蓋を文字通りかち割る。

頭蓋が砕け、鮮血が噴き出し、ロイはそのまま衝撃で地面にたたき落された。


 リーシェの方は鍬で左頭の首上を突き刺すが、刺さりが甘いと判断すると鍬を引き抜いて飛び降りる。

そして必死に両前足を振るケルベロスに向かって突撃し、全力で首に鍬を突き刺した。


 鍬は今度こそ深く魔獣の左首に突き刺さり、魔獣は断末魔の叫びをあげて崩れ落ちる。

崩れ落ちた重みで鍬が更に深く刺さり、貫通するともう魔獣は動かなくなった。


※※※


「や、やった……」


 崩れ落ち、動かなくなったケルベロスを見てロイはそう呟いた。

どうやっても助からないと思っていた。

だが自分たちだけで、子供三人だけで魔獣を討ち取ったのだ。


「あ、あれ?」


 立ち上がれなかった。

尻餅をついた状態でどうやら腰を抜かしてしまったらしい。


「あら? ロイ、腰を抜かしてしまったのかしら?」


 ルナミアにそう言われ、少し恥ずかしかったので顔を逸らす。

それに彼女は笑うと手を差し出してきた。


「ほら、掴まりなさい」


 ルナミアの手を掴み、どうにか起こしてもらうが直ぐにふらついてしまう。

それをルナミアが肩を貸し、支えてくれた。


「す、すみません……」


「いいのよ。貴方たちのお陰で助かったのだから」


 「でも」とルナミアは続け、耳元で囁く。


「まだまだ、妹の騎士にはしてあげられないわね」


 「え!?」と顔を赤くするとルナミアは悪戯っぽく笑う。

気恥ずかしさから目を逸らすとジト目でこちらを見ているリーシェと目が合った。


「な、なんだよ?」


「べつにー」


 ジト目でこちらを見続けてくるリーシェに「いや、だからなんだよ!」と言うと彼女はまた「べつにー」と返してきた。

そんな二人のやり取りにルナミアは笑うと「二人とも、まだ終わっていないわよ」と言う。


※※※


 私は義姉の言葉にうなずいた。

そうだ、まだ終わっていないのだ。

外では未だに亡者の群れがいるし、ウェルナー卿も気になる。

早くここから離れるべきだろう。


 そう考えていると義姉たちの後ろで何かが動くのが見えた。


 血を大量に流しながら、ゆっくりと起き上がるそれは憎悪の視線を向ける。

ああ、ダメだ。

まだ本当に終わっていなかった。

魔獣はまだ生きていたのだ。


 魔獣が腕を振り上げる。

鋭い爪を光らせ、義姉の首を叩き切らんと━━━━振り下ろした。


 その瞬間、私は動いていた。

義姉を、ロイを守ろうと必死で。

敵に気が付いた二人が驚愕と絶望の表情で振り返る。


 全てがスローモーションに見えた。

爪が迫る。

私は二人を庇うように抱きかかえ、背中を敵に向ける。


 そして爪が背中に吸い込まれるように近づき。




━━━━私は、切り裂かれた。 


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