彩音さんが残した遺産

 彩音さんが残してくれた遺産ともいえる羊皮紙には、日本にあった食材や道具と似通った物のある場所が書かれていた。


 食材に関しては運が良かったこともあり、ほぼ網羅していた。見つけられていない物は、この大陸とは別の大陸や島国にあるものだ。


 道具に関しては俺自身が物作りをしないので、いまいち価値がわからない物が多く、苦労してまで手に入れる気はない。


 暇になったら探しにいてみようと思う。船旅になるからミーちゃんは喜ぶね。


「み~」


 そしてその羊皮紙の最後の項に不可解な記述があった。


『同士のために立ち上がり封印を解け同郷の者よ! (女性に限る)』


 なにやら壮大な感じがする。とんでもないお宝の匂いがする。でも残念ながら俺は男なんだよね。ミーちゃんは女なの子だけど、駄目だよねぇ。


「みぃ……」


 同郷ねぇ。なんだ、そういえばすぐ近くにいるじゃないか。


 宗方姉、ちょと来い。


「なにかな? ネロくん。僕は忙しいのだよ~」


 ルーくんとラルくんをモフモフしているお前のどこが忙しいんだよ!


「モフモフして忙しいところすまないが、君に特別任務を与えよう。非常に重要で崇高な任務となる。どうだ、やるかね?」


「はっ! やるであります。で、報酬はいかほどで?」


「彩音さんからの依頼だからな、本当に崇高な依頼と思える。かかった経費はこちら持ち、成功報酬は金貨二枚。その依頼の中で手に入れたお宝は折半でどうだ?」


「おぉー。ネロさん、デブっ腹!」


「みぃ……」


 ミーちゃん、なんで俺のお腹を見るのかな? 二段腹にはなってないからね! 本当だよ!


「カオリン、太っ腹な……」


「そうとも言う!」


 取りあえず、ミストレティシアさんに連絡だ。封印場所は義賊ギルド女帝に代々伝えると書いてある。まだ、彩音さんからみて二代目だけどね。


 レティさんに言ってミストレティシアさんにアポを取るといつでも来てとのこと。手ぶらで行くのもなんなので手土産のお菓子を作る時間も考え、明日の十の鐘に伺うと伝えてもらった。


 次の日、ミストレティシアさんの所に向かう準備をしていると、義賊ギルドの馬車が迎えに来た。


 レティさん曰く前に行った場所とはまた違う場所で会うそうだ。


 宗方姉とレティさんを連れ馬車に乗り込む。今日は貴族街ではないらしい。それでも向かった場所は裕福層が住む区画で、大きな建物の前で馬車が止まり執事さんに建物の中に迎い入れられる。


 下品にはならない程度の高級な家具の揃った応接間に案内され、少し待つとミストレティシアさんが現れた。


 いつもの真っ赤なドレスではなく、シックな紫色のドレスだ。


「いつもの赤より、その色のほうがお似合いですよ」


「み~」


「あら、ネロくんとミーちゃんに褒められたわ。いつもの赤は女帝としての戦闘服なのよ。相手に威圧を与えるのに適しているの。代々女帝はあの色のドレスを着ることになっているの」


「では、今日はなぜ?」


「今更、ネロくんに威圧なんて必要ないでしょう? 今日はお友達と会うだけだし。違くて?」


 うん。大人の余裕ってやつだな。妖艶な笑みを浮かべている。本音かどうかはわからないけど。


「まあ、いいでしょう。これはお土産です。宮廷料理長直伝のお菓子とそれにアレンジを加えたものです」


「宮廷料理長直伝とは楽しみね。早速、頂きましょう」


 執事さんと侍女さんがお茶の用意をする。豪華な皿に二つお菓子が載せられる。


「どら焼きだ~」


「み~!」


 宗方姉とミーちゃんの目が輝く。いや、ミーちゃんの目はギラついている。ミーちゃんは一度王宮で食べているので、中に何が入っているか知っている。超絶興奮気味。宗方姉は単に懐かしいお菓子だからだろう。


 ミストレティシアさんは上品にナイフとフォークで、宗方姉とレティさんは手掴みで口に運ぶ。


 執事さんと侍女さんが驚いているのでこうやって食べるお菓子なんですよというと、ミストレティシアさんも手掴みで食べ始めた。


「黒いクリームには驚いたけど、とても美味しいわ。材料はなにかしら?」


「み~」


「小豆と砂糖で出来ています」


「やっぱり、ハチミツじゃなくて砂糖なのね……。さすが神猫商会というところかしら」


 まったく関係ないです。単に餡子の味を追求したら、やっぱりハチミツより砂糖のほうが好みだっただけです。


 ミーちゃんも、お皿に載った俺のを至福の表情で舐めながら、そうでしょう、そうでしょうと相槌を打っている。


 俺は皮だけしか食べてないけどね。皮も美味しいよ? 


 ミーちゃん、ぷいっと横を向く。餡子一筋のようだ。


「こちらは普通のクリームかしら?」


 まあ、普通ちゃあ普通なのかもしれないけど、それは俺や宗方姉にとってのことだ。


「!?」


 食べて驚け見て笑え!


「こ、この芳醇な香りは……。ネロくん!? これはあのクリーム! この小さなつぶつぶに見覚えがあるわ。でもそれだけじゃないわね?」


 見て笑わずに気づいたか。さすが義賊ギルドの女帝。


「バニラビーンズと蒸留酒を少し加えて、風味とコクを出しています」


「蒸留酒……。神猫紹介、いえ、さすがネロ男爵と言うべきかしら? この蒸留酒はどこかに卸しているのかしら?」


 蒸留酒はフォルテの一部で造られているけど、市場に流通するほどは造られていない。特に今回使った蒸留酒は役所の地下で見つけた年代物。


「卸していませんよ。この蒸留酒は本当に香り付けのもの。正直、蒸留酒は値が付けられない逸品ものですので」


 寝かせていない蒸留酒でさえ目が飛び出るほどの値段。ドワーフ族の神酒クラスになるとどれほどの値が付くんだろう? まあ、それでもいくらだしても欲しがる人は多いだろうけどね。


 そんな高級なクリームなのに、ミーちゃんはカスタードクリームには興味なしとばかりに、テシッと俺のほうにカスタードクリーム入りどら焼きを送ってくる。美味しいのにねぇ。


 ほかのみなさんはどら焼きに満足してくれたようでよかった。ミーちゃんも餡子食べれてご満悦。ミーちゃんのお顔を濡れ布巾で拭ってやり、本日の本命を切り出す。


「彩音さんからの羊皮紙について知っていることはありますか?」


「み~?」


「まったく知らないわ。何が書いてあるかも読めなかったし。暗号かと思ったけど、あれはどこかの国文字なのでしょう? とても綺麗で複雑な文字みたいだけど」


「そうですね。文字です。おそらく、使うことができるのは限られた人だけでしょう。彩音さんから習っていないのですか?」


「女帝……母は自分のことを一切話してくれたことはないわ。どこで生まれ、どうして魔族の国にいたのかも。そういえばネロくんは母と同郷と言ってたわね。どちらかというと、母はネロくんよりそちらの勇者ちゃんとのほうが容姿が似ているわね」


「み、み~」


 意味深な笑顔で言ってきた。それから、なんでミーちゃんが動揺してるんですか? 別にバレたところでいくらでも誤魔化しようはあるよ。


「み~?」


 例えば、俺は転移者の子孫とかかな? 王妃様たちだって勇者の子孫なんだから問題はないと思う。意外と勇者の子孫って多いみたいだし。


「み~」


 納得していただけたようだ。


「ネロくんはどちらかというと母より父ににているわ。とても優しい父だったの」


 彩音さんの旦那さんは優しい人だったのか。


「誰にでも優しくてね私以外にも腹違いの子どもが五人もいるのよ。任務で仲間を庇って亡くなったって聞いた時も悲しむ前に、父らしいと思ったくらい」


 種馬か!? 少しでも似てると言われて喜んだ俺が馬鹿だった……。


「それで母が残した羊皮紙で聞きたいことでもあるのかしら?」


 そこでミストレティシアさんに最後の項について話す。同郷のことは省いて話した。


「そう……あの封印を解くのね。あれは危険よ。母が亡くなった今尚、熱狂的な奉信者がいるくらいだから。そちらの勇者ちゃんが後継者になるのね? その覚悟はできているのかしら?」


「み~?」


「ネ、ネロさん……なんか話が……」


 な、なんだこの張り詰めた空気は? そこまでのものなのか? 覚悟ってなによ?


「取りあえず、見てみたいのですが?」


「ネロくんはやめておいたほうがいいわ。あの秘密を知ることができるのは母が書いたように女性だけだから」


 ぐっ、気になる。凄く気になる。


「じゃあ、勇者ちゃんを連れて行くわね。ネロくんはここでレティとお留守番ね」


「ネロさ~ん……」


 宗方姉、心細いとミーちゃんを連れて行った。ミーちゃんも女性だから問題ないらしい。


 レティさんに何か知っているか聞いてみると、自分の旦那になる人には教えられないと素っ気なく返された。


 うむぅ。気になる~。


 二人とミーちゃんは全然戻ってこない。残った俺たちがお昼ご飯を頂いてから数時間後に戻ってきた。


 なぜか、宗方姉はホクホク、ツヤツヤ顔。反面、ミーちゃんはげっそり顔。


 ミーちゃんに何があったか聞いてみても、話したくない~の一点張りで教えてくれない。


「それではカオリン。場所と資材、人材はこちらで用意します。もちろん販路もね。あなたはただ崇高な作品を作ってくれればいいの。わかるわね?」


「いえす、まむ!」


 なんだ? この二人のさっきまでと明らかに違う連帯感。


 宗方姉は妙にやる気をみせている。なにがあった?


 ミーちゃんはやれやれて感じで首を振っている。気になる。気になりすぎる! 誰かおしえて~!



 それから数か月経った頃に王妃様から急な呼び出しを喰らう。王妃様が俺を呼び出すなんて珍しい。


 内密な話だと困るのでミーちゃんだけを連れ王宮に向かった。


 なにやら不穏な雰囲気。王妃様とニーアさんの額に皺が寄っていて、俺を睨んでいる。いつもいるはずのレーネ様やルカたちもいない。


「今日、ネロくんを呼んだ理由がわかって?」


「いえ、さっぱり」


「み~?」


 なんでしょうか? この問いは? 俺なんかやったかな?


「やっと収まったと思っていた風紀の乱れが、最近また盛り返してきているの。どうしてかわかって?」


「いえ、さっぱり」


「み~」


 風紀の乱れと言われても、まったく身に覚えがない。


 ペロのパパにゃんのポロの間違いじゃないの? だいぶ町猫の間で浮名を流してるってペロが嘆いていたからね。ペロの大勢の弟や妹をいつか引き取る日が来るんじゃないかと、俺は戦々恐々としている。


 逆にミーちゃんは期待しているようだけど……。


「聞いているの。ネロくん!」


「聞いているとの仰せですが、まったく意味が分かりません」


「み~」


「ニーア」


 ニーアさんがテーブルの上にいくつかの本を置く。


 これを読めと? 


『陽だまりのなかで』純文学か? 


『肉体と肉体の狭間で』格闘ものか? 


『ほとばしる汗』労働指南書?


『お前を抱きしめたい』恋愛もの? 


『兄貴と呼せて』……まさかな。


 中身をペラペラと流し読み。


 薄い本かい! 腐女子向け薄い本なのかい!


 なぜか、ミーちゃん、あ~あぁって顔をしている。これは内容を知ってる顔だ。それもどうしてここにあるかも理解している顔。


 俺は知らずミーちゃんは知っていた。誰がこの薄い本を広めた? そもそも、誰が書いた?


 いろいろなピースが嵌っていく。


 彩音さんの封印……同士のために立ち上がり封印を解け!? 宗方姉か! っていうより、元凶は彩音さんか!?


「なにかに気づいたようね」


「俺は無実です! すべては義賊ギルドの陰謀!」


「主導しているのは義賊ギルドでも、ネロくんの監視下にいる香が主犯! 奉信者共からは二代目神とまで言われ崇められてているのよ! ネロくんの監督不行届きは免れないわ!」


「む、無実だぁ~!」


「みぃ…」


 この後、王妃様とニーアさんにこってりと絞られた……。わいせつ罪で捕らえることもできるし、この内容では不敬罪とも取れると。


 だが、俺ははっきりと言ってやった。


 腐女子がいる限り俺には止められないと。


 規制したいなら国で規制しろと。


 腐女子共を敵に回してもいいならなと。


 腐った貴族共より厄介だぞと。


 王妃様とニーアさんは黙ったね。


 この後、薄い本は禁制本とはならなかったものの、一般の書籍と並び売られることは禁止され、義賊ギルドが開く闇コミケでのみ販売がされることになる。


 闇コミケなのに凄い賑わいなんだそうだ。宗方姉も仮面をつけサイン会までしてるらしい。


 ちなみに、フローラ様からハウツーブックに神託が降りて、薄い本を奉納しろと連絡がきた……。こいつも、腐女子か!? いや、腐女神か?


 彩音さん、なんてものを残してくれたんだ。


 あのまま封印されていればよかったんだ。宝に目が眩んだ俺が悪いのか……。


 彩音さんの遺産。


 負の遺産……いや、腐の遺産だったな。


「み~」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る