サルの異世界立志伝
あれは夢か幻だったのか?
儂は亡き上様に代わり天下を統一し大陸攻めをしていたはず……。市様の娘を嫁に迎え子もできた。そうか、寿命であった……。みなに看取られ死んだのだった……。
なればここはどこだ? 目の前の怖い顔の男は何者だ。
「判決を言い渡す。天下を狙い人を陥れ、多くの者を戦で死なせてきたこと不届き千万.更に女にだらしなく、金の亡者でもあり犬畜生にも劣る。六道が一つ修羅道行きを命ずる。引っ立てぇい!」
わけもわからず穴に落とされ、気づけば戦場。
織田木瓜と一文字三つ星が戦っておる。
織田木瓜は猪突猛進。言葉はいいが単なる智なき猪武者の戦法。一文字三つ星は厚手の布で衝撃を緩和するが如き動き、これは伏兵がおるな。予想通り伏兵が潜む場所まで引き込まれ横原を突かれ敗走。本陣にも追撃の手が及び壊滅じゃな。
しかし織田木瓜か懐かしいのう。亡き上様と共に戦い続けたあの時代、毎日が充実しておった。亡き上様? まさかな……。
壊滅した本陣に赴けば槍に突かれ息絶えた上様の姿が……むっくと起き上がり、近くにいたあれはマタザか? そのマタザに蹴りを入れておる。変わらぬな、あのお方は……。
どうやら智者を探している模様。両兵衛のどちらかでもおればよかったのだが……是非に及ばず。
「お呼びでございますかな? 上様」
「サルか」
「はっ」
こうして上様の配下に加わったのだが、まさかゴンロク殿までがいるとは……取っ組み合いの喧嘩になったのは……是非に及ばず。
宿敵の毘沙門と風林火山の連合軍を倒し、もはや我々に敵はなしとなった時、目の前が鬱蒼と木が茂る森の中に変わった。周りを見れば化け物共が大勢いる。その化け物共はお互いを見て困惑しているようで、誰もが落ち着きがない。
大きな化け物とマタザに似た化け物を見つけたので近寄ってみる。
「ひげネズミか? 貴様はあまり変わらぬな」
「サルはサルだからな!」
間違いなくゴンロクとマタザだな。といことは儂もみなと同じ化け物になったか……。
身に付けているのは腰蓑と肩から掛けておる袋、そして質の悪そうな斧のみ。袋の中身をかくにんすれば、書状らしき物と種もみの入った袋、五合ほどの米の入った袋に一握り分の塩の入った袋、それに瓢箪と竹筒。瓢箪と竹筒の中身は酒と水のようだ。
不思議なことに、見た目のい容量に反していくらでも出てくる。後でわかったが米と塩水と酒は一日経つと使った分が増えて元に戻るようだ。
不思議な瓢箪と竹筒と米袋と塩袋をもっておるはゴンロクとマタザだけのようだが、すでにみなと宴会が始まっておる。呑気なものよのう…。残念ながら、不思議な袋があれど全員を食わせる量はない。
書状を確認すれば、ここは我々が元いた世界とは違う世界なのだそうだ。なんとも奇妙奇天烈な話。そして上様が数年後にこの地に来るまでにこの世界を征服する準備を進めておけという。近くにある洞窟に入って必要な物を揃えよとも書いてある。
あれだな。小山にぽっかりと空いた穴がある。それと儂らは不老になったそうだ。まさか前の世の夢がこのような地で叶うとは……。
書状の内容をゴンロクとマタザに説明するが、狐につままれた顔をしておる。惚けておる場合ではないぞ。食料の調達、住む場所や着る物、そして何より戦の準備をせねばならぬ。
上様が来られた時に準備が整っておりませぬでは済まされぬぞ! ゴンロクとマタザは緑色の顔を青くさせ、雑兵共の編成を始めた。ほとんどの者たちを食料調達と住む場所作りに回し、儂とマタザで指揮を執る。ゴンロクは腕に自信のあるものを集め洞窟の調査に行くこととなった。適材適所だ。将が足りぬのだ……是非に及ばず。
驚いたのはマタザが狩ってきた獲物。馬鹿でかい猪と思もわれる。連れて行った何人かが怪我をして帰って来た。死なずに済んだは運が良かったのであろう。大きな狼や巨大な虫も見かけたという。どうやら、儂ら以外にも化け物がわんさかといるらしい。一筋縄ではいかんようだ。明日からは罠を仕掛けて狩る組も作らねばならぬな。
ゴンロクが帰って来て更に驚かされる。洞窟の中は迷路になっており、化け物共が徘徊しておるという。そして迷路の中にある小部屋には西洋の武器が落ちていて持ち帰って来た。あの書状の意味がようわかったわ。
住む場所を作り兵を鍛え、洞窟に入り装備を整えるそういうことか。今までやってきたことと変わらぬな。なれば、踏襲するまでよ。
そこから数年かけ森を開拓し家を建て米を育てる。雑兵の中には農民が大勢いる。猟師に大工そして鍛冶屋もおったのは重畳であった。そして、一番の吉報は我らと同じ姿の女を見つけたことだ。周囲の調査に出した組が我らと同じ姿のものが住まう小さな集落を見つけたのだ。
すぐに兵を出し攻め込ませ女だけを攫ってきた。調べればいくつか同じような集落があり、同じように攻めて女を攫うを繰り返す。雑兵共が種付けをし男子が生まれ配下に加え、女子が生まれれば子を産ませる。
前の世なら戦えるようになるまで十五年以上かかるが、現世の我々は違う二年もあれば立派な大人だ。そしてわかったこともある、我々から生を受けた者は集落で暮らしていた者たちより賢いのだ。一緒に転生して来た者同様ちゃんと言葉を理解し、言うことを聞き学習する。一度、集落にいた男を連れてきて学習させようとしたが無理だった。話す言葉も片言、殺す、食べる、犯すなど思考も単純で無知蒙昧。あまりにも使えず、いらだったものだ。
更に数年が経ち、我々がゴブリンと呼ばれる種族ということもわかった。そして進化なる現象がおき強くなり勢力を拡大させていく。野良のゴブリン共の集落を支配下に置いていく。野良のゴブリン共には我らの庇護下に入る代わりに兵として働かせる。進化した者は小頭や組頭に抜擢してきた。この頃になるとこの森の先に人の住む村や町があることを素破に育てた者が伝えてくる。
上様が来る前に一当てして様子を見てみるか? ゴンロクとマタザと話し合い、ゴンロクが野良のゴブリン隊三組を率いて一当することとなった。
結果はほぼ壊滅の有様。ゴブリンリーダー三体も投入してこのざま。思った以上に人間共は強いらしい。ゴンロクに一緒につけた素破の報告では、一日目に一組で村を襲わせいいところまでいったそうだ。ならばと二日目に残りの二組に作戦を与え攻めさせたが、援軍が到着していたことと、優秀なスキルの使い手がおったらしく二体のゴブリンリーダーが討ち取られ敗走したそうだ。
ゴンロクが出れば勝てたと思うが深追いせず戻ってきたのはよいことだ。上様がまだおらぬのに、下手に滅ぼして人族共に目を付けられるわけにはいかぬからな。今はまだ伏して力を蓄える時よ。
更に時が経ち、勢力もだいぶ拡大した我れらの領域からは、敵対するものはすべて排除した、さらに東の虫共を駆逐してこの大森林を上様のものにするべく勢力を拡大中である。
そんな折、南の山側に怪しい黒い渦があると報告を受け、ゴンロクとマタザと確認しに行く。
「上様だな」
「「ああ」」
その黒い渦からは上様の圧が感じられる。恐ろしく震え上がるほどの圧だ。その渦は日に日に人型に形作られていき、そしてその日が訪れた。
「我、第六天魔王。現世に降臨せり」
一向宗のくそ坊主共が魔王と言っていたが、まさしく魔王として生まれ変わった上様がおられる。みなが自ずからひれ伏す。まっこと恐ろしきお方だ。
「サル。報告いたせ!」
「はっ」
現在の状況を逐一説明する。
「で、あるか。鉄砲はどうなっておる? 作っておるのであろうな?」
「火薬の製造には成功して多くを備蓄しております。されど鉄砲本体の製造には至っておりませぬ」
「理由は?」
「ここに来た者の中に鉄砲職人がおりませぬ。鉄砲を知る者の記憶を頼りに試行錯誤で作っておる次第」
「三か月待つ。それまでに試作品を作れ」
「……はっ」
「腹が減った。飯の用意をせよ」
「はっ」
それからは、上様の無茶振りが酷かった……。
飯が不味いだの、風呂に入るなど……。一番困ったのは夜伽の相手だ。ゴブリンの女では納得せず、仕方なく人族の女を攫ってきた。暴れて大変だったが、上様を見た途端おとなしくなりおった……。
上様の我儘……もとい、無理なご所望に加えて、人族が大森林の際に砦を建設していると報告が入る。村を襲ったは悪手であったか……。砦に対抗するため、砦近くにゴブリン共に村を造らせた。砦の監視と何かあった時の時間稼ぎとなってもらう。
まだまだ、虫共との激戦が続くなか人族に攻められるは面白うない。しばらくは嫌がらせ程度に留めておくか。砦を築かれればゴブリン共では攻めあぐねよう。投石機でも作らせるか? 最近、国立国会図書館なるスキルが芽生え役に立っておる。知りたい情報が頭に浮かんでくる。このスキルのおかげで鉄砲の試作にも目途がついた。
そんな折、上様から人族のねずみが入り込んだと告げられる。
人族共がどうやって気づかれずに、ここまで入り込んだのだ? 素破からは報告が上がってきておらん。虫共との闘いのどさくさに紛れて侵入されたか……生かして帰すわけにはいかん。
マタザに精鋭部隊を使い捜索し、見つけ次第殺せと指示を出す。しかし、マタザからの報告は予期せぬものとなった。精鋭部隊を差し向けたに関わらず、撃退され挙句の果てには虫共が人族共に手助けをしたと報告が上がっておる。虫共め人族と手を組んだか! 面倒くさいことになったわ。
ついこの間、西の街道向こうから上様と同格という魔王から使者が来て、先達である我らに矛を向けるとは何事だと喚き散らしたため、上様御自ら使者を叩き斬ってしまわれた。
まあ、斬ったことはよい。しかし、野良の化け物共ならいざ知らず、上様と同格という頭がいるとでは戦い方が変わってくるぞ。上様はゴンロクにその魔王討伐をお命じになられてしまった。虫共にはマタザが掛かりっきりになっておるので、必然的に人族を相手にするは儂しかおらん。
儂らと一緒にこちらに来た者から生まれた次世代は、野良のゴブリンに比べれば優秀だがまだまだ未熟。精鋭となるには今少し時が必要であろう。頭が痛いことだ。
上様のご気性を考えればそろそろおとなしくしておるは限界であろう。
何とか鉄砲運用の目途をたてねばならぬ、本格的に戦を始める前に……。本来であれば、まだ人族と戦うには早い、準備に万全を期せねばなければならぬが、上様の命とあらばそうも言っておられん。
人族は狡猾で残虐で集団戦を得意とする。元人間だけにそのことはいやというほど理解しておる。上様のことを抜きにしても勝たねばならぬのだ。人族との共存はあり得ぬであろう。
あぁ、眠れぬ日が続きそうだ……体が頑丈になっせいで、上様の扱き使いが増しおる。両兵衛がおったらと思うのは儂は悪くないと思う……。
世界征服は長い道のり、上様の我儘に付き合ってくれえる人材がほしい。なぜ、ランホウシ度のがおられんのだ……。
胃が痛い日が続きそうだな。
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