ポロの冒険記2
そんなこんなで、ヴィッシュの家に世話になることになった。
さすが、ハンターギルドの統括主任。いい家に住んでやがる。街道都市セッティモの庭付き一戸建てにはなかなか住めないと思うぜ。
ちなみにさっき町猫に聞いたところ、この町のハンターギルドのギルド長は本部から左遷されて来た奴らしく、ギルドのナンバーツーである本部の監査役と仲が悪く足の引っ張り合いをしているらしい。
なので、実質ハンターギルドを仕切っているのはヴィッシュってことだ。
それにしてもこの町の
まあ、そんなことより家に入ると綺麗な奥さんとちっちゃなベイビーがお出迎えしてくれた。少しの間、世話になるのだから挨拶しようとしたら、
「挨拶の前に君にはやることがあります」
なんて言いやがり、ガキの頃の母ちゃん以来久しぶりに首根っこをもたれ、ある場所に運ばれる。く、屈辱だぜ……。
連れてこられた場所は……風呂だな。家に風呂があるなんて、なんて贅沢なんだ。家に風呂を持つのは上流階級か数奇者くらいなもんだぞ。
まあ、俺は風呂は好きだ。里には温泉があって自由に入れたし、温泉につかりながら飲む酒は格別だった。酒飲みてぇー。
なんて思っていたらよ。ざっぶーんって頭からお湯をかけられた……。服ごとびしょびしょだぜ。おい。
「ほら、さっさと服を脱いでください」
普通、それはお湯をかける前に言わねぇか? それとも人族の新しい風習か?
「あなたも服も汚れきってますから、問題ありません」
そっちになくてもこっちにはあるんだよ! しょうがねぇ、びしょびしょだから脱ぐしかねぇな。
「じゃあ、洗いますよ」
頭から石鹸水をかけられわしゃわしゃ洗われる。男に洗われても嬉しくもなんともねぇ。ヴィッシュに洗われてやるのは特別なんだからな!
「あら、綺麗になったら一段と可愛さがましたわね」
風呂に入った後、改めてヴィッシュの家族に挨拶した。ヴィッシュの奥さんはフェイ。セッティモの代官の次女らしい。何気にいいとこのお嬢さんらしい。裕福なのも頷けるぜ。
ちっこいベイビーはクレメル。可愛いな。クレメルはおんにゃの子だが、息子のちっちゃい頃を思い出すぜ。元気にしてっかなぁ……ちっ、目にゴミが入ったみてぇだ。
ちっちゃな手で俺の手をぎゅっと握りニコニコ笑う姿は、里を離れ荒んでいた俺の心を洗い流す。
「メルはにゃんこちゃんを気に入ったようね」
「にゃんことはいえ、私以外の男を気に入るのは複雑な心境だよ」
だ~か~ら~俺はにゃんこじゃねぇ! それからヴィッシュ。お前、親馬鹿だったんだな……。
そうしてヴィッシュの家に厄介になり旅の疲れを癒す間、メルの相手をしながら町猫から情報収集をする毎日。町猫の情報によると、どうやら最近この町の近くにゴブリンが頻繁に現れるようで、怖くて町の外に散歩に行けない猫共が多いようだ。
統括主任であるヴィッシュもここ最近、朝早くから夜遅くまでギルドにいて帰って来ない。ゴブリンの話と関係があるのか?
仕方ねぇ。疲れも癒えたし可愛いメルのためでもあるから、ちょっとばかし手を貸してやるか。その日の夜、メルの添い寝をしながらヴィッシュの帰りを待ち話をする。
「そうですか……町猫の間でも話が出るほどなのですね……」
ヴィッシュも何もしていないわけではなく、俺が教えたギルド長の隠し財産の件と共にゴブリンの巣を捜索すする依頼などを出したりしているらしい。
「ギルド長のことだけでも頭が痛いのに、問題だらけで休まる暇もないですね」
ゴブリンの巣を探しに行ったハンターたちが、ゴブリンに組織的な動きで誘い込まれ怪我をして帰って来たらしい。
「上位種か?」
「おそらく……」
ちっ、厄介だな。ゴブリンだけなら数が多くても雑魚退治で済むが、上位種となるとそうはいかねぇ。上位種のゴブリンウォリアー、アーチャー、シーフなどの技能持ち、そしてゴブリン五十匹分の強さを持ちゴブリンに命令できるリーダー。ゴブリンリーダーがいると雑魚のゴブリンを、その統率力で兵士にランクアップさせやがる。
ゴブリン五十匹程度なら俺なら余裕で倒せる。実際、里ではその程度のことを片手間にやっていた。なんてったって戦士長だからな!
だが、ゴブリンリーダ率いられたゴブリンは別ものだ。あれは厄介極まりない。馬鹿の一つ覚えのように猪突猛進だった奴らが、ゴブリンリーダーに率いられるだけでお互いに連携しあい攻守を交えてのいっぱしの兵士になりやがる。
ゴブリンリーダーだけを相手にするなら倒すのは問題ないが、手下を率いたゴブリンリーダー相手だとちょっと分が悪りぃ。
「で、どうすんだ?」
「ハンターに招集をかけて、被害が広がるまえに脅威を排除しなければならないでしょう」
「はぁ……一宿一飯の恩は返さねぇとな。しょうがねぇから手を貸してやるぜ」
「これは心強い助っ人が手に入りましたね。期待してますよ」
「おう! 泥船に乗ったつもりで任せろ!」
「泥船は勘弁してください……」
ヴィッシュが近隣の村やハンターたちに招集をかけて五日後、全ての準備が整いゴブリン退治が幕を開けた。
招集をかけていた五日間は遊んでいたわけじゃない。斥候のハンターたちを動員してゴブリンがいると思われる場所付近の地図を作らせ、作戦会議を行っている。
恐らく、調べた地図の状況から調べた場所から南西の未開の森奥に、ゴブリンの集落があると判断し作戦が練られる。
まずは、正確な集落の位置の確定からだ。今回は斥候だけではなく、戦闘経験の豊富なハンターも同行しての威力偵察を行う。その間に後方に陣地を構え柵を作り迎え撃つ準備を整える。
もちろん俺は威力偵察組。威力偵察組は三パーティーで行うことになっている。まずは、先に調べた状況からゴブリンの集落を特定し、三方向から火をかける。慌てたゴブリン共を適当に狩りながら内情を探り撤収、情報を持ち帰るのが仕事だ。
俺たちは南西の森の奥に入り、ゴブリンを見つけては後を追うを繰り返す。たいていは食料を探しているゴブリンだったが、食料を持ち帰る途中のゴブリンの集団を見つけとことができ後を追う。
集団の着いた場所は崖の手前を広げて作ったかなりの大きさの集落。粗雑な住居の他、崖に大きな洞窟も確認できる。洞窟がどれほどの広さなのかはわからないが、手前の住居の大きさ、数から三百は下らないと推測できる。
これに洞窟の中にいるゴブリンも加えると、まず間違いなく上位種がいるだろう。ウォリアーやアーチャー、シーフならまだしも下手すりゃゴブリンキャプテン、更にはゴブリンリーダーまでいやがる可能性がある。
俺たち三パーティーは編成し直し、斥候を崖上に配置して弓で火矢を射かけさせ、その後は適宜攻撃させ頃合いをみて撤収させる組と前衛組で火矢でゴブリンが混乱したところで斬り込み情報を集める組に分けた。
そしてなぜか俺がリーダーになっている……この内からにじみ出る強者のオーラが恨めしいぜ。
「準備はいいか?」
「おぉ……」
「合図を出せ」
木の上にいるハンターが崖上のハンターに合図を送る。まもなくゴブリンの集落に火矢が降り住居が火に包まれ、ゴブリンたちが慌てふため始める。
「さてと、俺たちの出番だ!」
「「「おぉー!」」」
わざと大きな声を張り上げながら走り出し、手当たり次第にゴブリンを斬り捨てる。生死の確認なんてしねぇよ。そんな暇は俺たちにはねぇからな。
ある程度ゴブリンを斬り倒していると、武装したゴブリンがちらほら現れ始めた。俺たちは徐々に後退しながら、ゴブリンたちを引きずり出し全容を炙り出す。
そんな中、崖上のハンターから逃げろの合図が出された。こちらからは確認できないが、何か起こったようだ。合図を出した崖上のハンターたちは我先に逃げ出す姿が見える。これはヤバい雰囲気だぜ。
ちっ、ヤバいが的中したようだ。ゴブリン共がいつの間にか俺たちを囲うように立ち回り始めていやがる。さっきまでは烏合の衆だった奴らなのに。こいつはまさかの上位種か!?
こいつは
「ここは俺が食い止める。俺に構わず先に
「お、おぉ? にゃあ?」
「「「にゃー!」」」
こ、こいつら俺をおちょくっているのか!
「なにしてやがる! さっさと
「ち、違うのか? な、なら。にゃおーん!」
「にゃん!」
「みゃー!」
「みー!」
「……」
周りのゴブリンたちが驚き戸惑い固まっている。いや、ゴブリンだけじゃねぇ。俺も驚き戸惑っている……しかし、これはある意味絶好の
「お前ら、今のうちだ。さっさと
「「「逃げんのかよ!!」」」
だから、さっきからそう言ってんだろうが!
隠し玉で持って来ていた煙玉をゴブリンたちに向け投げ、勢いよく噴き出した煙に紛れてトンずらする。遅れんなよ。お前ら!
トンずらする前に一度振り返れば、ゴブリンの何倍も大きな影が見えた。危なかった。あれはどう見てもゴブリンリーダーだぜ。倒せなくはないだろうが、そこまで危険を侵す義理はねぇ。それに、ゴブリンリーダーが一体とは限らねぇからな。
ここは逃げるが勝ちだ!
「ヴィッシュ! ゴブリンリーダーがいるぞ!」
「やはりそうでしたか」
「準備はどうなんだ?」
「何とか間に合いました。傭兵も到着しています」
薄汚れた装備を身にまとったガラの悪い連中が五十人ほど屯っている。
「使えるのか?」
「傭兵など盗賊と変わりはありません。ただの使い捨ての駒です。多少なりと壁になればいいのですよ」
ひでぇな。だが、傭兵なんてそんなもんだ。まともな傭兵団ならいざ知らず、こいつらは明らかに盗賊崩れ。ヴィッシュが闇ギルドを通して雇ったってところだろう。ハンターギルドの統括主任ともなると、裏の顔も持ち合わせているらしい。くわばら、くわばら。
しかし、本当にこいつはいつも冷静沈着。慌てた姿を見たことがねぇ。正直、俺が見ても底がしれねぇ奴だ。恐らく、戦闘の腕も相当なもんだろう。いやぁー、怖いねぇ。だが、一度本気で戦ってみてぇ。まあ、勝つのは俺だがな。
そんな話をしている間にハンターたちの準備が整った。作戦は簡単だ。向かってくるゴブリンを肉壁の傭兵が抑え込み、ハンターが弓で攻撃。矢が尽きたところで傭兵、ハンター共に突撃。用心するのはウォリアーなどの上位種。そしてゴブリンリーダーだ。
ゴブリンが続々現れるが攻撃してこない。明らかに何者かが統率している。ゴブリンリーダー以外考えられねぇな。
お互いに準備が整い相見える。
姿は見えないがゴブリンリーダーと思われる咆哮が響き、ゴブリンが走り出した。それに合わせて傭兵が柵の前で構え迎え撃つ。ハンターたちが弓に矢をつがえ弓を引き絞り放つ機会を待つ。
こちらの総数は百五十。ゴブリンは三百から四百はいるだろう。これがただのゴブリンなら余裕で勝てる相手だが、上位種がいるせいで少しばかり分が悪りぃかな。
先頭を走るゴブリンが矢の射程に入ったことで、一斉に矢が放たれゴブリンに雨のように降り注ぐ。と同時に傭兵にもゴブリンから矢が放たれる。上位種の指示の下、本来烏合の衆が軍隊と化す。ちっ、本当に厄介だ。
矢と数の暴力で傭兵の肉壁が突き破られ、ハンターたちも弓を捨て剣や槍を構えヴィッシュの声を待つ。
「全員。突撃!」
おぉー! と鼓舞する声を上げハンターたちが突撃を開始。
「あなたは行かないのですか?」
「
「そうですか。では、その英雄殿に期待しましょうか。間違いなく見せ場がやって来るでしょうから」
「ふん。目玉ひん剥いてしっかりと見てろよ」
ハンターと傭兵がゴブリンと拮抗した戦いを続けているさなか、その拮抗を打ち破る者が現れやがる。そう、ゴブリンリーダーだ。二メル以上の巨体が二メルものハルバードを振り回す。あんなの反則だろう。傭兵なんぞ肉壁にさえならず、ハルバードの餌食になって肉の塊になってやがる……。
ハンターたちも遠巻きにけん制することしかできてねぇ。
「ポロ。そろそろ出番のようですよ」
「はぁ、早すぎじゃねぇ? しゃーねぇ。ちょっとばかし遊んでやんよ」
「期待してますよ。英雄殿」
「期待? なにを期待するんだ? たかがゴブリン一匹倒すのに苦労するとでも思ったか?」
「凄い自信ですね。では、任せました」
「おぉよ!」
しかし、でけぇな。俺の倍以上あるんじゃねぇ? 何食ったらそんなにでかくなるんだ?
ゴブリンリーダーの前に進み出れば、相手も俺を睨み武器を構える。さすがに俺の強さがわかったようだが、まだまだだな。逃げねぇと
俺の力を推し量れないゴブリンや、上位種のゴブリンウォリアーが斬りかかってくる。
「お前ら如きじゃ相手にすりゃならねぇんだよ」
相手の剣を避け横を通りすぎた時には命を刈り取った後。これぞ、にゃん剣無心流『柳』。
にゃーんて、冗談だぜ。そんなに流派なんてねぇし、俺の剣は我流。天才だからな。流派なんてね関係ねぇ。いわば、俺自体が流派だ。にゃん剣
ゴブリンリーダーも俺を強者と気づき警戒を強めたが、俺にとっては無意味。
さあ、見せてもらうかゴブリンリーダーの実力とやらを!
その巨体を活かしてハルバードを振るい俺を狙うが、当たらなければどうということはない!
そんな大振り、当たるわけねぇだろうが!
「にゃんこ隊長! 頑張れ!」
俺はにゃんこじゃねぇっての!
「ポロちゃん。勝ったらご褒美あげちゃう♡」
おう。喜んでもらうぜ。ベイビー。
さてとカワイ子ちゃんからの声援もあることだし、本気出してさっさと終われせますかねぇ。
さあ、行くぜ。ゴブリンリーダーさんよ。
必殺! 分身!
俺が五つに分かれる。この分身スキルの凄いところは、分かれた分身が本体の能力と寸分違わないってことだ。力も体力も素早さも、そして武器の性能までもが同じ。天才剣士の俺が五人いるってわけだ。一人でも余裕で倒せる相手に五人だぜ? 余裕すぎてお腹で茶を沸かしまうぜ!
驚き慄くゴブリンリーダーに容赦なく五本の剣が襲いかかる。分身が両手両足、そして本体の俺が喉を斬り裂く。ジ・エンドだ。
ゴブリンリーダーは何が起きたかもわからず息絶え倒れ込む。
「また、つまらぬものを斬ってしまった……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
抜き足差し足でベビーベッドに行きクレメルの頬にキスをする。可愛いベイビークレメル、達者で暮らせ。おいちゃんは旅に出るぜ。
「行くのですか」
ヴィッシュがいつの間にか後ろにいやがる……こいつ気配遮断持ちだったのかよ。それも相当な熟練度だ……本当に底が見えねぇ奴だぜ。
ゴブリンリーダーはあの一体だけだった。リーダーを失ったゴブリンは烏合の衆に逆戻り。反撃に転じたハンターたちによって掃討戦となった。
帰ってからはハンターギルド持ちの大宴会。どうやら、ギルド長の隠し財産を見つけ出し没収したようだ。
そして、あの戦いからもう二ヶ月が過ぎようとしている。町猫のカワイ子ちゃんたちは名残惜しいが、そろそろ冒険がしたいとうずき始めた。
「俺は一ヶ所に留まる器の小せい男じゃねぇからな」
「そうですか……メルとフェイが寂しがりますね。ゴブリン討伐の報奨金です。持って行きなさい」
「金なんていらねぇよ」
「金は持っていて損はありません。それとこれを」
ヴィッシュがコインとカードを渡してきた。なんだこれ?
「ハンター資格証と、私の実家で信頼に値する者に渡しているメダルです。正義なき権力に屈しさせられそうになった時に見せなさい。少しは役に立つでしょう」
なんでそんなものをこいつがくれるんだ? いや、詮索はよそう。藪蛇になりかねない。
「わかった。もらっておく。だが、これは貸しだ。俺の手が必要になった時は、町猫共に俺を呼ぶように言え。仕方ねぇから来てやるよ」
「わかりました。そういうことにしておきましょう。ですが、迷子になって来れないのでは?」
「なんねぇよ!」
「フッ……そういうことにしておきましょうか。ポロ、元気で」
「ちっ……ヴィッシュもな」
俺は旅猫、自由を愛するケットシー。まだ見ぬ冒険が俺を待ってるぜ!
数か月後、ヴィッシュ家の屋敷周りが猫のベビーラッシュで賑やかになり、クレメルとフェイを喜ばせたそうだ。が、ヴィッシュは頭を抱えていたことは言うまでもない。生まれた子猫のうち数匹はヴィッシュ家の家族となり幸せに暮らしているそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます