live someone's time 04

「……はぁ、ったく、あんた、こんなとこでなにやってんのよ」


 結論からいえば彼女はこの工事現場で寝泊まりしていた。


 ビルの中は、その外観から予想されるよりはるかに綺麗に掃除されていたし、どこから手に入れたのかベッドや家具、時季外れのストーブなんかが運び込まれていた。


 そのうちの一つ、スプリングの故障した椅子に腰かけて、あたりを観察する。


 私が座っているのは2階部分の南面で、そこは段ボールやら工事業者が残していった足場材でさらに15畳くらいに仕切られていた。


 部屋のあちこちには、その空間を狭く感じるほど物が置かれていて、いたるところに染み付いた生活感が彼女の言葉の信憑性を高める。


「はい、どうぞ」


 湯気を立てた小綺麗なティーカップが、脚の一本足りない木製テーブルに置かれる。


 視線を前に戻すと、彼女は机を挟んで向かいのソファに腰を下ろした。


「……ありがと」


 カップを傾けると、ありふれた紅茶の味が口の中に広がる。

 美味しい。

 紅茶の良し悪しなんてわからないし、私でも飲んだことあるくらいだから多分安物のティーバッグなんだろうけど。

 でもなんか緊張がふっと解ける気がした。

 状況はあいもかわらず意味不明なのに。

 

 友達の家に遊びに行くってのは、こんな感覚なんだろうか。


「ずっとここにいるの?」


 家には帰ってないの? そういう意味合いでの問いかけに、


「そうだねー、帰ってないかも……」


「親が探したりしないの?」


「私がどこの学校に通ってるかもわかってないよ。……わたしも、彼らがどこにいるのか知らないし」


「…………お金はどうしてるの?」


「学費と生活費は振り込まれるんだよ、あとはバイトとか」


「そう、なんだ……」


「希実花さんはどうしてここに来たの?」


「別に呼び捨てでいいから。……っていうか、さん付けするくせに名前で呼ぶんだね」


「あれっ、憶えてないんだ?」


「? なんのこと……」


「前に名字で呼んだら、名前で呼んでっていわれたんだよ」


「……ぁ」


 そういえばずっと前、去年の4月くらいに彼女と言葉を交わした記憶がかすかに残っている。

 でも、あのとき一体何の話をしたんだっけ?


「……そう、あのときってどんな話したのかな?」


「……、憶えてないかな、昔のことだから」


「そっか。ああ、私は……わたしは」


 あれ、私は何のためにここに来たんだっけ。


 居場所を探すため――でも、そんな漠然した答えを返すべきなのか。

 知り合いとはいえほとんど初対面に等しい相手に。誰にも受容されない主張を展開したところで……。


 でも何か答えないといけない、私は、どうしてこんな場所にいるのか。


「家出したの、ちょっと色々あって。だから泊まるところを探してて、ここに辿り着いたのは偶然なんだけど……。それでさ、できたら今夜はここに泊めてくれない?」


「うん、いいよ。……でも、飛び出してきたのは家というより学校じゃないの?」


「あ……どうして? 制服だから?」


「あははっ、本当に気付いてないんだ、靴」


「へっ――あ、あぁ、うん、そりゃあバレるわ」


 足元に視線を落とした私はすぐに理解する。

 ほとんど衝動的に学校を飛び出した私は上履きのままだった。


 というか上履きで全力疾走して、草むらや荒れ地を歩き回ってたのか。

 おかげで上履きには泥やら砂が跳ねて付着している。


 これは昼頃だったら通行人に警察呼ばれてもおかしくないわ。


 少しだけ夕暮れに感謝しつつ、背もたれに体重をかけるとギシッという嫌な音がした。








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