live someone's time 02
立ち入り禁止
先日、生徒が無断で屋上を使用しているとの報告がありました。
屋上への無断での立ち入りは校則違反です。
生徒一人一人が本校の一員であるという自覚を持ち、節度をわきまえて行動しましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
屋上へと続くドアの前で、私は動けないでいた。
あと数歩、ノブを捻って、沓摺を跨ぐだけ。
そこには私の一つしかない居場所があるのに。そこにしかないのに。
私の目の前では見慣れない安物のスタンドに、強制力なんて欠片もないプラスチックのチェーンが渡されている。ドアにかけられたプレートには見慣れたフォントで印字された、排斥の意識。
私はチェーンをどかそうとして、勢い余ってスタンドを引き倒す。かまわない。ドアに手をついて、縋り付くようにノブを回す。
いつものように滑らかに半回転する――期待した私の手元に硬質な感触が返ってくる。
勘違いかと疑って何度もくり返す。結果は変わらない。
鍵がかかっていた。
それだけだ。それは、あたりまえの話だ。
でも私の頭は何も考えられなくて、飽和状態のように入ってきた情報は片っ端からどこかへ行ってしまう。
俯瞰に徹していた私は、いつのまにか私を見失っている。
口が何か音を発している気がする。空気が漏れているだけかもしれない。
どのくらい経ったかわからないけど、ようやく少しは物事を考えられるようになった私は、ノブを反対側に回してみた。開かない。
「――あああっッ!」
感覚の鈍い左手をドアに叩きつける。格子のガラスが激しく小刻みに振動して、でもそれだけだった。
もう一度叩きつける。大きな音があたりに反射して鼓膜に突き刺さるけれど、それは私の気を紛らわしてはくれない。
「……ぁあ、なんで、なんでなんでなんで、なんでさぁ……」
散乱したチェーンを踏んづける。上履き越しなのにちゃんと痛い。どうしてか左手より痛いことが腹立たしい。
けれど本当は、そんなことはどうでもいい。
もう一人の私が大声で責め立てるのは、鍵一つで居場所を奪われてしまう自分自身だ。
プレートも貼り紙も捨ててしまえばいい。今の私でもそれくらいは実行できるはずだ。でも鍵を壊すことはきっとできない。
どうしてかわからないけど、それが私の限界なんだ。
もう居場所を失ったのだと理解している自分が一番許せない。
でも私は自分の手を叩きつけることしかできない。一番許せないことなのに、その程度なんだ、私って。
気付けば俯瞰的な私が目を覚ましていて、「恥ずかしいね」って耳元で囁いてくる。
「ああ、ああっ……」
私は逃げ出したい衝動に抗えなくて、一歩、二歩、三歩目で階段に足をかける。
それまでだった。
私は階段を全力で駆け降りる。
途中でなんか教師らしいのとすれ違ったが、その情報も私の頭からはすぐ追い出される。
速く、速く、とにかく速く。
少しでも屋上から遠く離れたかった。
部活動の練習を無視して校庭を駆け抜ける。
行くあてもわからないまま、私はなりふりかまわず走り続けた。
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