第12話 手合わせ

まだ春になるつもりのない冷たい風が気持ちいい。

袴がはためく度に冷い風が広く当たる。


道場の前の階段に腰掛けて、ほどよく冷たい風を楽しんでいると、不意に、頬に冷たいものが押し付けられた。

驚いてその根源を見上げると、両手に青い缶を持った町村さんが微笑んでいた。


どうにかして土方さんの子守りは逃げ切ったのか、それとも宥めきったのか。

この人ならどっちも有り得そう。


手渡された青い缶には有名なスポーツドリンクの名前がある。知らないうちにパッケージが変わっているが、どうやらよく知るスポーツドリンクらしい。



「飲んで良いんですか?」

「そのために買ったんだよ、ほら、どうぞ」

「親切にありがとうございます」

「隣、良いか?」

「もちろんどうぞ」



受け取った缶の冷たさが手に沁みる。

思っていたよりも体は疲弊していたらしい。


私の隣に腰を下ろすなり、一気に缶をひっくり返して飲み始めた町村さんを見ながら、甘いスポーツドリンクを口に含んだ。


乾いていた喉に、場所を喉だけと言わずその冷たさが全身に染み込んでいくような気がした。



「ホント、薫ちゃん、誇張とかでなくて強いんだな」

「ありがとうございます」

「それに、内藤とちょっと似てるな」

「似てますか?」

「振り方とか、そういうのは薫ちゃんの方がずっと基本に忠実で美しい剣だけどさ。

相手に向かうときの心構え、みたいな。踏み込むときの思い切りが似てる」



風に茶色の髪を遊ばせている町村さんは袴さえ履いていなければ、ただの大学生で私の視界に入っても意識すらしない人間だろうけれども、その剣に対する姿勢は良いと思う。


私の勝手な自論だが、雑念のない剣は美しい。


相手を踏み散らしてやるという一念のもと、他の何もかもを捨て去って練り上げられた土方さんの剣も、あれはあれで美しい。



「町村さんも、あ、町村先輩も」

「薫ちゃんにそんな風に呼ばれるなんて恐れ多い。そのまま町村さんでいいって、大樹でいいぐらい」



うっかり記憶に引っ張られて町村さんと呼んでしまったが、責めることなくむしろ楽しそうに町村先輩はおどけて笑った。


肩を竦めながらおどけて見せる町村さんは、笑うとつられて一緒に笑ってしまうような愛嬌がある。

初見の時は、土方さんの傍にいたせいで目立たなかったが、この人も女の人が放っておかない部類の男だろう。



「じゃあ、大樹先輩。先輩も剣への向かい方が美しいと思います」

「そうか?薫ちゃんに言われると自信が出るよ、ありがとな」



しばらくさっきの少し試合の講評もして、運動直後の身体の火照りもおさまってきた。


町村さんも飲み終わったようで既に私を待ちの姿勢だ。


先輩をいつまでも待たせるわけにもいかないし、私もそんなにダラダラしていたら身体が冷えてしまう。


缶に残っていた半分くらいのスポーツドリンクを一気に流し込め、なかった。


変なところに入ったのか、むせる。


だが息を吸おうと喘げば、気道に入ったらしい液体がそれを妨げる。

悪循環だ、変なところにはいった。



「大丈夫か?」

「は、はい」



道着の汗が冷えて触れたら気持ち悪いであろう背中に躊躇いなく大樹先輩は触れて、さすってくれた。


その手が突然、離れる、


突然の衝撃に手から離れていった缶の転がる音がくぐもって遠くに聞こえた。

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