第10話 手合わせ
紺の防具に白字で内藤と刻まれている男の前に、静かに蹲踞で構えた。
この人の剣は、今と昔でどう違うのだろうか。
使えない剣術なんて、とか吐き捨てていそうなこの人が打ち込む今生の剣筋を見たい。
「はじめッ」
鋭い開始の声が聞こえても、立ち上がるだけで互いに一歩も動くことができなかった。
あぁ、やはり、この人の剣はアレを知っている。
隙のない構え。
遊びも、他の何もかもを排除した、相手を倒すためだけの独流の剣がまだ目の前にある。
あぁ……、僕だけじゃない。身を震わせるほどの歓喜が、空気を読み取る感覚を鋭くする。
「大丈夫だ、隙が無くても作ればよい
基本に忠実に、そして、一瞬を見逃すな」
ふと、柔らかくて優しい声が僕の耳にそっと吹き込んできた。
もう教えてくれた先生の顔を思い出せなくなってもこの言葉だけはずっと、教えてくれたときのまま記憶している。
先生が生きる全てを教えてくれて、そして、僕の生きる全てだった。
彼の全体に神経を研ぎ澄ませる。
この瞬間だけは、周りの音も、色も、全てが無い。
あるのは手元の剣と、彼と、私だけだ。
甲高い自分の気合が一膜遠く、他人事のように聞こえた。
今、ここには僕と土方さんしかいない。この瞬間、自分と相手以外は要らない。
今だけは記憶も、後悔も、何もかもを捨て去って、
刀と己一つ。
快感にも似た恍惚さに身が震える。
「一本!」
激しい気鋭とともに打ち込んだ私の小手が、彼が私ち打ち込んだ面よりも早く、打ち抜いた。
真剣を持った実戦ならこんなバカな真似はしないが今やっているのはあくまでスポーツだ。殺し合いじゃない。
最も、今後もそんなことをする予定はない。
視線だけで人を殺せるならそれだけで何人殺れるかわからないほど怖い顔が、面金の向こうに見えた。
この人の剣の威力は痺れるものの痛みのない先ほどの面で実感している。
「勝つためには手段を択ばないんじゃないんですか?ひ、じ、か、た、さん」
「てめぇ」
今の僕の笑顔は凶悪に違いないと自覚しながら、彼に囁いた。
彼から滲み出る殺気が心地よい、これを懐かしいと思うなんて頭がおかしい以外の何物でもないが、今は酷く愉快だった。
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