第8話 小石の行く先

「それは」

「気にしないでください。

そりゃあ、昔の僕だったらあんたを殴った……、どころか斬り捨てたかもしれないけど。

今、先生は自分の義と誠を通した侍として知られている。先生は侍になれたんです」



結果論でしかない。

先生は幕臣として、全力を尽くして戦い続けることを望んでいた。


でも、それよりも、部下が犬死していくことを悲しむ優しさがあった。

忠義と優しさ、両立して、先生が納得するには、先生は死を選ぶしか他に方法がなかったのだろう。


僕に先手を打たれたからか、汗のかいたグラスの向こうにまた複雑な顔をしている土方さんがいる。


舌先で崩れるミカン味の氷を突っついていると、ウェイターのお姉さんが来て、土方さんが頼んだ噂のパフェを置いていった。

私の方に置いたパフェもしっかりしているから、このお店は信頼できそうだ。


それでも、もちろんお姉さんは土方さんに頬を赤らめて、意味ありげな笑みを向けるのも忘れない。

顔を顰めていても色男とか、世の中不公平だ。



「にしても、またモテるみたいですね」

「碌なことがない」

「いいじゃないですか、醜男よりも美男の方が。人生得ですよ」

「そういうお前も、あの」

「土方さん」



その一言で何かを解ってくれたのか、土方さんは黙った。


僕の恋について、覚えがないわけではない。

ぼんやりとしている記憶のおかげで昔の恋は胸を斬られるような痛みはない。

それでも思い出すと未だに湿度高い不愉快な梅雨のような悲しさがまとわりついてくる。


労咳と呼ばれた感染する死病を患った男がまともな女と一緒になれるはずもなかった。

恋の熱にあてられていた、当時の冷静でない僕ですら理解できていた。



「私が同性愛に目覚めたのではと要らない邪推をされるんで、控えてくださいよ」



湿気を振り払うように、笑った。


パフェの入れ物にこびりついた柔らかかったクリームが干からびた頃、机の端にいた土方さんの携帯が鳴りはじめた。


ディスプレイにある「町村大樹」という名は土方さんをからかいまくっていた、先ほどのお友達の名前だ。

別れ際に、彼は丁寧にも自己紹介をしてくれた。



「わりぃ」

「お気になさらず」



電話で何言か話したのちに、土方さんはバツの悪そうな様子で僕に向き直った。


そろそろお暇できるころだろうか、今から公園に行っても子供たちには遅いと怒られちゃうかな。

そう思いながら言葉を待った。


ちらりと僕の荷物を見た土方さんは、それだけでこれがなんの荷物がわかったらしい。



「お前も、まだやっていたんだな」

「そう簡単に何もかも忘れることはできませんよ。覚えているんですから」



矛盾していながらその言葉で通じてくれたみたいだ。


確か町村さんは土方さんと同じ部活と言っていたか。

そして、おもやっているとなると、次の言葉は八割方予想できた提案だった。



「久々に手合わせ、しないか?」

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