◇5◇ ナマケモノと土佐犬
「無事、帰宅したよ、と」
約束通りに然太郎にメッセージを送る。
さすが私、誰からも声をかけられることもなく、無事にたどり着きました!
いや、然太郎の目がおかしいと思う、うん。
私なんて、生まれてこの方一度もナンパとかされたこともないからね?
まぁ然太郎の目を節穴とは思ってないけどさ。でも、ううん、ほら、だから、あれよ。可愛い女性ばっかり言い寄ってくるから、私みたいなのが新鮮に見えるってだけよ。そう、きっとそう。ううう、自分で言っててもうほんと悲しいけど。
さてさて、今日は冷蔵庫のあまりものでぱぱっと済ませちゃおう。残ってる野菜全部ぶち込んだうどんにしようかな。野菜たくさん入れたらヘルシーだしね。
常備している冷凍うどんを調理台の上に置き、その状態でシャワーを浴びに行く。
上がったら、お鍋に水を張って、顆粒出しを少々。火をつけて、沸騰するまでに野菜室に入ってた白菜と、モヤシ、それから根菜袋に残ってたニンジンをそれぞれ切ってお鍋にぶち込む。味はどうしよう。めんつゆでも良いけど、今日はお味噌にしようかな。だったら生姜も入れちゃおう。あー、肉っ気がないなぁ。仕方がない、ウィンナーで良いや。3本を斜め切りにして、それも入れる。野菜に火が通ったら、放置プレイ中の冷凍うどんを投下。お味噌をといて、隠し味に顆粒の鶏ガラスープ少々、最後にすりおろした生姜を入れて出来上がり。
「はい、マリー特製ぶっ込み味噌うどん出来ましたー」
何とも色気のない料理だ。
美味しいし野菜も入ってるし身体も温まるけど、とにかく見た目が悪い。いや、そこまで悪くはないんだけど、全然おしゃれじゃないのだ。絶対おしゃれなモデルさんはこんなの食べない。
そういや然太郎って普段何食べてるんだろう。和菓子を食べてるところしか見たことないなぁ。
似合うのはやっぱりパスタとかそういうのだろう。スパゲッティじゃないの、パスタなのよ、パスタ。あとは何かほら、トマトとモッツァレラチーズが交互になってるサラダとかね、もうとにかくそういうやつよ、然太郎がそばとかうどんとかズルズル啜ってるところなんて全然イメージ出来ない。
わんこそばとか食べるのかな。
まぁあれは啜るというより飲む感じだからなぁ。
いやいや、見た目で判断するのは良くないんだって。然太郎はあれでしっかり日本人なんだから。だから案外煮物とか焼き魚とか好きだったりするかもしれない。
まぁ、今度聞いてみよう。私に作れそうなやつだったら挑戦してみても良いし。あっ、でももしかしたら然太郎料理とか上手かったりして。あり得る。器用だもんなぁ、あの手芸男子。
もぐもぐズルズルとどんぶり一杯のうどんを食べ、お茶を飲んでいると、テーブルの上に置いておいたスマホがブルブルと震えだした。
まぁ予想はついていたけど然太郎だ。
『無事に着いてよかった』のメッセージと、デフォルメされたナマケモノが『ほっ』と安心しているスタンプ。こいつ、何でこんな可愛いスタンプ持ってるんだ。女子か!
そう突っ込みたいのを堪えて、『心配ご無用!』という一言と共に、自分が持っているスタンプの中で一番可愛いと思っている土佐犬のスタンプを押した。牙を剥き出しにした土佐犬が『任せろ!』と胸を張っているやつだ。
すると返事はすぐに来た。
『ワンちゃん可愛い』と、ぽっ、と頬を染めているナマケモノ。ちょっと待って。文面だけ見たらどっちが女子なのよ。
さて、その返事をどうしたものかと思っていると、今度は何やら写真が添付されてきた。
「何これ」
手芸教室の告知ポスターである。プリントアウトしたものを真上から撮影したらしい。
これは……ないな。
いや、重要なことはすべて書かれてはいるのだ。けれども、レイアウトとか、文字の色であるとか、それから貼り付けてるイラストも何もかもが正直いまいちだ。何だろう、小学校の学級だよりの方がまだましなレベルというか。
「まさか然太郎が作ったわけじゃないよね……?」
だって然太郎はものすごく器用に可愛い小物とか作っちゃうんだから。そういう人はきっとデザインのセンスもあるはずなんだから。
そして一拍遅れてのメッセージ。
『これ、僕が作ったんだけど、どう思う?』
どう思うも何も。
えっ、いやこれはっきり言っちゃって良いやつ? 酷すぎて言葉を失いましたとか? いや、心の中ではめちゃくちゃ饒舌だけれども!
『知り合いから、何かダサいとかよく言われちゃうんだけど』
知り合いの方、結構辛辣!!
『自分では何がどうおかしいのかわからないんだ』
そして、うるうると涙目のナマケモノが『たすけて』と悲痛なSOS。オーケイわかった。そこまで言われちゃあ仕方がない。こちとら専門はインテリアだけれどもデザイナーはデザイナーだ。
私は再び土佐犬の『任せろ!』スタンプをポンと押してから『30分時間ちょうだい』とメッセージを送った。
そして、食べ終えたどんぶりを流しへと運び、ノートパソコンを開く。こういう時のために色んな素材を作ってあるのだ。それをちょちょっと加工すれば、少なくともこれよりは良いものが出来る。
待ってなさい、然太郎。
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