第49話 アステリアのオルテュギア(鶉島)

 窓辺に佇みながら闇夜に浮かぶ蒼白き満月を眺めていたゼウスは、昼間に出会ったコイトス一族のレトと、その肩に留まっていた一羽の小鳥に変化した、レトの妹アステリアのことを思い出していた。

 美しきレトと小鳥の姿のアステリアのことを脳裏に描くと、その一柱と一羽のことで 頭の中が一杯になって、ゼウスは、どうしても寝付けなかった。

 そこで、ゼウスは、巨大なワシに変化し、夜闇へと飛び立ち、夜の散策に興ずることにしたのだった。

 夜空の<散飛>の最中、満月に厚い雲が掛かり始め、空から降り注がれる月明かりが弱まり、闇は一段と濃くなった。

 紺碧の空の下、ワシになったゼウスは風に乗って、風の赴くままに自由に飛翔していたのだが、その際、眼下に聳え立っている高い木の枝で羽休めをしている、一羽の小鳥らしき物体を認めた。

 その小鳥の羽毛は夜空と同じ色であったため、その身体は闇夜に溶け込んでしまっているように見えた。

 だが、濃い闇色を背景としつつも、小鳥の夜空の色の身体に散りばめられた蒼白き斑点が、星座の如き輝きを放っていた。そのおかげで、ゼウスは、それが、審判の間で、自分を魅了した小鳥・オルテュクス(ウズラの意)、すなわち、アステリアが変化した姿であることに即座に気が付いた。

 そして気付くや否や、ワシに変化していたゼウスは、天空から、星座の小鳥・オルテュクスに向かって、猛烈な速度で垂直に降下していったのだ。

 そして、オルテュクスが留まっていたいた枝の脇を通り過ぎた際に、両足六本の鷲爪で、小鳥の身体をがっしりと掴むと、ワシ=ゼウスは、そのまま、オルテュクス=アステリアを連れて、今度は平行に飛行し、そのまま真っすぐに、自分の私室に小鳥を連れ込んだのだった。

 ゼウスは、寝床の上でアステリアを解放すると、ワシの状態のまま、小鳥の姿のアステリアに対して求愛行動をとり始めた。人型に戻ってしまったら、鳥のメスとは交尾できないからだ。

 ワシの姿のゼウスは、両羽を可能な限り大きく左右に拡げると、その翼を上下に動かしながら、オルテュクス=アステリアの周りを歩き回り、自らの魅力を訴えかけようとした。しかし、アステリアが何の反応も示さないため、さらに自分の身体の大きさと強靭さを見せしめようと、その場で可能な限り高く跳躍したりもした。

 だが、アステリアは、それでも無反応だった。

 おかしい……。余の魅力が通じないなんて。

 鳥類は、オスの求愛舞踏に魅了されると、メスは興奮して一緒に踊り始めるものなのだ。そして、その踊りが、あたかも前戯のようになって、踊りから一足飛びに交配へと移るはずなのだ。それなのに、アステリアは身動ぎさえしない。

 たしかに、ゼウスは、鳥の状態での交尾は初めての経験であった。

 どこか、おかしなところでもあったのだろうか?

 ゼウスは、アステリアをその気にさせるために、さらに激しく踊りだした。そして、その求愛の踊りを舞っているうちに、ゼウスの方の性欲が頂点に達してしまい、もはや、いてもたってもいられなくなってしまった。

 鳥の体内に二つある精巣は、通常時の百倍もの大きさにまでパンパンに膨れ上がっているのが感覚で分かった。

 もう辛抱堪らん。

 オスのワシは、メスの小鳥がその気になっていないというのに、背後からオルテュクスの上に押しかかった。

 おかしい……。

 オルテュクス=アステリアにはヴァギナが存在しないのだ。それどころか、ワシ=ゼウスにもペニスがない。

 ゼウスは、鳥類には、オスにもメスにも生殖器がないことを知らなかったのだ。

 これでは、いかにして交尾をして、どのようにして己の欲情を果たせばよいのか。

 頭の中が性欲で一杯になっているのに、ゼウスは、それを果たすことができないのだ。だが、生物としての本能が、ゼウスに直観させた。

 鳥は、互いの孔と孔を擦り合わせることによって交尾をするのだ。

 鳥の孔とは、直腸、排尿口、生殖口を兼ねる総合的な器官で、この孔を開口させることによって、鳥類のオスは、精子を体外に排出させ、メスの体内の卵子と混ぜ合わせるのだ。

 要するに、だ。

 体内から精子が飛び出るまで、孔と孔とを擦り合わせればよいのだ。

 しかし、ゼウスはアステリアの背に乗りかかったものの、メスの小鳥は身体を大きく左右に振り、さらに、羽毛で自分の孔をがっしりと覆って、孔を曝け出そうとしない。

 一刻も早く射精したいゼウスは、もう忍耐力の限界に達し、羽の一部を人の指に部分変化させると、アステリアの羽毛を左右に押しのけ、その孔を露わにし、自分の孔を、アステリアの孔に無理矢理押し当てた。

 ゼウスは、互いの孔と孔とを三度ほどこすり合わせただけで、肉体の奥から何かが湧き出てくる感覚を覚えた。

 その数瞬後――

 ゼウスは射精した。

 直後、ゼウスの身体は全身の力が抜けたようになってしまった。アステリアは、ゼウスが果てる、まさにその瞬間に、ゼウスを遠退けようと、身体を左右に大きく横に動かした。脱力状態のゼウスは抵抗できるべくもなく、壁に頭を打ち付けてしまった。

 その隙に、オルテュクス=アステリアは、翼を全力ではためかせて、窓から逃げ出していった。

「少し孔に入った」

 ゼウスが射精した瞬間に、アステリアは、ゼウスの身体を押しのけたのだが、三分の一ほど、ゼウスの体液が己の孔に入るのを許してしまったのだった。


 ハーデスは、不可視の兜を被って、他者の目を完全に遮断すると、夜に散歩に出たのだった。

 ハーデスも、昼間出会った小鳥の美しさが脳にこびりついて、眠れぬ夜を過ごしていたのだ。

 夜道、ハーデスは、頭上を通り過ぎる何かの気配を感じた。

 夜目を凝らして、中空に目を向けてみると、それは、昼に認めた、あの美しき小鳥、オルテュクスであり、夜空に煌めく星座が高速で移動しているようにハーデスには感じられた。

 ハーデスは、輝く星座の行き先を目で追っていった。

 しかし、突然、夜空から星座の如き光が消えた。

 ハーデスは、その辺りで、小鳥が離陸したものと予想し、その方向に歩を進めたのだった。

 そして、ハーデスは、疲れ果てた一羽の小鳥が地面で倒れ伏しているのを認めた。

 ちょうどその時、それまで月を覆っていた叢雲が風に吹き流されると、蒼白い月の光が、地の上の小鳥を照射した。

 月光に照らし出されれると、小鳥はその身を変化し始め、ついには一糸まとわぬ女神の姿へと変わったのだった。

 そのあられもない姿を目にした瞬間、ハーデスの理性は完全にふっとび、被っていた不可視の兜を脱ぎ捨てると、その女神に一直線に向かっていった。

 人型への変化を果たしたアステリアも意識を取り戻しつつあった。

 ハーデスは、小鳥オルテュクスから人の姿に戻ったアステリアに襲い掛かり、そのまま二人は、地面の上で転げ回った。アステリアは、ハーデスに必死で抵抗しようとしたのだが、抵抗虚しく、組み敷かれてしまい、星座瞬く藍白き空の下、ハーデスの肉棒の三分の一ほどがその身を貫いた。

 その時――

 分厚い雲が空を覆い、月の光が遮られると、<星座>の女神であるアステリアの身体は、再び、小鳥・オルテュクスの姿に変化した。小さき鳥に戻ったアステリアは、ハーデスの腕の間からするりと抜け出すと、残った力を振り絞って、翼をはためかせ、その場から逃げ出したのだった。


 夜中、アステリアは、オリュンポスからエーゲ海方面に向かって全力で飛び去った。しかし、脱力状態から少し力を取り戻したハーデスは、アステリアを追わんとn望んで、その背から翼を生やすと、夜空を飛翔する小鳥を追い始めたのだ。

 ハーデスと、小鳥オルテュクスの間は、ずいぶんと距離が開いてしまっていたのだが、小鳥の羽毛の表面の、オルテュクスの特徴である星座の輝く斑点が、オルテュクスの所在を、ハーデスに知らせてしまっていた。

 そして、ハーデスが、アステリアに、あわや追い付きかけた、ちょうどその時、海面から突如、水柱が立ち昇ってきて、そのぶ厚い水の壁が、ハーデスの行く手を遮った。

 ハーデスから逃げ切ったと思い、気が緩むと、オルテュクス=アステリアは、突然、身体に力が入らなくなってしまい、翼をはためかすことさえできなくなり、そのまま落下してしまった。

 急降下してゆく中、中空の小鳥は、その姿のまま海に向かって、自由落下していった。

 あわや、海面に衝突しそうになった所、アステリアを救ったのが、オリュンポスからの帰途において、たまたま近くを通りかかったポセイドンだった。

 ポセイドンは、小鳥の落下に合わせて、その大きな両手をわずかに下げ、落下の衝撃を相殺し、オルテュクスをしっかりと掴み止めた。

「なんだか、よく分からんが、何かを追っているハーデス兄ぃの邪魔をしてやったわ。痛快。痛快。 うん? この鳥、どこかで見覚えが。そうだ。コイオス一族の娘の肩に留まっていた鳥ではないかっ!」

 黄金の馬車の上のポセイドンは、周囲を見回してみたのだが、手頃な場がなかったので、馬車に積んであった土を宙に放り投げて、浮島を作り、その島に黄金の馬車を乗り付けた。その時、折しも、天空より水柱の円筒の中に蒼白き月光が降り注ぎ、ポセイドンの掌の上の小鳥は人の姿に変わった。

 この変化の際に、俯せになっていたアステリアの胸の弾力性のある柔らかな双丘がポセイドンの掌にそのまま収まってしまい、その瞬間、ポセイドンの理性は弾け飛んでしまった。

 ポセイドンはその手で、アステリアの豊かな胸を揉みしだき始め、その柔らかさを十分に堪能すると、アステリアの両脇に手を差し入れ、意識が未だ朦朧としている彼女のを身体を軽々と持ち上げ、そのまま、座していた自分の股間の上に、アステリアを降ろした。

 そこには、先端が白く泡立っているポセイドンの屹立した男根が待ち構えていたのだが、ポセイドンのナニは、過度の性的興奮の余り、腹部の方に大きく反り返ってしまっていた。そのせいで、ポセイドンの男根はアステリアの膣の奥深くまで凸することができず、挿入されたのは、その三分の一程度までであった。そうした中途半端な状態のまま、ポセイドンは射精してしまった。

「なんか不完全ねん……」

 意識が朦朧としていたアステリアも、さすがに自分の内に異物が入ってきた瞬間には覚醒していた。アステリアは坐位の態勢になっていたのだが、ポセイドンの両肩に両手を添えると、ちょうど頭部の位置にあったポセイドンの顎に、頭突きを食らわせた。

「いっっった。しゃべっている最中に、顎に頭突きをかましよって。まったく気の強い女だ。だが、気に入ったぞ」

 ポセイドンが怯んだ、その隙を狙って、小鳥に変化し、逃げ出そうとしたのだが、浮島の周囲に張られた水柱の障壁が、オルテュクス=アステリアの逃亡を妨げた。

「これで、ハーデスも、そなたを捕らえることはできないだろう。そして、アステリア、そなたは、この儂、ポセイドンの庇護下に置くことにしよう。この浮島で、そなたは自由に暮らすがよい。そうだな、小鳥の種族名、オルテュクスから名をとって、この島は<オルテュギア(うずら島)>と名付けることにいたそう、そういたそう」


 しばらく経って――

 アステリアは、その浮島・オルテュギアで子を産んだ。

 三つの面と三つの身体を持つ女の神童で、アステリアは、この子を<ヘカテ>と名付けたのだった。

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