第44話 ハーデスの恋とコレ―失踪
ティタノ・マキアの後、オリュンポス神族の三柱、ハーデス、ポセイドン、そしてゼウスは、くじ引きをして、世界を三分割した。その結果、天界をゼウス、海界をポセイドン、冥界をハーデスが支配することになった。
冥界は、これまで神々の勢力が及んでいない地下世界であった。そのため、ハーデスは、地下世界における己が支配権を盤石なものにし、その権力を、誰からも奪われないようにするために、奔走せねばならず、多忙を極めていた。そのため、ゼウスからの不可避な招集要請でもない限りにおいては、地上に姿を現すことは、ほとんどなかったのである。
そんなハーデスではあったが、しばらくの間、行方知れずであった姉デメテルが、母レイアから<大地母神>の地位を引き継ぎ、ゼウスとデメテルとの間にできた子で、ハーデスにとっては姪に当たる、コレーのお披露目の儀には、オリュンポス神族の長兄という立場上、参加しないわけにはいかなかったのである。
「ゼウスの野郎、こっの、くっそ忙しい時期に式など開きおって、まったく面倒なこと、この上ないわ。ゼウスや地上のことなど知った事ではないが、とは言えども、母上や姉上にはお会いしたいし、めんどいが、行ってやるしかないか」
世界の西端の穴を通って、地上に上がったハーデスは、忌々し気に、荒々しく吐き捨てると、黄金製の戦車を四頭の黒馬に牽かせて、ことさらゆっくりとオリュンポス山へ向かって車を進めていった。
原初の大地の女神ガイアの立ち合いの下、ゲー・レイアからデ・メーテルへの大地母神の継承式が行われた後、ゼウスとデメテルの婚礼の儀、ついで、二人の間に誕生した姫神の披露の宴が催され、その場にデメテルの娘たるコレーが登場した。
デメテルに似た幼きコレーの姿を見た瞬間、ハーデスの視線は幼女に釘付けになってしまった。
か、かっわいいいぃぃぃ~~~。成長した暁には、是が非とも我が妻としたい。
全ての式が終わると、ハーデスは、ゼウスの私室を訪れ、弟ゼウスと姉デメテルとの娘である、姪のコレーと結婚したい旨をゼウスに伝えた。
「なるほど、ハーデス兄上の気持ちは、よおおおぉぉぉ~~~く、分かりました。自分も天界の王として、冥界の王である兄上との縁故は、今後とも大事にしたい、と考えております。わたくしは、あくまでも天界の王、立場的には、冥界の王たる兄上と同格であり、その兄上からの申し出を拒む権限はありません。だから、わたくしとしては、兄上の許にコレーを嫁がせることに異存は全くありません。
ただ、問題は姉デメテルです。否、妻デ・メーテルです。妻は、娘を溺愛しており、コレーを手放したがらないのです。そのデ・メーテルが、娘を、オリュンポスよりも遠い冥界に嫁がせる件について、はたして何と申すか。
我々の姉デメテルは、今や大地母神、その大地母神デ・メーテルが、仮に、兄上とコレーとの結婚を<拒絶>した場合、天界神である私にすら、その大地母神の<否認>を無下にすることはできないのです。
たとえ、父にして天界の王たる私ゼウスが、婚姻を<承認>したとしても、オリュンポスの初まりの六神の一柱で、今や大地母神でもあるデ・メーテルが<否認>した場合には、それを、一方的に否定する権限は、天界神のわたくしにすら無いのです。
ただし、デ・メーテルが<否認>した場合には、です。
ただ、その妻デ・メーテルは、祖母と母の許で、大地母神としての修行をするために、クレタ島に赴いて、自分と離れて暮らし、娘コレーも一緒に島に連れてゆくことになっておるのです。
だが、クレタ島は、このオリュンポス山から遥かに遠い。その遠きクレタ島におる妻とは簡単に話はできないし、クレタで何が起こったとしても、このゼウスの目は届かない。
兄上、後は、もう、お分かりですよね」
そう言ったゼウスは、酷薄な笑みを浮かべ、部屋から出て行くハーデスの背中を見送り、その後ろ姿が完全に消えた後に独り言ちた。
「ふん、コレーのことを、デメテルは俺の娘だとぬかしておったが、実のところ、本当に俺の子であるかどうか分かったものではない。デメテルがオリュンポスから消えた後、ポセイドン兄がやって来て言ったのだ。デメテルと関係を持ち、子を成したらしい、と。クレタの間諜からの報告で、実際、デメテルは、馬の半獣神の子を産んだそうだが、そっちの馬の子を、今回の式に連れて来なかったのは実に怪しい。それが、俺の疑惑をいやが上にも増すのだ。
疑わしき場合は黒だ。
コレーが、俺の娘でないのならば、別に可愛くもなんともない。海界であろうが、冥界であろうが、何処にでも連れてっちまえ。ふん、俺の知った事ではないわ」
地上で起こる出来事は、冥界に住むハーデスには伺い知れないことだったのだが、ある日、デ・メーテルは大地母神としての儀式のため、祖母ガイア、母レイアと共にクレタ島を離れることになった。その際、ゼウスは、地下世界に届く程、激しく大地を何度も叩いたのだった。
新旧の大地母神たちが留守の間、ガイアの親衛隊であるクレタスは、クレタ島の周囲を取り囲むようにして護り、いかなる者であれ、海からの侵入を許さない態勢を整えていた。
さらに、デ・メーテルは、娘コレーに、セイレーン三姉妹を世話役としてつけていた。
コレーは、セイレーンたちと共に、牧場で遊んでいた。
そこには、美しい水仙の花が咲いており、コレーは、その美しい花がどうしても欲しくなってしまい、水仙を摘もうと世話役から離れ、セイレーンたちもコレーから目を離してしまった、まさにその一瞬の出来事であった。
突如、大地が裂け、そこから、黒馬に乗った男神が姿を現わしたのだ。
地面の裂け目はすぐさま閉じてしまった。
「いっ、やあああぁぁぁ~~~」
コレーの叫びに気付いたセイレーン三姉妹の目に入ってきたのは、 幼女の胴を抱えた男の腕と黒馬であった。
しかし、何故か、コレーを攫おうとしているのが、誰であるのか認識できない。
だが、牧場の方に、騒ぎに気が付いたクレタスが集まってくる気配がした。
「コレーさまをお放しなさい。すぐに、島最強の戦士たちが、ここに集まってきます。逃げられま………………」
セイレーンたちが黒馬の男に警告を放っている最中、男が兜のようなものを被ると、大気が揺らぎ、目前にいたはずの黒馬に乗った男と、コレーの姿は、セイレーンとクレタスの前から忽然と消えてしまったのだった。
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