第17話 白銀の種族

「クロノス側の状況に関して、何か御存知の事があれば、教えていただきたいのですが」

 ゼウスは、そうステュクスに尋ねた。

「我々は、クロノスおぅ、いえ、クロノスの招集には応じておりません。ですので、あくまで、伝え聞いた内容になってしまうのですが」

 そう断った上でステュクスは続けた。

「今回のマキアにおいて先陣を任されたのは、女神エリスの一族とのことです」

「エ(エ)<エ>リ(リ)<リ>ス(ス)<ス>だってっ!」

 ハーデス、ポセイドン、ゼウスの三兄弟は異口同音の叫びをあげていた。

 よりによって先鋒が、ありとあらゆる種類の<争い>と、争いを引き起こす様々な<不和>を司るエリスの眷属とは! いかにして対処したらよいのだろうか?

 エリスの名を耳にした途端、不安が脊髄反射的に顔に出てしまっていたのか、ゼウスの表情を見たステュクスの長男ゼロスが声を掛けてきた。

「ゼウスさま、戦いに関してはご心配なく。我々は、まさにエリスと戦うためだけ、いてっ!」

「ばかっ! ジールにぃ、何でもかんでも正直に話す必要はないってば」

 ニケが肘でゼロスの脇腹を突きながら、ゼロスを小声で窘めた。

「ゼウスさま、わたくし、ニケと申します。エリス一族との戦闘は、我々、ステュクス一族にお任せいただきたく存じますの。我ら一族が、オリュンポスに勝利と栄光をもたらすことをお約束いたしますわ」

 <勝利>の女神ニケの発言によって、ゼウスは溜飲を下げた。

「ただ、我らが掴んだ情報によりますと、クロノス王のオトリュス側は、今回の戦いにおいて、<人間>を利用するとのことです」

 人間とは、ティターンの神々が自らの姿に似せて作った被造物である。その外見は神の姿形を模したものなのだが、身体の大きさが異なっていた。巨躯を誇る神々に対して、人の身体は圧倒的に小さく、姿形だけは、いわば小型の神と言えた。そして、土から作ることができる人という種は、いくらでも増やすことができ、その数は、神に比べて圧倒的に多かった。

 たしかに、人は、どんな土からでも作ることができるのだが、土の質や、神に技量に応じて、生み出される人の質には差異がある。やはり、ティターンの神々の御手から為る人は質が高く、特に、そうした良質の人間は<黄金の種族>と呼ばれていた。

 <黄金の種族>は、神とは異なり、不死ではなかったのだが、その代わりに、老いることなく、病気に罹ることもなかった。つまり、神に生み出されたその瞬間から<黄金の種族>の人は青年期にあり、大地の恵みを享受しながら、特に働くこともなく、日々、自らの身体を鍛え上げ、仲間とレスリングをして、日々を過ごしていた。そのため、<黄金の種族>の人間は屈強な者達揃いであった。さらに、不老で病苦とも無縁ゆえに、神のように子を為す必要もなく、結果、<黄金の種族>は男性だけで、女性はいなかった。

 日々、身体を鍛え続けてきた<黄金の種族>の人々は、今回の神間戦争において、エリスに招集され、初めて実戦を経験できるが故に、その精神は高揚し、喚起に震え、さらなる鍛錬に励み、戦意も高いとのことであった。

 人など、神の力をもってすれば、たとえ、いかに数が多くとも打倒不可能なことはない。しかし、だ。神の戦いとは、神同士で争うからこそ、そこに神の誉れというものがある。神の力は、人との戦いのために使うものではないし、そんなことのために、一族の長オケアノスの命に逆らって、オリュンポスにまで来たわけではない。エリス一族を徹底的に打ち倒すことこそが、ステュクス一族の悲願なのだ。

「そこで、ゼウスさま、わたくし共に考えがあるのです。オトリュスのエリス一族が<黄金の種族>の人間を、マキアで使うのならば、こちらも、まずは人間を使ってみてはいかがでしょうか?」

「なるほどっ! その手があったかっ! 無いならば作ればいいって、その発想はなかったわ。ハーデス兄、ゼウス、これで、数の問題は、とりあえずなんとかなりそうだな。ガハハハハハ」

 ポセイドンが、兄弟の背中を両手で何度も叩きながら豪快に笑い声をあげた。

「それでは、早速、皆で人を作りましょうか」

 そうゼウスが提案すると、オリュンポスの山頂に集った神々は総出で、人の制作に取り掛かり始めた。

 しかし、オリュンポスの神々も、実は、ステュクス一族の神々も、人を制作するのは初めての経験であった。

 そうして出来上がった人は皆、<黄金の種族>のような青年期の人間ではなく、子供の姿であった。

「わたくし、戦いのことはよく分からないのですが、子供では、大人とまともに戦うことはできないのではないでしょうか?」

 そうデメテルが、おずおずと発言した。

 オリュンポス山頂の土を指で取りながら、出産の女神であるヘラが述べた。

「土の問題のようにも思われます。このオリュンポスの土質では、子供しか作り出せないと推察します。私の査定では、この人間達は、やがて成長して大人になるにはなるのですが、大人になるまでに百年の月日が必要でしょう」

「いまさら、そんなこと言われても、既にもういっぱい作っちゃったけど」

 ハーデスが姉ヘラに聞こえないように不平を呟いた。

「き、聞こえたわよ、ハーデス、もう本当にうるさいわね。今、どうするか考えてるんだから」

 しばらく経った後、メティスが進言した。

「ゼウスさま、<豊穣の角>から溢れ出るアンブロシア(神食)とネクタル(神酒)を人に飲食させ、成長を促してみてはいかがでしょうか?」

「よし、試してみよう」

 ゼウスは腰に下げていた<豊穣の角>を取り出し、試しに、自分が作った人にアンブロシアとネクタルをそのまま摂取させてみた。

 すると、少年の姿であった人は急激に成長し始めた。しかし、そのまま成長は止まらず、やがて老人の姿になったかと思うと、そのまま事切れてしまったのだ。

「ゼウスさま、原液のままじゃ、濃すぎて、人には効きが強すぎるのかもしれないね」

「パーン、調整をお前に委ねよう。もともとは、<豊穣の角>は、我らが母たる山羊の女神アマルテアのもの。実の息子であるお前こそが、この角の研究に最も適しているにちがいない」

 パーンは、母の一部である<豊穣の角>をゼウスから受け取り、早速、研究に取り掛かったのだった。


 数日後――

 <豊穣の角>を携えたパーンがゼウスの前に姿を現した。

「ゼウスさま、結論から言うと、オリュンポスの土から作った人間は、ティターンの<黄金の種族>と違って、不老ってわけにはいかなくって、たぶん、テッサリア平原の肥沃な大地から作らないと、<黄金の種族>みたいな人間は作れないと思う」

「うちの人達は、死の運命からは逃れられないということか……」

「その通り。やがては老いて死ぬ。でも、この土では子供しか作れないし、結局の所、<角>で無理矢理に成長を促進させるしかないんだ。問題は、戦いの際に、ちょうど青年になるように、アンブロシアの分量とネクタルの濃度を調整するって話なんだけど、その分量や濃度と成長速度の関連については、もう計算できているよ」

「さすがっ! パーン、でかした」

 ゼウスは、思わず乳兄弟を抱きしめていた。

「まあ、実を言うと、計算に関しては、メティスさんがほとんどやってくれたんだけどね。だけど、問題がないってわけではないんだよ」

「いったいどうした?」

「無理矢理、身体は成長させることはできたんだけど、結局、精神は子供のままなんだよ」

「で、何が問題なんだ」

「頭と心が子供のままで、もしかしたら、無理に大人にした結果、精神に異常をきたしちゃったのかもしれないけれど、もう性格は残酷この上なくって、放っておくと、いつの間にか人同士で争い合うんだよ。しかも、神を敬うこともなく、まったく言う事をきかないんだ。でも……」

「でも、どうした?」

「身体は大人、心は子供で、精神的な抑制がないのか、恐ろしく強いんだ。まさに戦闘種族だよ、うちの子達」

「そうか……」

 神を敬わず、不死なる存在でもない<黄金の種族>の劣化版、だが、戦闘力にのみ特化したオリュンポスの人間達――、ゼウスは、この人種を<白銀の種族>と名付けることにしたのだった。  

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