第18話 <黄金>と<白銀>の戦い

 クロノス王は、オトリュス山に集ったティターンの神々に命じて、世界の各地から、彼等が創造した<黄金の種族>の人類全てを呼び集めさせ、それを、対オリュンポスへの戦力として、エリス一派に委ねた。

 <黄金の種族>の数は約三千、それを、エリス一派は、オトリュス山とオリュンポス山のほぼ中間点、テッサリア平原の真ん中に陣取らせた。

 クロノスたち、ティターンは、<黄金の種族>たる人類に<火>を与えなかったため、彼等は、夜明けと同時に目を覚まし、陽が沈むと同時に眠るといった生活を送っていた。こうして、戦いに臨むためにテッサリア平原に連れてこられても、そうした生活習慣に変わりはなかった。彼らには、これから戦うという実感はまるでないようで、神々からの指令が下るのを待ちつつ、日々、歌い踊り、肉体を鍛錬し、仲間とレスリングに興じつつ、陽が暮れて、眠りにつくまで、笑いながら、飲んで食って、楽しく過ごしていた。ちなみに、<黄金の種族>の人類は草食人種であった。


 オリュンポスの神々は、オトリュスとオリュンポスの中間地点、テッサリア平原に、ティターン側が<黄金の種族>の人々を陣取らせたという情報を掴むと、幼児状態にあった<白銀の種族>に、分量と濃度を調整したアンブロシア(神食)とネクタル(神酒)を摂取させ、<白銀の種族>を青年期にまで成長させた。

 その後、ゼウスは、巨大な牛を自ら殺して、それを<白銀の種族>の青年達に分け与えた。ゼウス自らが手に掛けたことによって神聖を帯びた牛肉を食べた瞬間、<白銀の種族>の者達の肉体は一回り大きくなり、同時に、肉体は、白銀色のオーラ、すなわち、神聖を纏い出した。

 <白銀の種族>の数は約三百、戦力としては、ティターンの<黄金の種族>の十分の一だったのだが、肉体が増強され、神聖を帯びた<白銀>を目にして、ステュクスの口元は我知らず緩んでしまっていた。

 さらに、ゼウスは、オリュンポス山、その山頂中央部にまで歩み進むと、ヘスティアの<炉>から、消えることのない永遠の炎の火種を棒の先端に移して、自ら、<白銀の種族>の一人に手渡した。


 太陽は沈み、世界は暗灰色に覆われていた。そしてさらに、陽が完全に落ちた後、突然、分厚い雲が空一面を覆いだし、そのせいで、月明かりも、星明かりも、自然の夜の光源が地上にまで届くことはなくなってしまった。かくして、この夜、<闇>の力が強く働き、テッサリア平原中央部、<黄金の種族>の陣地周囲は完全なる暗闇に覆われてしまっていた。

 さらに、この深き闇夜の下、<眠り>を司るヒュプノス一派の力が強く働いているようで、<黄金の種族>の人々は、常よりも深き眠りに陥っているようであった。

 まったき静寂で包まれたテッサリアの中原に響いているのは、風の音と人々が口鼻から漏らす寝息だけであった。だがそこに、平原に生い茂る草を掠める微かな擦過音が混じり始めていた。しかし、深き眠りのせいで、<黄金の種族>の人々の中にそれに気付いた者は一人もいなかった。


 トーチの炎を頼りに、暗闇の中で行軍していた<白銀の種族>の人々は、眠り込んでいる<黄金の種族>の人々の姿を肉眼で視認した後で、視力を暗闇に慣らすために、それまで光源として頼りにしていたトーチの先端を覆って、光が漏れ出ないようにし、トーチを最後尾にいた者に手渡した。

 そして、視力が闇に慣れた所で、選抜された先行部隊が、眠り込んでいる<黄金>に近づくと、寝ていた者達を襲撃し、その首を裸締めにしたり、首を力任せにへし折って、次々とその命を奪っていった。だがしかし、<黄金>の中には、襲撃者に抗って、声を漏らし出した者も現れ始め、<白銀>の夜陰に紛れた急襲はそこでいったん終わりとなった。

 そして先陣を担った急襲部隊が、一陣の風のようにいったん後退すると、続いて第二陣が、大声で鬨の声を上げながら、起き掛けの<黄金>に突撃した。突然の大声で、反射的に身が竦んでしまい、数多くの<黄金>の動きが、一瞬、止まった。それを夜目に慣れた<白銀>が見過ごすことはなく、手に持った棒で、近くにいた<黄金>の者達の頭を、力任せに次々に叩き潰していった。

 だが、最前線から離れた場所にいた者は、驚愕から回復して、突撃してきた<白銀>への抵抗を試み始めていた。しかし、未だ闇に眼が慣れていないせいで、その反撃は手にした棍棒を闇雲に振るうだけであったが、何振り目かで、棒が何かに激突する感触があった。あったものの、次の瞬間、腕に伝わってくる抵抗は軽く、いな、ほとんどなくなっていた。

 木の棒が砕け散っていたのだ。

 同様の状況は、そこかしこで起こっていた。

 <白銀>の者達の武器は石製の棍棒で、それで受け止められただけで、<黄金>の者達の木製の棍棒は次々に失われていったのだ。武器を失い両腕で守ろうとした<黄金>の者達の頭を、<白銀>は、怪力に任せて、その腕ごと頭を潰していった。

 やがて、<黄金>の中にも夜目に慣れてきた者が現れ始めた。彼等の目に映ったのは、神々ほどの巨躯ではないものの、明らかに自分達の倍もある身体つきの者達で、その身体の周囲は白銀色の神気のようなもので覆われてさえいた。

 <黄金>のある者が、恐怖に駆られて、打ち出した渾身の一撃が、<白銀>の半巨人の腿の辺りを叩くことに成功したのだが、肉体に達する前に、白銀のオーラが打撃を妨げていた。

 恐怖が最高潮に達し、戦闘意欲を完全に失った<黄金>の者達は逃げ出し始めていた。

 しかし、すでに<白銀>の者達が包囲網を形成しつつあった。だが、それは未だ完成していないらしく、逃亡者の何人かが、明らかに通り抜けやすい<穴>を発見し、そこ目掛けて駆け出して行った。そして、どこに向かったらよいか決めかねていた者達もそれに続いた。

 しかし、その穴は徐々に幅を狭められ、いの一番に穴から抜けようとした<白銀>の者達は次々に打ち倒されていった。そして結果として、穴に殺到した<黄金>の者達は、一ヶ所に集中してしまう事になり、<白銀>の者達は、今度は、完全なる包囲網で、一局集中した<黄金>の者達を、一人として打ち漏らすことなく全滅させたのであった。

 夜が明ける頃には、戦闘は完全に終結していた。

 空は白み始め、テッサリアの大地に倒れ伏していたのは、<黄金の種族>の屍だけであった。

 

 ステュクスの<勝利と栄光>の一族は、今回の戦いでは、<白銀の種族>に作戦を与えただけで、オリュンポス山から出ることをゼウスから止められていた。テッサリア平原に陣取る<黄金の種族>が陽動で、たとえば、戦場に赴いたステュクス一族の不在時を狙って、オリュンポスが急襲されることを警戒したためである。

 それゆえに、ステュクス一族は、<不和と争い>のエリス一派との直接対決は叶わなかったのだが、エリス一派が率いる<黄金の種族>絶滅の報を受けて、オリュンポス山頂で勝利の喜びで打ち震えていた。

 しかし、気になる事もあり、それは、今回、エリス一派の戦いへの関与がほとんど認められなかった点である。もし神々が関与していたとしたら、たとえ、夜襲で不意をついたとしても、ここまで簡単にはいかなかったはずである。

 そのエリスの眷属達は、テッサリアの戦場で多忙を極めていた。肉体としての死を迎え、回収すべき<黄金の種族>の霊魂の数が膨大だったからだ。

 そして、ようやく、日暮れ前までに<黄金の種族>の霊魂全てを集め終わった時分のことである。

 戦場から少し離れた所、テッサリア平原からオリュンポス山を結ぶ直線路において、次々に、生物が肉体の死を迎えてゆくのを、エリス一派の神々の中には感じ取っている者がいた。そして、<黄金の種族>の霊魂の刈り取りが終わり、手の空いたものの何神かが、その状況の確認に赴いた。

 戻ってきた斥候の報告によると、数刻前まで青年の姿であったはずの<白銀の種族>の者達が、戦場からオリュンポスまでの直線路にて、全く異なる容貌、老人の姿となって点々と倒れ伏しているとの事であった。

 エリスの一派は、<黄金の種族>の霊魂の回収を終えたその足で、即座に、<白銀の種族>の者達の霊魂全ても刈り取ることになったのだった。

 <不和と争い>の女神エリスの一派は、積極的に<黄金の種族>を勝利させるためには動かなかった。むしろ、月明かりや星明りを妨げ、闇を濃くしたり、同じ<夜>の一族の一派、ヒュプノスに助力してもらって、人の眠りを深くしたりして、<白銀の種族>の夜襲が成功し易くしたと言ってもよい。エリス一派が、<黄金の種族>を戦わせる目的は、あくまでも人の霊魂の回収で、ステュクス一族との戦いではなかったのだ。そもそも、ステュクス一族のことなど歯牙にもかけてはおらず、一方的な敵意にうんざりさえしていたのだが、今回は、<黄金の種族>の霊魂回収に、ステュクスの敵意を利用させてもらったのだ。

 そして、これは完全な予想外だったのだが、<黄金の種族>の霊魂だけではなく、<白銀の種族>の霊魂さえも手に入ることができたのだ。エリス一派にとって、これ以上の成果はないであろう。

 <白銀の一族>の全滅、これは、オリュンポス側にも予想外の出来事であった。

 成長を促進する神食と神酒の分量と濃度調整に携わったパーンとメティスの計算では、戦いの後、<白銀に種族>の者達は生きてオリュンポス山まで戻ってこれるはずで、戻ってきた者達の労をねぎらい、残りの寿命をオリュンポス山で全うさせるつもりであった。しかしながら、<マキア>というものは、思った以上に、精神的・肉体的に<白銀>を消耗させてしまったらしい。あるいは、ゼウスの神聖を帯びた牛の肉を食し、肉体を増強させたことが老いが促進された原因かもしれない。いずれにせよ、<白銀の種族>の者達は、オリュンポス山に戻るまで肉体がもたなかったのだ。


 かくして、神間戦争の代理争いも言える、<黄金の種族>と<白銀の種族>との戦いにおいて、両陣営ともに、神々が創造した最初の人類は滅亡してしまったのであった。 

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