第20話 青銅の種族と裏切りのプロメテウス

 ジブラルタル海峡に建造された要塞の防御を、父イアペトスから託されたプロメテウスであったが、今のところ、要塞防御に関して大してするべきことがあったわけではない。仮にだ。プロメテウスが要塞司令として多忙になるとしたら、それは、メノイティオスが管轄する地中海西部が危機的状況に陥り、戦線がジブラルタルまで後退した場合である。

 つまるところ、平時の要塞司令とは閑職であり、それゆえに、プロメテウスはある程度以上の行動の自由が可能であった。

 そこで、イアペトスは、プロメテウスに、ある任務を与えていた。それは、アトランティス軍の戦力とするための、新たな人類の創造である。

 まず、プロメテウスは、世界各地に配下を放った。そして、世界情勢について、様々な情報を集めさせながら、それと同時に、各地の土や水を採取させ、それを材料に、新人類の創造を目指して、日夜、実験に明け暮れたのだった。

 プロメテウスが目指したのは、ティターン一族が生み出した<黄金の種族>以上の人類の創造だった。たしかに、<黄金の種族>は、神々のように不死なる存在ではなかったのだが、青年状態が長く続く、長命な種族であった。

 この<黄金の種族>を、先の神々の代理戦争において絶滅させたのが、オリュンポスが創造した<白銀の種族>である。

 その戦いを監視していたプロメテウスの配下の報告によると、<白銀の種族>の肉体は<黄金の種族>よりも二回りほど大きく、さらに、段違いの戦闘力を誇っていたという。

 <白銀>の攻撃面に関して、着目すべきはその武器で、彼等は石製の棍棒を用い、それは、木製の棍棒を使っていた<黄金>の比ではなかったそうだ。

 そしてさらに注目したいのが、その防御力である。<白銀の種族>の身体は銀色の神気のような光で覆われていて、<黄金の種族>の攻撃を全て、そのオーラで弾いていたという。

 しかし、<白銀の種族>は、戦いが終わったその直後、まるで、生命の炎を燃やし尽くしてしまったかのように、皆、命を失ってしまったとのことであった。あたかも、オリュンポスの神々は、<黄金の種族>を打倒するためだけに、<白銀の種族>を創造し、その後、彼等を使い捨てにしたかのような印象をプロメテウスは受けた。

 たしかに<白銀>の戦闘力には興味をそそられるが、せっかく創造した人を使い捨てるのは、あまりにも効率が悪すぎる。そのせいなのか、その後の戦いにおいて、オリュンポスは、あれ程の戦闘力を誇る<白銀>を一度も使ってはいない。

 プロメテウスが創りたいのは、<黄金>のように青年期が長く、<白銀>のうような肉体と戦闘力を兼ね備えた新人類なのだ。そして同時に、その人類が使う武具も作りたい。

 今や、プロメテウスは、要塞防御の仕事を副司令に完全に丸投げにして、自身は、新人類の創造に完全にのめりこんでいた。

 そしてついに、最良質の土と水を見出した。

 灯台下暗し、というべきか、最高の素材は、アトランティス大陸の赤土と水だったのだ。

 そこから創り出されたのは、赤銅色の肌に屈強な肉体を誇る青年期の人類で、その肉体は、かつて見たことのある<黄金の種族>以上であった。身体面に関しては最高の出来である。

 しかし、精神面に問題があった。

 温厚過ぎて、全くもって戦闘に向いていないのだ。

 確認のために、その後何度も、アトランティスの赤土と水を素材にし、同じ手順で人を作ってみたのだが、身体の大きさや戦闘力には多少の差があっても、精神面に関しては、皆同じく非戦闘向きであった。

 ままならないものだ、と考えながら、息抜きのために外気に当たろうと、プロメテウスは要塞の屋上に向かった。

 その時、プロメテウスは、背後に気配を感じたのだ。

 振り返ると、そこには頭巾を目深に被り、仮面を着けた男が立っていた。

 どこから入って来たのか判然としないが、明らかに侵入者である。

 身構えたプロメテウスに向かって、仮面の男が命じた。

「これを使え」

 仮面の男が、一つの箱を差し出してきた。

 明らかに怪しい。なのに、その謎の男の姿を目にし、さらに声を耳にした瞬間、プロメテウスは逆らうことができなくなり、我知らず、その箱を受け取っていた。

 そして、仮面の男は、箱の中身について、プロメテウスに耳打ちした。

 やがて、プロメテウスの意識が明瞭になった時、仮面の男はもはや姿を消していた。それが白昼夢でなかった事はプロメテウスの手の中の箱が物語っている。  

 箱の中身は小型のトネリコのニュムパイ、メリアデス(単数形メリアス)だった。その小型の精霊は、箱から出した瞬間、身体は徐々に拡大していった。そして、その巨大化が止まると、メリアデスはプロメテウスを睨み据え、襲い掛かってこようとした。しかし、精霊達の四肢には鎖が括り付けられ、行動の自由を奪っていたため、プロメテウスは事なきを得た。

「ディ、ディダ~~~ン、ゆゅるぅざぁ~~ないぃぃぃぃぃ」 

 見目美しき容貌から発せられるとは想像だにできない怨嗟の声が、激しい歯軋りの音と共に、メリアデスの口々から洩れ出で、プロメテウスの精神は恐怖で凍りついてしまった。

 そして、声を聞いた瞬間、プロメテウスは<直感>した。

 このメリアデスは、現王クロノスが、前王ウラノスを襲撃し、不壊金剛アダマスの大鎌で陰茎を刈り取った際に、その切断部から飛び散り、大地に染み込んだ血液から誕生したトネリコの精霊達なのだ。

 伝え聞いた所によると、ウラノスの血液から誕生したメリアデスのうち、ウラノスの血が薄い部分から誕生した何柱かは、ガイアによって、クレタ島に連れて行かれ、大地母神に従事しているという。 

 だがしかし、ウラノスの濃い血から誕生したメリアデスは、去勢された父ウラノスの<怨念>を色濃く引き継いでいたそうだ。そしてガイアとクロノスに捨て台詞を残した後、ウラノスも、そのメリアデスも、消息は杳として知れなかった。だがしかし、この精霊達こそが、行方知れずであったウラノスの濃き血を継承した<怨念>のメリアデスなのだろう。

 そして、プロメテウスの脳裏に仮面の男の言葉が蘇ってきた。

「貴様が創った人間と、トネリコの精霊をまぐわわせるのだ」

 そして、プロメテウスは、何かに取り付かれたように仮面の男の言葉を実行に移した。

 かくして、人とメリアスが性交し、そのトネリコの精霊達から新たな人が誕生していった。

 見た目は、プロメテウスが創り上げた人と同じく、赤銅色の肌に屈強な肉体を有していた。

 しかし、性質がまるで違っていた。

 ウラノスの怨念を引き継いだメリアデスのように、狂暴この上なかったのである。生まれ落ちた瞬間から戦いを欲し、プロメテウスが少し目を離した途端に、他のメリアスが生んだ人との間で戦闘を始めることもあった。場合によっては、それが殺し合いにまで発展することさえあった。

 たしかに、最強の人類を創り出すことには成功した。しかし、このままでは、この種は、最後の一人になるまで殺し合って自滅してしまう。

 プロメテウスにはそれが直感できた。

 もしかしたら、自分は開けてはいけない<箱>を開けてしまったのかもしれない。

 そして、プロメテウスは、この狂暴な新たな人類を、<青銅の種族>と名付けた。


 プロメテウスは、彼が最初に創り出した人、トネリコの精霊達メリアデス、そして、人と精霊から生まれ出でた<青銅の種族>を引き連れて、アトランティス大陸に戻った。

 この際、プロメテウスには、父イアペトスから新たな指令が伝えられた。

「大儀であった。プロメテウス」

「父上、お役に立てて何よりです」

「そこでだ。製造方法が確立した今、今後の<青銅の種族>の量産の拠点をアトランティス大陸に移し、これをもって、新人類創造に関する任から、プロメテウス、汝を解くことにいたす」

 やれやれ、これでやっと肩の荷が下りるな。しばらくは、要塞で昼寝だけして過ごしたいわ。

 しかし、イアペトスの言はこれで終わりではなかった。

「さらに、本日をもって、貴様をジブラルタル要塞司令の任から解き、その後任にエピメテウスを就ける」

「えっ!」

 さすがに驚愕せざるを得なかった。

 イアペトスは続けた。

「プロメテウスよ、儂は、貴様に、お前にしかできない、別の役目を任せたいのだ」

 何を命じられるのか予測ができない。心を落ち着かせながら、プロメテウスは疑問を口にした。

「それで、父上、いったい私は何をすれば?」

「お前には、オリュンポスに潜入し、奴等の動向と、その秘密を探ってきて欲しい。たしかに、最強にして最凶の狂戦士<青銅の種族>の創造に貴様は成功した。しかし、儂には、一夜にして<黄金>を絶滅させた、<白銀>の力の秘密が気になって仕方がないのだ。四人の息子の中で、この任務を果たすことができるのは、人類の創造に携わったお前だけだ。さらに、他の者、アトラスは武に偏り過ぎ、メノイティオスは勇敢だが凡庸で、末のエピメテウスは考えが足りぬ。間諜を担うことができるのは、やはり、知に秀でた貴様だけなのだ」

 それに、それに俺だけ母親が違いますし、ね。アトラス達の誰かをオリュンポスに遣るのは義母殿が承知いたしますまい。なるほど、そうか。母親が違う俺ならば、アトランティスを出奔して、ティターンを裏切り、オリュンポスに寝返るもっともらしい理由をでっちあげることができるって話か。

 プロメテウスは、<直感>で、ある程度のことを察した。しかし、危険な役目だし、懸念もある。

「父上、分かりました。その役割、このプロメテウスがお引き受けいたします。ただ一つだけお願いがあります。私の気がかりは、アトランティスに残すことになる妻アシアと、一人息子デウカリオンのことです。アシアは離縁し、オケアノス伯父の所に返すことにいたしましょう。問題は、デウカリオンの将来です。裏切り者プロメテウスの子として、誹りをうけないか、それだけが心配なのです」

「デウカリオンの事は儂に任せろ。お主がオリュンポスに向かった後、デウカリオンは儂の養子とする。そして、成長した暁には、儂の息子として、相応しい領地を与えることにしよう」

「ありがたきお言葉」

「お主が間諜としてオリュンポスに潜入する件は、ここだけ、儂とお前だけの秘密だ。この件を知る者は他には誰もいない。我が妻クリュメネも、現族長のアトラスも知らぬ。貴様も、家族の誰にも告げてはならん」

「承知いたしました。ところで、オリュンポスの信用はいかにして勝ち得ましょうか?」

「その顔、すでに腹案はあるのだろう?」

「そうですね。ティターンを裏切る理由は、私が産みの母テミスから受け継いだ<予知>の力によって、オリュンポス勝利の未来が見えた、という事にでもいたしましょう。わたくしも、一応、『プロ・メテウス(先見の明を持つ者)』なので」


 ほどなくして、ティターン神族の重鎮イアペトスの息子プロメテウスが、オリュンポス側に寝返ったという報が――

 世界を震撼させた。

 そして、ティタノ・マキアは、<黄金の種族>と<白銀の種族>間の神々の代理戦争を経て、次の局面に移ることになる。

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