第2話 天地の分離 ―ウラノス追放―
世界が創生されて以来、ガイアは独力では何も生まなくなった。
ガイアは、性愛を司るエロスの<原愛>の力を借りて、息子ウラノスと寝所を共にした。
そうして誕生したのが、男女六柱ずつのティターン神族、三人のキュクロペス(単数形キュクロプス)、三人のヘカトンケイレス(単数形ヘカトンケイル)、総じて十八の子供達であった。
ティターン神族の男神はオケアノス、コイオス、クレイオス、ヒュペリオン、イアペトス、そしてクロノス、女神はテイア、レイア、テミス、ムネモシュネ、ポイペ、そしてテテュスであった。
キュクロペスの三柱、ブロンテス(雷鳴)、ステロペス(雷光)、そしてアルゲス(閃光)は雷神で、彼らの目は額の中央に一つあるだけだった。キュクロペスは物作りに秀でていた。
ヘカトンケイレスは、コットス、ブリアレオス、そしてギュゲスの三巨人で、彼らの肩からは五十の頭が生え、さらに百本の腕が突き出ていた。
「子とは何たる醜悪なる存在なのだ……こいつらが俺を種とし生まれたと考えるだけでゾッとする」
生まれたばかりの子を見て、父ウラノスが抱いたのは嫌悪の念だけであった。
「ウラノス、どうか、おやめください」
ガイアから、その胸に抱く子供を取り上げると、ウラノスは、妻の嘆願を完全に無視し、子達全てをタルタロス(奈落)へと投げ込み、その光なき暗黒領域に閉じ込めてしまった。出産直後で四肢に力が入らないガイアには夫ウラノスの暴挙を止める事ができなかった。
「ハハハ、愉快、ゆかい、ゆかぃ、ゆゕぃ、ゅゕぃ……」
地の底へと飲み込まれてゆく赤子を見ながら、ウラノスの哄笑もまた奈落へと吸い込まれていった。
子を全て奪われたガイアは独り悲しみに暮れた。一頻り泣いた後、母神の悲哀は夫への憎悪へと転じ、ウラノスへの復讐を誓った。
ガイアは、神の身体すら傷付け得る魔力を帯びた灰色の金属――不壊金剛(アダマス)を錬成すると、これを刃とする大鎌を密かに造り出した。
そしてある夜のことである。
ガイアは、タルタロスの虜囚となった我が子達に会いたい、とウラノスに懇願した。ガイアなしでは一夜たりとも過ごすことができない絶倫のウラノスは最初は妻の申し出を固辞したのだが、閨での激しい情交の後、ついには奈落行きを妻に許した。
タルタロスに到着するとガイアは、神器たる大鎌アダマスを子供たちに示しながら言った。
「さあ、我が子達よ、母の声をお聞きなさい。今こそ暴虐の限りを尽くす父ウラノスに恨みを晴らせる時がやって来たのです。この神器アダマスをもってすれば、その願望も成就できることでしょう」
しかし、である。
子供たちの心には奈落へと投げ落とされた時の父への恐怖が蘇り、母ガイアの呼び掛けに応えることができずにいた。
「さあ、誰か、誰かおらぬのですかっ!」
ようやく子の一人が母の前に進み出てきた。
「母上、その役目、兄姉達に代わって、わたくしが引き受けましょう」
名乗りを上げたのはティターン神族の末子クロノスであった。
ガイアはクロノスに大鎌を手渡し、末子に襲撃計画を具に伝えた。
そしてついに――
ウラノス襲撃決行の日が訪れた。
ガイアは、息子クロノスを伴ってタルタロスから戻ると、昼の間に息子を自分の部屋の隅に潜ませた。
やがて女神ニュクスが世界に夜をもたらした。
夜の到来と同時に、ウラノスは、ガイアの寝所を訪れ、その扉を力いっぱい押し開けた。
部屋に入るや、大股で妻に近付いたウラノスは、ガイアに声を発する暇さえ与えず、妻の臀部を鷲掴みにしながら口付けをし、その唇を激しく吸い、荒々しく舌を絡めた。
「ガイア、おまえがタルタロスに行っていた間、俺は独り耐え抜いた。だが、もう我慢の限界だ。抱くぞ」
ウラノスはガイアを寝台の上に乱暴に押し倒し、その上に覆い被さった。
久方ぶりに味わう妻ガイアの身体に夢中になるあまり、ウラノスは閨房の片隅に隠れているクロノスの存在には全く気が付かなかった。
ウラノスは、その舌と指で、ガイアの首筋から乳首、太腿、さらには足の指の一本一本に至るまで愛撫し尽くした。
そうして妻の肉体を十分に味わい、情欲をできるだけ高め切った後で、屹立した己が男根をガイアの股に押し当てた。
「では、いざ参ろうか」
そう言うや、ガイアに一物を挿し入れ、腰を小刻みに前後に振り出した。
部屋の片隅でクロノスは、やるせない気持ちで父と母の情事に視線を送っていた。そして冷静を保つように自分の心に言い聞かせながら、事前に取り決めていた母からの合図をひたすら待ちつつ、大鎌の柄を両手で強く握った。
「ぃ、ぃ、いきそうです。いっ、いっくぅぅぅぅぅぅ」
ガイアが絶頂に達したものと思い込み、ウラノスの興奮度がより一層高まった。そして、まるで杭を打ち付けるかのように、さらに激しく大きく腰を振り出した。
「ぉ、俺もだ、いくぞ、いくぞ、いくぞっ、もう出そうだっ!」
ウラノスが射精したまさにその瞬間――
ガイアは、ウラノスの首を強く抱き絞めた。その力強さのあまり、ウラノスは身動きができなくなった。
これがクロノスへの合図であった。
下になっていたガイアは、性的絶頂を迎えた直後で四肢から力が抜け落ちていたウラノスの胸板を思い切り蹴り飛ばした。硬直したままウラノスは後方に吹き飛び、仰向けのまま床に倒れた。
そこに、右手で大鎌アダマスを握ったクロノスが待ち構えていた。
息子たるクロノスは左手で父の股間の息子を握るや、狙いを定めアダマスを横薙ぎにした。
一閃
硬直した父の男根を刈り取った。
ウラノスの切断部から迸った赤き血の滴は寝台上のガイアに降り注いだ。
後年、ウラノスの血を浴びたガイアから、正義と復讐の三女神エリニュエス(単数形エリニュス)、巨人族ギガンテス(単数形ギガス)、そしてトネリコのニュムパイ(単数形ニュムペ)たるメリアデス(単数形メリアス)が生まれた。
一方、ウラノスの男性器は、即座に、クロノスによって海へと投げ捨てられた。それは長い間大海原を漂っていたのだが、やがてペロポネソス半島とクレタ島の間に浮かぶキュテーラ島の沖合に到着した。神は不死なる存在で、その本体から切り離されたとは言えども、ウラノスの陰部とその内部に残っていった精液もまた不死性を帯びていた。そしてキュテーラ島沖で活性化したウラノスの白濁の精液から白い泡が沸き立つと、海たるポントスと混じり合って、そこから女神アプロティーテが誕生した。
やがて――
ティターン神族の末子ではあったが、ウラノス打倒の功労者であったクロノスが、新たに神々の玉座に就くことになった。
去勢されたウラノスは、恥辱にまみれたまま、日毎に息子クロノスへの憎悪を増殖させていた。その狂気に危機感を覚えた新王クロノスと王太后ガイアは、先王ウラノスを追い出す決意を固めた。
かくして、ウラノス(天空)の追放によって、天と地の分離は決定的になったのである。
去り際、ウラノスはクロノスを指さしながら、息子に罵詈雑言を浴びせ、さらに呪詛さえも言い放った。
「呪ってやるっ! クロノスぅぅぅ~~~! やがてぇ貴様もぉいつの日かぁ、己が息子にぃ玉座を奪われることにぃなるだろうぅ。必ずだぁ~~~」
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