オリュンポス・マキア

隠井 迅

第1部 ティタノ・マキア

第1章 オリュンポス神族のルーツ

第1話 世界創生

 初めに生じたのは<カオス>であった。



















 世界はその始まりの時、事物が存在し得る場を必要とした。

 そこは大きく口を開けているような無限の空隙で、闇だけが充満し、混沌とした物も確固たる物も何もなく、全てが未分化のまま漂っているだけの何もない空(から)の虚空、それがカオスであった。

 ついで<ガイア>が生じた。

 揺ぎ無き確固たる安定を世界にもたらした存在、それが<ガイア>であった。

 それから<タルタロス>が生じた。

 タルタロスは、地の奥深くに位置している闇黒であった。大地からタルタロスまでの距離は天空と大地の距離と同じだけ隔たっており、仮に青銅の金敷を大地から落とした場合、それが九昼九夜落下し続け、十日目にたどりつくような奈落がタルタロスであった。

 そして<エロス>が生じた。

 いと美しきエロスは、やがて、全ての神とあらゆる人の心を支配することになる。その情念にはいかなる理性も抗うことはできず、身体を萎えさせる。そんな男と女を結びつける創造原理たる原愛、それがエロスであった。

 これらカオス、ガイア、タルタロス、エロスこそが、世界の始まりから存在し、何者から創生されたわけでもない原初の神々であった。


 そして――

 原初の神カオス(虚空)が単独で生んだのが、<エレボス(闇)>と<ニュクス(夜)>という対をなす存在であった。

 その兄エレボスと妹ニュクスの愛の交わりの結果、ニュクスが身籠ったのが、父母と反対の属性を持つ対なる<アイテル(天の光)>と<ヘメラ(昼)>であった。やがてエレボスは地下の<闇>となり、地上の<夜>たるニュクスとは別れて暮らすことになる。

 母ニュクスと娘のヘメラは表裏一体の存在で、夜たるニュクスと昼たるヘメラこそが<時>を作りあげた。この二柱の女神は世界の西の果ての地下に館を共有した。ニュクスが世界に夜をもたらしている間はヘメラが館に待機し、その逆に、ヘメラが世界に昼をもらたしている間はニュクスがこの館に待機した。そのため、母娘が交わるのは昼と夜の境となる一瞬だけであった。

 父エレボス(闇)と息子アイテル(天の光)の方は、<黒>と<白>を作った。

 

 その一方で――

 原初の神ガイアが、恋愛と性愛を司るエロスの力を借りず、いかなる男性と交わることもなく、世界に未だ存在しない物を独りで生んでいった。

 まず、母ガイアと対等な存在として誕生させたのが<ウラノス>であった。

 ウラノスの大きさはガイアと等しく、ガイアはその身をウラノスに覆わせた。こうして母と息子は夫婦となり、下方のガイア(大地)と上方のウラノス(天空)によって、世界は均等で対称的な秩序を得るに至ったのである。

 ついでガイアは、再びいかなる存在と愛の契りを交わすことなく独力で、十柱の<ウーレア(高い山々)>と、山と正反対の存在として<ポントス(海)>を生んだのだった。

 かくして、大地、天空、海原という必要不可欠な構成要素全てが出揃い、世界は創生されたのである。 

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