第4話できることと仕事探し
とりあえず、仕事探しは明日からすることになった。エリスはまだ疲れていたし、俺も寝不足だったからだ。
なんでもエリスはセム村からあの森まで一日中逃げていたらしい。体力の少ないエルフにしては頑張ったほうだと思う。ましてや十六の娘が野盗に追われていたのだ。精神的にもきつかったのだろう。
俺のほうも結構やばかった。例の商人を殺すのは容易かったが潜入に神経を使っていたからだ。そこに寝不足も相まって、正常な判断ができなくなっていた。
だから、気まぐれと言うべき提案をしてしまったのだと思う。
決して師匠の真似事なんかではない。そうに決まっている。
エリスは俺が殺し屋だと知って、多少ショックを受けていた。まあ自分で言うのもなんだが、俺は一応『恩人』なわけで、そいつが外道だと知ってしまったらそれなりに傷つくのかもしれない。あの後、少しだけ会話をしたがどこかぎこちなかった。
エリスは俺の部屋を使わせた。鍵も付いているので安心できるだろう。まあ、俺は鍵開けできるので意味を成さないが、それは言わないほうがいい。
そして俺は師匠の部屋で寝ている。師匠が出て行ってからも掃除だけはしてあるので、寝るだけなら不便はない。師匠の部屋にはベッドと机と椅子しかない。タンスはあったが空っぽだったので俺の部屋に移動した。服を持って行ったのか処分したのか不明だが、おそらく自分の痕跡を残したくなかったんだろう。
ベッドに寝転んで眠る前に考える。
エリスが何かを隠しているのは分かっている。それは後ろめたいというよりも誰かに口止めされている類のものだ。人間もエルフも隠し事をする表情は同じだ。
しかしそれでも嘘は吐いていないのも分かる。ヘラが指摘しなかったからな。百発百中で嘘を見抜ける特技を持つ闇ギルドの長。恐ろしい女だ。
つまりだ。エリスはネックレスを盗んだのではなく、貰ったというのは真実となる。
一体誰だ? その目的は? そして野盗との関連性は?
そこまで考えていると急激に眠気が襲ってきた。
徐々に夢の世界へと誘われる。
意識が無くなる寸前、俺は小さなことに気づいた。
俺が人を殺すとき、何も思わなくなったのは、いつだったっけ?
目覚めたら朝だった。腹の空き具合から八時くらいだと思う。
小鳥が鳴き、日が部屋に差し込んでいる。今日も天気は晴れらしい。
部屋から出ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
台所でエリスが料理をしていた。あまり使っていないフライパンで卵とベーコンを焼いている。皿の上には焼けたパンと牛乳が置いてある。
「何しているんだ?」
「あ、おはようございます。ヨハンさん」
「さんは要らねえよ。それで、何しているんだ?」
エリスはにっこりと笑って言う。
「朝ご飯作っていたんです。もうすぐ出来上がりますから」
「……そうかい」
俺は椅子に座って、料理を待つ。
しばらくして、料理は出来上がった。ベーコンの上に目玉焼きが乗っている。焼けたパンも美味しそうだ。
俺は一口、目玉焼きを食べる。
「……美味しいな」
「本当ですか? 良かった!」
眩しすぎる笑顔。普段接することのない、無邪気な笑み。
……こいつは善人なんだな。
殺し屋の俺に料理を振舞うなんてよ。
食べ終えて、食器を洗い終えた後、俺たちは今後のことを話し合う。
「それで、仕事のことだが、お前何ができる?」
「料理と掃除と洗濯、それから裁縫もできます」
「家庭的だな。他には?」
「魔法を少々使えます。と言っても初歩しかできませんが」
うーん。家事手伝いしかできなさそうだが、ソロモンの金持ちはろくな奴が居ないからなあ。
「文字の読み書き計算は?」
「一通りできますけど、計算は遅いです」
「村娘なのに、よく知っているな」
田舎の村だと一人か二人しか分からないことだ。
エリスは「母から学びました」と小さな声で言う。
「ふうん。ま、エルフは長命だからな。文字ぐらい知ってるか」
「……私にできる仕事、ありますか?」
俺は腕組みをして考える。
もしも何もできなければ危険なことしか仕事はないが、これだけのスキルがあれば見つけられるだろう。
正直、水商売ぐらいしかないだろうと思っていた。エルフには娼婦は務まらない。何故ならばエルフは二十歳まではできないし、二十歳を越えたら一年に一ヶ月しかできない。まあその代わり、成人したら十年に一歳しか歳を取らないんだけどな。
しかし読み書き計算もできるなら売り子だってできるし、料理が上手いから健全な食堂でも働けるだろう。
「よし。まずは斡旋所に行くぞ。そこで住民票……じゃねえな、滞在票を貰おう」
「滞在票、ですか?」
「ソロモンってのはいい加減なようでしっかりしてやがる。働くにも資格が要るんだよ。でも審査は緩いから、一時間で貰える」
「そうなんですね。分かりました」
さっそく行こうとして椅子から立ち上がる。エリスも俺の後に続く。外に出るとさんさんと太陽が輝いている。
斡旋所は北だったな……
「きゃあ!」
後ろで悲鳴が上がった。振り返ると石畳に足を取られたみたいで、エリスは転んでいた。
「大丈夫か? 怪我したか?」
「け、怪我はないみたいです」
「ほれ。手を貸すぞ」
エリスは差し出された手をじっと見つめた。何故か手を取ることを躊躇っているようだ。
「……殺し屋の手は取りたくないか?」
「い、いえ! そんなことないです!」
エリスは俺の手を握った。
ゆっくりと立ち上がらせると、エリスはきょとんとした顔になった。
「どうした? やっぱりどこか痛いのか?」
「いいえ……」
そのまま手を離さず、握ったままのエリス。
道端で握手をしている形になる。
「……そろそろ放してくれ」
「あ! ご、ごめんなさい!」
エリスはぱっと手を放す。
なんだったんだ……?
「転ばないように気をつけろよ」
それだけ言って、先を行く俺。
なるべく早足にならないように、歩調を合わせて歩く。
エリスは無言のまま、俺について来た。
斡旋所に着くと、空いているカウンターに居る係員に話しかける。
「おい。滞在票を作りたいんだが」
「うん? ……これに名前と滞在するところと保証人の名前書いて」
やる気のない小柄の男の係員が用紙を寄越した。
俺はエリスに「名前を書け」と用紙を渡す。
「はい……住所はどうしますか?」
「名前書いたら俺に渡せ。後は書くから」
エリスは丁寧な字で自分の名前を書いた。俺はやや乱雑な字で住所と保証人として俺自身の名前を書いた。
「ほれ。さっさと申請を通してくれ」
「今の時間だと四十分で済むよ」
小柄な係員は用紙を奥の部屋に持っていく。
「四十分か。その間に求人でも見よう」
「はあ……結構複雑なんですね」
俺は「百年前からこういうシステムだ」と説明する。
「住民票を作るのはもっと複雑だ。保証人がもう一人必要だし、税も納めなければいけない」
「滞在票も料金が必要なんですか?」
「ああ。百セルだ。これは俺が払ってやる。安心しろ、これは二千セルに含めねえよ」
エリスは申し訳なさそうに「すみません……」と謝る。
「それよりも求人だ。掲示板に貼ってあるので気になるのを見ろ」
とは言ってもろくなのはないけどな。
「この『家事手伝い』はどうですか?」
「雇い主は根性悪くてな。来た女をいびるために募集しているんだ」
「じゃあ『薬屋の売り子』はどうですか?」
「昨日言った違法薬物の薬屋だ。実験台にされるぞ」
「……『古書の整理と店の掃除』は?」
「読んだら発狂する本や開けたら呪われる本がオンパレードだ」
エリスは「……あまり良くないですね」と遠慮した物言いで引いていた。
「いや。ろくなもんじゃない仕事ばかりだが、お前が選んだ奴は中でも最悪だぜ? 実は運が悪いんじゃないか?」
先ほど転んだりしたり、助けた奴が殺し屋だったり、連れて来られたのがソロモンだったり。
結構な不幸体質だ。
エリスも自覚があるようで「昔からそうなんです……」と俯いた。
「くじを引いても当たらなかったり、散歩したらカラスに糞を落とされたり、バナナの皮で何度も転ぶんです……」
「……すげえな」
それしか言葉が見つからなかった。
しょうがねえ。俺が探してやるか。
掲示板をじっと眺めて探していると、珍しい求人が見つかった。
「あん? 『バッカス』の求人だと?」
俺は詳細を読む。
……うーん、また痴話喧嘩か。でもここまでは酷いな。
「どうかしましたか?」
「良い求人が見つかったぜ。お前、酒場でも働けるか?」
「えっと。働く内容によりますけど……」
さっきので警戒してるんだな。
俺は「接客ができれば平気だ」と言う。
「それにバッカスは安心だ。なにしろ主が……おっと、滞在票ができたみたいだな」
「えっ? もうできたんですね……」
俺とエリスはカウンターに向かう。
こうして仕事をする準備が整った。
後は、バッカスで働けるかだけだな!
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