第3話秘密と契約
「……黙ってちゃ何も解決しないわよ、お嬢ちゃん」
静かに追い詰めるように問うヘラ。普段から迫力のある女だが、ここまで凄まれると何も話せなくなるのは当たり前だ。現にエリスは額から汗をだらだら流し、テーブルにまで垂れている。
「わ、私、盗んでなんか、ないです……!」
長い時間をかけて、ようやくエリスは答えた。息遣いが荒く、つっかえていたが、ちゃんと口に出した。
「ふうん。じゃあこれ、どうやって手に入れたの?」
「も、貰ったんです……」
更なる問いに消え入りそうな声で答えるエリス。
貰ったもの? ここで俺は疑問を覚えた。
「貰った? 誰にだ? しかも貰ったものを普通渡すか?」
ぎろりとヘラに睨まれたが気にしない。
エリスは「い、言えないです、けど……」どもりながらも言う。
「その、人は内緒、にしてほしいって……それに、助けてくれたから……」
「助けてくれた? ああ、俺か……」
「そ、そうです……」
ヘラはじっとエリスを見つめている。
そして怪しむ口調で言い始めた。
「あなたの言う『その人』が王家から盗んだ犯人で、何らかの意図で何も知らないあなたに渡した。それなら辻褄が合うわね」
「そ、そんなことをする人じゃないです!」
「じゃあ誰なのか言いなさいよ」
ヘラの厳しい言葉にエリスは俯いてしまう。
なおも問い詰めようとしたヘラ――
「やめろヘラ。エリスは盗んだわけじゃねえんだろう? だったらこれ以上聞くのはなしだ」
思わず止めてしまった俺。またも睨まれるが続けて言ってやる。
「あんたの前じゃ『嘘は通じない』んだ。この街に居る者は誰だって知っていることだが、エリスは知らねえ。そうだろ?」
エリスは訳が分からないなりに頷いた。
「ほらな。今だって嘘を吐いてねえ」
「……百も承知よそんなこと。でも王家の盗品かもしれないのよ、このネックレス」
「何真っ当なこと言ってんだよ。俺もあんたも真っ当な人間じゃねえだろ」
闇ギルドの長に殺し屋。お天道様の下で立派に生きてるって言い難い。
「あんたなら追跡魔法も王家の紋章も消せるだろう? それにネックレス自体がやばいなら解体してバラバラで売ればいい。ルビー単体でも結構な値段すると思うぜ。分からねえけど」
「あなたねえ……適当なことばかり言わないでよ」
溜息を吐きながらヘラは言う。
「一応、あたしのギルドの上は王家とつながっているのよ? バレたらやばいじゃない」
「じゃあこうしようぜ。そのネックレスはあんたにくれてやる」
ここまで来るとお人よし過ぎると自分でも思ったが、口から出た言葉は止められない。
ヘラもエリスも俺の言葉に驚いているみたいだ。
「あんたなら裏ルートで売買できるし、コレクションに加えてもいいだろう? だからこれ以上の追及はやめろ」
「……あなたに得なんてないじゃない。どういう気まぐれなの?」
特なんてない。懐かしい台詞だった。
「いいじゃねえか。たまには慈善活動をしないとな」
「それ嘘でしょ。本当はそう思っていないわね」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ネックレス、欲しくないのか?」
しばらく黙ったまま、ヘラは考え込んでいたが「ネックレスあたしが貰ったら、その子村に帰すのどうするのよ」と鋭いことを訊いてきた。
「報酬なしに送り届ける気?」
「そうだなあ……」
すると今まで黙っていたエリスが突然大声で言った。
「わ、私! この街で働きます!」
働く? この自由都市ソロモンで?
呆気にとられる俺とヘラに対して、エリスは言う。
「な、なんでもやります! それで依頼できるまで稼いだら、そのお金で、村まで送ってもらいます!」
「おいおい。そんなことしなくたって、送ってやるよ」
「で、でも。私のせいで、只で送ってもらうのは、心苦しいというか……」
「……エリス。お前何才だ?」
エリスは唐突な問いに対して「じゅ、十六才です」と答えた。
「あのなエリス。十六の小娘が偉そうなこと言うんじゃねえよ。この街で働くってのはとても大変なんだ。それに年上の厚意は素直に受け取るべきだぜ」
「…………」
だから気にすんな――と言いかけたときだった。
「悪くないじゃないか。ヨハン、その話請けなよ」
せっかく話がまとまりそうだったのに、ヘラがなんとエリスの味方をしやがった。
「あんたまで何言ってるんだ?」
「一応筋は通っているしね。そもそもあんたがあたしにネックレスを渡さなきゃここまで拗れなかったんだ。責任取りなよ」
「いや、どう考えても拗れたのはあんたのせいだ」
ヘラは「この街でも真っ当な仕事はあるわよ」と軽く笑った。
「仲介はできないけど、街を歩けば見つかるわ」
「あのなあ……」
「それで、その額なんだけど、二千セルでどうかしら?」
二千セル……まあ頑張れば一ヶ月で稼げる程度の額だ。
エリスは「それなら、なんとか……」と納得している。
「決まりね。それじゃあよろしく」
そう言ってネックレスを懐に入れて、家から出るヘラ。
言いように言いくるめられたな……
仕方ないのでエリスの正面に座る俺。椅子は二つしかないので、今まで立っていたのだ。
「お前なあ。面倒なことをするなよ……」
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺が悪いか。こうなるんなら質屋が開くまで待てば良かったんだ。あのじいさんなら何も言わずに買いとってくれたしな」
しょうがない。切り替えるしかないな。
「まず、この街のことは知っているか?」
「ええと。私、ここがどこだか分からないです」
「うん? ああ、そういえば話してなかったな」
それなのに働くって言ったのか。すげえ度胸だな。
「聞いたことあると思うが、ここは自由都市ソロモンだ」
「えっ? ……冗談ですよね?」
さっと青ざめるエリス。
俺は「冗談なんか言わねえよ」と軽く返す。
「そ、ソロモンって……この国で最も危ない街の、そのソロモンですか……?」
「それ以外にソロモンって街があるなら、引っ越したいな」
エリスは頭を抱えて「ふ、不幸だわ……」と呟いた。
「庭に花が咲いているから、てっきり平和な街だと……」
「ソロモンの家の庭でも花は咲くぞ? まあ咲いているのは珍しいが」
「ど、どうしよう……」
すっかり気落ちしてしまったエリスに「安心しろ」となるべく優しく言う。
「この街でも安心安全な仕事はあるさ」
「たとえば、なんですか?」
「そうだな。客と殴り合いするようなパン屋の売り子や違法薬物を取り扱う薬屋の助手、後は二十四時間イカサマしていないか見張るカジノのバニーガールがあるぞ」
「そ、それが安心安全な仕事なんですか!?」
「この街ではそれが基準だぞ?」
話を聞いたエリスはすっかり落ち込んでしまった。
本当にマシな仕事だったんだけどなあ。
「……ところで、あなたはどんな仕事をしているんですか?」
エリスが暗いテンションのまま訊ねる。
「私にできることなら、お手伝いしますけど」
「あー、そりゃ無理だな。いくらなんでも素人ができる仕事じゃない」
「職人さんなんですか?」
俺は首を横に振った。
「殺し屋だよ。俺は」
「えっ……?」
「人を殺して、その報酬で生きてんだ」
エリスは俺の話を受け止められないみたいだった。顔が少し引きつっている。
「う、嘘ですよね?」
「違う。本当だ」
「…………」
「怖いか?」
俺の言葉にエリスは俯いて「……ちょっと怖いです」と正直に答えた。
「だろうな。俺もお前が殺し屋だったらびびる」
「……どうして、殺し屋を?」
「どうしてって……捨て子だった俺を殺し屋だった師匠が拾ってくれたんだ。だから殺し屋という道を選んだ」
珍しい話だが、ないわけでもない。
本当にくだらなくてつまらない現実だ。
「あの。聞いて良いことかどうか、分からないですけど」
エリスは俺の目をじっと見つめた。
目を逸らすのもなんだから、俺も目を覗き込む。
見つめ合う俺とエリス。
そして――問われた。
「人を殺すとき、何を思いますか?」
いつだったか、師匠に訊いた台詞と似ていた。
エリスは言った後も俺と目を合わし続けた。
だから俺も合わせたまま言ってやった。
「別に――何も思わない」
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