第8話 『使命』

「緑光石のエネルギーはどこからやって来ていると思うかい?」

「どこから──、といわれても」


 緑光石は、エネルギーを「生み出す」もの。なら、そのエネルギーは果たしてどこから来たのだろうか?


 今まで考えることすら無かった疑問だ。

 というより、考える必要が無かった──、の方が正しいかもしれない。

 そんな疑問を持ったところで、これまでは解決する手段すらなかったのだ。


 しかし、いざ明日から研究するというのに、その疑問を無視し続けるわけにもいかないだろう。

 俺だって研究者の端くれだ、考えるのをやめたらそこまでだ。


「少し考えさせてくれ」

「勿論だとも」


 今知っている情報をまとめよう。


 一つに、加熱するとその温度を維持する。

 原理は知らないが、条件次第で質量増加が観測される。


 一つに、魔法少女のエネルギーリソースに使われている。

 変身から身体の強化、それにエネルギー波のようなモノをぶっ放つところまで、その全てが緑光石によって賄われる。


 この原理については過去に、実際に魔法少女の開発・管理に携わっていた知り合いに尋ねてみたことがある。

 当時の知り合い曰く「原理がわからんことが機密じゃないか?」とのことだ。


 つまるところ、後者の存在はあまり考察のアテにはならないだろう。

 少なくとも、俺の脳味噌をフル稼働させたくらいでは。


 ここまでの条件なら、まずはこの可能性が出てくるだろう。


「分裂、とか」

「⋯⋯ほう」


 一番ありえない仮説だが、立ててみないことには始まらないだろう。


 緑光石内部ではが複数個生成されるような分裂が起こりうると仮定すれば、これまでの諸問題は余裕で解決される。


 もっと簡単にいえば、リンゴを半分にすると全く同じ形のリンゴが二つ生まれるようなイメージが近い。

 昔、散々歌った童謡風に言うなら、ポケットを叩いたらビスケットが二つに増えたような感覚だ。


 話を元に戻すと、加熱する際に緑光石内の分子が増殖し、それが発熱により失われた分を補填した──。これが結論だろう。


 ただ、俺はこの解答が一番ふさわしいとは思わない。


 質問内容を思い出してみてほしい。エネルギーが「やって来る」と表現したのだ。

 これを考えるに、もう一つの可能性も考えるべきだと思う。


 その可能性とは──。

 普通なら絵空事だが、こんな世界だからこそ考えうる仮説。それは──。


「外界からの、エネルギー供給──」


 そう言った途端、所長の目が鋭くなった。


「⋯⋯どう言う意味かね?」

「文字通り、そのままの意味です」


 所長だって研究者だ。

 こんな空想混じりの答えなんて鼻で笑われるだろうか?


 ただ、俺にだって根拠はある。

 俺は妄想以下な空想に一つずつ説明を加える。


「外界からエネルギー──、もとい緑光石中の分子が何らかの形で移動して、質量増加を引き起こす。そうすれば、分裂するという仮説よりかは幾分かマシなものになるし、熱力学第一法則が守られる。それに──」


「それに?」


「身近になりすぎたせいで、見逃していたんです。侵略性巨大生物インベーダー、奴らがどこから来たのか、そのことを」


 俺もニュースで何度かみたことがある。

 何もない空間にポッカリと穴が空いて、そこから奴らが這い出て来るのを。


「異空間はある。転送技術も我々の知らないどこかにある。ならエネルギー、いや粒子の一つくらい転移してもおかしくないのではないかと」


 所長は暫く目を丸くして俺の話を聞いていたが、突然、堰を切ったように笑い出した。


「⋯⋯クククッ、ふっ、フハハハッ! やはり君は、実に素晴らしい!」

「⋯⋯へっ?」


 突然笑い出す所長、困惑する俺。

 そんな俺のことを察してか、所長は咳払いを一つすると申し訳なさそうに続けた。


「いやぁ、すまない、すまない。こんなに面白いことなんて久々だったから、つい。やはり君は、私が望んだ通りだった」

「⋯⋯はぁ」


 所長は、満足そうに頷く。

 一体どんなイメージを底辺研究者の俺に持っていたのだろうかと考えると、俺は溜め息に似た返事しかできなかった。


「それじゃあ、後はできるかね?」

「⋯⋯⋯⋯」


 意味が分からず首を捻ると、所長は悪戯小僧のように笑った。


「仮説を立てたんだったら、後は決まってんだろ?」

「⋯⋯そういうこと、か」


 どちらが正しいか調べろ、と。


 ──何とまぁ、無茶をおっしゃる。


 宗谷所長の要求は俺にはオーバーすぎて、確実に無茶なものだ。

 だが、俺は不思議とそれを断ろうとは思えなかった。


 もしその仕事を通して新たな世界が見れるならそれに賭けてみたいと、そう思えたのだ。


「やれるところまで、やってやるさ」

「ああ、よろしく頼むよ」


 そう言うと、所長はそっと手を差し出す。

 俺は恩人のしわだらけの手を、強く握り返した。


- Prologue End -

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