第7話 『永久熱源《パーペチュアル・ヒートリザーバー》』

 エレベーターで地上階へと戻ると、宗谷所長は秘書を寮へと帰す。そして俺を適当な応接室に通した。


「いやあ、済まない。戻ってくつろぎたいところを呼び止めてしまって」

「いえ、別に」

「ささっ、お茶でも」

「⋯⋯ありがとうございます」


 会釈をしつつ、なみなみと注がれた緑茶を口に運ぶ。⋯⋯美味い。


「それで、俺だけ呼び出したのは、他に聞かれたくないことが?」

「ん、そういう訳じゃないんだが⋯⋯。ま、結局のところ君にしか関係のない話題だしね。小難しい話を聞き続けるのも大変かな、と思ってな」

「⋯⋯なるほど」


 科学専門じゃない人に対しての配慮、ってことか。

 この人が教授だったら、どんなにたくさんの生徒が救われたか。


「納得かい?」

「ま、少しは」

「なら良かった」


 所長は、少しだけ顔をほころばせた。


「それで、聞かせてくれるんですよね、仕事内容」


 いくら俺の専門が物質を加熱・冷却したりして性質を調べるような分野であったとしても、それがあの緑光石に通用するとは思えない。それに、そのような研究は先人が既にやりきってしまっているだろう。

 ならば、なぜ俺を引き抜いた。その意を込めて、俺は聞いたのだった。


「ん、おお、そうだった。⋯⋯ときに江堂君。緑光石のこと、君はどれくらい知っているかい?」

「⋯⋯全く」

「そうか」


 研究者として、「知らない」と答えるのは癪に障るが、こればかりは仕方なかった。

 というのも、今からおよそ五年前に緑光石を発見した旨の論文が投稿されて以来、発表された論文は数える程しかないのだ。

 それもそのはず、緑光石のある性質が発見されて以来、各国は緑光石の所有・流通を厳しく取り締まったのである。そしてその性質は──。


「──永久熱源perpetual heat reservoir

「⋯⋯知ってんじゃないか、一応」

「逆に言えば、それしか」


 永久熱源とは──。簡単のために例を挙げさせてほしい。


 例えば──、何でもいい、モノを燃やしてお湯を沸かす場面を考えてほしい。アウトドアで焚き火をする場合にせよガスボンベを使って湯を沸かす場合にせよ、薪やガスなどの燃料が有限である場合、いつかは火が消え加熱がストップするのは自明だろう。仮に原子力を用いる場合だって、スパンこそ長いもののいつかは燃料棒の交換が必要である。

 ここで永久熱源が登場すると話が変わる。緑光石はひとたび温度を上げてしまえば、永久にエネルギーを取り出せるのだ。その際、燃料となる緑光石の質量減少は一切観測されない。それどころか、運用次第では質量がするのだ。

 別にこれは決して反応済み固体が増えた──、換言すればゴミとなる部分が増えたわけではない。純粋に、全く同一の緑光石が増えるのである。


 これが何を意味するか、少しでも物理(特に熱力学)を齧ったことがあれば分かるだろう。そう、熱力学第一法則の破綻である。


 当然、緑光石はエネルギー諸問題を解決する第一種永久機関の材料として、数多の世界人民の歓喜と幾多の科学者らの阿鼻叫喚の嵐とともに迎えられることとなる。そしてまた──、そんな物質だからこそ、国家ぐるみでの囲い込みが行われたのである。


 研究目的でさえ緑光石の所持が厳しく制限されている(というより、実質禁止されている)のは言うまでもなく、緑光石に関する研究成果が公になる機会は、ほぼないと言ってもいいだろう。その証拠に、現在論文データベース等を駆使して探せる情報は、緑光石の永久熱源性が発見された時期以前に発表された情報群と、魔力発電所建設に伴う安全性に関する論文のみである。


「⋯⋯情報がなさすぎるんだよ、極端に」

「分かってる。この研究所に所属する間は必要な情報を提供することを約束しよう。んで、本題だが⋯⋯」


 緑茶を飲み干してから、所長は言った。


「君は──、そうだな、緑光石のエネルギーはどこからやって来ていると思うかい?」

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