第6話 『未知との遭遇、のち別れ。』

 ──はぁ。


 大きく溜め息をひとつ。


 いくらビビリな私が早とちりしたからって、そんな笑う必要はなかったんじゃないのか。

 やっぱりこの男は、意地悪だ。


「あのー、西門さーん⋯⋯」


「はいはい、どーせ怖がりですよーだ」


「い、いや、だからそれは悪かったって⋯⋯」


「全く、二人とも。いい大人がいつまで喧嘩しているつもりかね。着いたよ、この窓から覗きな」


 宗谷所長は、コンクリート製のの分厚い壁に埋め込まれた横長の窓を指差す。


「あ、別に見たら爆破するようなヤツじゃないから、安心して」


「そ、その話はもういいでしょう?!」


「さ、ささ早く」


 所長に急かされるまま、私は窓を覗き込む。すると──、


「綺麗⋯⋯」


 人の顔くらいの大きさの窓越しに見える、緑色の巨大な宝石。


 窓ガラスから宝石までは結構距離があるせいで正確な大きさは分からないものの、象とか隕石とか、そういった部類のものを思い起こすほどには大きかった。


「これ、なんですか?」

「緑光石⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯へっ?」


 答えたのが所長でなかったことに、一瞬私は驚いた。


「こんなに、こんなに綺麗だったとは⋯⋯」


 男の方をみると、言葉通り目を丸くしてガラスに張り付いていた。

 その姿は、まるで旅先の車窓を無邪気に楽しむ子供のようだった。


「まぁ、勘弁してやってくれ。写真とかを除けば、普通に生きてりゃお目にかかれないものなんだ」


 そんな私の考えていることを察してくれたのか、所長が補足してくれる。


「となると、写真なら見られる、と?」

「ん、そうなる。というより、見たことないか? 恐らくは刈羽田の発電所かなんかのニュースで」


 刈羽田にある発電所⋯⋯。

 名前は聞いたことがあるはずなのに、全くイメージが出てこない。スマホで調べようとするが、あいにく圏外だった。


「すみません、覚えてなくて⋯⋯」

「いいんだよ。まあ知らなくても生きていけるってのが、科学のありがたさでもあるからね」


 所長は寂しそうに笑うと、私でもわかるようにと説明を加えた。


「えーと、確か刈羽田魔力発電所だったか、正式名称は」

「⋯⋯⋯⋯あっ!」


「思い出したかい?」

「はいっ!」


 そうだった、そうだった。昔、ゼミの課題関連で少しだけ調べたことがあった。


 火力発電所のように二酸化炭素を排出せず、原子力発電所のように大量の放射性廃棄物さえも出さない。

 人体への毒性は何一つ観測されず、更に言えば一度燃料を入れれば文字通り永遠に無くなることはなく、運用次第では発電中に燃料である緑光石を増殖させることができる。


 そんな科学的常識を全て吹っ飛ばした性能に、科学者全てを『魔法』だと言わしめた究極のエネルギー。


 それが──、『魔力』。


 そして、その根源となるのが、緑光石。テレビで少しだけ見たことがある。


「そしてまぁ、これは知ってるか分からないけど⋯⋯。魔法少女なるものはこの鉱石のエネルギーを元手にして変身・戦闘等を行なっているんだ」


「へ、へぇー⋯⋯」


 ということは、これがあれば誰でも魔法少女になれるってこと?


 いやいや、ちょい待て。この歳で何を考えている。

 年甲斐もなくやったなら、ただのコスプレおばさんじゃないか。

 自分の姿を想像すればするほど悲しくなる。


「あー、一応言っておくと適正ってもんがあってだな。魔法少女になれるのは中学・高校女子の一部だ。

 それ以外だと⋯⋯、マトモにエネルギーを取り出せないらしくてね。そこら辺は専門じゃないから、詳しくは分からないが⋯⋯」


「ふ、ふーん⋯⋯」


 まるで私の考えていることを読んできたかのような所長の的確な指摘に、一瞬グサッときた。


「それじゃあ、今日はこれでいいかね。明日から緑光石のサンプルを存分に堪能できるのだから」

「存分に⋯⋯⋯⋯、って、エエッ?!」


 あの、エメラルドのように輝く宝石にっ! 触り放題、ですとっ?!


「ん、ああ。観察し放題触り放題だ」

「⋯⋯⋯⋯いいんですか?!」


 所長は、かの研究員の方をサッと見る。

 するとかの研究員は、私と目を合わすと面倒臭そうにこう吐き捨てた。


「⋯⋯研究の邪魔にならない範囲でならな」


⋯⋯これ、絶対触らしてくれないやつだ。

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