第5話 『地下深く』
エレベーターに俺ら全員が乗ったのを確認すると、宗谷所長はB6のボタンを押して扉を閉める。
「それじゃ、ここからは長いから、スマホやりたいなら弄ってて構わんぞ」
「⋯⋯圏外だっての、こんな山奥の中じゃ」
「そういや、そうだったな」
ハハハッ、宗谷所長は豪快に笑った。
「ま、寮も含めてWi-Fiは通ってるから好きに使ってくれたまえ。設定に係る書類一式は後でまとめて渡すから、分からなかったら聞きに来るといい」
「⋯⋯助かるよ」
ここでWi-Fiまで不通だったら、研究どこの話じゃないだろう。論文を探す段階で一瞬で手詰まりだ。
秘書の西門さんも、どこか安心した様子でスマホを握っている。
よくよく考えたら、ネットなしだと研究云々の前に生活そのものに影響が出てしまうだろう。
加えて山奥の研究所なだけに娯楽には乏しそうである。適度なレベルであれば、息抜きのためにもネットは重要だろう。
かくいう俺も、休日の動画配信サイトなしでは生きていける気がしない。
「それにしても、こんな地下深くに──」
──何があるのか。
そう言いかけたところで、エレベーターから到着を知らせる電子音が鳴る。
「続きは後で聞こう。んじゃ、ついて来てくれたまえ」
宗谷所長を先頭に降りると、俺らは無機質なコンクリートの壁で囲まれた通路に通される。
すれ違いがギリギリ可能な広さの通路を抜けると、その突き当たりは、黄色地にバイオハザードに似たピクトグラムの貼られた頑丈そうな鋼鉄製の扉で閉ざされていた。
仮に扉の様子を例えるなら──少々悪い例えかもしれないが「放射線管理区域」とか、大体そんな感じだろうか。
概ね、持ち出されたら困るような「何か」を封じ込めておくための扉という印象だ。
逆に言えば、閉じ込めておくに値する「何か」がこの中にはあるのだろう。
「見せたいのはこの中にある。ちょっと待っててくれ」
そう言うと、所長は守衛室の小さな窓から頭を突っ込んで何やら話をしたあと、名簿のようなものに書き込んでから戻って来た。
「いやぁ、待たせてしまってすまないね。それじゃあ──」
「あのー、一応聞くが、ここ、入って大丈夫なんか?」
「ん、大丈夫だが」
さも当たり前と言った様子で、所長は許可書を俺の目の前に突き出してくるが──、俺が聞きたいのはそっちじゃない。
「いやぁ、そこにヤバそうな表示があったもんで⋯⋯。放射線管理区域ではないと思うんだが⋯⋯」
「⋯⋯放射線ッ?!」
放射線という言葉に反応してしまったのか、秘書の西門が飛び上がる。
「ん、ああ。君が言っているのはこのマークのことかい?」
所長がドアに貼られた黄色のステッカーを指差したので、頷いて肯定の意思を示す。
「ああ、これのことか。違う違う。確か放射線は──、もっとこう、中心からなんか出ているようなマークだったろう。
そうじゃなくて、コイツは別物だ。危険性としちゃあ──、そうだな、管理を間違えると爆破するくらいか?」
「ば、ばばば爆破ッ?!」
西門が大声で叫んだと思うと、頭を抱えながらその場にしゃがみこむ。
「や、やめましょうよ、入るのぉ⋯⋯」
さっきまでのキリッとした雰囲気はどこへ行ったのやら。
秘書はお化け屋敷に入るのが嫌な子供のように、所長のズボンを掴んでガクガクと震えていた。
目に涙を浮かべながらいるところ申し訳ないが、それが面白くてつい俺は吹き出してしまった。
「⋯⋯⋯⋯ぶッ!」
「今、思いっきり笑いましたね?」
「いやぁ、スマン、スマン。まさか、そんな怖がりだったとは」
「べ、別に怖がってなんか⋯⋯。さ、ささっ、行きましょ。はーい、行きますよー、しょちょー」
扉に手をかけながら目をパチクリさせる所長。
「大丈夫かね? もう少しだけ休んでいてからでも⋯⋯」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ただの怖がりだと思われるのも癪ですし、さー、行きましょうー!」
「は、はぁ⋯⋯」
宗谷所長は、やや困惑しながらも鋼鉄製の扉を押し開けた。
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